ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -4ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

うちの家族はみな大都会など人の多い所が苦手なので、旅行の行先はそこも考慮してスロベニアを選んでみた。比較的行く人が少ないかなと思ったのだがこれはとんでもなく甘かった。

1週間滞在したブレッド湖は文句なく美しく、そのせいで世界各国からわんさとツーリストが訪れていて、英語やドイツ語、いろんな言語が聞こえてくる。だいたい夏のヨーロッパで観光客がいない地域などめったにないのだ。

 

どこかもっと人の来ない穴場はないかいなと目を凝らして検索をかけていたところ、あったあった!その名もシークレット・スロベニアというサイト、地元の人がおすすめするそこには、

 

人里離れた場所にある壮大な木組みの村、他の観光客に会う事はあまりないと思う、スロベニア人の友人でさえ、この場所を知らないことが多い

 

と書いてありまさしく私の求める条件にふさわしいではないか。

日本語で検索しても誰も訪れた人が見つからない。ということは、ブログに書くのは私が初めて?イヒヒ、これは是非とも行かねば。

 

シークレット・スロベニアったって、検索してすぐ上位に出てくるようじゃたいしてシークレットになってないんじゃないの、といらんことにツッコミを入れながら、地元のスロベニア人でさえも知らない人が多いという言葉に惹かれてその村ザジャムニキ(Zajamniki)に行ってみることにした。娘二人はハイキングに興味なく、お留守番。

 

サイトによるとルートは難しくなく簡単なウォーキングとなっているが、旦那のナビがどう誤作動を起こしたのか、より険しいチャレンジングなコースを行く羽目になった私達。

森の中には見たこともない鮮やかな紫の高山植物が咲いている。

こちらも珍しい高山植物なのだが、この村ではごく普通に見かけた。

片道1時間半は歩いたと思うが、観光客どころか地元の人にも誰一人として出会わず、この道であっているのか森の中で心細くなってくる。

それでも歩き続けたところ、やっと視界が開け、お目当ての村が目に入ってきてほっとするやら嬉しいやら。

おお、いいじゃない。木の屋根がユニークだ。スイスアルプスみたいだけど、屋根の色が灰色なのが独特の雰囲気。

人っ子一人見えない。誰か住んでいるのだろうか。

何とも言えない不思議な景色。時が止まったよう。確かにこんな所は見たことがない。はるばる来てよかった。

村にはナナカマドの木があったのだが、これがまたびっくりするぐらい鮮やかな色で。

こんな朱い実は麓ではなかなか見たことがない。

村にはホテルもレストランもお店も一軒もなく、本当に地元の人しか住んでいない模様。さすがにここまで来ると観光客も少なく、地元の人がハーブやキノコ狩りをしているのどかな風景が印象的だった。

きちんと手入れされているので誰かは住んでいるのだろう。どんな人達なんだろう。

私はこれら古い家の中がどんな風になっているのか見たくて好奇心がうずうずしてきた。

後で調べて見ると、なんとこの村で一泊するというプランを見つけた。

 
電気はなく(照明を除く)、水道もありません(飲料水は持参しています)。 しかし、快適なベッド、暖炉、ろうそくの明かり、そして無数の星があります。あらゆる年齢の自然愛好家や写真家に最適な組み合わせです。
 
おー、是非一泊してみたい。そして真の闇夜と無数の星を見てみたい。と私はすぐその気になったのだが、パソコンがないと生きていけない旦那は渋い顔。まずは旦那の教育から始めなくては。
 
帰りも結構な山道で、スタート地点に戻って来た時はさすがに3人とも疲労困憊。とにかく何か食べたい。
 
そこで行きに目をつけておいた麓のレストランに入る。ここも人が多くなく、広々として快適だった。

ここではなんと本物の豚の丸焼きが回っており、絶対ここにしようと即座に決意。

こんがり焼かれておいしそう~。

旦那が豚の丸焼きを注文。ジャガイモもついてすごいボリューム。しかしこの量をぺろりと平らげるのがさすがヨーロッパの人だ。

私はマス、こちらもすごいボリューム。

息子はなぜかウィンナーシュニッツェル。別にわざわざここで食べんでも・・・。

美味しい食事で生き返った。そこへ授業員の二人が焼き上がった豚を担いで通り過ぎて行った。

豚の大きさに目を丸くして見せると、親切なおばさん、表面を薄く切って食べさせてくれた。スロベニアの人は全体的に優しい。

とにかく今日はよく歩き、よく食べ、日本人未踏(?)の村も見られてよかった。なかなかの穴場だった。こういうバカンスの過ごし方好き。

今回見つけた旅の愉しみ。私はもともと人の多い場所は苦手だし、有名な観光地に行っても名所旧跡を巡るより気ままに街歩きをするのが楽しい。特にヨーロッパの古い町の路地裏散策が好きだ。

 

一人で当てもなく歩き回り、気になった路地にふらりと入っていくと小さなレストランや可愛いお店がひょっこり顔を出したり軒先に洗濯物が翻っていたり。古い映画の世界に迷い込んだような錯覚に陥る。夢中でバチバチとシャッターを切りまくった。

 

まずはクロアチアのロヴィニ。魔女の宅急便のモデルの一つとも噂される小さな港町。

ロヴィニの路地裏と言えば、インスタに必ず登場する有名なこれ。うん、絵になる風景。大勢の観光客がカメラを向けていた。

美しい夕焼けを見ながら食事を楽しんでいる人達。最高の立地だ。

この日の夕日は殊にも綺麗だった。

日が暮れて明かりが灯った石畳の路地もまたまた趣があってうっとり。

翌日は朝から旧市街を当てもなく探索。気になった路地があったらふらふらと迷い込む。

窓際にかわいい花が飾ってあったり、小さなテーブルと椅子とか、木のドアとかもうむちゃくちゃかわいくてセンスがある。こういう素敵な路地に行き当たるたびワクワクしてテンションが上がりっぱなし。

アパートの最上階にずらりと吊り下げられた洗濯物。パンツが干してあってもなぜかオシャレに見える。

ああ、もう、本当に路地裏っていいわーって一人叫びたくなる。こうなったら私は路地裏オタク?路地裏マニア?新しいジャンルで路地裏系ブロガーとしてデビューなんてどうかしらん。

 

旦那や子ども達が一緒だと、ウロウロしたくてもすぐに袖を引っ張られるので路地裏散策は一人に限る。

ロヴィニは本当にリアルジブリの世界で、キキがホウキに乗って飛んでいそうな街だった。

あうう、寒いィィィィ・・・。

 

これが昨日ドイツに帰ってきて最初の感想。

その数時間前までイタリアのさんさんと太陽が降り注ぐトリエステにいたというのに、この差は・・・。トリエステは30度越え。方やドイツ、14℃。同じヨーロッパなのに夏と冬のような違いである。あーあ、ドイツでは夏はすでに終わりか。

 

仕方がないので、楽しかったこの2週間を飴玉をしゃぶるように何度も思い返して浸るとしよう。

 

今年の夏休みの家族旅行は、スロベニアとクロアチアとイタリアに行ってきました。

スロベニアは2年前に数日間だけ泊まってとてもいい所だったので、今回は1週間丸々、クロアチアとイタリアはそれぞれ3泊4日の駆け足でなかなか盛沢山。それというのも子どもたち全員が好みがバラバラで・・・。

長男は日頃から柔道一直線で、バカンスも登山など体を動かせるアクティブなものを希望。一方上の娘はバカンスにわざわざ体を動かすなんてまっぴらごめん、私はオシャレな街でショッピングなど街歩きを楽しみたいワ。下の娘はひたすら海に行きたい。

 

そこでなるべくみんなの希望を取り入れ、スロベニアはアクティブ、クロアチアで海を楽しみ、イタリアのトリエステでちょっと都会も体験と計画。

検索魔の私は去年の11月ぐらいにいろんなサイトを調べまくって、短期滞在用のアパートを予約。友達に「来年のバカンスの予約をもう済ますなんて、ドイツ人になったね」と笑われる。

 

そして8月の終わりになり、行ってきた3つの国はどこも素晴らしくとても良いリフレッシュになった。

子ども達は思った通り、息子はスロベニア、上の娘はクロアチアのロヴィニが気に入り、下の娘はアドリア海を目いっぱい楽しんだ。

 

本当は旅の間に投稿しようと思っていたのに、毎日時間が過ぎるのが早すぎて、一度も書かない間にもう帰宅。

当方、齢のせいか年々記憶が薄れるのが早くなり、時系列で辿ろうとするとあいまいなので、今回の旅で一番気に入ったことを次に書こうと思います。

 

 

夏休みも早くも半分が過ぎ、ドイツでは夏休みの宿題というものが一切出ないので、子ども達は羽を伸ばしまくっている。あせる

 

せめて下の娘は日本語の宿題を、と思い声をかけるが、やる気がないのが見え見えで音読はとんだ棒読みである。

 

わ・た・し・は~、

し・ご・と・を~し・て・い・ま・す~

 

まぁったく。日本語のわからない旦那にも「おい、もうちょっと感情をこめて読んだら」と笑われる始末。

 

私もドイツ人に日本語を教えたことはあるが、みな成人で、お金を払っても日本語を習いたいという人達であるから、基本的にやる気のある人ばかり、こんな怠け者は初めてである。ムカムカ

 

自分の子どもに日本語を教えられないと思うのはこういう時である。

親子だとどうしても甘えが出てしまって、授業と決めた日を守れなかったり、宿題をやらないですませたり、あるいは逆に怒ってしまって冷静に指導できなかったり。やはりよその人に見てもらうに限る。

 

私が先生ならこんな生徒はまっぴらと思うが、娘の先生はさすがプロというか、いつも優しく辛抱強く娘に接してくださる。

おかげで、オンラインで日本語を習い始めて2年、亀のようにのろい歩みながら、ひらがなカタカナの読み書きができるようになり、漢字にも取り組むようになった。

 

それに、日本語のボキャブラリーが増えたおかげで、以前なら

「あんた、今日Nachmittagsunterrichtあるの」

みたいにドイツ語とのちゃんぽんだったのが、今では

「あんた、今日午後の授業あるの」

と日本語だけで言っても通じるようになり、じんわりとうれしい。本当にいい先生に出会えてよかった。

 

夏休み前の最後の週、2階で寝転がっていると、リビングで授業中の娘の声が耳に入ってきた。

 

先生の、

「はい、タミィさん、今日はここまでです。今週もありがとうございました」

に続いて、娘も

「ありがとうございました」

と言っている。

 

よかった。ちゃんとお礼を言ってるなと胸をなでおろしたのもつかの間、

先生の

「では、また。さようならー」

に対して娘がなんと

はーい、じゃ、まったねーバイバイ

と明るく言っているのが聞こえベッドからずり落ちそうになった。

 

おいッ。オメ―、何様だよ。

センセにまたねーはアカンやろ!先生が敬語で生徒がタメ口でどーすんだッ。滝汗笑い泣き

 

この様子だと毎週毎週、ハーイ、まったねーとやっていたに違いない。今日気がつかなかったら、未来永劫これが続いていただろう。たしかにうちは、娘との間でさようならなんて言葉を使うおハイソな家庭とは程遠いし、またね、は目上の人にはふさわしくないなんて教えたこともなかった。ハイ、ワタクシの教育不行き届きです。

 

もちろん娘には授業の後しっかり言いきかせましたよ。

しかし、しばらくは夏休みで授業がない。休みボケで忘れないように、9月第一回目の授業でしっかりチェックせねば。

 

上の娘(15歳)が日本語を習いたいと言い出した。

 

今まで特に興味もなかったのに気が変わったのは、去年の家族旅行で日本が好きになったのと、学校でもアニメやグルメなど日本が人気で、急に日本人であることを意識し始めたか。日本に旅行に行ったと言うと、周りに「わあ、すごいね」とか「いいなあ」と羨ましがられたのでミーハーな娘は日本語ができるとカッコいいとソノ気になったのかもしれない。(笑)

一つ下の妹がオンラインで日本語を勉強していることも頭の隅にあったのだろう。

 

日本人の母親としては正直とてもうれしい。

 

というのも・・・ほんの少し前まで我が家における日本語の割合は壊滅的で、いつ『私の失敗したバイリンガル教育』というタイトルでブログを書こうかと機会を伺っていたぐらいでありまして・・・、ハイ。

 

周りには、日本語の補習校に行かせたり、通信教育を受けるなどして日頃から日本語教育の取り組み、日本に一時帰国の際、体験入学させるなどして ちゃんと日本語がしゃべれるように教育している家庭もけっこうある。

 

こういう人達と比べると、私なんて本当に何もしてやれなかったなあと後悔が胸を噛む。

 

最初の子どもの時は張り切って日本語の本読み、ドイツ語を混ぜず日本語だけで話しかける、一時帰国の際は幼稚園に数週間体験入園などいろいろしたものの、いまいち伸びず。年長の時に受けた言語発達診断では、彼より低いスコアの子は全体の約20%以下ですよと言われ、スッと心が冷えたのをおぼえている。

一応補習校にも入れたものの、最初から宿題の多さについて行けず、私が体調を壊したこともあり、「補習校やめる?」と聞くと、「うん、宿題大嫌い」と即答。こんな小さな子にストレスを与えていたのかと申し訳ない思いにかられた。

 

息子の二の舞になっては・・・というか、根性なしの自分が付き添ってやれる気がせず、娘たちは敢えて補習校には入れず、他の習い事をさせた。でも、家庭の中での日本語の割合が少ないというのは、自分が半分透明人間になったような、いたたまらなさを感じ、ドイツ語のジョークに大笑いする家族に一人ついていけずため息をつくことも数え切れず。

 

その割に自分で子ども達に日本語を教える気にもなれなかった私が心の中で期待していたのは、いつか大きくなって日本語に興味を持ってくれたらという他力本願これ一筋。滝汗

 

というのも、カフェでバイトしていた日独ハーフの女の子と話していて、

「私も6年間補習校に通ったけど、今や、大学から日本語学科で勉強を始めたドイツ人の方が私よりずっと上手です」というのを聞いたのがキッカケだった。もし縁があって、日本に対してポジティブなイメージがあれば、後になって勉強し始めるかもしれない、結局興味のないものにやる気を出させるのは無理だから、日本語を強要して日本が嫌いになってしまうのだけは避けたい。

 

と言いつつ、子ども達が小さい頃9年間も日本へ連れて行ってやることが出来ず、ポジティブなイメージを植え付けることが出来たのかどうかも甚だ疑問。

 

それだけに娘が自分から日本語を習いたいと言いだしてくれたのは心から嬉しかった。

 

善は急げで、下の娘がオンラインで習っている先生にたずねたところ、9月から上の娘も指導していただけることになった。本当によかった。

 

一つ残念なのは、2年間こつこつと続けていたスペイン語をやめなければならないこと。2つの外国語を同時に習うことは無理だという。

オンラインで娘を指導してくださったスペイン人の先生はとても残念そうで「私悲しいわ」と何度も言う。それなら、と私は閃いて私に時々スペイン語の手ほどきをしてもらえませんかと提案。先生はびっくりしたが、喜んで引き受けてくださった。

 

ということで、9月からは母子とも新しい言語に挑戦だ。チョキ