天下を取った人物しか、大河ドラマの主人公にはなれない?いや、そこを工夫しよう。 | えいいちのはなしANNEX

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「ウチの地元の戦国武将は、大河の主人公になったら絶対、面白いとおもうんだけどな」という人は多いですが。

戦国時代であれば「信長、秀吉、家康」のうち誰かが絡んでこなければ、大河ドラマにはなりません。
要は「天下取り」に絡まない題材は、国民全体に観せるドラマには採用されないんです。 
一昔前、地方の英雄を取り上げた戦国ドラマが流行りましたが。
伊達政宗を取り上げた「独眼竜政宗」では、勝新太郎の豊臣秀吉を第一回から登場させていましたし。
「武田信玄」では武田が桶狭間の黒幕であるという設定でした。
大河のたびに、主役が誰か、って次に「こんどの信長は(秀吉は、家康は)誰?」ってのが話題になります。 
日本国民のなかで、ディープな歴史マニアなんてコンマ何パーもいません。ほとんどの日本人は、歴史上の人物って、信長、秀吉、家康しか知りません。嘘だとおもったらあなたの周りの人に聞いてみてください。 
ドラマとしてストーリーが面白い題材であるかどうかは、全く関係ない、とはいわんまでも、二のつぎ、三のつぎ、でしかないんです。 
あなたの地元のヒーローを大河の主人公にしたければ、
「どうやって、無理矢理にでも信長、秀吉、家康を絡ませるか」を考えてましょう。
それが無理だと、大河も無理です。 
戦国大名って、必ずしもみんな天下を狙ってたわけではないでしょ?
 その通りです。当時の戦国大名は誰も「天下取り」なんか目指していません。必ずしも、ではなく、ほとんど全員が「自分の領地を守ることに汲々としていた」んです。
それがイイとか悪いとかじゃあなく「全国放送の大河ドラマにはならない」ってことです。 
じゃあ、天下を取った本人しか大河の主人公になれないか? うーん、そこんとこ、考えましょう。
いまの日本で、一年間もやる連続ドラマって、NHK大河だけですよね。
春夏秋冬、ひとりの「偉人」が生まれてから死ぬまでを描く。
種が芽を出し、成長し、花を咲かせ、実をなり、次代の種を残して終わる。
そういう「ビルディングスロマン」でなければ、一年間はもちません。
そして、ドラマの最初と最後では、確実に「日本」という国が、主人公の生きざまのおかげで、良くなっているのでなければならないんです。 
だから、自分が天下を取れなくても、「天下取りに関わった、寄与した」人物でれば、大河の主人公になれる可能性はあります。 
ローカルな「お家騒動のドロドロ、隣国との確執」だけでは、国民番組である大河にはならんのですよ。 
 NHKが「歴史マニアに向けて」大河ドラマを企画している、と思ったら、大間違いです。
NHKは普段「歴史なんかに特に興味はない」と思っている一般国民に向けて、大河を作ってるんです。
ですから、「大河ドラマの主役に誰それがならないのは、おかしい」とか言ってる歴史マニアの発言は、大抵、的外れです。
人物として面白いとか、そういうことじゃあ、ないんですよ。
一般視聴者は、要するに「この主人公は、日本史を前に進めるために、どんな貢献をしたの? そこんとこを教えてよ」って態度でドラマを見ます。
その「ランドマーク」が(みんなが知ってる)信長や秀吉なんです。
つまり、信長や秀吉が出てくるだけでなく、日本史にどう影響を与えたか、信長や秀吉が「彼」との出会い(or戦い)でどう変わったか、というところが上手く描ければ。大河の企画書として、とりあえず成立するかも知れません。

誇張でも、創作でもいいんです、大河もフィクションのドラマですから。