$R40 無名バンド NYへ行く



 Ace of Clubs はCBGBのようにガイド本には載ってない店だ。つまり観光客は来ない。客はほとんどがNYの人間ということになる。

 建物の1階はレストランの端にある階段を下ると、ライブスペースへの入口がある。
 オレたちがまたしても早めに到着すると、すでにドアマンがいた。

「オレたちは出演者だ」と告げると、彼はロバート・デ・ニーロのように手を横に広げこう言った。

「Welcome NYC!」



 CBGBに比べると店内は真新しい。広さはこちらの方が狭い。日本によくあるライブハウスと似た感じの作りだった。

 PAと握手を交わし、片言の英語で打ち合わせをした。
 心配だったのは、機材だ。CBGBのようにレンタルの手配はしていない。

「機材は大丈夫?」

 オレはさっそくPAに確認する。

「おお、そうだったな。おおーい!」

 彼はステージ上でセッティングしていたおそらくは1番目のバンドのギタリストに声をかけた。

「○×▲??……」
「Yeah I ●●×◆○???……」
「……◎、……、OK,OK」

 早口のディスカッションが続いた。オレの語学力では何が何だかわからない。

「ベースのアンプだけダメだって……、演奏終わったらすぐ帰んなきゃいけないんだってよ」

「………」

 ほーら、だからメールで言ったじゃんよーッ、ホントに大丈夫かってよってさぁ!!

 がしかし、彼にひるむ様子はなかった。いたってケロッとしたもの。「No Problem」ただそれだけ。


 結局、どうしたかというとベースはラインでつないだ。セッティングのときにステージを降りて聴いてみたが、べーアンを通したときの音となんの遜色もなかった。たぶんPA卓で歪みとかイコライザとかいろいろやっていたと思う。普段と異なる点は、ステージ上にベーアンが見当たらないというだけ。

 おそらくこんなことはよくあることなのだろう。PAも慣れたものだった。本当に「No Problem」だった。



 この日の出演は3バンド。オレたちの出順は2番目だった。一番目はVoだけが女性で、彼女はボンデージ風の服を着ていた。音はグランジよりのR&Rというところ。

 ここで心配事が一つ……。


 なんと演奏が始まった時点で客が2、3人しかいなかったのである。


 NYで、いやいや日本でも無名のオレたちに集客能力などあるはずもない。この店に楽屋は無かったので(ステージ横の通路が荷物の置き場所だった)オレは客席で彼女らの演奏を見ていたわけだが、正直演奏どうこうよりも、客がもっと来ないかと、入口の方ばかりが気になっていた。
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 オレたちは別に初めてライブをするわけではなかったので、セッティングに手間取ることもなかったし、難しい英語も必要としなかった。楽器を出して、アンプにシールドさして、各々ヴォリュームを調整するだけ。あとはPA様にゆだねますって感じだった。


 オレはモニターをとるのが苦手なのでいつも耳栓をしてライブをする。だから、ライブ中に聞こえるのは自分の声とフィルターがかったメンバーの演奏の音だけ、曲間でも客の歓声とか拍手はあまり聞こえない。

 しかしながら、目の前の光景はこれまでとは明らかに違って新鮮なものだった。客数は20~30人というところだろうか? 当たり前だが、全て外国人。日本人はおろかアジア人すら目につかない。お世辞にも満員とは言えない状態ではあるが何かが違う。オレは演奏中ずっと、逆光の照明の隙間にその答えを探そうとした。

 答えをみつけたのは演奏を全て終えて耳栓をはずしたときだ。日本のライブハウスの20~30人の拍手とは明らかにヴォリュームが違う。口笛、歓声(罵声かも)、両手を天井に向かって突き上げる者、1人1人のリアクションが大きいのだ。しかもそれらは、そもそもオレたち目当てで来た客のものではないのだ。こんなにアマバンド冥利につきることはない。

 ステージを降りた後は当然汗だく。旅疲れも含んでのことだろう、オレは楽屋でへたり込んだ。なんとかタオルで濡れた頭を拭った。

 ふと顔を上げるとトイレにでも行くのだろう、通路を歩く女性と目があった。彼女は超がつくほど魅惑的な目でオレを見ていた。普段、顔で売っているわけではないオレは日本でそんな視線など浴びたことがない。このときほど、日常会話程度レベルに達していない自分の英語力を悔いたことはない。



 片言の英語ではあるものの、メンバー中で一番抵抗なくアメリカ人とコミュニケーションをとっていたのはギターのTだ。
 彼は客の一人のカナダ人男性と話していた。オレも加わったところ、彼は日本のロック(特にギターウルフ)が好きとのこと。英語の練習がてらオレも
 いろいろと話をしたが、そのときすでに、しこたまビールを飲んでいたオレは内容のほとんどを覚えていない。

 何人かにハグもされたな。(全て男)トイレで髭面のスパニッシュ系にハグられたときは幾分危機感を抱いてしまったが。


 店にCDやグッズの手売りスペースがない場合は、メンバーの仲間がライブ後に手売りしている。
 オレたちもデモCDを用意していた。しかしそれは売るためではなく、フリーで配ろうとして持参したもの。ライブ後、何人か適当に目についた客に「ディス イズ フリー プリーズ」と言ってばら撒いた。それを見た別の客が「あ、オレにもくれよ」と寄ってくるのとてもうれしかった。ベタな言い方だが、本当に音楽に国境はないとオレが実感した瞬間だった。



 心残りがひとつ。

 帰国後に知ったことだが、当時、CBGBはライブを生でストリーミング配信していたのだ。
 今回のツアーにはメンバー以外の帯同者は0名。早朝とはいえネット環境があればリアルタイムでライブを見ることが出来たのである。

 というわけでツアー後、オレは何人かの熱心に応援してくれている友人らに怒られた。
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 NY滞在3日間のうちの2日目、いよいよむかえる一発目のライブはあのNYパンクの聖地「CBGB」だ。

 オレたちは2台のタクシーで店に向かった。

 CBGBはダウンタウンエリアのバワリーという大きな通り沿いに位置し、宿のあるイーストビレッヂからはタクシーで10分ほど。トランクでゴトゴトと揺れるギターケースはオレの鼓動とシンクロしていた。

 オレたちの出番は4バンド中2番目で9時スタート。にも関わらず、気がはやるオレたちは7時には店に行っていた。対バンの演奏を見たかったのはもちろんのこと、開店するところからの聖地を体感してみたかったのだ。


 タクシーを降り、店に入ると軽く事務机のようなものがあって、そこに長髪にメガネで痩せぎすの中年男がせわしなく受話器を置いたところだった。オレたちは挨拶をすると、その男がオレたちのブッキングを決めたエージェントであった。

「ようこそ自由の国アメリカへ!」などという歓迎の言葉は一切ない。「おぅ、早いな。まだ出番まで時間あるけど何してんの?」とかそんな感じ、わざわざ海外から来たなんて全然珍しくない。扱いは地元のバンドと同じ。逆にオレはそれがうれしかった。そうなんだよ、ここはNY。世界中からいろんな奴らがわんさかと集まってくるのだ。


 店内は以前来たときよりも広いなと思った。(オレだけは1年前に旅行でライブを見に来たことがあった。ちなみにそのときは、CBGBってこんなに狭いんだと思っていた)まだ椅子とかテーブルが並べられていなかったので余計そう見えたのかもしれない。
 壁は出演したアーティストらが貼っていったステッカーやチラシでびっしりだ。これぞライブハウスという光景にオレは年甲斐も無くワクワクとした。

 CBGBには楽屋があった。ステージ裏のスペースが3つに仕切られていて、各バンド譲り合って使えといった感じ。まあ楽屋とはいっても扉も無く、すぐ横がトイレまでの通路となっているため、客がガンガン横を通る。広さも猫の額くらいのものなので荷物で一杯になってしまった。つくづくメンバーに女性がいなくてよかったと思った。


 観光客気分でフワフワとあれもこれも珍しそうにしていると時間が経つのも早く、瞬く間に最初のバンドの演奏が始まる時間となった。
オレたちは体感する。舞台袖から客席から、セッティングから客席の様子など、日本では見慣れているはずの光景が眩しくて仕様がなかった。

 時間より少し遅れて演奏が始まった。長髪系のハードロックだった。ジャンルはオレの好みではなかったが、「ウオォォォォ、これがNYの生ライブじゃーッ」と音の洪水に打ちひしがれていた。
がしかしそれはほんの数分間のこと。……そう、今回オレは観客としてこの場所に立っているのではない。数十分後には彼らが今シャウトしているステージに立たなければならないのだ。