ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

念願のサーミ人の赤い帽子を被って一人悦に入って外出した私。ドイツの人にはこの帽子どのように映るかしら。絶対に誰とも被らないデザインだから注目されちゃったりして。

 

ワクワクしながら外出したが、うちの町は田舎なので一介のアジア人が何を着て外出しようが注目する人はなし。とはいえ、古着屋で洋服を物色していた時、店員のお姉さんが「ねえ、あなたってどこの出身なの。面白い帽子を被っているわね。え、日本、私モンゴル系かと思ったわ」と話しかけてきてくれた。

 

そうねえ、帽子は文句なく可愛いのだが、私のアジア的な顔立ちや日焼けした肌に合わせると、モンゴルとか東アジアの遊牧民族に見える。サーミ人の伝統衣装である深い青色のワンピースもそうだが、やはりこういうのは、吐く息が白く凍るような土地で、透き通るような肌を持った人達に似合う色だなあということを再確認。民族衣装というのはその土地の持つ気候、風景、住む人の顔立ちなど様々な条件が重なってその土地の人が一番美しく見えるものが出来上がるのだなあと実感。

 

とはいえ、大変気に入っていることは事実なので、Etsyで出品していたバイヤーさんにお礼のメールを差し上げた。

 

私はドイツに住む日本人で、長年サーミ人の伝統衣装のファンです。この赤いフェルト帽を得るのは私の長年の夢で、今回あなたのおかげで私の夢が叶いました。本当にありがとうございます。

 

とメッセージを送ったところ、

 

あなたの夢を叶えるのに小さな役割を果たしたことを本当にうれしく思います。

とお返事が来た。

こういうバイヤーさんとのやり取りも大切にしたい。

 

私は民族衣装を買う時は、安っぽいフェイク物を買わないよう、出来るだけ出どころのわかる品を買うようにしている。そのため今回もかなり時間がかかったが、待てば海路の日和ありで、去年のラオスのスカート、シンに続いて長年の願いであったサーミ人の赤いフェルト帽もドイツにいながらにして手に入れることが出来た。本当に恵まれていると思う。

 

 

ちなみに私の通うダンス教室にはフィンランド人が一人いるのだが、今日この帽子を被って行ったら目ざとく見つけて話しかけられた。なんと彼女はほんの1週間前フィンランドから帰って来たばかりで、そこでサーミ人の緑のショールを買ったという。

なんという偶然!興奮した私はクラスの前にいろいろお話して少しばかり盛り上がった。

 

私の熱意に押されたのか、クラスの最中に彼女が、

 

あなた、絶対ラップランドに行くべきよ。きっと気に入ると思うわ。今私の周りのフィンランド人の間でもブームなのよ。一度行った人は魅入られたように何度も訪れるの。

 

と言ってきた。私は民族衣装がメインだが、彼女の話によると遮るものがない真っ白な大地がどこまでも続き、言い表すことのできない不思議な気分になるそうだ。いやー、私もそうなるかも。ヨーロッパで訪れてみたい国がまた一つ増えた。

 

ともかく私のもとへ来てくれたサーミ人の赤い帽子、大切にします。

 

また一つ宝物が増えた。

 

私は昔から民族衣装が大好きで、最近はどこか一点に民族衣装を取り入れ現代の洋服に合わせるのを楽しんでいる。

 

そんな私のコレクションに今回加わてくれたのは、ラップランドに住むサーミ人の赤いフェルトの帽子。

サーミ人というのは、スカンジナビア半島の北部ラップランドに住む先住民族で、独自の言語や文化を持っている人達である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%9F%E4%BA%BA

 

私はラップランドに行ったこともなく、サーミ人についてはネットや本で得た情報がすべてなのだが、惹かれたのは例によってかの地の人達が着る民族衣装である。

何ともいえない深くて鮮やかな青い色の上着、女性はワンピース、裾には赤いプリーツがひらひら揺れて何とも可憐である。足にはトナカイの毛皮のブーツを履き、これがまたくるんと上を向いていて赤や緑の飾りがかわいい。

 

 

 

 

そして極め付きが女の人が被る帽子である。これまたいろいろなタイプがあるのだが、私がダントツで好きなのは、真っ赤なフェルト帽にチロリアンテープのような花柄の装飾が幾重にも施されたもので、サーミファッションに欠かせない仕上げとなっている。かわいいデザインであるが、小さな女の子でも年配のお婆さんが被ってもそれぞれしっくりくるのだ。

 

 

私はこの帽子にどうしようもなく惹かれ、もう何年もネット上で探しまくっていたのであるが、さすがに趣味がマイナー過ぎたかなかなか納得のいくものが見つからなかった。

ところが今年の冬になってまたまたネットサーフィンをしていたところ、Etsyにてまさに本物のフィンランド産であるこの赤いフェルト帽子を見つけた!なんという幸運。探し始めて優に5年は経っていただろうか、悪妻に幸運が巡って来た。

 

注文して数日で帽子が我が家にやって来た。

ワクワクしながら包みから出してみると、何十回も写真で見た通りの深紅の帽子が出てきた。

本当にかわいくて暖かい。幸いサイズもぴったりでホッ。

 

テンションが上がった私は思いつくままに手持ちの服装に合わせて着せ替えごっこ開始。

上はウクライナの民族衣装ヴィシヴァンカだが、可憐な赤同士、思った通りよく合っている。

黒のライダーズジャケットとブーツのモダンなスタイルにも合うのではないか。

古着屋で買ったデニムのベストでもしっくりくる。

いつも冬に着ているカーキ色のコートとも相性のいい赤だ。

ちなみに胸に下げているのは、メキシコのフリーダ・カーロを模したキーホールダー。ブラジル人のアマチュア手芸家さんの作品。

実際にこの格好で外出してみた。

 

フィンランド、ウクライナ、メキシコに加え、リュックサックの刺繍はベトナムのモン族、赤いビーズのブローチはルーマニアのトランシルバニア地方に住む谷崎聖子さんから購入させた頂いたもので、魚のキーホールダーは友達のタイ土産。実に6か国の手仕事が集結したワタクシの無国籍スタイル。

 

さっそくお出かけしてみた。 (続く)

先日上の娘にせっつかれて一緒に買い物に行った。テーマは卒業式のドレス選び。

 

実は既に去年の夏休み明けから、そろそろ卒業式に切るドレスを買わなくちゃと言われていた。

娘は今年7月にレアールシューレを卒業するのだが、卒業式は7月。どう考えても早すぎるのではないかと答える私に「ダメよママ、そんなのんびりしてちゃ。クラスの女の子たちはもうほとんど全員が買ってあるのよ」と非難がましい口調。

他の人達はどんな服を買ったんだと聞いてみたところ、ホラと娘がスマホの中のクラスメートの写真を示す。

 

わ、体の線に沿った黒のロングドレスの裾は太ももまでスリットが入っており、長い脚が誇らしげにのぞいている。顔も大人っぽいのでモデルのようで、これが十代の半ばなんて信じられないのであります。こちらの子は全体的に発育がいいので、10代の半ばで20歳を超えて見える。

 

娘に急かされて仕方なくネットで「卒業式、ドレス」などという言葉を入れて検索してみたところ、出るわ出るわ。

大体がこのような感じである。↓

(画像はお借りしました)

 

これでコーコーセイって信じられます?16歳とか17歳である。つまりまだ未成年。こげなセクシーな格好しなくても、と日本人のせいか思ってしまうのだが、この年齢だからこそこの服、というのもある意味理にかなっていると長く住んだ今ではわかる。

 

というのも、何度か書いたような気もするが、ドイツ人(白人)の女の子の美のピークは私の見たところ、16,17歳である。厳しい見方であるが、私だけではなく他のアジア人の友達も言っている。つまりあと2,3年もすれば、全体的に肉がつき、ドレスに体が入らなくなったり、背中の編み上げ紐から肉がぷよぷよはみ出したりするのだ。

というわけで、卒業するころが彼女たちの人生で一番美しい年ごろと一致するのである。16歳や17歳って早すぎやしないか。人生80年とざっと考えたとして人生の初期の4分の一、成人を迎える前に美のピークが来るってどうよ。高校卒業と同時に美のピークも卒業とはなんともはや言葉がありません。

 

デザインとしては肩が空いているのは基本中の基本。深~いスリットが入っていたり、胸元が大胆に開いていたり、或いは背中がオープンでかろうじてひもで結ぶようになっていたりである。

日本で制服での卒業式しか経験がない私としては、お子様とハリウッド女優ほどの天地の差に目を白黒させるのみ。

とにかくここには隠す美、想像の余地のある美などというものは存在せず、余すことろなくあけすけに美しい所はすべて見せます!という意気込みを感じる。

 

娘は田舎育ちのせいか、あまりイケイケスタイルには興味がないようで、親としてはホッとしているのだが、そうなると今度は逆に気に入ったドレスを探すのが難しいという別の問題が出てきた。なにしろどれもこれも胸や背中が開いていたりスリットが深く入っていたりして娘のお眼鏡にかなうような露出少な目の服がなかなか見つからないのだ。

 

とりあえず第一ラウンドでは何も見つからず、勝負は第二第三ラウンドへ持ち越されることになった。

はよ決着してくれんかなこれ。

何しろ私は他人の洋服選びにはあまり興味がなく、ついつい自分のものをきょろきょろ探していると、すぐに娘からお小言が飛んでくるのである。ゲッソリ

昨日の朝目が醒めてびっくり仰天。そこら中にこんもり雪が積もっている!こりゃあ雪かきをしなくちゃ。いつもなら朝食の用意をした後二度寝しに戻るのだが、朝の6時過ぎ、シャベルと片手に外に出た。

暗がりの中、しばし足を止めて雪に覆われた目の前の景色に見入る。人っ子一人見えず、雪に吸い込まれて物音ひとつしない静かな朝。異世界に迷い込んだような不思議な気持ちに襲われる。

ドイツは気候変動のためか、最近数年は暖冬で雪もほとんど降らず、こんな大雪に見舞われるのは本当に珍しい。

 

下の娘の通う学校からは早々と休校のお知らせが来て大喜び。いつもは朝ボーっとして機嫌が悪いのにハイテンションでスキーパンツを探している。

上の二人は旦那に連れられて一応登校しに行ったものの、車の雪かきをしている間に上の娘の学校も休校のニュースが入り、意気揚々とご帰還。こんなに嬉しそうに外から帰ってきた娘は初めて見た。(笑)唯一出かけた息子も、家の近くで雪にスタックしたお爺さんを手助けしているうちに学校から連絡があり休校。この日はおそらくほとんどすべての学校が休みになったのではないか。

 

私自身も週明けで買い出しや医者の予約があったが、この大雪では自転車は無理、電車は遅延しまくりとのインフォメーションで(それでなくてもドイツ鉄道はよく遅れるのに!)外出は諦め、雪が降ってはシャベルで雪かき、降っては雪かきの繰り返しに終始した一日だった。

 

しかし子ども達はウキウキ。スキーパンツを履いて外でキャアキャアやっている。下の娘はこんもり積もった雪の上にダイブし手足をバタバタさせて喜んでいた。

午後になって車で出かけたが、まず駐車場まで歩くのに一苦労。雪道に足を踏み入れると、小学校の社会科の教科書でしか見たことのない"豪雪地帯に住む人々"の写真のようにくるぶしまでズボッと足が沈みこんだ。

わッと思いながら雪を踏みしめるとまさにキュッキュッ、ゴワゴワというオノマトペの見本のような音が。

森の中を走る。雪に覆われた森は本当に美しく、山間では子ども達がそり滑りをしたり、凍った池ではスケートに興じる人たちの姿も。まさにヨーロッパの絵本に出てくるような風景はなかなかいいものである。

 

ふと中学生の合唱コンクールで聴いた「樹氷の街」が浮かんだ。

 

道という道を白くうずめ

家々の屋根を白く包む

雪は教会の十字架を跡形もなく

白く消しつくす

 

いやぁ、まさに冬のヨーロッパではないか。この日一日「樹氷の街」が頭の中でこだまする。

 

平野を走ると、まさに雪以外何もなく、白一色、無色の世界が広がる。地平線と空の堺を見ながら雪の白さと空の白さはまた違うんだなあとボーっと考える。何もかも静かで色がなく考えることも浮かばずだんだんぼんやりしてくる。

 

夜になっても雪は降りやまず、本日数度目の雪かきへ。

近くの素敵なお家。窓から明かりが見える光景はポストカードのようで思わずパパラッチ。

 

一日の終わりになると、色のない世界にいるせいか急に色とりどりの服が着たくなってきたのが不思議。砂漠の街に住む民族がものすごくカラフルな衣装を身につけるのと同じ感覚かもしれない。

 

そして一夜明け、昨日と全く同じで6時に起きて雪かき、上の二人はオンライン授業となり、一人下の娘だけが登校していった。

この降ってわいた豪雪地帯の生活、数日は続きそうだ。

なんとすっかりブログを放置している間に年も明けてしまいました。今年もどうぞよろしくお願いします。

 

冬休みをのんびり過ごし、やっと新学期が始まった子ども達。下の娘が帰ってくるなり、おかしそうに話しだした。

「うちのクラスのさぁ、学級委員やっているヤツが来て、いきなり『おい、お前ってベトナム人なのか』って聞いてくるのよ。は?とか思って笑っちゃった」

娘は思い出したのかゲラゲラ笑いだし、つられて私も笑いだした。

「しかもさあ、そいつったら私が『いや違うよ』って言ってんのに、続けて『え、じゃ、お前ベトナム語がしゃべれるのか』って聞いてくんの。だ~か~ら~、違うって言ってるでしょ!」

「学級委員の割にはあまり頭が良さそうじゃない子だねえ」

と私も相槌を打つ。

 

娘はベトナム人には見えないと思うけどなあ。私に似て小柄だし、髪も目も黒いのでハーフというよりは完全に日本人である。一昨年日本に行った時も街に溶け込んで、誰も彼女をじろじろ見たりしなかった。かえってドイツにいる時の方が視線を感じると言っていたくらいだ。

 

小生(って男じゃないけど)ドイツに20年余り住んでいて、色んなハーフの子どもを見てきたハーフエキスパート(?)であるが、本当にハーフと言っても色々で、日独やアジアとドイツのハーフでも、髪の毛がくりくりの巻き毛で目の色も薄く、どう見てもヨーロッパ人にしか見えない子もいれば、うちのようにかなりアジア人寄りだったり、どちらの要素も持った子など様々であった。

私の目には娘はベトナム人には見えないのであるが、こちらの人にとってはアジア人は皆似たような顔に見えて、国の識別は難しいのかもしれない。

 

それはいいとして、今度は息子の番である。息子も私の目には完全に日本人である。

こちらの方はもう既に我が家ではネタになりつつあるのだが、彼が何人に間違われるかというと、なんとカザフスタン人!

 

きっかけは彼がときどき稽古をつけてもらっている街中の道場で、そこはロシア人のメンバーが多く、知り合いになるうちに彼らに「お前どっから来たんだ」と聞かれたらしい。

「ああ、父親はドイツ人で、母親が日本から来たんだ」

と言うと、「ああ、そうだったのか。オレぁ、またお前さん、カザフスタンから来たんかと思ったぜ」

!!!カザフスタン❓

息子は意外な気がしたがその場では黙っていたらしい。

 

家に帰ってそれを打ち明けると当然私達は大笑い。カザフスタンって・・・。

ドイツには意外とカザフスタン人が多く知り合いにもいるのだが、彼らはほぼ全員ドイツ系なので見た目はドイツ人とさほど変わらない。なぜうちの息子がと疑問に思い、judo kazakhstanで検索してみたところ、出ました出ました。本当に日本人そっくりで、やや髪や眉が濃い青年が何人も出てくる。朴訥な感じが確かにうちの息子に似ている!こうなるともはや日独ハーフよりカザフスタン人に見えてきた。

カザフスタンは中国やモンゴルと国境を接しているので、旧ソ連の中でもかなりアジア寄りで、見た目もアジアっぽいの人が多いのだ。こりゃあ、息子、本当にカザフスタンで柔道していても地元に溶け込みそうだぜ。ちなみにカザフスタンは格闘技大国でもあるらしい。

 

 

 

 

私達は大いにウケ、わいわい騒いでいたが、この冬休み、息子は隣国オーストリアで4日間の国際柔道キャンプに参加してきた。

帰って来た彼を迎えに行き、車の中であれこれ聞いていると、キャンプには数人の外国人柔道家も参加していたとのことだった。

「で、どうだった。誰かアンタに『キミ、どっから来たの』とか聞かれなかった」

私が質問すると、いつもは口が重い息子がニッと笑って、

「あー、あったあった、モンゴルから来た選手だったか、『キミってカザフスタン出身なの』ってまさにピンポイントで聞かれたよ」

ワハハハハ もはや定番ネタになりつつある息子とカザフスタン。最近では息子も親しみを持ったのかいつか行ってみたいと言い出す始末。

 

それにしても息子はカザフスタン、下の娘はベトナム人に間違えられる我が家。残りは上の娘だけだが、こちらも誰かツボにはまるような国籍を振り当てて私たちを笑わせてくれないかしらん。