千利休が切腹した理由は、なぜ永遠の謎なのか? | えいいちのはなしANNEX

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千利休が切腹した理由は、実際のところ、何なのか?

 

「利休切腹の理由は、分かりません」。
これが答えです。永遠の謎です。だからみんな推察したくなります。 

反逆したとか横領したとか、分かりやすい理由を示す証拠文書が出てくれば別ですが、そんなものはありません。

だから、みんな色んなことを推測で言うわけですが。
最後は「茶人としての美意識の対立」みたいな、素人には理解不能な形而上学的な話になる(逃げ込まれる)ことになります。

いままで、いろんな「利休モノ」の映画や小説がありました。

 たとえば。
三國連太郎主演の映画「利休」は、今までで一番、俗人に分かりやすい解釈をしてたと私は思います。利休の口からはっきり秀吉の政治を批判させてましたから。つまり「秀吉の朝鮮出兵を非難した」のが切腹の理由。


大河「真田丸」の利休(桂文枝)も、別の意味で分かりやすかった。「利休は、秀吉の権勢をカサに不正蓄財をしていた、それがバレて切腹させられた」。ただの欲深な小悪人みたいで、美意識も何もなかったからな。三谷幸喜も蛮勇あるよね、あれって、全国に何万といるはずの表千家裏千家のひとたちは怒らなかったのかな。NHKもよく許したな。
山本謙一氏の直木賞受賞作の小説「利休にたずねよ」、加藤廣氏の「利休の闇」、このあたりが面白いです。いずれも一言では言いあらわせない難しい話ですが。
要するに「芸術上の価値観で、どういても譲れなかった、だから切腹することになった」という物語です。


人間はそんな意地だけで死ねるもんかいな、と我々凡人は思いますけど。そこは小説を頭から尻まで読めば「ああ、これなら命かけても仕方ないか」と思える、かも知れない。切腹に説得力を感じるかどうかは、読者しだいです。
あと、利休は切支丹で、利休の作った茶道の作法はキリスト教のミサを模したものである、なんて説で書かれた小説も結構あります。なるほどな、とは思いますけど。どうでしょうね。面白いけど、根拠には乏しいです。但し絶対それはない、とも言い切れない。

「どの説が真実か」なんてのは、ありません。あなたがどの本や映画に、いちばん「共感」できるか、ってことになります。
なんにせよ、利休は「芸術家でも実業家でもある」という二面性があるから、切腹の謎は、どうしても形而上的な論議になり、奥が深いですよね。

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それに、物事の理由なんてひとつじゃないのが、現実です。世俗的な理由と芸術的な理由が、半々だったり七三だったり、複合的なのかも、と考えるのが妥当かも知れません、
つまり「絶対に結論は出ない」ってことです。

だから龍馬暗殺や本能寺の変の動機なんかより、よほど「謎度高い」といえます。