「生涯、忘れざる人々」 ②
十月十八日。浪速区の宮本文(婦人部副本部長)は大阪地裁の傍聴席にいた。現在九十二歳。
「裁判の前の日、婦人部の先輩から『池田先生の裁判、明日や』と聞いたんです。傍聴できたのは生涯の誇りです」と振り返る。
居ても立ってもいられなくなった宮本は、家事を片付け、一歳半だった次男を背負って地下鉄に乗った。
「裁判所なんて行ったことないし、中に入れるんかどうかもわからんし、恐る恐るでした、七、八十人ほど入れる部屋で、傍聴席の長椅子は粗末なものでした。私が子どもがぐずって迷惑をかけたらあかんと思い、後ろのほうに立っていました」。
三か月前の「大阪大会」には夫とともに場外で参加していた。
「法廷で先生の名前が呼ばれた時、なんで先生をこんな所へ来させてしまったのか、怒りと申し訳なさで胸がいっぱいになりましたよ」。
「生涯忘れえぬ日。二時より、初裁判。人定尋問にて終わる」(十月十八日の池田の日記)。四年半にわたる法廷闘争が始まった。