父は生き抜いた ①
「ある定時制高校生との出会いも忘れ難い」──池田がこう記した。一組の「父と息子」の物語がある。
「彼の父は、動脈が閉塞して肉がしだいに腐る難病のビュルガー病に苦しみ、両手両足を切断」「息子である彼は、経済苦で、全日制の高校への進学を断念し、定時制高校へ進学。父を恨み、人生をはかなみ、悩み、苦しんだ」(池田大作『大道を歩む──私の人生記録』毎日新聞社)
その日々を振り返り、鈴木裕(東京・板橋区、副会長)は「車いすの父とともに歩んだ定時制時代、学生時代が私の人生の原点です」と語る。
裕の父、鈴木武雄は1918年(大正七年)、福島の磐城(いわき)に生まれた。腕利きの電気設計技師で、上場企業の工場長を任されていた。
「父が『左足のふくらはぎが痛い』と言いだしたのは、昭和三十九年の正月、近くの神社に初詣に行った帰りでした」
最初は足のかかとにアカギレのような傷ができた。当時、武雄の家族は仏教系のある宗教に入っていた。その宗教は武雄を病院に通わせず、根拠のない治療法を繰り返させ、症状は悪化するばかりだった。
一年が経ち、高熱と痛みに耐えきれず幾つも病院を回ったが原因はわからない。日大病院に行ったところ、腹部を切開して、交感神経を切除すれば治るのではないかと診断され、手術を受けた。しかし激痛は治まらかった。
「その半年後、『ビュルガー病』という聞いたこともない病名を告げられたのです」。