みんな核心に迫ってきたという手応えでそわそわしている。
「でも、電車に乗り込んだ時は見えていたわけですよね」
「ヤー」
「男は自分がトンネルに入っているという事実を知らなかったんですか」
「そう、知らなかったの」
「男は・・・トンネルの中で視力を失ったんですか」
「おしい!そうではないんだけど、視力を失った、と思ったのよ」
「てことは・・・、トンネルにさしかかる前まで彼がしあわせだったのは…見えていたから」
「そうよー」
先生はニヤニヤしている。
ちょっと待って。今までの謎解きプロセスをまとめてみると・・・。
男は電車の旅が始まった時は幸せだったのに、電車がトンネルの中に入った時、何も見えなくて絶望した。そして自殺した。
もう一息、もう一息だ。ゼィゼィ、ハァハァ。みんな猫が鼠に飛びかかる前のような顔つきをしている。
「じゃあちょっとヒントを上げるわ。彼はね、目の手術を終えて故郷に帰る途中だったの。それで喜んでいたの」
「手術は成功したんですか!?」
「ヤー」
「先生!という事は、彼は手術をするまでは盲目だったのですか?」
「ヤー!」
ということは・・・。そろそろと私のいつもはあまり回転が速くない頭が動き始める。
「男は物が見えるようになって嬉しかった。ところが電車がトンネルの中を通過し始めた時、再び彼の世界は真っ暗になった。・・・そして彼は絶望した。つまり・・・つまり、彼はトンネルを知らずに自分が再び盲目になったと思い込んだ。それで絶望して死んだ!」
「当りー!!!」
ワーとクラス中が盛り上がった。ふう、そういう事だったのね!
何十回と質問を重ね、ようやく答えにたどり着いたという安堵でみんなスポーツをした後のようにすっきりした顔をしている。今思い返してみても、これだけゲーム感覚で盛り上がったドイツ語の授業は他にはなかったかも。
今回ネットで調べてみたところ、この話には続きがあって、もし男が喫煙者用の車両に乗っていたなら死を図ることはなかっただろう。なぜならシガレットの小さな火が見えただろうから。というご丁寧な一文がついている。なるほど、うまいなあ。
娘も感心し、翌日学校でお友達に披露したという。
ネットではこの手のブラックストーリーは20種類ぐらいみつかった。必ず登場人物が死んでいるという所がポイント。息子も上の娘も学校でやったことあるというので、ドイツではポピュラーなのだろう。こういうブラックジョークが小噺のネタになるのがドイツ語っぽいところ。
日本ではあまりないタイプの謎々かもしれないけど、話のきっかけになるかもしれないし、知っていると面白いかも。
それにしても、あの頃国際色豊かなクラスメートと謎解きに興じていたのは昨日のことのようなのに、気がついたら自分の娘と同じトピックで盛り上がっているなんて。そりゃ21年も前の話なのだ。自分も齢を取るはずだわこりゃ。