ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -3ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

週末の土曜日、上の娘と出かけていて、帰りの電車駅で小さなハプニングがあった。

 

同じ電車で降りた数人の若者グループが前を歩いていた。黒いもじゃもじゃ頭のアラブ系の集団である。

 

私と娘は彼らの横をすり抜けて階段を下りて行った。その時も視線を感じたが、何も言われずそのまま歩いていった。

私達は一旦バス停で明日の時刻表をチェックした後、再び戻ってきたところ、そのグループが駅の前に立って談笑していた。

私達が来ると、あからさまにじろじろ見てきてニヤニヤ笑っている者もいる。通り過ぎる時何かごちょごちょ言ってきて、無視しているととさらに「ニーハオ」、「ニーハオ」とおかしな声で呼んできた。

私達が徹底的に彼らを無視して歩き続けると、さらにBehindert(障がい者)という声まで飛んできた。

 

相手は10代の終わりから20代前半の若者で、180cmを超える大きめの子もいた。6,7人はいたと思う。昼日中ではあったが、周りには誰もおらず多勢に無勢。二人の小さいアジア人女性ではどうすることも出来ず、何も聞こえなかったかのように先を急いだ。

何て失礼な奴らだろう。娘は小さく「Whatthefuck」とつぶやいた。

それ以上は何もなく、近所で見たこともない輩だから会うこともないだろうが、あんな奴らが同じ町に住んでいるかと思うと本当に腹が立つ。

 

旦那に事後報告したところ、言い返したりすればトラブルになる可能性もあったわけだし、無視したのはベストな対応だったと言われたが、腹の虫が治まらない。

 

このヨーロッパで時折遭遇する「ニーハオ」と声をかけてくる輩。単なるアジア人への挨拶のつもりの人もいるが、悪意を持ってからかう意図でこの言葉を投げつけてくる輩も多い。私はそういう奴らを「ニーハオ魔」と呼んでいるが、そういう経験をしているアジア人は多いらしく、ネットで興味深い記事を見つけた。

 

 

さて。ここまでは「悪意のないニイハオ」について解説してきたが、実は日本人が海外で言われる「ニイハオ」にはもう一つの種類がある。それはアジア人を馬鹿にしてやろうという差別意識に基づいた「悪意のあるニイハオ」だ。

このニイハオは、単なる挨拶として言われるわけではない点が、すでに紹介した「悪意のないニイハオ」との最大の違いだ。ニヤニヤしながら何度もニイハオと連呼してくるだけでも嫌な気分にさせられるが、ニイハオの後にアジア人に対する差別的な言動(よくあるのは「ちんちゃんちょん」等)や、カンフー映画の真似、吊り目ポーズなどの差別的な行為とセットであることも少なくない。

 

私も悪意のない「ニーハオ」はすぐわかる。

夏休み旅行で訪れたクロアチアのレストランで、ウェイターのお兄ちゃんに「ニーハオ」と挨拶されたが、それはフレンドリーなトーンで、ただ単にこちらを中国人と思ったからというのが伝わってきた。(ちなみに旦那が「彼女はジャパニーズ」といったところ、すぐに「おお、コンニチハ」)

以前にアフリカンフェスティバルでも黒人のおじさんに通りすがりに「よっ、ニーハオ!」と声をかけられたが、話をしてみると、アジア人にはみんなニーハオと挨拶するものと思っていたようで、単に声をかけたかったということだった。

 

そして、この「悪意のあるニイハオ」が含有する差別意識や侮蔑的な感情というものは、同じ言葉や同じ文化を共有してない人間同士であっても伝わってくるのだ。そこには目線、表情、声色、行動...などさまざまな要因があるのだろうが、おそらく経験したことがある人は全員一致で「ニイハオに含められた悪意は必ずこちらに伝わる」と言うのではないだろうか。 

 

まさにその通り。ニーハオに込められた悪意は必ずこちらに伝わる。

 

このアラブ系集団はドイツ語で話していたので、ドイツで学校に通った者達だと思うが、一体どんな教育を受けたのだろう。

旦那に言わせると、正しい教育の欠如、及び彼らの両親の国で女性を扱う基準がヨーロッパのそれと著しく異なるのが問題だと言うが、ホンマにどないなっとるっちゅーねん。誰か教えてほしい。

 

いつもながら思うのが、旦那が側にいたらまず何も言ってこなかっただろう、こちらが大柄の女性だったら、明らかに外国人でなければ、アジア人でなければあのニーハオ魔たちは別の反応をしていただろうか。

 

神様!どうか来世は私を185cmを超える屈強な男として生まれ変わらせてください。筋骨たくましく眼光も鋭くてワルどもがビビッて寄ってこないような。それはそれでいい人も怖がって近づいてこないような気もするが・・・。

とっさに浮かんだイメージはゴルゴ13。やだー、今世は悪妻・愚母だったのが来世は一転してゴルゴだなんて。😆😱

 

もうとっくに夏休みは終わって新学期も始まっているんですが・・・、一応夏休み編最後のイタリアトリエステについても書いておきます・・・。

 

 

スロベニア、クロアチアと来て最後に訪れたのが北イタリアのトリエステ。

トリエステは古い町で、歴史のカケラが街のあちこちに顔をのぞかせる。

 

滞在先のアパートから旧市街に行く途中ひょいと顔を出すアーチ(Arco di Riccardo) 

なんとローマ帝国時代、紀元前約32年に建てられたものとか。そんな歴史的建物が現代の街並みに溶け込んでいるところに何というかイタリアの底力を感じる。

 

今回、なぜ多くの人がイタリア、イタリアというのかがわかった気がした。

実はイタリアは10数年前に一度別の町に来たことがある。しかし、その時は子ども達が小さかったためあまり外出もできず、泊まったホテルはイタリア語よりもドイツ語が頻繁に聞こえてくる有様であまりイタリアを堪能できなかった。

日帰りで足を伸ばしたベネチアではさすがにその絵のような美しさに打たれ、誰もが生涯に一度は訪れるべき場所と思ったけど、それ以外にはたいしてイタリアのよさを知らずに帰ったのだった。

 

今回は子ども達も全員10代の若者となり、私も街歩きが出来るようになり、わずかながらもイタリアを知ることが出来た。

 

まず町が美しい。

トリエステの中央にそびえるイタリア統一広場。

白亜の建物が壮麗で、観光が苦手な私でもさすがに美しい!と声が出る。

ハプスブルク家の支配下にあったせいか、雰囲気もどことなくオーストリアに似ている。

これが夜になるとライトアップされてまたおとぎの国のよう。

わー、きれい。ディズニーランドみたい。って例えが貧困?(しかも行ったことないんですけど)💦

 

そして食べ物がおいしい。

海産物が豊富だし、生ハムもあるし、全体的に何を食べてもおいしかった。

この生ハムカッターもまたおしゃれなデザインで。

肉屋のお兄ちゃんも愛想がよく、親切だった。

そしてイメージ通り、おしゃれでセンスがいい。

ファッションも街並みもカフェのインテリアもついカメラを向けたくなるようなスポットが本当に多い。

 

偶然見つけたこのカフェは内装もレトロで可愛らしく、かなり好み。ウェイトレスのお姉さんもフレンドリーで笑顔が印象的だった。

ガラスケースに並べられた色とりどりのケーキがまた宝石のようで。

ドイツには珍しい小ぶりなサイズ。

チョコレートケーキやキッシュのディスプレイもきれい。

メニュー表までオシャレ。さすがイタリア、細部までセンスがいいわ。

ちなみにテラス席では、地元の偉いさんとおぼしきお爺さん達がこの暑いのにスーツをビシッと着て、談笑していたのが印象的だった。

 

最後の日に街をウロウロしていたら、すごく趣のある古いお店が目に飛び込んできた。

さっそく中を見ていると、なんとここは薬局屋さん。20世紀の初めに建てられた歴史ある薬局らしく、壁に所狭しと並んだ薬瓶?が印象的。

薬局まで絵になるなんて、本当にどこまでも見せ方を知っている人たちだな、イタリア人って。

今回は駆け足の滞在で有名どころの観光は出来なかったけど、やっぱり私は気ままに街を歩いて、こういう自分好みのスポットを見つけるのが好き。

さすがはパスタの国。スーパーで見つけたこれ全部パスタのマグネット。お土産に良さそう。

 

そして人が陽気で温かかった。

 

私達が滞在したアパートの管理人さんも、私のイメージする典型的イタリア人で、陽気で親切、何かしゃべっては二言目には笑い出し、話がはずんで娘が「ママ、長いことお話ししていたね」

旦那のあまり面白くないギャグにもコロコロと笑い、いつもシラーとしている私は彼女を尊敬。こんな人が周りに2,3人いたらどんなに楽しいだろう。そして歌うようなイタリア語はやっぱり聞いていて楽しい。

 

街中で、お婆さんが自分の孫だかベビーカーに乗った赤ちゃんに「〇〇や~、おお、かわいい、かわいい」と頬ずりして感情を目一杯表していたのが印象的だった。ドイツじゃあまり見たことがない光景だ。こういう、喜怒哀楽の喜と楽を素直に表現する民族って好き。

 

本当に同じヨーロッパと言ってもラテン民族とゲルマン民族じゃ全然違うんだなと実感。

 

ドイツに帰ってきた後、数日だけだったけど、イタリアの余韻が残っていたのか、私も笑顔で、青空市場でも大きな声ではきはき「○○ください!」と明るく振舞っていた。

 

やっぱりこれからも夏は海のある国で過ごしたい。海に入って陽気な人達に触れてリフレッシュして帰ってくる。ドイツの長い冬に対抗する明るさをいっぱいに詰め込みに行くのだ。 (終わり)

今週から子ども達の新学期が始まった。

 

幸いきれいな秋晴れ。

2年前までは子ども達3人とも同じレアルシューレに通っていたのだが、長男は卒業、上の娘は最終学年、下の娘は今の町で新しい学校に通うということで、今月からは全員別々の学校に通っている。

 

初日の火曜日は、下の娘を連れて新しい学校に行ってきた。

 

授業が始まる前に教室に行くように、と前日秘書課の人に言われただけで、先生の名前、クラスの人数、女子はどのくらいいるのかなどなどさっぱりわからない。

 

朝、初めてのバス停に二人で歩いていく。見慣れないアジア人二人がとことこ歩いているので、気のせいか周りの視線を感じる。

娘は前日からドキドキしていて硬い表情。下を向いたまま歩いていく。幼稚園からいつも兄や姉がいたから心強かったのが、今日からまったく新しい環境に一人で飛び込んでいくのである。

 

「あー、私、一人だけ新しい生徒かなあ」

「男の子だけのクラスだったらどうしよう。(娘は数学コース)」

「ああ、もう学校行きたくないよー」

 

苦笑いしながら不安を吐き出す娘。娘の緊張が私にも伝わってきて胸がキュウっとしたが、

 

「最初の日は本当に緊張するよね」

「あんたは人懐っこいからきっとすぐにお友達ができるよ」

と励ます。

 

学校についてバスを降りる。

 

この周辺は2,3校学校がかたまっているので、大勢の生徒が登校しているのだが、やっぱりドイツの学生って大きいわ。成人と変わらない背丈の子が沢山いて、あなた達、本当に学生ですか?

おまけにこの肌寒いのにへそ出しTシャツで煙草をスパスパふかしながらやってくるネーちゃん達の姿も。どんなガラの悪い学校じゃいと不安に思っていると、彼女たちは別の学校に消えていったのでホッ。

 

キャンパスにはたくさんの生徒達がいて、久しぶりに会った友達同士きゃあきゃあ言っているが、当然娘は誰も知らない。

一応教室まで付き添って行ったが、先生もまだ来ないし、一人で中に入っていく気にもなれず外でぐずぐずしている。

教室の中から男の子たちが好奇の目を向けてくるのがまたきまり悪い。

 

「あー、ママ、もう私爆発して消えてしまいたいよー」

「教室に入りたくない―」

「うう、みんな老けて見える。本当に同い年なの。信じられない」

 

確かに私から見ても、男の子たち大きくて日本だったら絶対成人に見える。しかし実際は13か14歳のはず。

「なんか全員少なくとも3回ぐらい留年してるんじゃないの」

「今が一番きまり悪い瞬間だよ。明日からはずっと楽になる」

と軽口をたたきながら、私もドキドキ。

 

あれやこれや考えていると、やっと先生らしい人がやって来た。経験豊富そうな白髪の混じった男性だ。

私は娘を前に押し出して、

「〇〇先生ですか。今日から娘をよろしくお願いします。初日でちょっと緊張しているんです」

とあいさつした。

 

先生は笑顔で

「ああ、大丈夫ですよ。うちのクラスはいい子が多いのでね。さ、行こう」

と娘を連れて教室に消えていった。

 

祈るような気持ちで、場を後にする。

こんな小柄な娘が放り込まれてなじめるんだろうか。新入りだし、出来上がっている仲良しグループに入れず一人ぼっちのままだったりして。いじめられたらどうしよう。

あれこれ考えだすと、ネガティブな空想が勝手に大冒険をはじめ止まらない。

 

初日は11時で学校が終わるので、再び迎えに行った。

校庭で一人ぽつんと待っていた娘。相変わらず下を向いてスマホをいじっている。

 

ドキドキしながら努めてさりげなくどうだったと聞いてみると

 

「ん、割と面白かったよ」との答え。

なんと幸いなことに、娘以外にも転校生が2人いて、その内の一人は女の子だったので、その子と一緒に行動したということだった。

いやー、よかった。それは本当にラッキーだった。娘にとってもかなり心強かったに違いない。

 

さっそく前の学校のクラスメートにSMSを送っている。

クラスメートの女の子から、

「あんたがいなくなって、一緒に行動する人がいなくなって私は超ヤな感じ。でもやっぱり転校してよかったよ。うちのクラスは相変わらずのカオスで授業になってないもの」

と返信が来た。

 

そうだよね、前の学校はちっとも楽しくない、興味が持てないってぶうぶう言っていたもの。転校はチャンスだと言ってたもんね。

最初の数日大変だと思うけど、頑張ってほしい。愚母も陰ながら見守っておりますよ。

 

最終日は、イタリアからちょっと足を伸ばしてスロベニアの港町ピランへ。約40kmで隣国との国境というのがヨーロッパたる所以と実感。ちなみにクロアチアも目と鼻の先で、雰囲気もよく似ている。

 

そもそも出発前は存在すら知らなかったピランに来ようと思い立ったのは、オーストリア人の友人の一言。

世界中を旅して今はアフリカに住んでいる彼が「スロベニアのイストラ半島へかかる港町は本当にいいところだよ」と教えてくれた。

さっそく検索してみると、確かに私の好きそうな古い港町がいくつかある。その中でも例のシークレット・スロベニアの管理人がおすすめしているのがピラン。はい、私の一存で出発決定。

 

ついてみると、かなり暑い!

ここはスロベニアに属してはいるが、クロアチアやイタリアに近いので雰囲気も気候もかなり南国っぽい。森と水の国スロベニアから海のあるクロアチアに近づいているのを感じる。道端に立つイチジクからは甘い香りがただよい、自由にもいで食べられるのもクロアチアみたい。

 

市街に入っていくと、私の大好きな曲がりくねった路地裏が現れた。こじんまりしていて観光地よりもローカル色が強い印象。

いきなり現れたピンクの壁に窓一杯並べられた緑の植物。

これはもうポストカードの世界だ。

 

 

こういう石畳の狭い路地裏を探索するのがすっかり好きになった。

こちらのレストランも絵に描いたようだ。その一方で海があるせいか、あか抜け過ぎないくだけた雰囲気が漂う。洗練されて近寄りがたい雰囲気ではなく、気さくで親しみやすい感じ。

 

沢山吊り下げられた鉢植えの植物が楽しい雰囲気。

夜になるとライトアップされてこれまた幻想的な世界になる。

中世の夜へタイムトリップしたかのよう。

小学校のようなところでは夜の9時近くでもグラウンドでスポーツをする子どもの歓声が響いてくるし、街の中央広場では子どもは遊び回り、大人は座っておしゃべりを楽しんでいる。ナイトライフといっても怪しげだったりゴージャスだったりするのでなく、ローカルに根差した生活の香りがする。

 

私はわかった。イタリアもクロアチアもそうだったが、こういう国は暑い。日差しも強烈で無駄に動くと体力を消耗してしまう。 だから午前中そこそこ働いて、昼は数時間のシエスタで体を休める。夕方になってやっと活動再開。夜も暖かいから自然広場に集まって遊んだり、遅くまで食事を楽しんだりして夜が更けていく。こういう南国のナイトライフ、本当にいいなと思う。

ドイツでは夏は駆け足だし、夜は肌寒い日も多いのでこういう文化が育ちにくいと思う。気候が人の性格を作るというのは確かにあると思う。

 

レストランで注文を取りに来たウェイターのお兄さんが「はい、こんにちは。言語はスロベニア語、英語、ドイツ語それともイタリア語?」とぺらぺらまくし立てるのも面白い。旦那が「ジャパニーズ!」とふざけて言うと、頭を抱えて「Ohノー、さすがにそれは無理」と笑っていた。全体的にフレンドリーで陽気な人が多かった。

 

今回は日帰りだったけど、次回はぜひ泊まってゆっくりしたいと思わせてくれる町だった。

スロベニアのザジャムニキ行きで小さな村にすっかり味を占めた私。他にもこんな穴場はないものか。調べて見ると、クロアチアのロヴィニからイタリアのトリエステに向かう際、世界一小さい町としてギネスブックにも登録されているHum(フム)という場所がある。人口はたった30人ほど。町というか村なのでは。

 

ネットの写真を見ていると、まるで絵本の世界で可愛らしい石造りの家が並んでいる。はい、訪問決定!

旦那や子どもは何でそんな辺鄙なところへわざわざ、とブスっとしている。お黙り、私が行きたいって行ったら行くのよッ。ムカムカ

 

曲がりくねった山道を登ること数十分。緑の中にその町フムが現れてきた。

 

下を見ると一面の緑。なんて見晴らしがいいんだろう。

昔ながらの石でできた家。こじんまりしていてどれも可愛らしい。

地味ではあるのだけど、素朴な飾りがうまく調和して素敵な雰囲気を醸し出している。

端っこでは文字通りのオープンカフェが一軒。

こんな見晴らしのいいところでコーヒーを飲んだりケーキを食べたりしたら最高だな。

すっかり路地裏マニアと化した私はここでも石畳の小路に魅せられっぱなし。

中世の世界に迷い込んだよう。コスチューム物の時代劇の撮影場としてもふさわしいのでは。

どこを切り取っても絵になるし、どこも可愛い。

時間が止まったような感覚になる。

これはお土産屋さんの入り口。可愛すぎる。青い自転車がおしゃれ。

美味しいサラミや蜂蜜、ナチュラルコスメなどお土産にいい品物もいっぱい。ブスっとしていた旦那や子ども達もむしゃむしゃとサラミの試食をはじめ笑顔になってきた。

 

店員のお姉さんに「アジアからの観光客はよく来るんですか」と聞くと

「さあ・・・あまり。あなたが今年見た初めてのアジア人よ」と言われ、なんか得した気分。そりゃあこんな交通が不便なところ、世界を席巻する中国人観光客もおいそれとはたどり着けまい。ヨーロッパに住んでいてよかったとしみじみ思う一瞬だ。

こちらもまるでポストカードの世界だ。

 

写真は取り忘れたが、この絶景を見ながらこの町唯一のレストランで昼食を取った。こちらもカントリー調で可愛らしく、景色は素晴らしいし、食事のボリュームはたっぷり。もう何もかもがよくてフツフツしみじみ幸せな気持ちが湧いてくる。

 

ザクロの木を発見。

ザクロなんてお店で横たわっている果実しか見たことなかった。

 

こういう小さな村ってこじんまりしていてすぐに一周できるし、人も少なくて落ちつくし、何のアクティビティもしていないのに充実感がある。本当に来てよかった。最初は乗り気でなかった家族も気に入ったみたい。だから言ったでしょ。私の選んだ場所に外れはないのよッ。(心中鼻高々)

おまけに建物も可愛くて、気の利いたお土産屋さんもあり、食事もできて大満足。こういうバカンスの過ごし方が私の好みにあっているんだなとわかった今回。これからもこういう隠れた穴場を旅して楽しみたい。