鴨長明「方丈記」読解11~自分だけの、身の丈にあった草庵 | ejiratsu-blog

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人は何を考え(思想)、何を為し(歴史)、何を作ってきたのか(建築)を、主に書いたブログです。

(つづき)
 
 
 [11]仮の庵も故郷となり
 
・大方(おほかた)、この所に住み始めし時は、あからさまと思ひしかども、今すでに五年を経たり。
《だいたい、この場所に住み始めた時は、ほんのちょっとの間と思っていたが、今はもう5年が経過してしまった。》
・仮の庵も、やや故郷(ふるさと)と成りて、軒には朽葉(くちば)深く、土居(つちゐ)に苔(こけ)生(む)せり。
《仮の草庵も、しだいに住み慣れた家になって、軒には朽ちた落ち葉が厚く積もり、土台にはコケが生えてきた。》
・自(おの)づから、事の便りに、都を聞けば、この山に籠(こも)り居て後(のち)、止む事無き人の隠れ給へるも、数多(あまた)聞ゆ。
《たまたま、何かのついでに、都の様子を聞くと、この日野山に引き籠もって以降、高貴な人が、お亡くなりになったと、多く聞かれる。》
・まして、その数成らぬ類(たぐひ)、尽くしてこれを知るべからず。
《まして、その数にも入らない人々は、すべてを知り尽くすことができない。》
・度々の炎上に滅びたる家、また、幾(いく)そ許(ばく)ぞ。
《たびたびの火災で焼失した家は、また、どれほどだろうか。》
・ただ仮の庵のみ、長閑(のど)けくして恐れなし。
《ただ、仮の庵だけは、のどかなので、心配ない。》
・程(ほど)狭しと言へども、夜臥(ふ)す床(ゆか)あり、昼(ひる)居る座あり。
《広さは狭いといっても、夜寝る床があり、昼居る場所もある。》
・一身を宿すに、不足なし。
《わが身ひとつを宿らせるのに、不足はない。》
・寄居虫(かむな)は、小さき貝を好む。
《ヤドカリは、小さな貝殻を好む。》
・これ身知れるに寄りて成り。
《これは、身の程を知っているからだ。》
・みさごは、荒磯に居る。
《鳥のミサゴは、荒磯にいる。》
・すなはち、人を恐るるが故(ゆゑ)なり。
《つまり、人を恐れているからだ。》
・我また、かくの如し。
《私もまた、これと同じだ。》
・身を知り、世を知れれば、願はず、走(わし)らず。
《身の程を知り、世の中を知っているので、願望もなく、あくせくしない。》
・ただ静かなるを望みとし、憂へ無きを楽しみとす。
《ただ、静かなのを望みとし、憂いがないのを楽しみとしている。》
 
・総(すべ)て、世の人の栖(すみか)を作る習ひ、必ずしも、身の為にせず。
《だいたい、世の中の人が住居を作る習慣は、必ずしも自分のためではない。》
・或(ある)は、妻子・眷属(けんぞく)の為に作り、或は、親昵(しんぢつ)・朋友(ぼういう)の為に作る。
《ある者は、妻子や親族・従者のために作り、ある者は、親交のある人々・友達のために作る。》
・或は、主君・師匠、および財宝・馬牛の為にさへ、これを作る。
《ある者は、主君・師匠や財宝・牛馬のためにさえ、家を作る。》
・我今、身の為に結べり。
《私は今、自分のために(草庵を)結んだ。》
・人の為に作らず。
《他人のためには、作っていない。》
・故如何(ゆゑいかん)と成れば、今の世の習ひ、この身の有様(ありさま)、伴ふべき人も無く、頼むべき奴(やつこ)も無し。
《その理由は何かといえば、今の世の中の定めと、わが身の状況、連れ添う人もなく、頼りにできる召使もいないからだ。》
・例(たと)ひ、広く作れりとも、誰(たれ)を宿し、誰をか据(す)ゑん。
《たとえ、広く作ったとしても、誰を宿泊させ、誰を住まわせようか。》
 
 
□考察
 
 都会の平安京も、田舎の日野山中も、ともに無常は不可避ですが、大勢の都会は、賑やかで騒がしいうえ、栄枯盛衰が激しいので、悲観的な無常観となる一方、一人の田舎は、穏やかで静かなうえ、四季の移り変わりが楽しめるので、楽観的な無常観となり、それが日野の草庵に長居できた理由といえます。
 また、そうできたのは、自分一人が生活するための、身の丈(たけ)にあった規模の草庵にしたからで、一般の人々が思い描く欲望を、削ぎ落とした結果でもあり、それは仏道修行で、煩悩を捨て去り、悟りを得ようとする行為に類似しています。
 
(つづく)