昔の貴族院の議院は世襲の華族で選挙がなかったの? | えいいちのはなしANNEX

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このブログの見方。写真と文章が全然関係ないページと、ものすごく関係あるページとがあります。娘の活動状況を見たいかたは写真だけ見ていただければ充分ですが、ついでに父の薀蓄ぽい文章を読んでくれれば嬉しいです。

選挙というのは、要するに、民衆の支持を得るための競争ですよね。
なんでも競争で勝ち抜いた者が偉い、という考え方が「正しい」と、われわれは学校で教えられてきました。従って「選挙は正義、世襲は悪」というふうに思い込んでいます。
しかし、果たしてそれは、いつだって正しいのか。
競争に勝ち抜くということは、他人を蹴落とし、その手を血で汚すことです。それは戦国時代でも明治時代でも本質は同じです。選挙で勝つのは聖人君主ではなく、世論に迎合し、相手を口汚く罵り、庶民を騙し、カネを撒き、あらゆる手段で民衆の支持を集め、対立候補を叩き潰して勝ち抜いた人物が集まっているのが、衆議院です。それが民主主義だといえばそれまですが、そうして「手を汚して、這い上がってきた人間たち」だけに国の政治をゆだねるのは、果たして正しいのか。彼らは議員になったら本当に「国ふため」を第一に働くのか。
「権力」と「権威」は分けるほうが上手くいく、これは日本史の基本的な精神です。「権力」を獲るためには手を汚さねばならず、「権威」には清らかさが求められる。だから日本史では、「権力」は競争に勝ち抜いた実力者が、「権威」は「なりたくてなった者ではなく、生まれながらになることに決まっていた者」が担う、という分業がなされてきました。はい、そうです、それが「天皇」です。
日本において、天皇だけは血統最優先であるのは、このためです。「一切、競争しない神聖なモノ」として日本人が「とっといた」存在です。
そして、この天皇の権威を守るために華族というものがあり、「貴族院」があります。彼らは生まれながらの身分によって、競争を経ずに議員になるから、世論、大衆に迎合する必要もなく、次の選挙のために節を曲げる必要もありません。だからこそ、衆議院とは違う、大所高所からの議論ができる、はずだ。少なくともそう期待されていました。
「衆議院」と「貴族院」は、成り立ちも機能も全然違う、違うからこそ存在意義があるのです。貴族院に選挙があったら、結局、衆議院と同じモノになってしまいます。
とすれば、今の参議院に、衆議院とほとんど同じ仕組みの選挙で選ばれるモノが、果たして必要なのか? ということになりますが、それはまた別の話。
勿論、「貴族院は今もあるべきだ」とか「貴族院を復活しろ」とか、私が考えてるわけではありませんよ。あの時代なら、そういう理屈もある、と言っているだけです。念のため。