ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

先日上の娘にせっつかれて一緒に買い物に行った。テーマは卒業式のドレス選び。

 

実は既に去年の夏休み明けから、そろそろ卒業式に切るドレスを買わなくちゃと言われていた。

娘は今年7月にレアールシューレを卒業するのだが、卒業式は7月。どう考えても早すぎるのではないかと答える私に「ダメよママ、そんなのんびりしてちゃ。クラスの女の子たちはもうほとんど全員が買ってあるのよ」と非難がましい口調。

他の人達はどんな服を買ったんだと聞いてみたところ、ホラと娘がスマホの中のクラスメートの写真を示す。

 

わ、体の線に沿った黒のロングドレスの裾は太ももまでスリットが入っており、長い脚が誇らしげにのぞいている。顔も大人っぽいのでモデルのようで、これが十代の半ばなんて信じられないのであります。こちらの子は全体的に発育がいいので、10代の半ばで20歳を超えて見える。

 

娘に急かされて仕方なくネットで「卒業式、ドレス」などという言葉を入れて検索してみたところ、出るわ出るわ。

大体がこのような感じである。↓

(画像はお借りしました)

 

これでコーコーセイって信じられます?16歳とか17歳である。つまりまだ未成年。こげなセクシーな格好しなくても、と日本人のせいか思ってしまうのだが、この年齢だからこそこの服、というのもある意味理にかなっていると長く住んだ今ではわかる。

 

というのも、何度か書いたような気もするが、ドイツ人(白人)の女の子の美のピークは私の見たところ、16,17歳である。厳しい見方であるが、私だけではなく他のアジア人の友達も言っている。つまりあと2,3年もすれば、全体的に肉がつき、ドレスに体が入らなくなったり、背中の編み上げ紐から肉がぷよぷよはみ出したりするのだ。

というわけで、卒業するころが彼女たちの人生で一番美しい年ごろと一致するのである。16歳や17歳って早すぎやしないか。人生80年とざっと考えたとして人生の初期の4分の一、成人を迎える前に美のピークが来るってどうよ。高校卒業と同時に美のピークも卒業とはなんともはや言葉がありません。

 

デザインとしては肩が空いているのは基本中の基本。深~いスリットが入っていたり、胸元が大胆に開いていたり、或いは背中がオープンでかろうじてひもで結ぶようになっていたりである。

日本で制服での卒業式しか経験がない私としては、お子様とハリウッド女優ほどの天地の差に目を白黒させるのみ。

とにかくここには隠す美、想像の余地のある美などというものは存在せず、余すことろなくあけすけに美しい所はすべて見せます!という意気込みを感じる。

 

娘は田舎育ちのせいか、あまりイケイケスタイルには興味がないようで、親としてはホッとしているのだが、そうなると今度は逆に気に入ったドレスを探すのが難しいという別の問題が出てきた。なにしろどれもこれも胸や背中が開いていたりスリットが深く入っていたりして娘のお眼鏡にかなうような露出少な目の服がなかなか見つからないのだ。

 

とりあえず第一ラウンドでは何も見つからず、勝負は第二第三ラウンドへ持ち越されることになった。

はよ決着してくれんかなこれ。

何しろ私は他人の洋服選びにはあまり興味がなく、ついつい自分のものをきょろきょろ探していると、すぐに娘からお小言が飛んでくるのである。ゲッソリ

昨日の朝目が醒めてびっくり仰天。そこら中にこんもり雪が積もっている!こりゃあ雪かきをしなくちゃ。いつもなら朝食の用意をした後二度寝しに戻るのだが、朝の6時過ぎ、シャベルと片手に外に出た。

暗がりの中、しばし足を止めて雪に覆われた目の前の景色に見入る。人っ子一人見えず、雪に吸い込まれて物音ひとつしない静かな朝。異世界に迷い込んだような不思議な気持ちに襲われる。

ドイツは気候変動のためか、最近数年は暖冬で雪もほとんど降らず、こんな大雪に見舞われるのは本当に珍しい。

 

下の娘の通う学校からは早々と休校のお知らせが来て大喜び。いつもは朝ボーっとして機嫌が悪いのにハイテンションでスキーパンツを探している。

上の二人は旦那に連れられて一応登校しに行ったものの、車の雪かきをしている間に上の娘の学校も休校のニュースが入り、意気揚々とご帰還。こんなに嬉しそうに外から帰ってきた娘は初めて見た。(笑)唯一出かけた息子も、家の近くで雪にスタックしたお爺さんを手助けしているうちに学校から連絡があり休校。この日はおそらくほとんどすべての学校が休みになったのではないか。

 

私自身も週明けで買い出しや医者の予約があったが、この大雪では自転車は無理、電車は遅延しまくりとのインフォメーションで(それでなくてもドイツ鉄道はよく遅れるのに!)外出は諦め、雪が降ってはシャベルで雪かき、降っては雪かきの繰り返しに終始した一日だった。

 

しかし子ども達はウキウキ。スキーパンツを履いて外でキャアキャアやっている。下の娘はこんもり積もった雪の上にダイブし手足をバタバタさせて喜んでいた。

午後になって車で出かけたが、まず駐車場まで歩くのに一苦労。雪道に足を踏み入れると、小学校の社会科の教科書でしか見たことのない"豪雪地帯に住む人々"の写真のようにくるぶしまでズボッと足が沈みこんだ。

わッと思いながら雪を踏みしめるとまさにキュッキュッ、ゴワゴワというオノマトペの見本のような音が。

森の中を走る。雪に覆われた森は本当に美しく、山間では子ども達がそり滑りをしたり、凍った池ではスケートに興じる人たちの姿も。まさにヨーロッパの絵本に出てくるような風景はなかなかいいものである。

 

ふと中学生の合唱コンクールで聴いた「樹氷の街」が浮かんだ。

 

道という道を白くうずめ

家々の屋根を白く包む

雪は教会の十字架を跡形もなく

白く消しつくす

 

いやぁ、まさに冬のヨーロッパではないか。この日一日「樹氷の街」が頭の中でこだまする。

 

平野を走ると、まさに雪以外何もなく、白一色、無色の世界が広がる。地平線と空の堺を見ながら雪の白さと空の白さはまた違うんだなあとボーっと考える。何もかも静かで色がなく考えることも浮かばずだんだんぼんやりしてくる。

 

夜になっても雪は降りやまず、本日数度目の雪かきへ。

近くの素敵なお家。窓から明かりが見える光景はポストカードのようで思わずパパラッチ。

 

一日の終わりになると、色のない世界にいるせいか急に色とりどりの服が着たくなってきたのが不思議。砂漠の街に住む民族がものすごくカラフルな衣装を身につけるのと同じ感覚かもしれない。

 

そして一夜明け、昨日と全く同じで6時に起きて雪かき、上の二人はオンライン授業となり、一人下の娘だけが登校していった。

この降ってわいた豪雪地帯の生活、数日は続きそうだ。

なんとすっかりブログを放置している間に年も明けてしまいました。今年もどうぞよろしくお願いします。

 

冬休みをのんびり過ごし、やっと新学期が始まった子ども達。下の娘が帰ってくるなり、おかしそうに話しだした。

「うちのクラスのさぁ、学級委員やっているヤツが来て、いきなり『おい、お前ってベトナム人なのか』って聞いてくるのよ。は?とか思って笑っちゃった」

娘は思い出したのかゲラゲラ笑いだし、つられて私も笑いだした。

「しかもさあ、そいつったら私が『いや違うよ』って言ってんのに、続けて『え、じゃ、お前ベトナム語がしゃべれるのか』って聞いてくんの。だ~か~ら~、違うって言ってるでしょ!」

「学級委員の割にはあまり頭が良さそうじゃない子だねえ」

と私も相槌を打つ。

 

娘はベトナム人には見えないと思うけどなあ。私に似て小柄だし、髪も目も黒いのでハーフというよりは完全に日本人である。一昨年日本に行った時も街に溶け込んで、誰も彼女をじろじろ見たりしなかった。かえってドイツにいる時の方が視線を感じると言っていたくらいだ。

 

小生(って男じゃないけど)ドイツに20年余り住んでいて、色んなハーフの子どもを見てきたハーフエキスパート(?)であるが、本当にハーフと言っても色々で、日独やアジアとドイツのハーフでも、髪の毛がくりくりの巻き毛で目の色も薄く、どう見てもヨーロッパ人にしか見えない子もいれば、うちのようにかなりアジア人寄りだったり、どちらの要素も持った子など様々であった。

私の目には娘はベトナム人には見えないのであるが、こちらの人にとってはアジア人は皆似たような顔に見えて、国の識別は難しいのかもしれない。

 

それはいいとして、今度は息子の番である。息子も私の目には完全に日本人である。

こちらの方はもう既に我が家ではネタになりつつあるのだが、彼が何人に間違われるかというと、なんとカザフスタン人!

 

きっかけは彼がときどき稽古をつけてもらっている街中の道場で、そこはロシア人のメンバーが多く、知り合いになるうちに彼らに「お前どっから来たんだ」と聞かれたらしい。

「ああ、父親はドイツ人で、母親が日本から来たんだ」

と言うと、「ああ、そうだったのか。オレぁ、またお前さん、カザフスタンから来たんかと思ったぜ」

!!!カザフスタン❓

息子は意外な気がしたがその場では黙っていたらしい。

 

家に帰ってそれを打ち明けると当然私達は大笑い。カザフスタンって・・・。

ドイツには意外とカザフスタン人が多く知り合いにもいるのだが、彼らはほぼ全員ドイツ系なので見た目はドイツ人とさほど変わらない。なぜうちの息子がと疑問に思い、judo kazakhstanで検索してみたところ、出ました出ました。本当に日本人そっくりで、やや髪や眉が濃い青年が何人も出てくる。朴訥な感じが確かにうちの息子に似ている!こうなるともはや日独ハーフよりカザフスタン人に見えてきた。

カザフスタンは中国やモンゴルと国境を接しているので、旧ソ連の中でもかなりアジア寄りで、見た目もアジアっぽいの人が多いのだ。こりゃあ、息子、本当にカザフスタンで柔道していても地元に溶け込みそうだぜ。ちなみにカザフスタンは格闘技大国でもあるらしい。

 

 

 

 

私達は大いにウケ、わいわい騒いでいたが、この冬休み、息子は隣国オーストリアで4日間の国際柔道キャンプに参加してきた。

帰って来た彼を迎えに行き、車の中であれこれ聞いていると、キャンプには数人の外国人柔道家も参加していたとのことだった。

「で、どうだった。誰かアンタに『キミ、どっから来たの』とか聞かれなかった」

私が質問すると、いつもは口が重い息子がニッと笑って、

「あー、あったあった、モンゴルから来た選手だったか、『キミってカザフスタン出身なの』ってまさにピンポイントで聞かれたよ」

ワハハハハ もはや定番ネタになりつつある息子とカザフスタン。最近では息子も親しみを持ったのかいつか行ってみたいと言い出す始末。

 

それにしても息子はカザフスタン、下の娘はベトナム人に間違えられる我が家。残りは上の娘だけだが、こちらも誰かツボにはまるような国籍を振り当てて私たちを笑わせてくれないかしらん。

ダンス教室で知り合った中国人のアリーちゃんが、クラスの後お昼ご飯を食べに行こうと誘ってくれた。

 

アリーちゃんとは同じアジア人同士で年齢も近いとあって、すぐに仲良くなったのだがさすが中国人というか、2回立ち話しただけで、「次はうちに来て一緒にご飯を食べましょう」この早さ!この距離の近さ。やはり中国人だなと思った。

 

私の経験では、ドイツ人とお茶を飲みに行くのは日本人よりかなり時間がかかるし、お家に呼ばれるような関係になるにはさらに長い時間がかかる。

しかし中国人のアリーちゃんはドイツ人はもちろん日本人と比べても格段に話が早く、2回話して即お家へである。国民性というものであろう。

 

それで前回は彼女の家に呼ばれて、ドイツ人の旦那さんや息子とも知り合いになったのだが、その場で世間は狭いということが分かった。というのは、アリーちゃんの近所に住む中国人マダムと、私の中国人の友人、日本語ペラペラのリンちゃんは仲の良い友達同士だったのだ。その事実にすっかり盛り上がったアリーちゃんはすぐに私達4人で会うことを提案。私は適当に言葉を濁していたのだが、行動力のある彼女はさっさと日にちを決めてしまった。

 

残念ながら闘病中のリンちゃんは来られなかったのだが、私はクラスの終わった後、アリーちゃんと二人でベトナムレストランに行き、上海人のリウさんと知り合いになった。

リウさんは私達より10歳ぐらい年上のマダムで、ドイツ歴もかなり長く、落ち着いた物腰の聡明な人で、3人でドイツの事、中国や日本の事、病気のリンちゃんのことなどあれやこれやと盛り上がり、初対面にもかかわらずほっこりした気持ちになった。

 

帰り道、いい人と知り合えてよかったわーとアリーちゃんと話しながら歩いていると、車に乗ったアジア人のおじさんが通りすがりにアリーちゃんに挨拶していった。この地域にも本当に中国人は多い。同国人が多くていいねと言うと、「うん、でも全員と友達だという訳じゃない。今の人とも挨拶ぐらいはするけど、それだけよ」と言う。その上で、「私ね、友情は縁分だと思っているの。あなたとはいい友達になれそうな気がするわ」と言ってくれた。

お家に行ったときは、旦那さんに「ね、彼女ってウーピンに似ていない?」と言い、旦那さんもうなずいている。ウーピン?どちら様でしょう。

怪訝な顔をする私に、アリーちゃんは中国にいる親友なのだと説明してくれた。

 

何だか買いかぶられているような気がしなくもないが、いいイメージを壊さないように振る舞いに気をつけよう。

私は政治家でも外交官でもない一介の悪妻だけど、外国に住んでいると、日本人を知らない人には、自分を通して日本人の印象が決まるかもしれない、なるべくいい印象を持ってもらえるよう努力しようと思っている。

 

日中の間で(またまた)政治的な衝突があり、毎日穏やかならぬニュースが入ってくる中、これぐらいの距離で、政治やビジネスとも無縁で一個人として中国人とつきあえる私のような人はなんと恵まれていることか。

 

私がこちらで仲良くなった中国人はみないい人で、ほぼ全員高学歴で語学に堪能、ドイツ人と結婚して国際感覚も持ちあわせている

し、困った時に助けてもらったことも一度や二度ではない。

 

日本人と中国人だけを比べるといろいろな差があるのだが、ドイツという西欧の土壌に立った場合、似ている点も多々あり、遠い親戚に再会したような懐かしさをおぼえることもある。

 

来年は万年同じレベルで留まっている中国語をブラッシュアップすべくちょっと頑張ってみようかな。熱しやすい(かつ冷めやすい)私はこりもせずちょこちょこと地元の中国語コースをチェックし始めた。

あっという間に師走に入り、気がついたらクリスマスまであと2週間もない。

そういえば、恒例のクリスマスマーケットも始まっていたワということで、平日のお昼過ぎ思い立って行ってきた。

ニュルンベルクのクリスマスマーケットはドイツでも有数の規模を誇り、毎年世界各国から大勢の人が訪れる。この日は着いた時すでに12時を回っていたので、駅を出たあたりからからツーリストの群れが目に入ったが、それでも夜に比べるとまだ空きがあり、ブースもすべて見て回ることが出来た。

毎年買うフルヒテブロートのお店。フルーツパンにぎっしりドライフルーツが入っている。質実剛健ぎっしり、どっしりはまるでドイツ人の性格みたい。

 

昨今こちらで見かけるアジア人と言えば、中国人や東南アジアからの人で、日本語を耳にする機会は少ないのだが、この日は若いカップルや紀伊国屋の買い物バッグを下げた女の子など一目で日本人とわかる人達を何人も見かけた。白い顔と一生懸命な表情と控えめな態度ですぐに日本人とわかる。最近はアジア人でも同じようなメイクやファッションで見分けがつかない場合も多いのだが、(単にこっちが齢を取ったのかも!)やはり日本人専門家(?)であるワタクシの目はごまかせません。やはり醸し出す雰囲気が違うんだよなあとひとりごちながら、久々に見かける母国から来た人の姿にうれしさを隠せない。

 

私は何回も来ているので、どこに何があるかも大体わかっており、裏の一角にあるインターナショナルブースを見て帰ろうかなと足を運んだ。

ここにはルーマニアやスコットランド、イタリアや中国などいろんな国がブースを並べるのだが、残念ながら日本はなし。と思っていたら、ン?何やら目の端に赤提灯が入ってきた。

よくよく見て見ると、熱燗や抹茶を提供しているブースで風呂敷や小物なども置いてある。

 

わ、コテコテの日本。桜に酒に抹茶って。多少おかしくなりながらも母国の姿を目にするのはうれしく、しばしの間お店の前で品物に見入る。日本は昨今ドイツでも旅行先として人気のせいか、行きかう人達も興味深げに見ている。

 

ところが、ブースにはなぜかアラブ系だかカリブ系だかのモジャモジャ頭に髭のお兄さんが一人でいるだけで、接客するでもなし、のんびり座っている。おまけにこのお兄さん、ドイツ語が出来なくてお客さんとのやりとりは英語のみ。

なんだかなぁ、せっかく日本のブースなのだからちゃんと日本人を入れてアピールに努めてほしいのに、このやる気のなさそうな外国人の兄ちゃんではちょっと・・・。

 

残念に思いながらも立ち去りがたくブースの前をウロウロしていると、やにわお兄さんがぬうっと立ち上がった。そしていきなり「あ、日本人の方ですか」と口から出てきたのは訛りのまったくない滑らかな日本語であった。

私はびっくり仰天して「え、日本人の方なんですか!」とオウム返し。お兄さんは笑顔で、「あ、自分、ハーフなんです」と頭を下げ、それからは今までのやる気のない態度が嘘のようにいろいろと話しだした。

 

曰く、埼玉県にある日本酒をヨーロッパに輸出する会社の課長だそうで、今回はプロモーションを兼ねて初の出品となったのだそう。来年は大手広告代理店に取られてしまうかも、と嘆きながらもし来年も来られたらバイト生が欲しいと言われるので、私も何かお手伝い出来ることがあればと申し出た。

今までの私だったら会ったばかりの人と長話しして、お手伝いをかって出るなんて考えられもしなかったのだが、齢を取って図々しくなったのと、やはり母国には活躍してほしいという思いがある。たとえ一介の悪妻ではあっても何かできるならと殊勝な心掛けになるのも齢を取った証拠なのかしらん。

 

小学生らしい子ども達の一団が前の子の腰に手を回し大声でクリスマスの歌を歌いながら通り抜けていくのが見えた。学校の遠足だろうか。先生らしい人に引率されてとても楽しそう。しかもドイツ人で笑顔で歌を歌うっていうのがまたウルトラレアではないか!子ども達の顔を見ると、今のドイツの世相を反映してアフリカ系やアラブ系、いろんな人種が混ざっているが、どの子も実に楽しそう。移民、外国人問題となるととかくネガティブな側面が強調されるが、こういう光景には胸が温まる。

 

そうとも、キミたちが明日のドイツを担っていくのだ。がんばれ!