古代、中世、近代っていうのは、要するに何か。 | えいいちのはなしANNEX

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戦国時代ってのは、中世なのか、なんなのか、みたいなことを考えつつ、歴史区分のはなしをします。

もともと、ルネサンス期から発するヨーロッパの伝統的な歴史区分は「古代」「中世」「近代」の三つしかなかったんだそうです。

古代というのは、「帝国」の時代、皇帝が世界を治めていた時代。ローマ帝国が崩壊するまで。

中世というのは、「帝国」が崩壊し、大小の領主がバラバラに土地を治めていた、いわゆる「封建制」の時代。

そして、中央集権的な「国民国家」「絶対王政」というのが成立しはじめるあたりからが「近代」です。

ただ、18、19、20世紀と時代が進むにつれ、近代が長くなりすぎたので、「現代」という区別ができました。王様が退場した「民主主義」の時代です。

これを日本に強引にあてはめると、

古代は平安時代まで

中世は鎌倉時代から江戸時代まで

近代は明治維新から

現代は第二次大戦終了から

ということになります。

ただ、その後、「鎌倉・室町と、江戸時代はかなり違う。江戸時代は封建制といっても非常に中央集権で、絶対王政に近い。近代に入れたほうがいいんじゃないか」という議論になり、結果、日本史用に「近世」という区分が発明されたのです。

近世は「統一国家の成立」によって始まります。これが織田信長から始まるのか、豊臣秀吉が天下統一した時点か、このへんはいくつかの解釈があります。

「近世」という用語自体が江戸時代用に発明されたものですから、「近世=江戸時代」と考えておいていいと思われますが。

なお、ヨーロッパの歴史学のほうでも、次第に「中世」と「近代」のあいだにひとつ区分を加えるようになりましたので、それも「近世」と訳されますが、別に日本の歴史学を逆輸入したというわけではありません。


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