島原の乱のあと、蘇った天草四郎(沢田研二)が、「思いを残して死んだ」武芸者、剣豪たちを次々に「転生」させて、いわば「江戸ゾンビオールスターズ」を結成して、幕府転覆を目論むんだ。山田風太郎の原作では、森宗意軒という「忍法魔界転生」を操る怪人と由比正雪が組んで、天草四郎以下を蘇らせるんだけど、映画では森も由比も出てこなくて、天草四郎が独力で蘇るんさ。執念だけで。
ラスト、燃え盛る江戸城のなかで、柳生十兵衛(千葉真一)と対峙したとき、ジュリーが「切支丹教徒首魁、天草四郎時貞!」と名乗って見得を切るんだ。首魁、だってさ。かっこいいぞ。凄いぞ。
ところで、彼の名前ですが。
ざっくりいえば、益田時貞が本名、天草四郎が通称、という言い方になります。
しかし、、戸籍制度のない時代に「本名」という言い方はあまり相応しくありません。
まず、「時貞」というのは「「諱(イミナ)」、四郎というのは「字(アザナ)」です。
江戸時代までの(一定以上の身分の)日本人は、必ず、この両方を持っていました。「諱」は神聖なものだから滅多に呼ぶものではない、という考え方から、普段呼ぶための名前が別にあります。これが「字」です。
「諱」が使われるのは、天皇から位を貰うとき、公文書に署名するとき、くらいです。面と向かって「時貞さん」と面と向かって呼ぶことはとても非礼なことととされ、基本的にありえません。だから、島原の一揆に集まった農民のほとんどは、彼が「時貞」という諱だということは知らなかったと思います。
益田、というのは、苗字です。ということは彼は武士階級ですから、「源」か「平」か「藤原」か知りませんが、そういう「姓」があるはずです。姓とは天皇から貰った正式のファミリーネームですが、源さんが全国に散らばり、自分も源なら隣も源では不便でしょうがないので、住んでるところや領地の名前でお互い呼び合うようになります。これが苗字です。
つまり、苗字というのもそもそも家の通称みたいなもんで、最初は自分で勝手につけたものです。だから、天草一揆の棟梁に担ぎだされた益田四郎くんが「今日から、この土地の民衆代表ということで、天草という苗字にします」と宣言するのも、当人の自由なわけです。
芸名やペンネームと似たようなものですが、戸籍制度がない時代なので、仮名とか偽名ということはありません。みんな「正しい名前」です。
しかし、「昔の日本人にはいっぱい名前があって、どれも本名なんだよ」と言われると子供が混乱するので、歴史の教科書に書かれるときには、いちばん通用する名前が載るわけです。「前田利家」は諱ですが「前田慶次」は字。「黒田官兵衛」は字ですが「黒田長政」は諱です。
彼の場合、「益田時貞」より「天草四郎」のほうが通りがいいので、教科書にもそう書いてあるわけです。
魔界転生のはなし、そのうちまたするかもしれない。あと、柳生一族の陰謀ね。