レニー・エイブラハムソン監督、ミヒャエル・ファスベンダー、ドーナル・グリーソン、マギー・ギレンホール、スクート・マクネイリー、カーラ・アザール、フランソワ・シヴィル出演の『FRANK -フランク-』。
I Love You All
会社勤めをしながらミュージシャンを目指しているジョン(ドーナル・グリーソン)は、キーボード担当が自殺未遂を起こして欠員になったバンドに急遽参加することに。しかしその面子は風変わりで、ヴォーカルはつねに張りぼてのかぶり物をした男だった。その男フランク(ミヒャエル・ファスベンダー)の才能に惹かれたジョンだが、人里離れたログハウスでのアルバムのレコーディングは彼の予想以上に長引いて、ついに生活費が底をついてしまう。
個人的に“かぶり物”の「中の人」にシンパシーを感じてしまうので、観てみたのですが。
今をときめくミヒャエル・ファスベンダー(現在は“マイケル・ファスベンダー”表記が標準になりつつありますが、なぜかドイツ語読みにこだわってしまう。劇中でも流暢なドイツ語を披露していた)がヘンなかぶり物をしてずっと顔を見せない、という一発ネタみたいな映画っぽいんで興味を持ったんですが、まさしくファスベンダーがやってるからこそのおかしみが全篇に漂ってました。
撮影現場にて。ファスベンダー本人がちゃんと中に入ってた模様
日本でいうと、たとえばオダギリジョーが“オカザえもん”に入ってるよーなもんか(なんでだ)w
逆にファスベンダーのことを何も知らずに観たら果たしてどう感じるのだろうか。
主人公はイギリスに住む平凡な青年ジョンだが、彼はフランクに感化されてバンド活動に入れ込んでいく。
どうやらこれは実話がベースになっているようで、脚本を書いたジョン・ロンスン(もう一人はピーター・ストローハン)は、ジョージ・クルーニーとユアン・マクレガーが出ていた『ヤギと男と男と壁と』の原作者でもある。あちらの脚本はストローハンが書いている。コンビなんですかね、この二人。
『ヤギと~』はアメリカ軍の実在した“超能力部隊”をジョン・ロンスンが取材したもので、ジョジクル兄貴が大真面目な顔してヤギや空の雲に念力を送っていた。
奇妙というかなんとも反応に困る映画でしたが、そういうテイストが『フランク』と似ていなくもない。
“コメディ”といって通常僕なんかが思い浮かべるようなタイプの映画ではなくて、まぁとにかく「なんだかヘンな映画」としか言い様がない。
そしてこの『フランク』もまたジョン・ロンスン自身が経験したことを基に作品化している。
だから主人公のジョンはロンスン本人なのだ(実話が基になっているのは前半で、中盤以降は映画の創作だそうですが)。どんだけ「面白人生」送ってる人なんだか^_^;
ジョン・ロンスンが一時期一緒に活動していたのは、イギリスの音楽コメディアン、フランク・サイドボトム(中の人:クリス・シーヴィ Chris Sievey)。
フランクのモデル、フランク・サイドボトム
フランク・サイドボトムの「中の人」、クリス・シーヴィ。若い頃はちょっとファスベンダー似のイケメン
実際のフランク・サイドボトムの写真や動画を見ると、映画ではかぶり物が大きめになってて特に瞳の形をより気持ち悪くデザインし直してるけど、概ね映画のまんまだったりする。
日本では知る人ぞ知る存在だけど、イギリスではかなり有名人だったそうです。すでに2010年に亡くなっている。
映画の中で、タンクトップ姿で歌うフランクがなんかフレディ・マーキュリーみたいで可笑しかったんだけど、どうやらフランク・サイドボトムにはクィーンのメドレーを歌うというネタがあったようで。
なにげにかぶり物の横の呼吸用の通気孔がツボだったりする
フランク・サイドボトム - クィーン・メドレー
「フラッシュ・ゴードン」ならぬ「フランク・ゴードン」w フランク!アァ~♪
芸は芸でも宴会芸みたいな…なんだろう、観てるうちにだんだん不安になってくる(;^_^A
映画のフランクはフランク・サイドボトム以外にもあと2人ほどのミュージシャンが合成されているようで、フランクが作る曲の感じとか、精神科に通っていたというエピソードなどはそちらから取られている。
この杉浦茂の漫画みたいなフランクのかぶり物(パックマンみたいな瞳をした元ネタのサイドボトムの方がより近いが)の造形は確かに秀逸で、ポップさと不気味さがいい具合にブレンドされていて見てると癖になる。
映画館にもフランクがいました
ぴょんぴょん飛んで音を録音してる時の黄色いブーツがまるで「Dr.スランプ」のキャラみたいw
シャワー浴びる時にもかぶり物してて絶対に素顔を見せないとか、なんか藤子・F・不二雄のパー子やオバQの中身みたいな謎めいたとこなど眺めていて飽きないんですが、でも映画ではフランクのユニークさよりもむしろ彼をめぐる集団内でのいざこざの方がメインで描かれる。
バンドのメンバーは全員で6人なので顔は覚えられるけど、フランクとマギー・ギレンホールが演じるクララ、そしてジョンをバンドに引き入れたドンについてはそれぞれエピソードが描かれるものの、ナナとバラクはクララと一緒にジョンに冷たくするぐらいであまりキャラは立っていない。
あえてそういうそっけない描写にとどめているのかもしれないけど。
では、これ以降ネタバレがありますので、まだご覧になっていないかたはご注意ください。
この映画は、一見すると奇妙なかぶり物をしたフランクについての映画みたいだけど、でもほんとはけっして彼のようにはなれないジョンという徹頭徹尾「凡人」の男の哀しさを描いているのではないか。
いざこざの標的はつねにジョンだ。
ジョンはバンド内では新参者の異物で歓迎されていない。そして最後まで仲間として認めてもらえない。
ジョンの才能を認めてくれたように思えたフランクも、ジョンが作曲した歌を跡形もなく変えてしまう。
バンドのために祖父の遺産まではたいたのに誰にも感謝されない。
彼は自分の夢に投資した気でいたのかもしれないが、その魂胆が見透かされたのか、そもそもジョンのことを気に食わない様子のメンバーとどうしても打ち解けられないのだ。
世話になっておきながら恩義さえ感じないバンドのメンバーたちの酷薄さは、バンドに限らずさまざまな集団にも置き換えられるし、妙にリアルだったりもする。
このバンドでのジョンの居場所のなさぶりがなんだかもう身につまされてしまった。
ジョンが比較的話せる相手でもあったドンは、アルバムが完成した直後にフランクのかぶり物をして自殺してしまう。
ドンの死にはフランクをはじめ全員が哀悼の意を表するが、彼の遺灰はバラクに入れ物を間違えられて行方不明に。
ところどころ笑いをまぶしながらも、集団内での排除のメカニズムがエグいぐらいに描かれている。
それゆえ、笑える、というよりも僕は観ていてだんだんいたたまれなくなってきたのでした。
集団内で、本人は仲間のつもりだけどまわりからはシカトされてたりイジメに遭ってる者を見ているような。
しかもジョンはYouTubeにみんなには内緒でバンドの映像を投稿してたりとか、彼は彼でけっこう身勝手だったりする。
フランクの才能にショックを受けてそれを世に広めたい、と思ったところまではよかったが、実のところジョンには別の目論見があった。終盤になってそれが露呈する。
ジョンはしょっちゅうTwitterでハッシュタグ入りの呟きをしている。
やがて彼はバンドの演奏の動画をメンバーたちには内緒でYouTubeに投稿し始める。
自分たちの動画の閲覧数が1万5千だかを超えていることを知って、フランクは俄然興味を示しだす。
バンドはアメリカの音楽フェス「サウス・バイ・サウスウェスト(SXSW)」に招待され、こうして所在なさげだったジョンが急に彼らを率いてアメリカへ向かうような形になる。もちろんフランクはあのかぶり物をしたまま。
町山さんがラジオでの作品紹介で「飛行機では“かぶり物”は絶対にとらなきゃいけないからこれは嘘」とツッコんでて笑った。確かにw
しかし、浮かれていたのもつかの間、現地のスタッフに、閲覧数が1万5千程度ではたいしたことない、ほとんどの人々はあなたたちのことを知らない、と言われてヘコみまくるフランク。
やがて本番を間近に控えて興奮したフランクがおかしな行動をとり始めて…。
変身!
心なしかちょっとカワイイw でも「中の人」マグニートーですが^_^;
ジョンは自分の計画通りにことが運ばなかったことにイラ立って無理矢理フランクのかぶり物を脱がそうとしたために彼は逃亡し、姿をくらます。
これまで長期間に渡るレコーディングに耐えてきたりジョンもそれなりに努力はしてきたわけだけど、でも多くの人々にウケるためにバンドの曲をわかりやすくしようと提案したり、結局のところフランクの音楽の良さをちゃんと理解してるのかどうか疑わしくなる言動がままあって、確かにクララやナナやバラクたちに信用されないのも無理はないような気がしてきた。
そしてフランクへの乱暴。
結局こいつは自分がステージで脚光を浴びて売れたかっただけなんじゃないか、と。
ジョンはTwitterで皆に呼びかけてフランクの行方を捜すが、ほとんどの人たちはヤラセだと思ってフランクの失踪を本気にしなかったり、「奴は俺の尻の中にいる。いくらくれるんだ?」などとふざけたリツイートをしてくる。
ようやく見つけだしたフランクの実家に彼はいた。
ライヴハウスで演奏していたクララたちと再会したフランクは、素顔のままで彼らと唄う。
そこにはもうジョンの姿はない。
最後まで彼はバンドの一員になれなかった。
フランクたちが唄う「I Love You All」の歌詞「みんな愛してる♪」の「みんな」の中にジョンは含まれていないのだ。
その辺の平凡な人間が才能がある者と一緒にいて「俺もイケるかも」とつかの間夢を見たが、「お前の歌はクソだ」と、ちょっと伸びかけてた鼻をぶち折られてまた平凡な日常に戻っていく。
でも、正直なところ音楽のことがとんとわからない僕には、ジョンの歌も、それからジョンの前でドンが唄って「な、クソだろ?」と自嘲気味に言ってた自作の歌も普通にイイと思ったんだよね。
平凡すぎるから、ってことなんだろうか。
ジョンの作る曲が絶望的なまでにダメなんだったらともかく、彼の曲は平凡でありきたりだから「ダメ」だと言われたのだ。
そういうものなのかもしれないけれど、ならばいきなりアメリカで大喝采を浴びるようなことはなくても、彼がバンドの曲をあげていたYouTubeに根気よく自作の歌を投稿し続ければ、たとえ平凡だってそういう曲を支持してくれる人たちが現われるかもしれない。
何もかもが終わってしまったわけじゃない。
ただジョンは、フランクという圧倒的な才能を間近で見てしまった。
それでもなおかつ歌を作り続けることを望むのなら、やってみたらいい。
これは集団というものについて描くと同時に、何かを創造する者についての物語でもある。
登場人物は風変わりでも、とても普遍的なテーマを扱ってると思う。
主演のドーナル・グリーソンは僕は初めて見た俳優さんだけど、『スター・ウォーズ エピソード7』にも出演するんだそうで。どんなキャラなのかまだ知りませんが。
今後の活躍が楽しみですね。
マギー・ギレンホールって、好きな人は好きな女優さんなのかなぁ。『セクレタリー』とかなんとなくエロティックな役柄が時々あるし『ダークナイト』でもバットマンの恋人役だったけど、個人的にはそんな美人じゃないよなぁ(物凄く穏当な言い回し)と思ってしまう。
いや、芸達者な女優さんだと思いますが。
この『フランク』では、その美人じゃないけどやたら居丈高、というキャラがハマってました。
フランク役のミヒャエル・ファスベンダーは、不思議なことにあのかぶり物をしてる間は違和感がなかったのが、それをとったあとの彼はやはりイケメンすぎて、この人が心を病んでて素顔を人に見せられなくて人と直接目も合わせられずに親元で暮らしてるニートみたいな人物、なんてにわかには信じがたいんだよね。
いやいや、この男前がそんなキャラなわけがないだろう、と。
フランク・サイドボトムの中の人もけっこう男前だったけど、彼は別に心を病んでたわけでもつねにかぶり物をかぶって素顔を隠してたわけでもないし。
実在のミュージシャンたちをモデルにしてるおかげで、映画の中でのフランクには妙な実在感がありましたが。
劇中でフランクが唄う歌はすべてファスベンダー本人が歌っている。なかなかの美声。
アルバムの収録の過程が特殊だから彼が作る曲はどんな前衛的で難解な曲なのかと思えば、これが案外耳に心地よかったりする。
ノイズ系のもっとわけわかんないただの騒音にしか聴こえない曲とか世の中には他にもいっぱいあるし。ああいうんでなくてほんとによかった。
やっぱりその「作品」そのものに愛着が湧かなければどんなに「才能がある」といわれても説得力を感じられないので。
まぁ、僕が期待したような“かぶり物”としての面白さというのはわりとささやかでしたが、ミヒャエル・ファスベンダーがかぶり物した“珍作”として、ともかくは観てよかったです。
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