どうも…ショーエイです。
今年はある意味、一般的な人にとっては
困惑の年だったのではないでしょうか…
トランプマンが大統領に返り咲いたことで、
様々な想定が崩れたように感じたと思います。
その想定とは…
実は冷戦時代の名残が思考を過らせていたから、
と、言っておきます
猜疑心という言葉が有るわけですが、
歴史上の話だと、権力者が掛かるケースで知られます。
猜疑心を抱くと対象に成った相手を
一切信用できなくなり、
何を伝えてもすべて嘘にしか感じなくなるわけです。
相手が本音であり、本心で語っても、
それはその本人以外は知るよしの無いところで、
その人が策謀に長けた人物だったら、
より一層疑って見えてしまいます。
猜疑心は権力者特有のもののように感じてますが、
実は一般人も掛かるわけです。
現代の様な民主制の社会では、
一般人の猜疑心が
結局は様々な外交上の判断に直結していくわけです。
これは政治家が民衆の猜疑を煽る場合もあり、
民意が政治家の決断を煽る場合もあります。
例えばバイデンの様に
ロシアを信用できないという姿勢を
あからさまに示した場合、
ロシアが信用できないという根拠のみを積み上げて、
政府の発表として提示するわけです。
ロシアがウクライナのNATO加盟を
シビアな姿勢で考えていることは
戦争が始まる以前に知られていたことです。
ここを刺激してロシアを煽り、
その結果が戦争に成った…
それでバイデンのロシアに対する猜疑は
正しかったという形にしたわけです。
一般の人としては、
寧ろロシアとNATOの関係性が見えてません。
単純に平和的な視点で見てしまえば、
ロシアが平和的な姿勢ならNATOという軍事同盟を
気にすることはないはず・・・
なんて自分サイド本位で考えてしまいます。
政治家からすれば世論がこういう思考なので、
ロシアとの対話姿勢や友好的な姿勢は、
寧ろ選挙ウケが悪い話に成ります。
所が…ロシアからすると、全く考え方が異なります。
欧米が平和的に考えるのなら、
寧ろNATOの様な軍事同盟の拡大を
する必要性がないのでは・・
ではなぜ欧米はNATOの拡大を望むのか?
それはロシアの対外的影響力を封じ込め、
欧米の方針に無抵抗に従わせたいからです。
ここは欧米の一般人が勘違いする部分でもあります。
いわば一般人からすれば
そういうつもりは無いと考えているからです。
所が政治の部分では、結局経済制裁を掛けたり、
LGBTなどを例に欧米の価値観を強要する形で
押し付けたりしているわけです。
勿論LGBTの権利は尊重される形が
社会平和的にも、まあ個人的はエンターテインメント的にも、
望ましいと思うのですが、
色々な部分で価値観の違いが生じる話でもあるので、
強引にその価値観を強要するべきではないと言っておきます。
こうした問題で紛争が起こらないように、
国連憲章では内政不干渉が謡われているのです。
良識をもって情勢を見つめている人は、
欧米がその価値観を強引に推し進めようとしている姿勢は、
顕著に理解できます。
これを一般の人は、自分たちの社会では当然な流れ故に、
他国もこれを模倣して追従するべきと考えてしまうのです。
LGBTの問題をあえて上げますが、
人権の問題としては認められるべきが理想的ですが、
生物学的には修正されるべき問題なのです。
なので価値観の違いが生じるのは避けられない問題です。
こうした繊細な問題で、
価値観が違うからという意味で不信感を抱くのが
民衆なのです。
いわば民衆が猜疑心を抱く状態になるわけですが、
民主制政治でこれらが民意として意識される分、
政治家が無視することは出来なくなります。
更にはこの民意に対して自己をアピールする意味で、
外交上強い姿勢を示そうとするのも当然の流れとなります。
こうした欧米サイドのやり方は正義と言えるのか?
欧米の生活圏になれた人は正義…
いわば人権的な正義と主張するでしょう。
錯覚するくらいにそう見えるかもしれません。
しかしそれに反発する側の権利は
認められていないのも事実です。
LGBT問題をあげて考えると、
生物学的に異質な状態を認めず、
生物学的に正常な男女の関係を規範とする社会構成は
悪質な社会なのか?
こうした複雑な問題を内政干渉する形で押し付け、
それに従わない場合は、重関税や輸出規制、
そして最終的には経済制裁で圧力を掛けるわけえす。
こうした姿勢に対抗する意味で
戦争というオプションが存在しているわけですが、
そのオプションを奪い取る意味で、
NATOの拡大などが存在するわけです。
そうして考えるとロシアが必死で抗うのも理解できる話です。
いわばNATO拡大をこれ以上許すことは、
欧米のいかなる圧力にも
対抗できなくなるという事になるのです。
なのでウクライナでロシアが
戦争というオプションを行使したのも
こうした世界情勢に疑問を投げかける
最終手段だったと言えるでしょう。
当ブログが戦争前に
戦争になることを確信していたのは、
こうした事情を理解できたからと言っておきます。
結果として…
フィンランドとスウェーデンはNATOに加盟したわけですが、
イスラエルのガザ問題発生で、
欧米の正義の主張に矛盾が生じたわけです。
これはさすがに欧米でも一般の多くの人たちが、
今の政治に疑問を抱く出来事となったようで、
それがゆえにバイデン政権であり欧米の政党がこぞって、
政権を奪われる状態になったと言えます。
メディアは主にこれらは
インフレと経済悪化を理由としてますが、
結局は全てが直結して、
今の政治家おかしいだろという感じで、
有権者からの信用を失ったという感じだと思います。
2025年にはトランプマン返り咲きのイベントが待ってます。
ウクライナの戦争を終わらせると豪語してますが、
現状、ロシアとウクライナで折り合いがつくかは微妙です。
特に問題はゼレンスキーでしょう。
まずゼレンスキーがウクライナのNATO加盟を
断念することは無いと思うからです。
ロシアもウクライナのNATO非加盟を譲らないと思います。
なぜならここが戦争に成った理由だからです。
双方とも政治理念を重視するなら折れないでしょう。
考えてみれば…
ウクライナがNATOに加盟したら、
ロシアは何のために戦争したのかという形になるし、
ゼレンスキーがNATO加盟を断念したら、
ウクライナの犠牲は何のためだったのかという話なります。
トランプマンが説得できるのはウクライナの方で、
ロシアからウクライナのNATO加盟の譲歩を引き出すのは。
かなり困難です。
しかしゼレンスキーが大統領である限り、
ゼレンスキーも説得には応じないと思われます。
もし、ゼレンスキーが応じれば、
ゼレンスキーは国民を無駄死にさせた
無能な大統領のレッテルを貼られることに成り、
恐らく命すら危うい状況に成るのは必須と言っていいからです。
では…トランプマンが目的を成就するには…
実はゼレンスキーの大統領としての任期はすでに終わっています。
戦争状態で選挙が出来ないからという理由で継続しているのです。
故に先ずはロシアとウクライナで、
選挙期間の停戦を合意させるのです。
ロシアもこの選挙の賭けには応じるでしょう。
停戦が成立したら、
ウクライナの大統領および議会選挙を行います。
選挙の主題は、NATO加盟を諦めてロシアとの戦争を終わらせるか、
それともNATO加盟を賭けて戦争を続けるかです。
ウクライナの国民がどちらを選ぶかに賭けるわけですが、
戦争に疲れ切った人も多いはずなので、
どちらが勝つかは解りません。
ただしトランプマンはここまでやれば
とりあえずは公約を果たしたとするべきです。
いわば後はウクライナ国民の判断に委ねるとした形が、
一番民主的な解決となるからです。
勿論、トランプマンが公約通り実現を目指す場合、
戦争継続なら米国は手を引くと言えば、
寧ろ終戦側に有利に働く話にも成ります。
そういう形で介入するのは内政干渉ではなく、
外交上の都合となるとなるため、
平和齎す大統領として名を残したいのなら、
こういう形で収めることが望ましいと言えます。
さて2025年はどんな年に成るのやら…
平和という意味で単純に願うより、
世界中が抱く猜疑の念…
いわば誰かを疑うだけの世界から、
もう一度信じて話し合いで解決する。
そういう年に成ってくれれば、
将来的な平和に繋げられる初年度に成るのですが…
中々難しいかな…
まあ、トランプマンがこういう世界をコントロール出来たなら、
今までの評価とは別のものとして見てもいいと思います。
逆にこれ出来なければ…
所詮は匹夫の成り上がりdふぇ終わるだけですが…
はてさてどういう大統領を演じるのか…
うつけの兵法ですが…
今現在、信長たまが盗賊団との戦闘をするうえで、
よりインパクトのある戦い方に成るように模索中です。
ある程度、インパクトを残せる戦い方は浮かぶのですが、
どうもまだ「信長は天才だ!!」という所に落ちてこない。
今までの歴史小説やマンガとは違う、
リアルな意味での所で、試行錯誤してます。
実はマンガや小説、まあゲームでもそうなんですが、
人間の体力的な部分の計算が全くないのです。
以前、オッサン先生が岐阜城に行った際、
山城を攻略するときの大変さを体力面で痛感したそうです。
体力が奪われた状態で戦う事の大変さは、
寧ろサッカーなどのスポーツで経験したわけで、
こうした要素が実はリアルな戦争でも大きく生じたのでは…
そうすると小説などで諸葛孔明が用いたと言われるような
偽旗を使った陽動作戦も、
ただ単にウロウロして狼狽する効果よりも、
寧ろ敵の体力を上手く奪うための作戦なのではと
感じるようになったわけです。
近代から現代では戦車やら航空戦力といった兵器が主流で、
寧ろ人間の体力計算は作戦としては
大きな部分を占めていません。
戦国の時代は寧ろ馬くらいしかないわけで、
そこに何か劣勢を覆せる鍵があるのではと考え中です。
とにかくちょっとリアルな意味で
説得力のある戦いを模索中なので、
気長に続きをお待ちください。