$R40 無名バンド NYへ行く



 怒涛のNYツアーを終えたオレたちは、帰国した次の日から無事、家や職場に戻って、いち社会人アマバンドとしての活動を細々と続けている。

「NYでライブをやったことによって何か劇的な変化があった?」と問われれば……、

 海外のレーベルから契約の話が来たり、ライブのオファーが殺到したり、外国人の彼女が出来たり、そういった劇的な変化は全くない。

 日本のライブハウスで会う対バンや音楽好きの人が、このことを聞いたときに少しだけ尊敬のまなざしになってくれってことぐらい。

 だがしかし、オレたちの中の何かは確実に変わったし、それは何にも変えることが出来ない貴重な経験だったと思う。


 ステージでオレが歌った詩の9割は日本語だ。それを聴いたNYの奴らは踊ったり、手を掲げたりしていた。
 誰が最初に言ったかは知らないが「音楽に国境はない」というのは本当なのだと身をもって感じた。といってもこの感覚は実際に体感してみないとわからない。だから、もしこれを読んで「おっ」と思った人は是非チャレンジしてみて欲しい(ちょっと高いチケットノルマ代と考えてみたり……)。

 大体、必要と思われることは書いたつもりだが、もし質問があれば eyeballrecords@mail.goo.ne.jp で受付けます。可能な限り情報提供します。

 音楽をやってない人でも、海外のライブハウスやストリートでかっこいいなと思ったアーティストに話しかけてみるのもいいだろう。自分の音楽を褒められてイヤな顔をする奴なんて絶対にいないはずだ。




 ジョン・レノンが成せなかった”戦争の撲滅”

 大げさな話じゃなく、いつかそれを実現する奴が登場するかもしれない……。たかだか3泊5日の酒を飲んでばかりのツアーではあったが、オレは本気でそう思ったし、今でもその考えは変わらない。

 そしてそれを成し遂げる人物は、オレたちやこれを読んでいるアナタかもしれない。誰も可能性ゼロとは言い切れないだろう。



 最後に、オレのわがままに付きあってくれたバンドメンバー、現地でお世話になったライブハウスの方々や対バンのメンバーにお礼を言いたい。

「誠に Thank you です!!」

 といっても、日本語は読めないだろうがね。
$R40 無名バンド NYへ行く



 ライブのプレッシャーから開放されたことにより、オレはようやく酒で気持ちよくなれるようになっていた。しかも、思っていた以上にライブが盛り上がってしまったのでたいそうご満悦であった。

 オレたちは、ドラマーKの友人に教えてもらった映画で有名なコヨーテアグリーというBARの前にいた。(これまた、たまたま宿から歩いていける距離にあった)
 映画を見た方ならお分かりであろう。カウンンターの上に女性が上って踊る(脱がない)あのコヨーテアグリーのモデルとなった店だ。これまた偶然、オレはこの映画が大好きであった。なにより主役の女性がとてもキュートだ。

 オレは勇んで入口のドアに手をかけた。

「Hey, Checking ID!」

 大男はドアの前を手でふさいでそう言った。

 IDとは日本人旅行者にとってのパスポートのこと。オレは自分の全てのポケットをまさぐった。

 無い……。

 ……そうだ。宿に楽器などをいったん置きに行った際、オレはポケットの物を全てテーブルに出した。そこにたしかパスポートもあった。酒も回り、ライブも終わった開放感から、「近所だから持っていかなくていいか、落としたら困るし……」などとオレは考えたのであった。

 義務付けられているかどうかは知らないが、日本人が海外をうろつく際はパスポートを常に携帯しておくよう言われている。


 オレは回れ右し、駆け出した。

 オレのこんな振り向きざまダッシュを見たのは今も昔もこのときだけだと、当バンドのギタリストは言う。



 映画の影響もあり、コヨーテアグリーは軽く観光スポットになっている。かといって地元民が寄りつかないということもなく、なかなかの混みようだった。しかしながら、映画のように足場もないほどの客が入っていたり、水を注文するとビールシャワーを浴びせられることもない。

 カウンター上のダンスは名物だけにしっかりとやっている。アナタが希望するならばだが、最前列で彼女たちを見上げていれば、テキーラのショットを飲ませてもらうことも可能だろう。ただし、わかっているとは思うけれど、映画に出ているほどの美人ばかりとは限らないので注意。




 翌日帰国のため7時には宿を出なければならない。しこたま飲んだオレたちは宿に向かって歩いた。

 その角を曲がれば宿、というところで、レンガの壁のシブイBARを見つけてしまった。
 せっかくだから……、今回観光らしいことほとんどやってないし……。などと理由をつけつつ、誰も拒む者もいなく、オレたちは吸い寄せられるように喧騒の中に埋もれた。


 総じて、NYのBARにいわゆるボッタクリ店のようなところはない。大抵のBARは建物の1階にあり、外から様子が伺えるようになっている。客が誰もいなかったり、明らかに雰囲気が悪いところに思えれば入らなければいい。
 個人的には東京の新宿や渋谷で知らないBARに入る方がリスキーに思える。

※NYのBARやCLUBはID提示が必須なので、飲むに行くときはパスポートを携帯しましょう。



 結局、宿に帰ったのは2時とか3時だったと思う。

 即効、布団に入るも時差ボケのため眠りが浅く、案の定、翌日は最悪の朝となった。



 ニュージャージー空港の受付カウンターでのこと。

 荷物を預けた際、担当したお姉さんというかオバさんがとてもフレンドリーな人で、「旅は楽しかった?」「また来てね」など少しばかり会話した。
 挨拶をし、オレたち4人が出発ゲートに向かおうとしたとき、最後に彼女はこう言った。

「You are Brother?」
<訳>あなたたち兄弟なの?

 ……絶対、似てないと思うんですけどねぇ。。

 ブリトニー・スピアーズとクリスティーナ・アギレラを見分けられないオレが言うのもなんだけどね。
$R40 無名バンド NYへ行く



 心配をよそに、チラホラと少しずつではあるが客足は増えていった。オレたちが準備に入るころには十数人にはなっていただろうか。だがそのころ、それらはオレにとってはどうでもいい問題となっていた。
 客が何人だろうが、ベストを尽くすことに変わりはない。

 オレたちは社会人バンド。月に何本もライブをやるようなバンドではない。最も多く活動していた時期で2ヶ月に1回といったところ。なので当然、2日連続のステージなんて未体験の領域である。

 だが、体力的には心配してはいなかった。たかだか40分のステージだ。オレの喉だってそれほど弱くない。唯一、懸念していたのは前日の酒が残っていないか?という点だったが、旅疲れもあってか、前日の飲酒量はそれほどのものでもなかった。

 演奏は前日のCBGBがウォーミングアップとなったのかもしれないし、これが最後だと思い切りが良かったせいかもしれない。自己採点ではあるが過去最高の出来といっても過言ではなかった。

 気づいたのは演奏の中盤頃だ。いつしか客席は7割程度の入りとなっていた。おそらくオレたちの次のバンドメンバーやその取り巻きらがやって来たのだろう。オレたちのリズムに合わせて飛び跳ねたり、手を広げてグルグル回ってるやつらが大勢いた。

 オレが調子にのって、MCで「We are EIGHT MILE ROAD from Japan!!」と叫ぶと、やたらと歓声が上がった。おそらくは20歳前後の若い奴らが両手を掲げ、「イチバーン!」とか「コニチワー」とか、とりあえず知ってる日本語を叫び返してくれた。

 オレはそんなレスポンスに「Thank You」と必死で答えた。日本のライブハウスでのものとちょっと異なる、本気のThank Youだった。もっとも、それは演奏後で、息も切れ切れの頃だったから、彼らの耳には届かなかったかもしれない。



 演奏終了後は客席でひたすら飲んだ。

 オレに限って言えば、この半年、準備から含め全精力を注いだツアーが終わったのである。(正確には家に帰るまでがツアーだ)一気に開放されたという気持ちでひとしおだった。バドワイザー片手に対バンの奴らとハグしたり、CDを配ったりしていた。

 そんな折、当バンドのギタリストTがあわててオレの方に走ってきた。
 なんと、荷物を通路に取りにいったところ、最初に出演したバンドの女性ヴォーカリストとギタリスト(こっちは男)か殴り合いのケンカをしているという……。
 女と男が楽屋(通路)で殴りあい……。まさにアメリカ!! 日本じゃ絶対見られない。オレは「オレも見てぇッ!」と通路に向かって走った。がしかし、扉を開けるとそこにはオレたちの荷物があるだけであった。

 そういえば、彼らに機材を借りたお礼を言っていなかった。その後WEBで調べようにも、この日が最後のライブであった可能性が高い。



 驚愕の事実をここでひとつ。

 既に全てのライブが終了した店に、一人の日本人らしき女性が……。

 訊くところによると、なんと彼女は当バンドのドラマーKの学生時代の友人であるという。NYツアーが確定したことを期にうちのドラマーは、留学後そのままNYに就職していた彼女の事を思い出したという。
 そして、日本を出る前に彼女の留守電にメッセージを残し、彼女がそれを聞いてやってきたというわけだ。

「なんで、それを早く言わなんのじゃーッ!! こういう人がいるんなら、今までオレのセコセコやってきた下準備の大部分をお願い出来たろうがぁ!!」

「いやあ、だってねえ……、しばらく連絡とってなかったし……」


 その後、オレたちは彼女も交え、イーストビレッジの居酒屋に向かった。

 いやあ彼女、英語がうまいのなんのって、十数年NYは伊達じゃない。店員に料理の詳細なんて聞いてやがる。まったく、今までのオレの半年間のドタバタは何だったのであろうか。

 とはいっても、これだけの達成感があったのは、全て自分で準備したからなんだよね。自分で考えて動いたことによって得られる経験値というものは、半端な量じゃないと思う。

 次にまたどこかの国でライブをやることになったら、やっぱりオレは自分で準備をするのだろう。