①のつづきから
前述の通り、硫天と伯天は夫婦であるが、国政に於いては硫天が国王であり、伯天は丞相といった存在で位置していた。
両者ともに絶大な魔力を誇る圧倒的な存在であるが、硫天は人心を司る事に長け、臣民を纏める仁徳を持つゆえに王たる位置にあり、法律や財政の整備に長けた伯天は国政を支える存在として丞相の地位を得た形である。
別段、特別に役職を設けているわけではないが、誰もが周知の存在としてこうした位置取りで理解しているというのが実際である。
また臣下にとって二人の存在は、情を以て臣下の罪を軽減する国王・硫天と厳罰を以て臣下を戒める丞相・伯天はまるでアメとムチそのものであり、国の父親と母親の役割を担っていたと言えよう。
硫天が伯天に会いに来た場所はいわば丞相府に相当する場所である。
とはいえ二人は君主と臣下では無く、夫婦であり立場は対等である。
故に伯天は丞相府の玉座(上座の席)に座ったまま、硫天が謁見する形で対面する状態となっていた。
伯天と対面した硫天は、長男のテンスイがシュンレイを殺害した件で怒り心頭なはずの表情とは裏腹に全く冷静を装っていた事に戸惑いを覚えた。
長年つき添った硫天にはその冷静さが如何に冷淡さを秘めたものであるかが理解できたからである。
硫天は既に相手も察しがついている事とは解っていたが、口火を切って話し始めた。
「テンスイの件で来たんだが・・・」
勿論、伯天も要件は解っているとばかりに、すぐさま切り返した。
「貴方にとっては、今回の一件は息子と臣下の問題でで扱えるのでしょうが、私にとってシュンレイは郷里からの友で姉妹同然の存在・・・」
伯天は冷ややかに硫天を見つめて、
「息子と姉妹の情を天秤にかける私に何か話せることでも有るのですか?」
今度は硫天が狼狽えることなく切り返した。
「とりあえず私の話を先ず黙って聞いてほしい・・・」
硫天は業火の如く言葉を挟み切り返してくる伯天の弁に先ず釘を刺した。
伯天も周知のことと自負している点であり、黙って手招きで
「どうぞ・・・」
と口を挟まない事を約束した。
そして硫天は続けた。
「シュンレイは確かに興国の時からの友で、そなたほどの情ではないが非常に残念に思っている事は理解してほしい。また、事の次第に於いてはもう一人の息子テンキが死んでいたかもしれない・・・」
硫天は息継ぎをして一瞬間を開けてから続けた。
「テンスイは幻惑の計によって心を惑わされたという・・・ある意味テンキに災いが起きていれば国は完全に分裂する事と成っていただろうが、シュンレイの機転によってその最悪は免れた・・・彼女が救ったこの事態を無駄にせぬためにも、これ以上の殺傷は敵の思う壺だと考えるのだが・・・」
伯天は極めて冷ややかな様子で硫天に
「もう話しても宜しいですか・・・」
硫天はその言葉に説得が通じていない事を察したが、手招きで彼女の反論を促した。
「まずあなたは国の分裂を説きましたが・・・そもそも私と貴方がこの世に存在する限り早々起こりうる話ではないでしょう・・・」
伯天はそのまま続けた。
「逆に分裂するとするならば私たちがこの世に存在しなくなったとき・・・今となっては敵の計略で簡単に心を惑わされたテンスイを後継者とすることは絶対に認められません。魔力のはびこるこの世界でその警戒心を以て精進できぬ者などその器ではない事は貴方も承知のはずです。」
硫天は黙って伯天の話を聞いた。
「心を惑わされるテンスイの存在は、我々がこの世を去ったのちに真の分裂を目論むものに利用されるとは思いませんか・・・如何に今回は惑わされた事態とはいえ、あの子に野心がある事には変わりなく、今は諦めてもいずれまたぶり返すのは明白・・・よって国の為にはあの子を許すのではなく厳罰に処する事こそ大事なのでは・・・」
伯天はこの一件を感情論では無く、国政論として説いた。
無論、彼女は感情論でテンスイを許さないとしているのであるが、冷静かつ冷淡な彼女の頭脳は既にテンスイを国政論としてまでもその存在を消し去るものとしていた。
すると硫天は
「ならばテンスイを出家させて今後一切国政に関わらないよう我が里、硫天山山麓に於いて軟禁する形で手を打ってはくれまいか・・・これ以上、身内が消えていくことには耐えかねる・・・頼む・・・」
それに対して伯天は
「貴方の未来は何時までも自らの存在が永続しているものでしか見えていない・・・敵の計略は私たちが存在しなくなった時を見計らって楔を打ってきたもの・・・テンスイを許せば必ずそれに利用されます・・・ここで災いは断っておかなければ今度は本当に身内同士が命を削り合う事になると思うんですが・・・」
硫天は伯天を厳しく睨みつけるように
「今の話は感情論が先行しているのではないのか・・・」
伯天はこの言葉に大笑いしながら反論した。
「感情論が先行しているのは貴方です・・・例え敵の計略であっても問題を起こさなければテンスイは我が最愛の息子なのですが、問題を起こしてしまった以上、情に訴えるわけには行きません・・・」
伯天は硫天を睨めつけ
「テンスイは将来必ず災いを齎します・・・例えあなたが庇おうとも、私は他の息子たちの為にも必ず取り除きます・・・仮に私と貴方がそれで闘おうとも、いずれのどちらかが生き残っていれば他が割り込む余地は暫くは無くなりましょうが・・・このままテンスイを生かしておけば例え貴方が私を力づくで食い止めたとしても同じ結末をたどるだけです・・・出来ればそのような事態に成らないようにご再考して頂きたいのですが・・・無理とあらば私は全力であの子を追いますが・・・如何なさいますか・・・」
硫天は伯天の意思が梃子でも動かぬ事を、その言葉から察した。
硫天は黙って目を閉じて・・・しばらく沈黙した後、
そのまま彼女前から去って行った。
硫天が丞相府を去るや、伯天は周囲の者たちに
「今からテンスイ討伐の軍を挙げて、硫天山へ向かう! 各自準備を始めて、二日後には門を出る!」
すると周囲は一斉に慌ただしく動き始めた。
都であるヴィスタの地は北の名峰・伯天山の麓に建てられた場所で、いわば伯天の息の掛かった場所でもある。
それ故にこの地の軍権は彼女が握っていると言っても過言ではない。
故に、硫天はすぐさま場内の動きを察するや、自分の供回りだけを率いて、伯天山と硫天山の中間に位置する大都市ルーシアへと向かった。
勿論、この事態は伯天の反乱では無い。
そのため硫天がこそこそする必要も無く、硫天の行動は伯天の宣戦布告を正々堂々と受けて立ったものとしてお互いが理解ていたと言えよう。
ただ、伯天は硫天がヴィスタを去ったと知るや、硫天が雌雄を決する意思を固めたと悟り、暫くの間、自分の傍に人を近くに寄せ付けなかった・・・
つづく