ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -10ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

同じ町に住むドイツ人マダムのハナのお宅におじゃました。

ハナとは、散歩仲間のマダムEを通じて7,8年ほど前に知り合った。70代の小柄な婦人だがパワフルでものすごく知的な人。なんと80年代の中国に仕事で数年間住んでいたという珍しい経歴の持ち主でもある。

 

ハナは書くことが趣味で、市民講座で何年もライティングの講師を務めている。

今回のプロジェクトは「どこにいてもよそ者」というタイトルで、参加者はそれぞれ3~5ページのテーマに沿った文章を投稿することになっている。最終的には一冊の本として自費出版のような形で販売されると聞いている。

 

私は長いことハナに会っていなかったのだが、共通の知り合いがこのプロジェクトに参加していて、私のことを進言してくれたという。

そうだ、アクサイは日本から来てドイツに住む外国人、さぞかし興味深い体験をしているであろうという事で、私のことを思い出してくれたハナから連絡があり、久しぶりに会うことになったというわけ。

 

私は語学学校を卒業以来、ドイツ語で書くという事をとんとしてこなかったので、ゲゲッ、このプロジェクトに加わるのはかなり荷が重いなとしり込みしたのだが、ハナがインタビュー形式という形で、ライティングを引き受けてくれるという。それならという事で、あっさり首を縦にふった私。なんといってもテーマが、日ごろから考えないようにはしているけど、何かの拍子に蓋が持ち上がると胸の奥がズキンとうずく「どこへ行っても疎外感」、「どこにいても蚊帳の外」だったから。

 

隅々までよく手入れの行き届いた趣味のいいお家に足を踏み入れる。

今日は初顔合わせという事で、すぐにテーマに入るのではなく、私のドイツでの生活についてもっぱら話を聞いてもらった。

 

私がどういういきさつでこの国にやって来て、何に驚き、何に喜び、ドイツという国でどのようなカルチャーショックにあったか、ひたすら聞いてくれる。

人が自分に興味を持ってくれて自分の話を聞いてくれるのは本当に貴重である。

特にドイツのような(ほかの欧米諸国もかな)国ではみんな自分のことをしゃべるのに忙しく、人の話をじっくり聞いてくれる人は心理カウンセラーを除くとピンセットで注意深くつまみ上げるくらい珍しい。

 

ドイツは別に悪い国じゃないけど・・・

どうしてドイツ人女性とは仲良くなるのがこんなに難しいんですか

どうしてお茶しようよとか家においでよという仲になるのにこんなに時間がかかるんですか

どうして外国人の私がいつも寄って行って話しかけなきゃ向こうからは全然やってこないんですか

 

そこまで言うつもりじゃなかったのに、ハナの優しい態度に何かが緩んで胸の奥から矢継ぎ早に言葉が溢れ出す。

私に言葉を浴びせかけられてもイヤな顔一つせず、共感したり説明してくれたりする。

あのね、ドイツ人も心の奥で不安なのよ。外国人と接して間違ったことをしちゃったらどうしようとか、ただしね、これらの事は無意識の層にあるの。だから自分でもよくわかっていないのよ。

 

そして彼女は自分自身の外国文化との邂逅についても語ってくれた。

 

私はラインラント(ドイツ西部)で生まれたんだけど、50年代の半ばからトルコやイタリアからガストアルバイター(外国人労働者)がドイツにやって来たのね。住んでいる町の奥にイタリア人の居住区があったんだけど、ドイツ人は陰でイタ公とかスパゲッティ野郎と呼んだりしていたわ。ま、はっきり言って見下していたのよね。

 

そんな時代に私の父はビジネスマンで60年代にイタリアに出張に行って現地のパスタや何やらおいしいお土産を持って帰ってくれたの。だから私にとって外国というものは最初からワクワクする興味のあるものだったの。

今でもそうよ。だからあなたが今日来てくれて本当にうれしい。あなたから何を学べるかワクワクしているわ。

 

ああ、だから彼女自身も知らない文化にオープンで、こんな一介の日本人の話が聞きたいって呼んでくれるような人になったのね。

彼女のようなインテリと私のような野人悪妻ではつり合いが取れないと早くも心配になってしまうのだが、他に日本人がいないから仕方がない。なんとか期待に応えられるように私のありったけの知性(あるのか、そんなモン)をひねり出さなくては。

 

緊張すると、ドイツ語もつっかえがちになる私が、今日はスラスラと言いたいことが泉のように湧き出てくる。ちょっとぉー悪妻サン、今日はドイツ語が上手な人みたいじゃないと錯覚を覚えるほどである。

相手が聞き上手で、私の中にあるものを上手に引き出してくれるので、インスピレーションが自然に降りてくるというか、あれもこれもと言葉が出てくる。

 

今回のプロジェクトのために、私が今まで書き溜めたブログの中からテーマにふさわしいエピソードを次回紹介することにしてお宅を後にした。

さてどのエピソードを紹介しようか。

昨日は一日を通して春日和の穏やかな天気だった。

旦那の運動不足を解消しようと、午後、下の娘も連れて野生馬の保護区がある森林へと車で出かけた。

 

ところが昨日の私はどうも軟弱クン。半分ぐらい来たところで早々とリタイヤ。旦那と娘を残して先に車に戻ることにした。

かなり大きな牧草地を過ぎ、急ぎ足で森の小路を進んでいたところ、前方から犬を連れた若いカップルが来た。

道の幅が狭い上、茶色の犬が大きかったので、私は左側に寄って彼らを通してあげようとした。犬はなぜかすんなり通ろうとせず、手綱をもったお姉さんは右へ左へとユラユラ。私はニコリとして待っていたのだが、彼女はイライラとした口調で、「ちょっとあなた、反対側にどいてくれた方がよっぽどよかったのに」「えっ」「そうよ、もうこんなバカみたいなことにならずに済んだのに何とかかんとか・・・」

 

一瞬何を言われたのかピンと来なくて、無視してそのまま立ち去ったが、歩いているうちにだんだん腹が立ってきた。何このエラそうなものの言い方。大体こっちが場所を譲ってあげたんだから、「ありがとうございます」でしょ。事実、他の人達はみなこう言ってたし、私もそう言う。それをお礼を言うどころか文句をつけるってどういう事!?あんたの犬がどっちへクネクネするかこっちの知ったこっちゃないつーの。

人を人とも思わないこの態度。年のころは20代の終わりか30の初めぐらいで、身なりもスタイリッシュであったがこんな女はダメだ。私の大っ嫌いなタイプ。

憤懣やるかたない私は、旦那と娘が戻ってきたところでさっそく今しがたあったことを報告。

旦那も顔をしかめて、「そりゃとんでもない奴に遭遇したな。おい、お前はそんな人間になったらだめだよ」と娘に言い聞かせた。

 

車を走らせてしばらくした後、

「あのさ、さっきのその女、僕が一緒にいたらそんなこと言ってたかな」

それよそれ、私も今同じことを考えていた。旦那が側にいたらおそらくあの女は私に何も言わなかっただろう。私が一人でなかったら、私の見た目が明らかに外国人じゃなかったら、私が彼女と同じくらい背が高かったら、私が男性だったらあの女は同じ事を言っただろうか。

 

こういう日常生活に潜む優越感というか、傲慢な人間に時々遭遇するのがドイツの嫌なところ。

今まで住んできてあからさまな人種差別はなかった代わりにこの鼻につく優越感はちょこちょこあったかも。

 

「僕だってさ、あのまま東ドイツに住み続けて狭い世界でしか物事が見られない人間になっていたら、今ザクセン州で問題になっている差別主義者と同じになっていたかもしれないよ」

ベルリンの壁が崩壊した後すぐに西側に出てきた旦那は言う。

いや旦那はそうはならなかっただろう。そもそもそういう人は最初から西側に出る勇気などなかったはず。

私が時々遭遇するのはどちらかと言うと、無知無教養で自分のうまく行かない境遇をやみくもに外国人のせいにする層ではなく、学歴もあって世間的に教養があるとされている層の鼻持ちならない優越感。私が道の真ん中を歩いているんだから、あなたは端によってちょうだいとでも言いたげな鼻高々な態度。

しかも、自分たちは進歩的で高い教育を受けていて差別だなんて全く無縁と思い込んでいそうなところがまた腹が立つ。

 

あのような女に再び不意打ちを食らったときすぐにカウンター攻撃に出られるように日常生活でも構えていないと。本当はそういうのイヤなんだけど。

あんな奴は飼い犬に手を嚙まれてしまえ。

 

あーあ、最近の私何だか猛々しいワ。ストレスが溜まってるのかしらん。それで、ゆったりリラックスしようと散歩に出かけたらこんな女に遭遇するんだからツイてない。

 

いいわ、来週は優しくて実に教養のあるドイツ婦人に会う約束がある。あの人に会ってドイツ人にだって色んな人がいるんだというバランスを取らせてもらわねば。

数週間前に、不動産屋のサイトでよさそうな物件を見つけた我が家。
内覧の結果、借家人としての最終候補に残ったという連絡をもらい、今週大家さんとの面談があった。
ここで双方が納得すれば契約書にサインしてあの家は晴れて我が家が借りられることになる。
 
ここまで来たらよっぽど悪い印象さえ与えなければまず大丈夫。

いつも通り普通に礼儀正しくフレンドリーに臨めば問題ないだろう。しょせん人間の中身なんて第一印象ではわからないんだし。私がただの悪妻愚母であることは大家さんが透視能力者でもない限りわからないのだから、ボロを出さなきゃいいんだわよ。

あとは・・・お金を持ってそうな身なりをすればいいのかしら。などと考えてしまうのが私の相変わらず浅はかなところ。

今回私達のケースを担当している不動産屋のM女史は50代後半と見受けるが、いつも洗練された身なりで、きちんとアイロンのかかったブラウスやパンツスタイルで、傍らに置いてある仕事用のバッグはなんとルイヴィトン!

かといって私ヴィトンなんて持ってないし。ブランド物のバッグ一つも持っていない私はあれこれ考え、何とかスマートカジュアルに見えそうな格好で旦那と二人面談の場所へと向かった。

 

不動産のオフィスドアを開けると、M女史と並んで話をしていた男性が笑顔でこちらを振り返った。白髪の70代後半ぐらいに見える、この人が家の持ち主のKさんだろう。

その人を見た途端、私は確信した。この人はきっといい大家さんに違いない。なんというか醸し出す雰囲気が善良そうである。店子からゼゼコをがっぽり絞ってやるでぇみたいな悪徳大家とは無縁の人物に思える。

 

話し合いが始まって、M女史もすぐに

「Kさんはとても公正な方ですよ。ここ何年もの間家賃を上げたことはほとんどありません。大きな修理が必要になった時はこちらで費用は負担します。Kさんの希望は、きれいに使って、長く借りてほしい。それだけです」

ドイツでは家賃が高騰している中、この家を良心的な値段で貸し出している点からもそれは伺える。

 

約1時間みっちり契約に関する話をして頭がくらくらしてきたところで、ようやく

「さあ、どうですか。何も質問がなければ契約に移りましょう」

10ページ以上ある契約書の数か所にサインをしていく。大家さん用とうち用に2回ずつ。これにて契約成立!あの家を借りられることになった。

 

正式に契約がスタートするのは来月の一日から。(エイプリルフールではないですよ、と大家さんは笑った)

こちらが望むなら来週にでも家の鍵を渡すという。ただしその前には1か月分の家賃+敷金を振り込むのが条件。

 

不動産屋の社長が入ってきて、

「おめでとうございます。この家でどうぞ幸せな日々を送ってください」と握手しに来た。

ありがとうございます!本当に決まってよかった。この数か月、住むところが決まらなくてモヤモヤした落ちつかない日々だったから、やっと決着がついてホッとした。長い一日だった。疲れたけど、安堵の思いで事務所を後にした。

 

あとは、今住んでいる家の新オーナーとなったギリシャ人家族と話をつけて、解約するのみ。向こうは向こうで早く私達を追い出して移ってきたがっていたので、びっくりするだろう。

 

数週間前お姑さんとその事を話したとき、首を振り振り

「どうしてまたあんな廃墟に入りたいのかしらねえ」

廃墟とはまた大した言い草ではないか。おかしくてゲラゲラ笑ってしまった。

お姑さんの頭の中で我が家のイメージはこんな風ダウンになっているのかしらん。さすがにそこまで言われると家が可哀そうなような・・・。

 

私は日本出身のせいか、今の家でも十分大きくて、小さいとはいえ庭もついていたのでかなり満足だったんだけどな。ある意味日本から来たからこそ感じられる幸せだったかも。

 

旦那の方はドイツ人らしくサバサバと「ま、最初はひどい話だと思ったけど、最終的にいい家が見つかって今よりいい町に引っ越すんだから思わぬラッキーだったよな」とイヤな思いをしたことはすっかり忘れたように笑っているが、日本人である私はどうも根に持つというか、すべてをあっさり水に流すことができない。

あのギリシャ人ファミリーに会う機会は多分もうないと思うが、もしそんなことになれば、「あなた達のおかげで私達も今よりずっと素敵な街に引っ越すことになってよかったわー。じゃ、あなた達はこの廃墟でせいぜいお幸せに~」と最後にちくりと言ってしまいそう。あかん、書いていたら言いたくなってうずうずしてきた。ウインク

先週から急に暖かくなってきたドイツ。

その前の週まで氷点下の日々で冷たい風に首をちぢめていたのが、今や小鳥はピルピル、クロッカスが咲き乱れ、気温も10℃を超える毎日。

公園に咲き乱れるクロッカス。毎年の春の訪れ。絨毯のように広がる様は毎年ついカメラを向けてしまう。

こうなると、オープンカフェも道の端までテーブルを広げ、大勢の人が腰を下ろして食事やおしゃべりを楽しんでいる。中の席が空いていてもガラガラでわざわざ外で日光に当たるのである。

えーまだ外で飲食するには寒いと思うんですけどーと思ったのは、ドイツに来て最初の年。まだ2月だというのに、太陽が出た日にはダウンジャケットを着てオープンカフェに座り、腰には貸し出しの毛布、足元はミニヒーターで談笑している。そこまでして日光に当たりたいかと当時はびっくりを通り越して呆れたが、そんな光景にももう慣れた。

若いお兄ちゃんだと半そでTシャツに短パンというややフライング気味のファッションで、風邪引かへんかいなと思いながらも、ああこの人達春の到来がうれしくてたまらないんやろうなと理解が湧くようになった。長く厳しい冬が去り、春がやってくるとドイツ人の機嫌もよくなるから助かるわー。

花屋さんにも色とりどりの春の花が並び、パッと目を射る。灰色一色の冬を抜けていきなり色の海、海。どうしたってテンションが上がるわー。

 

季節が変わりつつあるせいか、我が家にも新しい変化が。

 

先日見学に行った家の不動産屋さんから電話が来た。

「申し込みされた家についてですが、お宅が借家人の最終候補に残りました。つきましては来週大家さんとの面談をセッティングしますので事務所に来てください」

 

キター。こちらの方も春が来てサクラサクとなるか。南無南無、何卒よろしくお願いします。🤞

 

先日見学の後で街の中心地へと続く橋の前でパチリ。見た感じかわいいドイツ風の街並み。ここに住めたらいいなあ。

 

あーあ、何か急にイヤんなってきたわ。自分のことしか考えないギリシャ人家族も売り上げのことしか頭にない不動産屋の跡継ぎ娘も。

私はドイツにおける日常生活の中で、出来るだけ礼儀正しくフレンドリーでいるよう心掛けてきた。ギリシャ人と不動産屋が来た時もそれぞれ丁寧に出迎えた。し・か・し・今日からは考えを改める。趣味のグループなどのプライベートの領域ではそのままだが、ことお金が絡む場合はたやすく愛想を見せると、この国ではすぐに利用される。旦那とも話したのだが、人のよさは残念ながらこの国ではなめられることに繋がりやすい。

日本式にこちらが一歩引いて、などしていると、あら、あなた自分を下に置くのね。ということは私がマウントをとってもいいってことね、みたいな感じですぐに調子にのる。男も女もそんな感じで、オッサンの場合、これにプラスして自分に気があるのだと誤解されちょっかい出されそうになったり。いろいろ芋ずる式に思い出されるとあれやこれやともうマジで腹が立つわ~。

もちろんこんな人ばかりではなく、謙虚で物をわきまえた人もいるが、それでもその割合は日本と比較すると確実に少ないと思う。

 

このような自分の事しか考えない、肘鉄で周りをかき分けながら私が私がと前に進んでいくような有様をドイツ語でEllenbogengeschellschaft(エレンボーゲンゲゼルシャフト)という。エレンボーゲンは肘、ゲゼルシャフトは社会で、文字通り肘鉄社会である。

 

私がアマちゃんだったのだと言われればそれまでだが、日本から来ると、この肘鉄社会に時々本当にうんざり。

 

私だってドイツの素敵なところ、すばらしい人についてのブログを書きたい。しかしながら現実はこんなもので、この野郎~いい加減にしっろーと叫びたい毎日。やはり悪妻愚母としての日ごろの行いの祟り?

ただでさえガラが悪いのに、怒ってばかりじゃ人相も悪くなるっちゅーの。

 

唯一の救いは、私が怒りのパワーで燃えるほど元気になってきたということぐらいか。2年前だったら確実に落ち込んで奈落の底に沈んでいってた。今の私はこんな奴らのために絶対に落ち込んでやらない、闘うのだという闘志さえメラメラ湧いてくる。炎

 

春の訪れを告げるスノードロップが顔を出した。これからだんだん暖かくなれば気も晴れるかな。