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ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

街に出て、帰る途中の電車の中央駅。小腹が空いたので、一番近くのパン屋さんで行列に並んだ。

私の前の人が会計を済ませ、店員のおばさんが「はい、次!」と大きな声。愛想の悪そうな眼鏡をかけた背の高い女性だ。

だいたい中央駅はいつも人の往来が激しく、お店の店員たちもストレスが溜まっているのか、つっけんどんで不愛想な対応をされることが多い。

 

私は負けないゾとやや気合を入れ、一発で通じるようはっきり大きな声で

「チーズプレッツェル一つください」

と注文。

おばさんは、

「はい、チーズプレッツェル一つね」

とテキパキ答え、紙袋に入れたが、私がリュックから財布を出そうとしていると不意に

「それ、すごく素敵ね」という声が降って来た。

は?

合点のいかない私がぽかんとした顔で見返すと、おばさんはさらに笑顔でガラスケースから身を乗り出すように「それ、とても素敵ね」と私の着ていたものをあごで示す。

ああ、これ。

 

私が着ていたのは、ウクライナの民族衣装ヴィシヴァンカ。赤い花の刺繍が袖口に散らしてある刺繍ワンピースで、とても可憐なデザインだ。

 

 

これを買ったのは、ロシアとウクライナの戦争が始まった年の秋で、手作りサイトEtsyでウクライナ人のバイヤーさんから購入したのだった。

 

これを着ていると、ほぼ毎回「素敵な刺繍ね」とか「かわいいお洋服ね」と褒められるのだが、なぜかウクライナ人に遭遇する確率も高いという不思議な現象が起こる。おばさんはさかんに「すごく素敵」とくり返し、いまや輝くような笑顔で、最初の不愛想な印象とは180度別人である。

 

私はピンとひらめくものがあった。

 

少しアクセントのあるドイツ語といい、忙しいのに一介の客の洋服にこんなに興奮しているなんてもしかしたらこの人・・・

「あの、これはウクライナの服なんです。ウクライナから来たんです」

そうでしょそうでしょとでも言いたげに口の端を大きく上げてうなずくおばさん。

 

私も次の人を気にしながらも矢継ぎ早に、

「あの、あなたはどこからいらしたんですか」

「私、ウクライナから来たの」

やっぱり!

「これ、お国のヴィシヴァンカですよ!本当にきれいですよね」

と笑顔で言ったのだが、次の瞬間、私は言葉を失ってしまった。

 

満面の笑みだったおばさんは急に横を向いたかと思うと、顔をくしゃくしゃにして涙を流し始めた。あっという間のことだった。こらえようにも涙があふれ出すのが止まらない。

 

私は戸惑った。

 

まさか、これほど激烈な反応を引き起こすとは。

 

笑顔でほめてくれたので喜んでくれたのだとは思うが、反面このヴィシヴァンカを見て、懐かしい故郷や戦争のつらい記憶を一気に思い出させてしまったのかもしれない。もしかしたら日頃はその記憶を必死で押しこめていたのかもしれない。

 

私は何と言っていいかわからず、次の人も心配そうな顔で見ている。

やっとのことで、お釣りを渡したおばさんに私が言えたのは、「Alles Gute どうぞお元気で」だけ。

私は何とか少しでもお話が出来ればと思って、しばらく物陰で待ってみたのだが、このお店は駅の入り口近くにあって、お客さんが途切れることがない。それに話しかけて彼女がさらに仕事が手につかなくなったら迷惑にもなるだろうし・・・。

仕方なく後ろ髪を引かれる思いで場を後にした。

 

私は民族衣装が大好きで、よくいろんな国の服やアクセサリーを好んで身につけている。たまたまその国出身の人に出会うと、大体の人が喜んでくれるのだが、このような思いもかけない強い反応に会ったのは初めてだ。

 

民族衣装を着るときはルンルンわくわく気分だけでなく、時と場合によっていろんな思いをする人がいることも心に止めておかなくてはと思わされた出来事だった。

そして、願わくば将来に、私が着物を着た人を見て悲しい思いをするような出来事が起こりませんように。

先日見つけたラオスの仕立て屋さん。

 

頼んでいたワンピースのファスナー交換が出来たというので、引き取りに行ってきた。もちろんメインは、前回見つけた美しい布でラオスの伝統的巻きスカート、シンを作ってもらう事。

 

小さなブティックのドアを開けると、今日もTシャツにスパッツというくだけた格好の店主さんが迎え入れてくれた。レギンスというよりは最早スパッツといった方がぴったり。

私は毎回不思議で仕方ないのだが、こんなに美しい布を置いてあるのだから、お店のアピールのためにも、また自分を美しく見せるためにも彼女自身が自分で作った服を着てお客さんを迎えたらどうだろう。歩く広告塔でラオスの布文化も一目瞭然でわかってもらえるし最適だと思うのだが。

 

 

月末にラオスから来た姪が新しい布地を持ってきたということで、ショーウィンドーも少し様変わりしている。

一番に目に入ったのが、モン族の刺繍スカートである。

 

私は昔からモン族のスカートが大好きなのだが、ネットの写真ばかりで本物を拝むのは初めてかもしれない。興奮しながら広げて見せてもらった。

ずっしり重くてびっしり刺繍が施してあり、暖かい。

こんな細かな模様を大きなスカートに仕上げるには何か月かかるのだろう。最近のファストファッションに慣れた目にはまさに圧巻である。

 

 

民族衣装をモダンな洋服にリメイクすると、往々にして柄が悪目立ちしたり、ヒッピー風に崩れた感じになってしまうのだが、このワンピースはその辺の加減が絶妙で感心して見入ってしまった。この人はスパッツは履いているが、センスはいいと思う。(しつこい)てへぺろ

こういうデザインなら現代の町でも着られるのではないだろうか。試着させてもらったが、私には顔映りがイマイチで諦めた。もし似合っていたらこちらも買いたくなること確実。

こちらもシンをモダンなキャミソールワンピースとしてよみがえらせた。

このはっきりしたシンの色、柄がかなり私好みであります。

 

そして今回の私のお目当て、前回一目ぼれして購入を即決したのがこちらの赤銅色の布。

 

 

何度見ても素敵。

店主さんが「これ、ビエンチャンで買ったんだけど、元はサムヌア産の布なのよ」と教えてくれる。

ぬわんと、サムヌアですって。豊かな染織文化を誇るラオスの中でも特に織物で有名な地域。ラオス未踏の私の憧れの地である。初めてのシンがサムヌア産の布だなんて私は全くツイている。神様、ありがとうございます!

絹糸で手織りした後、さらに手で刺しゅうを施したという布地。

素人の私が見ても手の込んだ作品だということがわかる。

 

「織物はね、私たちラオス人の強みなのよ」

と店主さんが誇らしげに言う。

 

「そうですとも。国家的財産です。国の宝ですよ」

と私も鼻息を荒くして賛同。まったくドイツにいてこんなに本格的なラオスのテキスタイルが拝めるとは思わなんだ。ありがたやありがたや。

 

これから夏休みでバカンスに入るので、出来るのは8月の終わりになるということだった。楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

一昨日のこと。子ども達が学校へ行って一段落の朝、ホームオフィスで仕事にいそしんでいる、はずの旦那がドタドタと2回から降りてきた。

「おーい、敷金が戻って来たぞ」

珍しく興奮している。

 

「え、いついつ?!」

私も興奮がうつって高い声に。

 

旦那がスマホでチェックすると、ほんの2,3日前に以前の大家さんに保証金として預けてあった家賃2か月分がそっくり振り込まれていた。

 

ということはだ、ギリシャ人の思う通りにはならなかったってことだ。ヤッター!心の中でガッツポーズの私。

少し前のブログにも書いたが、前の家を受け渡すにあたって、新住人となったギリシャ人の家族との諍いといったらそれはそれはすさまじいものだった。

 

退去のわずか5日前になって、急に庭にある物置とコンポストを撤去しろと無理難題をつけてきたギリシャ人にいつもは穏やかな旦那がぶち切れ。鍵の受け渡しで出会ったときにはケンケンガクガクでお互いが非難の応酬。ギリシャ人夫は、「俺には公認会計士がついている。弁護士だっているんだ。そっちが言うことを聞かないなら、撤去代は保証金から差っぴくからな」と脅していたのが、ヤツの思惑通りにはならなかったということか。

「俺はドイツの法律にも精通している」とか言っといて、このざまである。やっぱり神様は見ておられるのだ。正義はなされたのだ。ざまー見ろ。

 

だいたい、いまいち何を考えているのかわからない人達で、前の大家さんから家を買い取って3か月もあったのに、こっちに契約書も解約書も送ってこず、自分たちの銀行口座も知らせないので、旦那は仕方なく前の大家さんにそのまま家賃を支払い続け、大家さんがギリシャ人の口座にそれを振り込んでいた。

人をあまりステレオタイプで判断してはいけないと思うが、ドイツ人だったらあまりありえないような杜撰な対応で首をひねってしまう。

 

不動産屋も不動産屋で、彼らの住所を把握しておらず、旦那が連絡を取りたくても教えられずに、あげくの果てには間違った住所を送ってくる始末。

ほんまにどないなっとるっちゅーねん。

 

敷金が戻って来たということは、残るは灯油である。

私達が買った灯油の残りも、彼らが自分で使うか、誰かに売るか、どちらにしてもその金額も私達に支払わなければならない決まりになっている。

そっちの方もさっさと振り込んでもらって、すべてをきれいさっぱり片付けたいわな。

 

そしてすべてが終わったら、不動産屋のオンラインの口コミ欄にはあらゆる詳細を記載した評価を投稿する。

私は執念深いのだ。いつもは日本人らしく礼儀正しく穏やかにしている(つもり)だが、これだけのストレスを与えたヤツは絶対許さない。私を怒らせたらコワイのよッ。

 

と息巻いたら、日本語の生徒マリ男くんが笑って、

「アクサイさんは、えーっと・・・モウゼン(猛然)としている、です」

とオンライン辞書で調べた変な日本語を披露。私は犬か熊か。(笑)

昔子ども達のベビーシッターをしてくれていたアンディが彼女を連れて遊びに来てくれた。

 

久しぶりの再会であれやこれやと話に花が咲き、くだけた雰囲気で彼になら言っても大丈夫かなという思いが湧いてきた。アンディに「これはさ、ここだけの話なんだけど・・・」と断わりながら

 

引っ越しも一段落でやっと落ち着いたころ、急に深い穴にハマり込んだように落ち込んじゃってさ。

外に出たくない、ドイツ人の顔が見たくない、ドイツ語が聞きたくないって、ま、時々やってくる"ドイツいやいや病"なんだけどさ、ここに住んでいるのがつらくなってくるのね。今は旦那も子どももいるからいいけど、老後をこの国で迎えるのかと思うと言いようもなく不安な気持ちになったりさ。

別に悪いことがあったわけじゃないし、人種差別にあったわけでもないんだ。

 

でもなんかいつまでたってもなじめないんだよね。23年も経って気がつくのも本当にどうかと思うんだけど、ようするにドイツが合わないってことなのかなと最近思うようになったんだ。だけど今さらそんなこと気がついたってどーしよーって感じだよ。

 

こういう事を言うと、でも、ドイツにもいいところはあるでしょ、とか、よそ様の国に住まわせてもらっているのだから、その土地に溶け込めるよう努力すべき、等という正論が頭の中で響いてくるが、それは重々承知したうえで、努力ではどうしようもない合う合わないもあるかなと最近思う。

 

私はブログではしょっちゅうドイツ人への不満を書いているような気がするが、実際の生活では非常に気をつけていて、こういう話は普通外国人の友達としかしない。あるいはよっぽど気心が知れていて自国を客観的に見られるドイツ人か。

 

アンディは黙って聞いていたが、私が話し終わると、真っ直ぐ目を見て、

 

「いや、アクサイ、それはとても価値のある気づきだよ」

と真剣な顔で言ってくれた。

 

「というのも、俺自身がまったく同じ気持ちになることがよくあるから。キミの気持ちすごくわかるよ」

 

オレだって、育った家庭がすごくオープンで色んな国の文化に理解があったから、あの小さな隅の谷では違和感ありまくり。あそこの村人根性がイヤで出たくて仕方なかった。10代で日本に脱出したりして大正解だったよ。

ドイツも色々地方によって違うけど、この地方の人間はちょっと特殊なんだ。あまり笑わないし感情を露わにしない、まあ、仲良くなるには時間がかかると思うよ。

 

だけど、アンディはたくさん友達がいて、この間の誕生日パーティーも国際色豊かなバラエティに富んだメンバーが来ていたと思うんだけど。

「オレはさ、たぶん無意識にこの地方出身以外の人と仲良くなるようにしてるんだよ」

 

あなたが唯一気が合わない民族が寄りによって地元フランケン地方の人間だって言うの~。

 

おかしくてゲラゲラ笑いだしてしまった私。だってアンディは、私の知る中でもっともオープンで優しく頭もよく、日本語も含めて数か国語話せるし、どこの国のどんな人種とも話ができるよく出来た若者なのである。

このアンディでさえ無理なんだったら、よその国から来た私が馴染めないのも、私のせいだけではない、と思うと急に気が軽くなってアハハと笑ってしまった。(現金!)

 

そう言えば、100か国以上旅した日本の友達も、ご主人の転勤で色んな国を転々とした台湾人の友達も、様々な国を見て、視野の広い人ほど地元の小さな世界に戻った時、息苦しいと言っていたっけ。

 

ちっとも自慢にならないが、私はもともと友達が少ない。その上アンディのように何でも話せてしかも楽しいドイツ人となると、これはもう砂漠に落ちた一粒の真珠を探すくらい貴重な存在なのである。

しかも彼女もベトナム系で顔を見ているだけで安心感が湧くというか、親しみが持てるし、私以上にシャイな旦那とも話ができるこれまた珍しい人物。

 

本当にこういう人達は大切にしなくては。ドイツ人に疲れ、ドイツ人に励まされる引っ越し2か月目。

今の町に引っ越してからだいぶ都会へのアクセスがしやすくなった。嬉しくてあちこち出歩いている私。

今日は、街中にあるラオス人の仕立て屋さんのブティックに行ってきた。

 

数か月前、街歩き中に偶然この小さいお店を見つけた時はわが目を疑った。と言うのも、今まで一度も行ったことはないが、私はラオスに興味津々で、いつかは是非訪れてみたいと思っている憧れの国なのである。

私は昔からエスニックファッションが好きなのだが、ラオスにはシンと呼ばれる女性の伝統的巻きスカートがあり、それがとにかく素敵!特に手の込んだものはびっしり刺繍が施してあったり、色の組み合わせも様々でため息が出るほど美しい。それでいて、カジュアルな上衣と合わせて日常生活としても着られるのもいい。もう10年ほど前になるか、すっかりシンに魅せられた私は日本から本を取り寄せたり、ネットで検索しまくってうっとりしていたのだ。

写真下のコーディネートがむちゃくちゃ好み!

 

いつかは行ってみたいと思いながら時間だけが経ってしまった。それだけに小さなショーウィンドーになじみのある織物の柄を見かけた時は自分の目が信じられなかった。

ドアを開けると、50歳前後と思われるラオス人のお針子さんが笑顔で立ち上がった。

 

今日はワンピースのファスナー交換をお願いしに伺ったのだが、如何にラオスに興味があるかをアピールしたい私はちゃっかりと3冊の本も携えていき、お客さんがいないのをいいことに彼女と雑談しまくった。

 

やっぱり同じアジア人のせいか、物腰が柔らかく、アグレッシブな感じがない。私のラオス熱アピールが功を奏したか、彼女も気さくにラオスの織物について教えてくれたり、ドイツに住む外国人としての本音を聞かせてくれた。

 

小さな店内に並ぶ美しい布の数々は、彩り、柄、スタイル、どれをとってもヨーロッパにはない珍しいもので、私にとっては降ってわいた眼福であるが、一般のドイツ人の好みに合うのかしら。

 

「ドイツ人のお客さんも来るんですか」

と聞くと、残念そうに

「ドイツ人はほとんど来ないわねえ。これなんて手織りで1か月かかってやっと織り上がるのよ。でもドイツ人にはその価値がわからず高すぎると感じるみたい」

「ドイツ人はあまり服にお金をかけない人が多いですもんね。重要なのは安さで、若い子もH&MとかZARAみたいなファストファッションに身を包んでいる人が多い」

「そうなの、そうなの」と彼女も笑いだす。

 

「それにあまり色や柄で遊ばないのよ。黒とかグレーとかモノトーンが好きだから、ラオスの柄はエスニックすぎて着こなせないっていうのもあるわ。モードの国フランスやイタリアに囲まれているのになぜなのかしらねえ」

ホント、これ私も知りたい。なんででしょう。

 

なんか私、ドイツって楽しくないわ。みんなすごくシリアスであまり笑ったりしないし、いつも何かを心配しながら過ごしているのよ。若いのに今から老後の生活資金を心配をしているのよ。私はもっと笑ったり踊ったりおいしいものを食べてきれいな服を着たりして人生を楽しみたいのよ。だから私あんまりドイツ人の友達っていない。海外生活の経験がある人とかちょっと変わったタイプの人とは気が合うけど。

 

私と全く同じなので深くうなずいてしまう。

「夫(ドイツ人)も早めに退職して、ラオスに家を買いたいねって言っているの」

「わ、じゃ是非それを短期滞在用アパートにして貸し出してください。私も行きます!」

どこまでもずうずうしい私。

 

私はもう十分服は持っているのだし、浅はかなのはイカンと思っていたのに、彼女が奥から取り出してきた赤銅色に沢山の刺繍が施された布にガツンとやられてしまった。これをスカートにしてドイツの古い街並みを歩いたら楽しそう―。一瞬にして脳内にその映像が浮かんだ私はあっさり降参。

「私、これいただくわ。次回ワンピースを引き取りに来た時、採寸してください」

と気がつけば口から言葉が出ていた。

 

ネットや本で見て憧れていたラオスのシンがドイツで手に入るというまさかのチャンス。これは楽しみになってきましたぞ。