もう4ヶ月も前の話になる。

私は2年3ヶ月ぶりに日本に帰国した。
2年3ヶ月という期間は、私にとって決して長すぎるというわけではなかった。
以前は丸3年日本の地を踏まなかった事もある。

しかし今回、私は日本で純粋に驚愕してしまった事がいくつかあった。
しかしそれは、新しく始まった事とか、何かが発達したという事ではなく、以前からそこに当たり前にあった事だった。
だからこそそれを発見したときの驚きは大きかったのかもしれない。


①どこのトイレもハイテクで、便座が暖かい

セントレアに到着しトイレを使った時「すごいよ!トイレが暖かいよ!!」と当時6歳の息子に興奮気味に報告してしまう。


②熱い飲み物と冷たい飲み物がひとつの自動販売機で買える

自販機にお札が使えることに仰天!? 自販機がしゃべってビックリ仰天!?


③町中で走っている車が全て新しくてきれい

フランスでもアメリカでも、10年か20年は経っていそうなボロくて黒煙のたつ車が普通にはしっている。


④サービス業に携わる人々の接客と笑顔がすばらしい

お客様は神様であるかのような低姿勢に思わす腰が引けてしまった。フランスの田舎じゃ、お客様は仕事を増やす疫病神扱いだ…


などなどなど。


このほか、日本の町並みには興味深いものがあった。
新しくお洒落な建物のすぐ隣に古びた民家が建っていたりする。
洋風、和風、色、そして形、どれをとっても統一性がなく、それぞれ思い思いの建物や家が混在している。

たとえば私が住んでいる町の場合、中心部はみな古く、我が家を含めどの家の壁も白く屋根はみなオレンジだ。 
新しく建つ家は新しく開拓された土地に集められ、色調も町に合わされる。 
町の外観が最重要視され、個人の好みが出せるのは窓と庭くらいだろうか…
なので余計と日本の街がアンバランスに思えてしまうのだ。
悪い意味ではなく、個人の趣が自由に出せていて、それはそれで悪くないと思う。


今回、日本でこれだけ驚かされたのは予想外だった。
それは私が以前よりも日本という国に興味を持ち、注意深く見守り始めたからかもしれない。


「すごいぞニッポン!」


この言葉につきる。
これからも注目していきたい。
8年前、当時付き合っていた彼(現夫)の車はタフだった。
車に疎い私は、VWという事しか覚えていない。
それがとうとう断末魔の悲鳴をあげたのは、冬もたけなわのある1月、
アメリカ合衆国のど真ん中、カンサスでの事だった…

彼は私のいるシアトルからI-5(フリーウェイ)を南下し、ロサンゼルスから東方へ、アリゾナの自宅へ帰った後すぐに友人を訪ねて北上しアイオワへ。 ドライブに次ぐドライブを満喫していた。 
彼は、誰もが聞いて呆れるドライブ狂なのだ。
そんな彼を乗せた車のエンジンからついに黒煙が上がったのだ。 
そこはアイオワからの帰路、寒い寒いカンサスの小さな田舎町だった。

結果、車は修理が高くてそのまま廃車に。 
手持ちのお金もなかった彼は立ち往生だ。 
連絡をもらった私は、旅行がてら彼の元へ駆けつけることにした。
すぐさま馴染みの旅行会社へ行き、これまた馴染みの中国人のおっちゃんに無理を言い、ミネアポリス経由、カンサス行きの航空券を手配する。
そして即日に飛んだ。


さて、カンサスにて。 
せっかくなので観光をしようと思ったが何もない。 
なんて名の街だったかは思い出せない、恐ろしく何もない所だった。
しょぼい映画館があったので映画を見た。 内容は思い出せない・・ 
しがないモーテルがあったので、腹いせにねちねちと宿泊費を値切ってみる。
ものはやってみるものだ。 5ドルまけてくれた。

翌日、グレイハウンド(長距離バス)に乗り、アリゾナへ出発だ。
オクラホマ、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナへ。 先は気が遠くなるほど長い。 
最初はラブラブだった私達にも、テキサス辺りで暗雲が立ち込める。
背中の痛みと疲れ、乗客の質の悪さと悪臭で私はすっかり不機嫌だった。 
外の風景は草原と砂漠がもう何時間も続き、私の退屈は限界にきていた。 
彼はおろおろ私をなだめる。

そんな時、ある場末の小店でトイレ休憩がとられた時の事だ。 
身なりの小奇麗な私に、散々チャチャを入れていた薄汚いオヤジ。
そいつが私に何かを差し出した。
それは、思わず笑みがこぼれるほど可愛いクマのぬいぐるみだった。
さっきの小店で買ってきたのだろう。

「長旅は疲れるでしょう、お嬢さん。 彼氏が困っているよ。 さあ、これは私からの景気づけだよ。」

そういって汚い顔をニッとほころばせる。 思いがけずやさしい笑顔だ。 私はすっかり気を良くして礼を言った。

疲れも吹っ飛び、ささくれた気持ちもみるみる穏やかになっていくのがわかった。

こうして、私と彼の悲惨でありながら幸福だった、奇妙であり暖かな旅の思い出がまたひとつ、私の心に刻まれたのだった。
あれは2007年8月頃。
夫は、引きこもりがちだった私を
あの手この手で外へ連れ出そうと躍起になっていた。
私は強烈な日差しを嫌い、コウモリの様に室内に篭って本ばかり読んでいたのだ。 

その日、私はとうとう白日の元に引き出され、車に押し込められ、行きたくもないドライブへと拉致された。
車の中で深々と帽子をかぶり、サングラスをかけて長袖の夏用パーカーを着て押し黙る私。 
冷房のない車は死ぬほど不快だ。

アルルから郊外へ出た頃、車酔いした私の為に、夫は道端に車を停めた。 
目の前にオリーブ園が広がる。 何だか心に動くものがあった。
そんな時ふと小道の奥を見ると、信じられないものが視界に入った。 


ラヴィエクサントリック ラヴィエクサントリック



崩れかけた水路。

数千年前の遺跡だろうか。 

普通のわき道に、オリーブ園の中に、それはさりげなく一部のように存在していた。
約100メートルほどで遺跡は突然途切れ、切り立った丘になっていたが、

そこからの眺望は、目を見張るような盆地が広がっていた。 
青い空と南仏の風景が調和した、素晴らしい風景だ。

はじめて、私はこの大地に住んでいる事を幸運に思った。