やたらと寒い。
無言で夫に寒さを訴える。
夫は別の寒気を感じ、せっせと重たい薪を運び暖炉に火を熾す準備をする。

まず、紙や新聞など燃えやすいものを敷く。その上に小枝を多めに積む。次に細めの枝を何本か乗せる。最後に大きくて太い薪をドスっと置く。 パーフェクトだ。

火は下から順に薪をじっくりと燃やし、部屋を暖め、何時間も消える事はない。 細い薪ばかりを使えば勢いのよい炎が立ち、より暖かいがすぐに消えてしまう。 私は、太い薪でじっくり火を熾すほうが好きなのだ。

午後はずっと、暖炉の火を見つめていた。
こんな穏やかな時を過ごすのもいい。  
炎は情熱やら闘志、時には恐怖を連想させるが、暖炉の火は限りなく優しく、暖かなぬくもりがある。 
こんな静かで穏やかな火を、私は今まで見たことも想像した事もなかった。

暖炉の火。 
心まで温かくしてくれるもの。



この出来事は3年前の2007年、まだ我が家にエアコンがなかった時のものです。
今はめでたく日本製の優秀なエアコンが大活躍し、暖炉に火を入れることもなくなりました。
アリゾナ州フローレンスに、イミグレーション・ジェイルがある。
移民や外国籍の人間が何かをやらかせば、ここにお世話になれる、移民刑務所だ。

毎週土曜日、面会人はパスポートなど身分証明を提示し、持ち物をすべて監視員に預けて所内に入る。 
囚人へ手渡すもの=タバコなど=は監視員から囚人へ直接手渡される。 
机や椅子が数セット用意された小さな小部屋に案内され、
厳重監視のもと、ここで面会人達と囚人達は顔を合わせる事ができるという仕組みだ。

その土曜日、私はツーソンから一時間くらい車を飛ばし、友人の面会に行った。
友人はフィリピン人。 2週間ほど前、麻薬所持兼売買で挙げられた。 

内心、私はひやひやしていた。 
私は学生。 前学期はバケーションをとっていた。 
今学期は妊娠と転校を理由に、クラスを全てキャンセルしている。 
下手したらアウトオブステイタスでそのままお縄かもしれない・・飛んで火に入る何とやらだ。 
何食わぬ顔で学生ビザがべったり張り付いたパスポートを監視員に渡す。 

「ちょっと、あなた。」 
(ほらきた!) 敵は私と同年輩の若い女性だ。


「あなた、シアトルの学生? クオーターは始まってるでしょ、ここで何をしているの? I-20(入学許可証)は?学校のアドバイザーの旅行許可は?」 
怪訝な目で私を見る。 
怖気づいたりおどおどしちゃいけない。 ここはあくまで、驚き、無知を装い、バカな留学生を演じるのだ。

私はツーソンに引っ越す予定で今回は旅行中だということ、友人が服役中と知って会いに来た事、学校の許可やI-20を常時所持することなどは英語が不得意な為、理解していなかった…などを説明した。
 
彼女は今度は電話をかけ始める。 
シアトルの学校に私の在籍を確認しているのだ。 
私はまたもやどきどきする。 
インターナショナルスチューデントオフィスのサラ。 
彼女は留学生に寛大だ。 どうやら私に有利な証言をしてくれたらしい。
敵は若干優しい顔つきになって、驚愕しているフリをする私に微笑む。 
愚かな留学生にちょっとした説教を垂れ、道をあけてくれた。

たった20分の出来事、どっと疲れた、6年前の体験であった。


注)  

当時、私はシアトルからアリゾナへ引っ越す下見で、1ヶ月ほどツーソンの彼氏(現夫)のアパートに滞在していました。 
学校はまだシアトルにある某コミュニティカレッジの籍でした。 
なお、面会は現夫も同伴でした。



私の職場には、私も含め少々ワケありの人々が集まる。
いろんな事情を抱えた人がこの「家」にやって来ては働き、ある者は去り、ある者は留まる。


ウクライナ人の女性。
彼女は7年前にこの土地に流れ着き、路上で1ヶ月生活した後
この家に住み込みで働き始めた。 当初2週間のつもりが、もう7年になる。
彼女は朝から必死に働き、午後は別の場所で掃除婦をし、
命を削って稼いだ金のほとんどを国の家族に送金している。 
滞在許可証のない彼女への風当たりは強く、ミーティングの席で
しょっちゅう槍玉に上げられているが、決して朗らかさを失わない、情の深い女性だ。 


推定年齢55歳の男性。 
彼は別の土地からバスを乗り継いでやって来た、シーズン用の従業員だ。
10月末に契約が切れた後も行き場がなく、この「家」の駐車場に安置してあるキャラバンに
ずっと住んでいる。 
最近は生活も乱れ、食事も摂らずに引き篭もっては飲んだくれているだけだ。 
まじめによく働く人だったのに、最近は皆の反感を買っている。


母を亡くして天涯孤独になった若い女性。
彼女はこの「家」のお客さんだった。 
彼女の身の上に同情した「家」のオーナーがここで働くように薦め、
客室を1室あてがわれて住み始めた。 
しかし他の従業員との確執から溝ができ、2週間後には追い出されるように去っていった。 
今はどこでどうしているのか、私にだけは辛い本音を語ってくれていた彼女。 
私は彼女の味方になるつもりだったのに。



人それぞれ、いろんな事情を抱えていろんな人生を生きているもの。
違う人生をもった人達がある一箇所で出会い、ほんの少しの時を共にし、助け合って生きる。 
それが可能なこの職場、この「家」の一員でいられる私は今、
何てラッキーな経験をしているのだろうか。

この先、どこにいても。 何があっても。

きっと切り抜けていける。

そんな前向きな気持ちを、どうかいつまでも持っていられますように。