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THE WING OF EIEL

エイエルの翼は何処へ飛翔するのか

一般の方向けの治療はしばらくやっていなかったのだが、今年になって再開する環境が整った。

 

昨年は私の61年の人生で最も追い詰められた一年だったが、最大の危機もどうやら峠を越し、今またヒーラーとしての活動を、神仏の助けを得て始める時が来たようである。

 

今までは自営の形をとって足の不自由な高齢者の方を主な対象として仕事をしてきたが、今年になってホリスティックヘルスに理解ある方々とともに新たな治療院を街中でスタートすることとなり、去る1月20日に開院の運びとなった。

 

「大寒」という一年で一番寒いと言われる日の開院だが、61年前、私が生まれた日も日付は1日異なるが「大寒」だった。これも何かのご縁なのだろう。

 

「一般社団法人 訪問医療はりきゅうマッサージ推進協会」が運営し、名称は「ハッピー治療院」と言う。

 

https://happy-happy.net/

 

なお、このホームページは一ヶ月後くらいを目処に内容もアドレスも変更予定で、今は仮のものとなる。

 

今回も健康保険を使った歩行困難な方対象の訪問マッサージが柱となり、現在は居宅介護支援事業所などに営業に回る毎日である。

 

と同時に治療院での一般向けの保険外治療も行っており、これは100%私のスタイルでの治療が提供できることとなった。

 

治療院の場所は以下の通り。

 

 

〒060-0002
札幌市中央区北2条西2丁目29−2 ウエノビル3F
(エステティックサロンNext Face 隣接)
TEL:0120−117−222

 

 

時計台の北側に「時計台ビル」という比較的大きなビルがあるが、そのさらに北側にある小さなビルの三階となる。

 

メニューは2種類のみ。

 

Qi(氣)ショートバランスコース 40分→60分
8,800円(税込)

 

Qi(氣)トータルバランスコース 60分→90分
11,000円(税込)

 

90分のコースが本来のフルコースで、何か辛い症状をお持ちの方にお勧めの治療コースである。具体的には全身マッサージに、操体法を使ったバランス調整、氣のエネルギーを流すタッチヒーリングを組み合わせたコースとなる。

 

60分のコースはマッサージの箇所を限定し、主に体幹と下肢の施術となり、バランス調整もヒーリングも簡素なものとなる。

 

体の重だるさ、異常な倦怠感、めまい、頭痛、しびれ、吐き気、冷え、火照り、不眠など、神経症や心身症または自律神経失調症などと診断されがちな不定愁訴をお持ちの方は、特に回復へのお手伝いができると思う。

 

もちろん、32年のキャリアを持つ国家資格あんまマッサージ指圧師の私が施術する。一度でも私の治療を受けたことのある方ならご理解頂けると思うが、マッサージそのものも独自の手技が多く、操法やヒーリングも独特なもので、他にはない治療である。

 

従って無資格者や民間資格者が行う「もみほぐし」のようなものと価格競争するつもりは全くない。

 

月曜から土曜までの9:00〜18:00で営業しているが、外回りに出ることも多いので、必ず電話予約の上ご来店いただきたい。

 

なお現在はOPEN記念として保険外治療は初回半額で体験していただける。

 

また普段営業でお世話になっているケアマネージャー様は、事業所に伺った際は10〜15分程度のマッサージを無料でさせていただいているが、もし治療院に来店していただけるならば、治療用ベッドでより本格的な訪問マッサージに準じた施術を、初回のみ無料体験で提供させていただいております。

 

ケアマネージャーとしてお仕事をなさっている方は、お気軽にお問い合わせいただきたい。

 

健康の回復のためには様々な方法がある。当院は手技施術のみならず、エステの方とも連携したファスティングの紹介や、栄養やアレルギー関連の指導なども行っている。ぜひ一度ご来店いただきたい。

 

 

追伸:40分コースが60分に、60分コースが90分に、料金はそのままにエクステンドすることとなった。私が時間に追われることなく、よりその方の症状に合った治療をするための変更である。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190814/k10012034331000.html?utm_int=lnews_contents_news-main_006

 

やはり「射殺なんてかわいそう」「なぜ保護して山に帰さない?」等、ネットでは批判が多いが、批判するならクマが北海道民にとってどんな存在なのか調べてから言ってもらいたい。

本州にいるツキノワグマとはわけが違う。ヒグマはハチミツやトウモロコシばかり食べてるわけじゃない。シャケも食べるし、鹿を食べることもある。そして何より人間も食べる対象だということ。

北海道では毎年のようにクマに襲われて死ぬ人がいるが、かじられたり爪で引っ掻かれて出血で死ぬわけではない。特に遺体が何日かして見つかった場合にはほぼ確実に食べられている。

ヒグマは襲ってもすぐにとどめは刺さない。肉の鮮度を保つ為動けない程度に相手の体を損傷させ、隠しておいて何度かに分けて食べる。つまり被害者は生きながら食われている。そして人間の味を覚えると積極的に人を襲うようになる。

麻酔銃を使えばいいと、無責任なことも言う人も多い。麻酔銃は檻の中にいる猛獣に対して有効な手段であって、有効射程距離は数十メートルしかなく、極めて近づかないと当たらないし、遠ければ当たっても深く刺さらないから効果がない。

また、たとえ麻酔銃が当たったとしてもすぐにバタンと倒れて眠るわけでもない。うまくいっても十数秒かかるし、ヒグマは脂肪も厚く、全く効かずに怒らすだけになる可能性も高い。その場合、ヒグマは最大時速50kmで猛然と襲ってくる。

今回のクマは体長1メートル40センチ、体重128キロだが、後ろ足で立ち上がれば2メートルくらいになり、前足でひっぱたかれれば人間などひとたまりもない。

ヒグマは大きいものでは体重400キロ近くになるものもいる。こうなるともう怪獣である。

ヒグマはドアや窓、あるいは壁までも壊して室内に侵入することもあり、今回出没したのは住宅街であって、人を食う危険動物が女性も子供もいる人間の生活圏を10日間以上も毎日餌を求めてウロウロしている状態なのだ。住人にとってどれほど恐ろしいことなのか考えていただきたい。

もちろん危険な動物だから殺して絶滅させればいいなどということではない。全ての野生動物はこの地球の一部であり、生き物はみな深く繋がっていて全ての存在に価値がある。

 

だが、近年人を怖がらない野生動物が増えている。クマもそうだし、キタキツネなども私の子供の頃には人間の前に姿を現わすことなどほとんどなかった。

観光客は姿を見て喜ぶが、これは人にとっても動物にとっても、お互いにとって不幸な状況だ。互いの安全、幸せの為に、「怖れ」は必要な要素である。

 

台湾三日目、朝から強い雨が降っている。気温もあまり下がらないので外にいるだけで結構しんどい。

 

今日はMRTを乗り継ぎ、中和新蘆線終点の蘆洲駅へ。もう雨は上がっていた。そしてここからは橘20バスに乗って観音山に向かう。

 

ところが待てど暮らせどバスが来ない。本当にこのバス停で良いのか何度も確認したが、間違いないようだし、遅れているにしても1時間以上も来ないのだ。

 

正直もう諦めて帰ろうかと思ったが、妻がバス停にいた台湾人の方に聞いてみたところここで間違いないらしい。

 

やっと来たバスはかなり小さく、しかも山道に入ってもガンガン飛ばす。なかなか怖い。

 

一緒に乗った高齢の方たちは皆観音山への登山に来たようだが、私たちの目的地はその手前の凌雲禅寺

 

 

 

ここは台湾の神仏巡りをしている方々でもあまりご存じないのではないだろうか?

 

私も旅行前に色々検索しているうちに偶然日本人の方の動画を見つけて、ここは是非行ってみたいと思ったのだが、「凌雲禅寺」で検索してもあまり情報は出てこない。

 

日本統治時代は台湾四大仏教宗派のひとつであったそうだ。

 

ここには二つの寺院があり、手前にあるのが開山凌雲寺で、こちらの方が歴史は古い。さらに山を上った高台にあるのが凌雲禅寺である。

 

 

 

 

 

 

数々の色鮮やかな仏像があるが、なんといっても素晴らしいのが御本尊である千手千眼観音だ。

 

 

とにかく圧倒的な迫力。写真ではその大きさはあまり伝わらないが、卵型のドームのような入れ物の中に鎮座されているのだが、仏像本体だけでも高さ7〜8メートルはあるだろうか?

 

そして多分本当に千手観音なのではないかと思われる。実は日本にある千手観音でも、本当に手が千本あるものはほとんどない。

 

お会いさせていただき本当にありがたいと感じた。観音経までは唱えられないが、延命十句観音経や千手観音真言をあげさせていただいた。

 

観光客もほとんどおらず、静かな山の上で仏様と向き合えることは本当にありがたいことだ。

 

 

本堂の中の他の仏像も見応えがあるが、背後にそびえ立つ観音山の最高峰・硬漢嶺もなかなかに迫力がある。

 

 

徒歩で下にある開山凌雲寺まで歩き、そのすぐ前がバスターミナルなので、そこからバスに乗って街に戻る。MRTの駅までの道のりで台湾の田舎風景を見られたことは嬉しかった。

 

圓山駅で降りてスーパーマーケットを探すが見つからず、疲れたのでタクシーで行くことにしたが、こちらのタクシー運転手のほとんどは日本語はもちろん英語も通じない。

 

妻はマレーシアでの居住経験があるので、多少の中国語はできるのだが、これもまったく通じなかった。

 

結局タクシー会社のオペレーターに繋がれて直接妻が英語で話し、チェーン店のスーパーの名前だけを伝えてどこの店でもいいと言ったのだが、それがオペレーターから運転手に伝えられるとやっと走り出した。

 

ところがすぐ近くに店舗があるのはわかっていたのだが、その運転手は延々走り続け、高速道路に乗り、遥か遠い場所にある店舗に連れて行かれてしまった。しかもそのお店には買いたいと思うものは特になかった。

 

こちらの言語能力がなかったのだから仕方がないが、その運転手は態度もあまり良くなかったので、日本人が嫌いな人だったのかもしれない。

 

でも、すごく親切で笑顔で対応してくれて、料金までまけてくれた運転手さんもいた。台湾の方々は総じて親日であり、皆優しいが、中には日本人を嫌悪する人もいるのは確かなようだ。

 

おみやげもの店でも商品を見ようとしたら「それ触らないで!」と怒鳴られ、店から離れるまでずっと睨み続けている女性もいた。

 

 

 

忠孝教化という駅からMRTに祈って行天宮へ。この近くのスーパーが品揃えが良く珍しい商品もあったので、ここで買い物をする。海外に来て、地元の人が利用するスーパーに入るのは楽しみの一つだ。

 

せっかくここまで来たのだし、行天宮にもお参りをしていこうと妻に言ってみると、体力も少し回復してきたので行ってみようということになった。

 

 

行天宮は、武神・財神である、あの関羽を祀っているお寺だ。地元の人々にとても信仰されているお寺のようで、何やらたくさんの人たちが並んでお祓いのような儀式を受けていた。

 

後で調べると、これは「収驚」というもので、驚いたときに体から抜けた魂魄(こんぱく)を体に戻すことらしい。

 

青い衣装を着たボランティアのお婆様たちが一人一人名前を聞いて儀式をしてくれる。無料であり、誰でも受けられるようだ。大変ありがたい。

 

 

 

圓山駅に戻って、夕方から店を開ける胡椒餅のお店でやっと胡椒餅を買い、近くの孔子廟やお店などを見てからシャトルバスでホテルへ戻る。

 

翌15日早朝にはもうホテルを出て帰国の途に着く。3泊4日とはいえ、初日と最終日はほとんど移動だけなので、正味二日しかない。

 

でも、神仏にはしっかりご縁をいただけたと思う。かつて日本だった歴史を持つ台湾。もっと知りたいという気持ちもある。

 

今度台湾に来るなら冬の時期に、もっとゆったりした日程で台北以外の街にも訪れたい。

 

前夜は士林夜市へ行っていろんなものを買ってきてホテルの部屋で食べた。味はまあまあかな。

 

 

とても楽しみにしていた關渡宮(関渡宮/グワンドゥーゴン)へ。

 

 

しかしここへ来るのに地下鉄駅から歩いたのだが、台湾の夏をなめていた。全身びっしょりと汗をかき、体力は奪われ、妻はなんとかたどり着けたものの具合が悪くなり動けなくなってしまった。

 

少し休んで回復を図ったものの、妻はほとんど口もきけないほどで、残念ながらくまなく見ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

それでも龍穴に立っているこの寺院はやはり素晴らしいところで、数え切れない神仏が祀られており、左右の壁にずらりと財神が並ぶ財神洞などもあって、見どころ満載であり、ご利益もありそうな場所であった。

 

 

帰りはタクシーで駅に行き、MRTの中は涼しいので妻も少し動けるようになり、行天宮へ向かった。

 

妻はここには絶対に行きたいと言っていた行天宮だったが、もうお参りする体力はなかったようで、パスして天然石のお店に行って私のブレスレットを買う。

 

しかし、日本で調べたよりもかなり高く、断りにくい雰囲気だったので、一番安いものにした。

 

その後老街へ行って漢方薬のお店などを見て歩く、ちょっと路地に入ると下水の臭いなどが強く、雨にも打たれて私も体力・気力をかなり消耗した。

 

龍山寺へも行ったのだが、妻はまたしても参拝しなくていいという。そして、胡椒餅のお店を探すが見つけることができず、結局一旦ホテルに戻って休むことにした。

 

 

しばしベッドで寝て、妻も体力が回復したようなのでもう一度龍山寺へ行く。

 

 

今度は中に入ってお参りさせていただいた。

 

 

龍山寺のご本尊は観音菩薩だが、道教や儒教の神も祀られており、日本的に言えば神仏習合で、台湾も異なる宗教を受け入れながら信仰を発展させてきた国なのである。

 

さて、境内を見て歩いていると龍のいる池で、驚くほど大きな鳥がこれまた30センチくらいはありそうな大きな魚を咥えているのを見つけた。

 

 

 

神域で生き物の食事しているところを見られるのは、そこに祀られている神仏からの大歓迎の証と言われている。これを見させていただいただけでも日本からやってきた甲斐があった。

 

龍山寺ではおみくじを現地のやり方で引いてみた。このおみくじについては解説してくれる窓口があり、多少は日本語ができる人もいるらしい。

 

私のおみくじは妻が英語で窓口で解説を受けてくれて、よくわからないが大変良い内容だったらしい。

 

 

地下でお土産を買い、MRTで移動して有名店で胡椒餅を買い、タクシーでカルフールというスーパーに寄って買い物をしてからホテルへ戻る。

 
台湾で食べたものの中で、この胡椒餅が最高に美味かった。
 

昨年の8月に台湾に行ってきた。海外旅行などできるような経済状況ではなかったが、妻が「行きたいところに行こう」とコツコツ貯めた貯金を解約してくれたのだ。

 

日本国内の遠いところに行くくらいならむしろ台湾の方が安く行ける。どうせなら神仏にお参りする旅にしたかったし、台湾には財神が数多くいらっしゃる。金運を上げる旅にしたかったのだ。

 

また、その頃は鬼門遁甲を熱心にやっていて、台湾の方角で最も金運のいい時期を調べると、8月のお盆時期だった。

 

 

8月12日に新千歳からエバー航空で台湾に飛ぶ。入国手続きの前に両替をしたのだが、なんとこの日に限ってレートが2.6と極端に悪い。

 

長打の列に並んでやっと入国審査を済ませ、MRTで台北へ。旅行代金は航空券・ホテル代とも日本旅行で支払い済みだったが、ホテルチェックイン時になんと保証金を求められてしまう。

 

チェックアウトする時には返してもらえるものの。3泊とも同じホテルであるため結構な金額で、その分使えるおこずかいは大きく減った。

 

そして帰国する時にはレートは普段に戻っていたため、結局かなり損をしたことになる。なんのために鬼門遁甲で一番金運のいい日を選んだのか・・・ 

 

実は鬼門遁甲には様々な流儀があるようで、それによって算出される方角と日にちは結構異なるらしい。私は日本の有料サイトで半年ごとの暦を買って見ていたのだが、どうやらあまり当たってはいないようだ。

 

 

ホテルはどうしても泊まりたかった「圓山大飯店」(ザ・グランドホテル)をあらかじめ指定していた。

 

 

ここは元々日本が作った「台湾神宮」のあった場所で、この場所自体がパワースポットであり、ここには「百年金龍」がいらっしゃるのだ。

 

 

百年前の台湾神宮の時代からこの山頂におわし、飛行機事故や空襲で跡形もなく神宮は破壊炎上してしまったが、池にあった青龍は無傷のまま残り、ホテルが建てられてから金色に塗られてレストラン前に鎮座している。

 

 

かつて台湾が日本だった時代からこの地を守り続けてきた龍神様がいらっしゃるホテル。どうしてもここでなければならなかった。

 

 

部屋で荷を開いて一休みしてからまずはこの金龍に挨拶に行く。このホテルは龍宮に見立てて作られており、壁画や装飾など、計20万匹以上の龍が彫刻されているとのこと。

 

その中でもこの金龍は特別であり、数々の人々の願いを叶えてきたそうである。

 

龍神祝詞をあげてご挨拶し、100年以上に渡ってこの地をお護りになり、日本人にも台湾人にもお世話してくださったことを御礼申し上げる。

 

台湾神社がすべて失われてもこうして今もなお残り、信仰の対象となっているのは、この龍神が日本から勧請されて、この台湾の地と人とを愛したからなのだろう。

 

中国の龍は大体四本爪か五本爪なのだが、この龍は3本爪。日本の龍なのだ。

 

 

 

日本統治時代、多くの日本人がこの地を愛し、この地のために、台湾の人々のために尽力した。差別があったのも事実だが、他の植民地政策と違い、日本は莫大な国家予算をつぎ込んで社会インフラを整え、教育に力を注ぎ、この地の暮らしを良くしようとした。

 

それゆえ当時を知る高齢の方々は未だに日本精神(リップンチェンシン)を大切にされている。

 

日本敗戦後、台湾は中華民国となったが、その時入ってきた国民党軍や中国本土の支那人たちはあまりに規範意識が低く、汚職がまん延し、人民は虐げられた。

 

日本の統治が終わり本国の素晴らしい統治が始まると期待していた人たちは落胆し、ただ外省人の横暴に耐えていたのだ。

 

それでもあまりにひどい仕打ちに耐えられなくなり抗議をするようになると、今度は凄まじい弾圧が始まり、やがてそれは「二・二八事件」とのちに呼ばれる大虐殺となった。

 

当時の台湾人の実に200人に一人が極めて残虐な方法で殺され、その後も戒厳令は続いて白色テロと呼ばれる反体制派狩りが広まった。

 

当然教育内容もガラリと変わり、反日教育も行われた。当時そうした教育を受けた人たちは日本に良い感情を持っていない方たちもいる。

 

しかし、その後に李登輝総統という偉大な政治家が現れ、台湾に真の民主化をもたらし、本当に奇跡のような発展を遂げていった。

 

中華人民共和国は今まで一度も台湾を統治したことはないのに、台湾を自国の領土だと言い張り、今も武力を行使してでも統一を果たすと言い続けている。

 

台湾にやってきた当時の国民党軍は共産党と戦って敗れた中国の敵だったが、今では中国国民党は中国本土とつながっており、二・二八事件以降人民を虐殺して奪った膨大な資産を使ってマスコミなども支配しており、現政権である民主進歩党と敵対して中国本土への帰属を目指している。

 

 

台湾は複雑で悲しい歴史の元に今の姿がある。そして国際的には国として認められず、日本は敗戦時に見捨てただけでなく、中国との国交回復とともに台湾とも一時断交している。

 

それでも台湾の方々の多くは日本を好きでいてくださる。中国という巨大な国を相手に独自に生きていくことは大変なことだが、日本は台湾を支援し、台湾を大切にしてほしい。