「我が手にて書くはこれが最後である」 ①
もともと文章を書くのが好きだった武雄は、ビュルガー病を発病してからも、信仰の喜びや座談会の様子を折りに触れてノートに書き続けた。
「私にはまだ口もある。眼もある。耳もある。いや生命の歓喜がある。いや久遠の弟子の使命がある」──こうした折々の所感を、ある日、池田に宛てて書き送った。
「先生から父に『ありがとうございます。私のデスクの引き出しに入れておくからね』と伝言が届きました。それと前後して、私も夏季講習会の折、何人かの夜学生とともに先生と懇談する機会がありました」
池田は「苦労した人が勝つ。これが仏法の世界だ」と語り、「今はどんなにつらくても、苦しくても、貧しくても、『じっとこらえて今に見ろ』の決意でいくんだよ」と励ました。
「あの時、本気で信心を続ける腹が決まった」と裕は回想する。家に帰り、いつものように父のトイレや風呂の世話をし、ヒゲを剃った。そして「これまでぼくは病気になったお父さんを恨んでいたが、間違っていた。お父さんがいたから信心ができた。人生の師に会えた。ありがとう」と伝えた。