『失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~』のお話は、まずアンニフィルドという語り部の様子から始まります。
こういう語り部形式で物語を始めるお話は、SFに限らずけっこうありますよね。
ですが、だいたいお話は主人公自身か、ストーリーの展開に直接登場しなくて、ストーリー上も無関係の第三者的人物かが出てきます。
その第三者の中でも、よくあるのが作者自身です。
マンガでは手塚治虫さんをはじめ、少女マンガ分野でも、大御所とよばれる方たちは必ずと言っていいくらいに、ご自分のデフォルメされたキャラを持っていました。
それで、ストーリーの要所要所で効果的にご自分のキャラに話をさせて、ストーリーに幅を持たせていたんですね。
わたしは、これが日本のマンガを特徴づけているものの一つだと思っています。
一方、海外の本格SF小説では、作者自身をストーリーの序章に登場させて、語り部にするという手法が古くからあります。
近年のSF映画「ジョン・カーター」の作者、エドガー・ライス・バローズは特にその傾向があり、主人公の甥の役だったり、友人だったりして、主人公からストーリーを聞いて本にしたという展開をしていました。
実際の「ジョン・カーター」の映画では、そういうバローズの語り部的情景が十分になかったような気がします。
この辺は、原作をもっと忠実にしても良かったんじゃないかと思うんですが、みなさんはどう思われますか?
バローズの主な作品である、火星シリーズ、ペルシダーシリーズ、金星シリーズは、そういった形でストーリーが始まっています。
そして、ストーリー上では、主人公の話しを聞き取ったという形で、「わたしは・・・」というような描き方をしてるんです。
わたしが「失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~」を構想している時、ふとこのことが頭を過ぎったんですねぇ・・・。
バローズ風に序章を書いたら、なんか現実と非現実が交差して、面白い効果になるかもしれないって・・・。
でも、わたし自身が語り部になるのは、ちょっと抵抗があるし・・・。
じゃ、どうしようっかぁ・・・。
まったくの第三者ではありきたりだし・・・。
よし、物語の登場人物の一人を語り部にしてみよう。
ってことで、エルフィア人のアンニフィルドに登場してもらうことにしました。
アンニフィルドは、お話の主要キャラですが、語り部としては、ちょっと変わったキャラです。
なにがってぇ?
はい、彼女は地球人じゃないんですねぇ・・・。
このお話では、地球人ではないアンニフィルドが語り部になっているところが、少々変わっているところじゃないかと思っています。
宇宙の大規模構造なぁーんて、現代天文学の成果として、すっごい理論がいきなり登場してくるんです。
これを地球人ではなく、超高文明の異星人に語らせることによって、それがもっと客観的な事実として語られている、という効果を狙っているわけです。
主人公といってもいい宇都宮和人は地球人ですから、ストーリーを地球人の立場で紹介する語り部であっても不思議はないんですけど、ここは敢えて異星人のアンニフィルドがしています・・・。
どうしてかって?
うーーーん、どうだったかなぁ・・・?
あは。
というより、そんな風な語り口があまりなかったような気がするからです。
序章から、時々出てくるいろんな前書きのところで、それをするわけですから、これは、ちょっと変わってるぞぉ・・・。
くらいを想定していたわけです。
アンニフィルドはSS(セキュリティ・サポート:いわゆるVIP護衛官)でありながらも、美人で十分に女性らしく、基本的に明るくみんなにも人気のある人物です。
このお話はブコメディーですから、そういう人物なら語り部は適任でしょう。
アンニフィルドには、冒頭の序章から各お話のところどころでの前書き部分でちょこっと登場してもらい、お話の前振りだったり、前のお話の振り返りだったりを紹介するようにしました。
特に序章は、アンニフィルドの人柄が十分にうかがえるようにしています。
また、序章の後半には、同僚のクリステアと漫才のツッコミとボケのような感じ、掛け合いをしています。
ここで、国分寺俊介もちらりと出てきて、将来の関係を暗示するような記述を書きました。
こうすることで、みなさんがある程度の期待感を持って読んでいただけるんじゃないか、と思ったわけです、
お話は、アンニフィルドが物語になる本を開けるところから始まります。
これ自体はよくあるもので、映画の「ネバー・エンディング・ストーリー」なんかが、このような形態だったと思います。
このように、SFでは非日常的な世界を語るわけなので、語り部による事前の説明があった方がストーリーに入り易くなる、というわけですね。
※ノリックの『失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~』 本編は『小説家になろう』に連載中です!