世代を越えた英雄たちが転生を果たす世界「エンゴク」…
一度、乱れたその世界を統一することは誰もが不可能と確信していた。
そんな時代に一人の英妃が突如現れ、たった一代で不可能と思われた覇業を成し遂げた・・・
そして彼女の奇策、またその神出鬼没な戦術が、人々から彼女を魔女とも仙人とも恐れさせ、「魔仙妃」とあだ名したのである・・・
この物語はそんな彼女が如何に歴戦の英雄たちを討ち果たしたかの軌跡を描くものであります。
はじまりの章 【雌雄の騒乱】①
かつて魔法が栄えたこの世界は、最強の魔導師「硫天」と「伯天」二人の闘いが下で、その魔力の根源を封じられるものとなった。
二人は元々仲の良い夫婦であったが、後継者争いのいざこざで仲たがいする事と成ってしまった。
その要因は、長男のテンスイが伯天の寵愛する三男テンキに後継者を掛けて勝負を挑んだことに発端が有った。
文武両道に優れた才を持つ長男のテンスイは、自らこそが後継者として世を治めるに相応しいと自負していた。
一方の三男テンキは文才、いわば政治の才能に恵まれ愛嬌が有り、人々から愛される存在であった。
そんな存在のテンキにテンスイは次第に妬みを覚え始める。
テンスイは如何に自分が能力的に優れていようとも、人望に於いてはテンキに叶わないと悟り、いずれはテンキが後継者と認められる事に成ると感じ始めた。
そこでテンスイはテンキが如何に頼りない君主と成るかを人々に知らしめる為にテンキに一騎打ちの勝負を挑んだ。
「テンキよ! 俺とどちらが後継者に相応しいか一騎打ちで世に知らしめようではないか! さあ、剣を抜け! 安心しろお前を殺すような事まではせん!」
テンキは元々後継者となる野心は無く、テンスイから後継者を掛けた勝負を挑まれても全く興味を示さなかった。
「兄上、自分は兄上と勝負しても勝てる気がしませんし…兄上が後継者に成りたいのなら邪魔立てもしません…どうかご安心下さい。」
テンキは素直な気持ちでそう言ったが、テンスイは逆に勝てない勝負を上手く避した行為として捉えた。
「テンキよ何を怖気づく…この世界で王たる者は挑まれた勝負に立ち向かわねば諸侯から侮られることに成る! さあ、剣を抜け!」
テンスイが再度勝負を催促するとテンキは、
「私は王たる器では有りません! 負けを認めますのでこんな事はお止め下さい!」
と言い再び勝負を避けた。
テンスイにはテンキの言葉が人望を捉える術にしか感じ取れなかった。
テンキの周囲にはびこる者たちも、テンキの発する言葉に感銘を受けて頷く様子なのである。
テンスイは自分の浅はかな行動で益々、人心がテンキに向かう事を考え、テンキの行動に憤りを覚え始めた。
そして、気付くとテンスイは剣を抜いてテンキに切りかかっていたのである。
「テンキよ! さっさと剣を抜いて俺と勝負しろ!!」
テンスイは全く冷静さを失い、手加減の程も忘れて殺意と共にテンキに剣を振りかざした。
テンキの傍にいたシュンレイという女将は咄嗟にテンスイの殺意を察して、テンキを庇う様に覆いかぶさった。
テンスイの振りぬいた剣は見事にシュンレイの背中を切り裂いた。
シュンレイの機転で命拾いしたテンキで有ったが、自分を庇って犠牲になった彼女の事を大いに嘆き、
「兄上は何という事を! 母上(伯天)の最愛の友を切り殺してしまったら、後継者どころか母上の怒りを買いますぞ!!」
その言葉に我に返ったテンスイは手にした剣をその場に捨て去り、さっさとその場を後にした。
テンキはシュンレイを抱きかかえて呼び起こそうと必死になったが、結局シュンレイの意識はそのまま戻る事は無かった。
テンスイはすぐさま父親である硫天の下へ駆け寄り、事の経緯を素直に話した。
「父上、テンキを少し鍛えなおそうと思って一騎打ちの勝負を挑んだのですが、テンキが全く応じる様子が無く、その煮え切らない態度にイライラしてつい知らぬ間に剣を本気で振りかざしてしまったのです…」
硫天は黙ってテンスイの言い訳を聞いた。
「そして剣はテンキを庇ったシュンレイを切り裂いて・・・恐らくシュンレイは・・・」
硫天はそこまで聞くと口を開いた。
「お前にはテンキを妬む気持ちが有ったのだろう・・・違うか・・・」
テンスイは俯いたまま、
「それは・・・」
硫天はテンスイをじっと睨めつけるようにして、
「お前にそういう気持ちが芽生えている事は誰でも察しがつく・・・テンキに対する態度を見れば明らかだ・・・」
硫天は続けた。
「だが、お前が兄弟や臣下を簡単に殺める様な浅はかな人間でない事もよく知っている…」
テンスイは硫天の言葉に大いにひれ伏して謝罪の意を表した。
硫天は手を顎に当ててしばらく考えた。
「確か、お前は憤りを覚えて知らぬ間に剣を振りかざしたと言ったが…意識が無かったのは本当か?」
テンスイはひれ伏したまま
「本当に気が付いたら剣を振り下ろしていたんです・・・信じて下さい!」
硫天は静かな物腰で
「テンスイよ幻惑の術は知っておるか…」
テンスイは答える。
「はい・・・幻惑の術とは幻術の一種で人の妬み、恨み乗じて相手が理性を失った時を利用して頭を霊術で乗っ取る技・・・まさか・・・」
硫天はそれに対して付け加えた。
「人間は寝ているときはしかり、激怒、歓喜等でも理性を失う事が有る。ある意味、理性を失うほどの激怒、歓喜を引き起こさねば理性によって脳の支配を邪魔されるわけだが・・・」
硫天は優しげにテンスイに問いた。
「夢で何度かテンキの存在で脅かされた事は無かったか…」
テンスイは思い出したかのように頭を上げて、
「そういえば・・・父上のおっしゃる通りです・・・何度もテンキが即位して私を追い出す夢や・・・殺されそうに成る夢を・・・」
硫天は静かに目を閉じて残念そうに
「誰かが寝ている隙に上手くお前を洗脳したか・・・恐らく我々の支配を分裂させようと企む何者かの仕業だろう・・・どうやら、お前はまんまとそれに利用されたみたいだな・・・」
硫天はため息をついて
「シュンレイは功臣であり、あいつ(伯天)の郷里からの友だ…簡単には許してもらえないとは思うが、私から上手く事情を説明してみる。
テンスイよ・・・とりあえず、しばらくは我が里(硫天山)へ行って身を潜めておれ・・・」
そしてテンスイは伯天に気付かれない内にさっさと都を抜け出し、南の活火山硫天山の麓へと向かった。
丁度その頃、伯天はテンキとテンスイのいざこざでシュンレイが死んだとの報告を受けていた。
話の詳細を聞くや、伯天は大いに憤った。
ただ、憤ったといっても彼女の場合、理性を失わない。
ある意味、憤りを全て殺意に転化するため冷静でいられる。
それは殺意に転化する事で、相手をどう殺すか冷静に考え冷淡に頭を回転させるが故に、自分を見失わず狼狽することが無いといえよう・・・
それ故に彼女の怒りは恐ろしいのである。
そんな彼女の下に、しばらくして硫天が現れた・・・
つづく