ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

先日の朝、近くの公園に気功をしに行った。

私は初めて気功をしたのはドイツに来てからで、それも20年ぐらい前、妊娠中ににトライしたきりだったのだが、偶然近所の人が教えてくれて、しかもタダで申し込みも不要というので、じゃあ行こうかなと腰を上げた次第。

 

ドイツ人は無料(タダ)が大好き。タダと聞けばホイホイやってくる。そんなドイツ人気質に染まった私もいいお天気に誘われホイホイ参加することにした。

10時過ぎに公園にたどり着くと、既に始まっていて、奥に先生が立ち、手前に参加者の人達が背を向けてゆったりした動きをくり返している。その数20人余りか。推定年齢65歳以上といった感じで、おそらくみな退職した人達であろう。50歳の私でも若者というか小娘みたいな感じである。

お天気は申し分なく、そびえる大柳の下には涼しい影が伸びている。

このスペースで気功が行われた。

右の方にはこぢんまりしたパビリオンもあって、いかにもヨーロッパの公園といったたたずまいだ。

川沿いに立つフェンスにはブラックベリーの小枝がかかっている。

 

自然の中で20人もの老人+アジア人一名が両手をヒラヒラ動かしている様は、見ようによっては新手の新興宗教の集まりに見えないこともないが、ともかく気持ちいいのである。静かで緑豊かで上をふり仰げば夏の澄んだ青空が広がり、と文句のない美しさだ。さんさんと光を浴びながら芝生の上で気功に励むドイツ人の背中を見ていると、何だか夢のような気分でぼーっとしてきた。

フィンランドはヘルシンキを舞台にした映画「かもめ食堂」に出てきそうな牧歌的で平和そのものの風景である。ここを舞台に新手のヨーロッパスローライフの映画が撮れる!にわか監督気分の私。

 

皆さんカジュアルな格好はしているが、足元はSalomonやアシックスなどの高価なスニーカーを履いている人が多い。きっと経済的に余裕があり、教養もあり、悠々自適の老後を送っている人達だろう。ドイツ人には珍しく無駄な肉付きのない体型の人も多く、おそらく日頃から健康に対する意識が高いのだろう。

 

この公園沿いに立っているお家もメルヘンに出てくるような可愛らしさで、庭先に花を飾ったり、古いバルコニーがちらりと見えたりと絵になることなること。こんな所に住めるなんて人生の宝くじに当たったようなものではないか。

私を誘ってくれた近所の老婦人3人も来ていて、「まあ来たのね。よかったわ。私、今日念のためにあなたの家をピンポーンしようかと思ったのよ」と喜んでくれた。

普段外の世界で出会うドイツ人の若い女性は、ビッチというか、ツンツンしてたりアグレッシブな人も多いのだが、齢をとると丸くなるのか、お年寄りはけっこう優しくて話ができる人が多い印象。この人達も、もしかしたら若い頃は隣に外国人が引っ越してこようが関心なく交わることもなかったかもしれない。今会えてよかったと心の中で思う。

本当に今日はいい日だな。

外の世界では戦争や自然災害や貧困が連日のように報道されているのに、ここではこんなに豊かで静かで平和な世界が広がっている。

最近日本で報道されるドイツは経済低迷とか移民問題など暗いニュースが多いし、じっさい国内は明るいムードでもない。それだけにこの日の気功の後は一時のオアシスに身をゆだねたようなゆったりした気分で帰宅したのだった。

日本のように何事もスムーズに運ぶのが当たり前の国から来ると、ドイツはまことに忍耐を強いられる国である。最近立て続けに3つそれを試される出来事があり、今週の私はイライラムカムカしっぱなしである。

 

その壱!15歳になる下の娘が11月に義務教育の一環として1週間のプラクティコム(インターン)をすることになった。

娘はかなり気乗り薄でぶうぶう言っていたが、やっと幼稚園がいいと言い出し、市内で評判の高い幼稚園にまずはメールを送ってみた。もちろん書いたのは私。汗うさぎ

1週間ほど待って返信がないので、今度は直接電話してみた。誰も出ないので仕方なく、かくかくしかじかでお返事賜りたいと留守電メッセージを残すも相変わらずナシのつぶてである。

 

その弐!そこでもう一か所の幼稚園にもアプローチしてみた。こちらはメールアドレスがないのでまずは電話してみたが、呼び出し音が鳴るばかりでいっこうに誰も出ない。

 

その参!息子が誕生日祝いにポーランド料理が食べたいというので、彼の選んだレストランのHPの予約欄に記入して送信してみたものの、こちらも数日音沙汰なし。仕方なく電話を試みるも4,5回トライしてその度に「ただ今電話に出ることが出来ません」の機械音が冷たく響くのみ。留守電システムもなし。

ここまでいろいろ続くとなめてんのかワレ、とムカムカしてきた。

 

まったく、どないなっとるっちゅーねん、この国は。

息子の柔道留学について、日本のいろんな大学や地元の道場に問い合わせた時はすべて翌日には返事が来ていたことを考えると、雲泥の差である。私はあれが普通の国から来ているから、どうしてもこのドイツの反応にイライラしてしまう。

「だ~か~ら~、ママもわかってるだろ。この国では自分に金が絡むことじゃないとなかなか腰をあげないんだよ」

ドイツで生まれ育った息子にはこんなことは普通なのかいたって冷静である。

 

そやけど、だったら何のためにHPや電話番号があるねん。

とぶつぶついいながら、インターンの締め切りは迫るし、こうなったらもう仕方がない、行動あるのみ。つまり直接押し掛けるのである。

 

まずは第二選択肢である近所の幼稚園に11時過ぎに自転車で乗り付けた。

日焼け防止に大きな麦わら帽とサングラス姿でいきなり現れたせいか、扉を開けてくれた先生は怪しげな人物を見るような顔つきである。が事情を説明したところ、笑顔になり、残念ながら11月は既にインターン生の受け入れが決まっているのでお受けできないと丁寧に説明してくれた。

 

ふう、仕方がないか。じゃさっそく最初の幼稚園に再トライだ。

えっちらおっちら20分ほどかけて町の反対側にある園に着いてブザーを押すと、保母さんが出てきた。

私はまたまた、かくかくしかじかでメールもお電話もしたが、届いているのか定かでないので直接やってきました、と一気にまくし立てた。

 

保母さん「で、本当にこっちからは何の返事もなかったと」 

えー、本当ですとも。(だから私わざわざこんな35℃を超す真夏日に自転車飛ばしてやって来たんですよッ)

残念ながら園長先生がいなかったので、電話番号を残して退散することとなった。しかし押しかけ作戦が功を奏したのか、程なく電話がかかってきて、

えーっと11月ですね。はい、特に予定は入っていません。娘さん来てもらってもいいですよ。と第一希望の幼稚園からゴーサインが出た。やったーよかった。1,2の件はババっと片付いた。こうなったら勢いに乗ってポーランドレストランの件もやっつけちゃおうかな。

 

なんと言っても今日の私はツイているのだ。そのまま電話したところ、4コール目ぐらいで「はい、もしもし」と店の人が出たではないか!こうしてこちらの方もあっさりと予約完了。いやー、こんなにスラスラと物事が進むなんて今日はいい日だ。

と私はハイテンションだったが、よく考えてみれば、これって日本ではごく普通の事なのでは。グラサン

何事も自分で積極的に動かなくては、インターンはもちろん、レストランの予約さえもままならない。これが欧州では隋一の働き者と自他ともに認めるドイツの実情である。ホンマに鍛えられますわ。

息子が日本へ行く日は近づいてきたものの、道場探しは相変わらず難航で、受け入れてもらえる大学は見つからずモヤモヤする毎日。

 

数か所の大学に断られ続けてもうダメかと思ったのだが、そのうちの一つの大学からもらった返信にハタと思い当たるヒントがあった。

曰く、外部からの練習生を受け入れることが出来ないのは、怪我や保険の問題があるからということで、そこまでは今までと同じ。その上でこの担当者の方は、まずはどこか町道場に入門してはどうかと提案してくれた。町道場は大学と違って比較的誰でも入門できる。調べてみると外国人がいる道場もけっこう多い。

入門すると、指導者を通じて全柔連に競技者登録ができる。そして連盟から登録番号を付与してもらう。その上で大学に出稽古に来るということであれば問題ありません、と続いていた。

 

なるほどー、そういう道があったのね。

やった、希望の光が見えてきた。

それっとばかり、さっそく地元の道場にメールを送り、かくかくしかじかで息子を入門させていただきたいのですが如何なものでしょう、と問い合わせるもなしのつぶて。思い切って電話するも誰も出ず。うーん、外国人はイヤなのかなあ、返事ぐらいは欲しいんだけど、とヤキモキしていたところ、数週間たって別のメールアドレスを発見し、再度連絡してみた。すると今度はすぐに返信がきて、「以前のメールも届いてはいたが、こちらから何度返信してもエラーで帰ってくる」とのこと。なんだ、勝手に気を揉んじゃったわ。

そして驚くほどあっさりと、来ていただいて結構です。日本に着いたら連絡してくださいと許可が出た。もう拍子抜けするやらうれしいやら。

ああやっと。これで何とかなりそうかな。詳しい事は日本に着いて、稽古を見学させてもらってお互い納得できればという感じではあるが、取りあえず道筋がついたということで、ここ数か月に渡る机上の東奔西走がやっと終わりを告げた。

 

何だかんだで長い道のりだった。何しろ私は柔道のド素人。一から手探りで日独の制度やら外国からの出稽古について検索しまくり、あちらへメール、こちらへ電話といった感じで少しずつ知識を深めていった。

おかげで、今この瞬間限定なら、日本へ柔道修行に行きたいドイツ人のためのエージェントになれそう、と錯覚するほどには詳しくなった。笑ウインク

 

そういうわけで、息子の受け入れ先は(正式には)まだ決まっていない。でも今のところは何とかなるかなと思っている。

 

日本行きまであと約1か月。相も変わらずのんびり屋の息子に少しずつひらがなを教えながら、日本の心得についても

「何かわからないことがあったら、教えてください、とお願いしなさい。ドイツ人は日本人ほど頻繁にお礼を言わないけど、日本では何かしてもらったらすぐにありがとうございます、やで」などとにわか仕込みを試みる毎日。

どうせ私の言うことなど右から左へ抜けていくのであろうが、取りあえずやっておこう。日本に行ったら私のサポートなしで自力で頑張ってもらわなければならないのだから。あらゆる面で鍛えられて一回り大きくなって帰ってきてほしい、と心から願う母。そばでこっそりあくびをかみ殺している息子。笑い泣き

相変わらず息子の柔道の受け入れ先を確保すべく東奔西走している私。(というのはもちろん大げさで、実際はパソコンの前に座って微動だにせず、動かすのは指先だけの話💦)

 

受け入れ先が決まらないこともさることながら、私はあることが気になっていた。

 

今の日本の体育会系クラブってどんなものなの???グラサンキョロキョロキョロキョロ

 

私は何しろ体育会系とは縁がなく、今の大学のスポーツ系部活動がどのようなものかさっぱりわからない。

インスタグラムなどで見る柔道部員の学生はみんな強そうでたくましそうで、部の中でしっかり人間関係も出来上がっているように見える。 

うちの息子のような小柄で、どちらかというと内向的、しかも日本語もおぼつかない人間が溶け込めるのだろうか。

 

今回初めてAIの助けを借りて、いろいろな大学の情報収集をしたのだが、

「〇〇大学は留学生も多く、外国人の受け入れも慣れていますが、△△大学は多少昭和的体育会系の気質が残っているかもしれません」

などどあり、ガーン。私は昭和的気質がすべてではないが、いろいろと苦手なのである。スポコンなどはその最たるもので、何でこの私から息子のような人間が生まれたのか。

 

私の知識は日本を離れた25年前でぴたりと止まっているので、いろいろよくない空想が頭をもたげてきた。

「オレの酒が飲めないのか」と飲み会でアルコールを強要させられたり、体育会系だから多少の上下関係は仕方ないとして、暴力沙汰があったりしたらどうしよう。

高校の時、バドミントン部の顧問の先生が『オレも大学の時、ふがいない戦い方をした後輩を殴ったことがある』というのを聞いて、ギョッとしたので、そんなところに大切な子どもを送り込むのは絶対避けたいのである。

 

心配になった私は妹や日本の友達に電話をして昨今の事情をいろいろ聞きだしてみた。

 

「えー、今はコンプライアンスがだいぶ浸透しているから無理にお酒を飲ませるという風潮はかなり廃れたんじゃない」

「第一今どき暴力沙汰なんかあったらすぐ動画を撮られて拡散されるから、それはさすがにないと思うけど」

とみんなに笑われた。

 

ホッ。どうも浦島太郎状態で困りますわ。笑

 

1か月ほどたってから、連絡を取り合っていた大学の顧問の先生からメールが来た。

小生のでき得る限り模索しアプローチして参りましたが、(中略)残念ながら受け入れは難しいということになりました。力が及ばず申し訳ありません」という丁寧なお断りだった。

 

ダメだったかー。

見知らぬ外国人のために職員会議で受け入れ可能か協議されるなど様々に骨を折っていただいて、正直それだけでも感謝である。

この先生はご自分が大学生の時、ドイツ人の柔道家と交流があったそうで、縁を感じてくれたのか何とか息子を受け入れられるよう何度もご連絡をいただいたのである。

とはいえ、何となくうまく行くのではないかと心の中で期待していた部分もあり、がっかりしたことは否めない。まだ振出しに戻るである。

 

そういうわけで、息子の受け入れ先は相変わらずまだ決まっていない。さてこれからどうなるか。

 

そうだ、こうなったらやはりあの手しかないか。方々から断られる中で一つ思いついたことがあった。(続く)

18歳の長男が日本へ行くことになって、語学学校および柔道の道場探しに追われる日々が続いている。

 

語学学校の方はすんなり見つかり、手続きも済ませたのだが、肝心の道場探しはなかなか前に進まない。

なにしろ私自身が柔道に関してまったくの門外漢なので、初めから手探りの状態でどこをどう探していいのやらさっぱり・・・。

町道場の情報はそれなりにわかったのだが、修行目的で行くからにはやはり大学レベルの道場で揉まれなければ楽しい思い出作りで終わってしまうわけで。

行き詰った私は2年前一時帰国の際お世話になった高校の柔道部の先生のことを思い出し、図々しくもお電話させてもらった。「そうですね~、この圏内なら○○大学とか△△大学とか・・・」と幾つか教えていただいた。

 

それさっそく、ということで次はその大学のHPにアクセスし、大体どんな雰囲気なのかをつかもうとしてみる。最近の大学の柔道部はほとんど皆インスタグラムのアカウントもあって、メンバーの様子なども見ることができる。

驚いたことに、結構な数の大学で外国人の部員の写真が載っている。留学生や出稽古に来た人たちなのだろうが、柔道がJUDOとして本当にインターナショナルになったんだなあと感じる。

 

これだったら息子も心強いかも、と思ったのだがその後がなかなかうまく行かなくて・・・。

連絡を取ってみたいくつの大学から異口同音に帰ってきたのは、

1度や2度の出稽古ならいいが、コンスタントに稽古に参加できるのは大学に籍のある学生でないと難しい

やはり怪我のリスクがあるので、全柔連に入っていない人間を受け入れて、もし何かあったときの補償が降りない可能性が高い

ということだった。確かに柔道には怪我がつきものなので、もっともな理由である。

 

うーん、困った。

だんなは「修行に行くんじゃなかったら日本行きは取りやめ」と言い出すし、しかし息子は(そして私も)すっかりその気になってるし・・・。

幸い問い合わせをした大学のうち一つから大変ご丁寧な回答をいただき

「前例のない事ではありますが、息子さんのために職員会議で受け入れできるかどうか話し合ってみましょう」

と顧問の先生に言ってもらえた。

見ず知らずの外国人のためにここまで骨を折ってくれるなんて。ドイツではどちらかというと、規則だからダメなものはダメ、という感じで双方あっさり引き下がることが多い。どうぞどうぞうまく行きますように。愚母の祈り通じるか。お願い

 

しかし今回の道場探しのプロセスにおいて、実は一番緊張したのが久々に使う日本語の敬語であったという体たらく。

 

なにしろ日頃は子ども達に話しかける

「ちょっとぉー、○○なんだけどさあ」とか「ほれ、あれ何て言うんやったっけ、あれ」

みたいな超タメ口だったのが、久々に面識のない方に問い合わせをする最上級の日本語敬語を使うことになって緊張したのなんのって。(笑)

 

メールを書くときは御中をつけなきゃ失礼な奴と思われるのかな、最後尾には敬具とかつけるのかしら、とわざわざネットで「メールの書き方」なるものを検索したり。

国際電話で問い合わせる前には、

「もしもし、ワタクシ、悪妻と申します。息子の柔道の稽古についてお伺いしたいのですが、こちらでよろしかったでしょうか」

口の中で予行練習する始末。あー、本当に日ごろのガサツさが思われるわ。

ドイツ語の敬語は割と簡素で、微妙に織りなす幾通りものレベルがあるわけではないので、長年それに慣れきっていた。

 

しかしさすがは礼儀正しさでは世界に名だたる(?)日本人。電話に出た方はどなたも非常に丁寧で優しく対応してくださり、しかも時間を取ってくださった。

ドイツでは「はい、何?えー、こっちでは詳しい事はよくわからないわ。はーい、お役に立てなくてごめんなさいねー」みたいな対応が珍しくないので、本当にホッとしたわな。

 

そういうわけで息子の道場の受け入れ先はまだ決まっていない。さてどうなるか。(続く)