超高文明の言う「幸せは、自分を幸せに育てる」こと? | ノリックの「失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~」おもしろ満載ぶっちゃけブログ

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ノリックの長編SF・コメディー・ロマンス「失われし銀河の天使  ~ エルフィア ~」の情報ブログです。本編にはない、お話しの設定とか、キャラ資料とか、いろいろ上げていまいります。登場人物満載のオモシロ記事や脱線情報を出していきます!

『失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~』では、超高文明世界エルフィアのエージェントのユティスが、コンタクティーの和人にこう言います。


「それは幸せに育てられるということです」


えーーー!

それじゃ、幸せに育ってこなかった人は、一生報われないのぉ!


と、いきなり、ものすごいお叱りを受けるかもしれませんが、もちろんそういうことではありません。


とにかく、「幸せに育つ」とはどういうことか、まずは考えてみませんか?



まず、幸せというのは感じ方であり、人によって異なる相対的なものです。


お金がすべてでもないし、理想だけでもありませんし、精神的なものだけでもありません。


また、人との係わり合いもあります。


好きな人、気の置けない人、そんな人と一緒にいれば、人生とても潤いますよね?


自分一人で幸せになんかなれないんです。


そういう意味でも、幸せとは多くが心理的なものとなります。


つまり、心と現実とがうまく折り合わせがいっていないと、幸せとはいえないんじゃないでしょうか?



ところで、みなさんの周りにも、いつもにこにこと幸せそうな人が一人くらいはいるものです。


とんでもない!


ビジネス至上主義の世の中にあって、そんな人なんかいない・・・。


かもしれませんけど・・・。


そういうにこにこした人は、別に特別の才能があるというわけでもないんですね。


親兄弟に囲まれて、すくすくと育った。

ただ、それだけのことなんです。


当たり前と言っては、あまりにも当たり前でしょ?


金持ちではなくても、爪に火を灯すくらいには貧乏でもなく、まじめに働く両親のもと、そこそこ家族みんなで和気あいあい暮らしてきたわけです。


ここが重要なんですが、そういう人は、朝食と夕食は一食に集まって、家族団欒ができていることが多いようです。


食事が終ると、自分の部屋でテレビやゲームやネットにすぐ没頭・・・。


そういう環境ではないということです。


父親も厳格過ぎず、甘やかし過ぎず、子供とお風呂に入ったり遊んだりする余裕を持っています。


そういえば、「パパお風呂」を習慣的にしてもらった子供の精神安定度は、そうでない子供たちと比べて、とても高いという調査結果もあるようです。


ユティスも言っていましたが、エルフィア人たちも「パパお風呂」はもれなく各家庭で必ず経験するところです。


そういった、両親や兄弟姉妹に支えられて育ってきた人は、幼児期にはたっぷり可愛がられています。


心理学者のマズローの有名な言葉で言うと、「生存の欲求」と「安全の欲求」が保証されて育ったわけです。


また、そういう人は、容姿やセンスに関係なく、とにかく自分の存在を家族に十分に認めてもらっています。


したがって、自分への不信感はありません。


なにかができないから、失敗したからといって、家族に責められで育っていません。


自分を生きるに値しない人間とも思いませんし、自分を責め続けもしません。


今できることはなにかを考えて、一生懸命、親がそうするように実践します。


そういう人は、自分の理想はあっても、決してそこに達しない自分をつまらないとも思わないんですね。


理想に達しなければ、達するまで地道に努力するだけのことです。

一歩進めば、いつか東京さ着くだよ!


一生かかることになっても、一気になにかをしようともしません。


カルトやイデオロギーのような絶対的価値があるとも信じていません。


毎日、こつこつ・・・「イワンの馬鹿」のように、それを愚直に継続するだけです。


容姿にしても、多少のコンプレックスはあるにしても、スーパーモデルやセレブと比べてそれに四六時中こだわったりはしません。


コンプレックスはだれにもあるものだから、自分だけが特別にとは思わないんですね。


そういう人は、一言で言うとしたら、「自分が大好きな人」です。


でも、ナルシストではありません。

ナルシストはコンプレックスの裏返しですから・・・。


こういう人は自分を自分で認めているということなんだと思います。


「オレさまは、オレさまだから、オレさまなんだ!わはははは!」


ポパイかなんかの台詞にでてきそうですが、これこそ、それを端的に表していると思いますね。


だれかと比べて「作り出す、わたし的」ではなくて、そのままの自分、だれが比べようが別に気にすることもなく「今ある、わたし的」あること。


これが周りで自然に受け入れてくれる状況であること。


わたしは、これが幸せな状況ということじゃないかと思うんです。

だからなんです。


幸せな家庭に育った人は自然に幸せなんです。


自覚はなくとも、幸せをよく知っています。


そうして、自分もそれを実践し、子供に伝えていきます。


逆もまた真なり・・・。


だから、経済的に裕福貧乏に係わらず、愛情に薄くあまり幸せな環境とはいえない家庭で育つ子供の幸せ感はとても低く、なにが幸せなのかわからなくなっていくんです。


目の前に幸せが転がっていたとしてもです。

差し出されても掴めないんです。


とても悲しむべき状況です。



このお話では、実はこれが核になっています。


エルフィア人はカテゴリー4の住人です。


地球人にはまだまだですが、生存と安全の欲求は完全に達成されている人たちです。


お話の中のエルフィア人たちに触れて、自分の大切さに気づいて欲しい・・・。


てのがあるんですよぉ。


だから、「幸せとは自分を幸せに育てる」ってことなんです。


お話の中では、ユティスやアンニフィルドたちの言葉に注意して、もう一度読み返してみてください。


そういう場面に出会うことができるはずです。



ええーーー、あんまり伝わってこない!


そりゃあ、作者の責任だわ!


ものすごく苦情がきそう・・・。


あは。


笑うな!


リーエス・・・。





※ノリックの
『失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~』 本編は『小説家になろう』に連載中です!