$映★画太郎の MOVIE CRADLE


ベン・アフレック監督・主演、ブライアン・クランストンアラン・アーキンジョン・グッドマン出演の『アルゴ』。

製作はジョージ・クルーニーグラント・ヘスロヴ

※第85回アカデミー賞作品賞と編集賞、脚色賞を受賞。



1979年のテヘラン。イラン革命のさなかにイスラム過激派がアメリカ大使館を占拠し(イランアメリカ大使館人質事件)、52人のアメリカ人外交官や海兵隊員が人質にとられる。その直前に脱出してカナダ大使公邸にかくまわれた6人の職員たちを救うため、CIAは脱出のエキスパートであるトニー・メンデス(ベン・アフレック)に白羽の矢を立てる。さまざまな作戦が検討されたが、トニーは親交のあったハリウッドの特殊メイクアップアーティスト、ジョン・チェンバース(ジョン・グッドマン)に相談をもちかけ、「SF映画の撮影のためのロケーション・ハンティング」といつわって撮影隊の一人としてイランに潜入する。


実話にもとづく物語。

ベン・アフレックの監督作品を観るのは、じつはこれがはじめて(※その後DVDで『ザ・タウン』を観ました)。

彼がマット・デイモンと共同でシナリオを書いた『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』は映画館で観たし、監督としてこれまでに何本か撮ってるのは知っていたけれど、恥ずかしながらそれらが高く評価されてることもアフレックが“第2のイーストウッド”と呼ばれたりしてることも知らなかった。

で、今回予告篇を観て、“架空のSF映画”にまつわる実話をもとにした映画というんでちょっと興味をもったのだった。

以下、ネタバレあり。



舞台の70年代はアメリカン・ニューシネマとよばれる映画群が作られていた時代。

小型の手持ちキャメラの使用と照明機材を使わない自然光による撮影、その結果もたらされたフィルムの粗い画質、従来のシナリオ作法からの逸脱、直接的なセックスや暴力の描写など、多くの試みがなされた。

この『アルゴ』も部分的にフィルムによる撮影がおこなわれていて、冒頭近くの映像はまるで70年代に撮影されたもののように見える(本篇前のワーナーブラザーズのロゴもわざわざ当時のものを使っている)。

ジョン・チェンバースは『猿の惑星』(1968)などで有名な特殊メイクアーティストで、「スタートレック(宇宙大作戦)」のミスター・スポックの耳を作ったのも彼。

そんな人がかかわるというんで、僕はてっきり今回の『アルゴ』も特殊メイクを使って職員たちを「スパイ大作戦」みたいに変装させるのかと思っていたんだけど、さすがにそれはなかった。

では、なぜチェンバースがこの救出作戦に必要だったのかというと、アメリカにはイランのイスラム原理主義者がひそかに入りこんでいるため、彼らイランのスパイに『アルゴ』などというSF映画が嘘っぱちだとバレたら6人のアメリカ人たちの命はないから。

だからホンモノさながらに映画の制作発表から台本の読み合わせまでして大々的に宣伝する必要がある。

そのためにハリウッドの大物プロデューサーのレスター・シーゲルやチェンバースら著名なスタッフがトニーに協力するのだ。

『アルゴ』が架空の映画であることは、CIAとチェンバースたち関係者以外はアメリカ人でさえ知らない。

ちなみに、アラン・アーキンが演じるこのいかにもハリウッドにいそうな口の悪いプロデューサー、レスター・シーゲルは複数の人物を合わせて創られた“架空の”キャラクターなんだそうな。

じっさいの事件では何人もの映画プロデューサーたちが作戦のためにアドヴァイスをしたとのこと。

シーゲルがインタヴュアーに「映画のタイトルの“アルゴ”の意味は?ギリシャ神話からですか?」とたずねられて、「知らんよそんなこと。アルゴ、くそ食らえ(Argo, fuck yourself!)、だ」と答えるあたりは可笑しかった。

彼やチェンバースが登場するハリウッドの場面は、緊張感が続くこの映画のなかでのちょうどよい緩衝材になっている。

この作品で芯から恐ろしかったのは、イスラム兵士たちの恐怖政治ぶり。

町なかのクレーンからは公開処刑された人がぶらさがっている。

「神を信じる者は大切にするが、そうでない者、嘘をつく者には裁きを下す」という言葉。

彼らはアメリカの後ろ盾で独裁体制を敷いていたパーレビ(パフラヴィー)前国王の引き渡しをもとめて、大使館の職員たちを人質にとる。

アメリカの世論はイランを非難して、国内ではイランやアラブ系の人々への暴行事件が頻発する。

これって9.11以降のアメリカでもおこってることだよね。おなじようなことが繰り返されてる。

舞台となるのは、アメリカのアイコンでもあった西部劇スターのジョン・ウェインが亡くなった半年後、ソヴィエト連邦がアフガニスタン侵攻を開始し、多くの危機が矢継ぎ早にアメリカをおそっていた時期。

冒頭の解説では、癌治療のためという名目でアメリカに渡ったパーレビ前国王のことを「国民を弾圧して贅沢三昧だった愚王」というふうに語っているが、一方で彼は脱イスラムを図ってイランの近代化政策を進めた人物でもあり、日本とも関係は深い。

日本はイランからの石油輸入量第3位の国で、つきあいも第二次大戦前からある。

イラン革命によって前国王が失脚したあとのイランは、では豊かで平等な国になったのかといえば、イスラム原理主義者たちによって宗教独裁体制が敷かれ、21世紀の日本人である僕の価値観とはまるで違ったものの考え方をする人間たちに支配されて、人々は現在も人権を侵害されつづけている。

よく知りもしないよその国を侮辱したくはないが、個人的な意見としては、ポルノも自由に上映できないような国は「クソ」だと思う。

あとアルコールが一切禁止というのも堪えられません。そんな国には死んでも行きたくない。以上。

それよりもこの映画で重大なことは、イランの石油の国有化を阻止して自分たちに都合のよい国に仕立てあげようとしていたのがアメリカとイギリスだったという事実だ。

「クソ」なのはお互い様なんじゃないかという話。

イランの人々の怒りは、そういうアメリカという国の卑劣なやり方のせいもある。

そんな背景を知ったうえで、ではこの『アルゴ』はどんな映画だったのだろうか。

この作品は、危機に見舞われた人々の救出劇というエンターテインメント的な題材を使って、いろいろ考えさせられもする第一級のポリティカル・サスペンスになっている。

主演もつとめるベン・アフレックの演出は、実録風のリアリズムとハリウッド映画のサスペンス・タッチのバランスが絶妙。

典型的なハリウッド映画の作劇ならば、6人のアメリカ人たちのキャラクターを掘り下げて一人一人の見せ場をもっと増やすだろうし、そのなかで「ハリウッド作戦」に反対して最初は協力を拒否する職員夫婦にさらにゴネさせたりして観客をイライラハラハラさせるだろうと思う。

だからそのあたりが淡白すぎて物足りない、という人もいて賛否が分かれるところかもしれない。

僕自身は、これも70年代の映画的なそっけなさもふくめた演出、ととらえました。

いうまでもないんだけれど、これは“実話をもとにした”「フィクション」であって、現実の事件からはいくつもの変更点がある。

映画はカナダ大使のもとに逃げこんだ6人のアメリカ人の国外脱出に焦点がしぼられていて、アメリカ大使館で人質になった52人については冒頭での描写以降はニュース以外まったく触れられない。

なので、おもわず彼らの存在を忘れてしまいそうになるほど。

また、じっさいの事件では何人ものカナダ人が救出に尽力したそうだが、映画ではほぼ割愛されている。

そこは「映画」なんでしかたないが、それでもアメリカ人がほんとうにカナダに感謝しているのなら、もうちょっとカナダの人々についてしっかりと描写するべきだったんじゃないかとは思う。

劇中でのアラブ人の描かれ方があまりにステレオタイプ、という指摘もある。

この映画はアメリカ人であるベン・アフレックの視点から描かれた話であることに留意する必要があるだろう。

それにしても、あの6人はなぜ自分たちだけ逃げたのだろうか。

これは結果論だが、人質だった52人は紆余曲折を経て444日後に解放されており、CIA局員のトニー・メンデスが命をかけて成功させたあの「ハリウッド作戦」は、そもそも6人のアメリカ人職員のアメリカ大使館からの逃亡がなければおこなわれる必要がなかったものだ。

デルタフォースをはじめアメリカ軍による52人の人質奪還作戦はことごとく失敗している。

けっきょく、力づくによる作戦ではなく、前国王の死や仲介国を交えた粘り強い交渉によって事態は解決したのだ。

あの6人はとにかく助かりたい一心だったんだろうけど、それが彼らをかくまったカナダ大使や人質になった52人の命を脅かすことにもなったわけで、彼らのことをとやかくいってもはじまらないが、極限状態のなかでは人間の本性というものがあらわになるなぁ、とつくづく思う。

アメリカという国は、世界中であこがれられるとともに、憎まれる存在でもある。

「アメリカ人である」ということは、どういう意味をもつのだろうか。

以前、スピルバーグの『レイダース/失われたアーク』で、ヒロインがエジプトのカイロで現地の襲撃者におそわれて「私はアメリカ人よ!」と叫ぶシーンに違和感があったことを思いだした。

アメリカ人だったらなんだってんだよ、と思った。

アメリカ人であることで優遇されたり、逆にそのせいでこの『アルゴ』のように命をねらわれたりする奇妙な世界。

テヘランのバザール(商店街)で、カナダ人の映画クルーに変装した6人のアメリカ人職員たちが現地の老人に「息子はお前たちアメリカ人に殺された」と激しく責め立てられ、大勢に囲まれる場面。

おなじ白人で見分けがつかないし、彼ら6人はじっさいにはアメリカ人だから、このときの緊迫感、恐怖感はスゴかった。

しかし、アメリカ人ならば捕らえられて処刑されるかもしれないがカナダ人なら殺されずに済む、というのは、わかるようでよくわからない理屈だ。

だって、撮影クルーがカナダ人であっても『アルゴ』はアメリカ資本で作られる“ハリウッド映画”で、それはイラン側だって承知のはずなのに。

国同士のかかわりというのはそれぞれの事情や思惑が交錯して、なかなかややこしい。

当人が直接なにか罪を犯したわけではないのに、敵対する国の国民というだけで命までもねらわれる不条理。

理由も被害者と加害者の関係もまったく異なるが、最近、中国で日本人が理不尽な暴力を振るわれたりしているのをちょっと思いだす。

愚かなのはなにもイランの兵士たちだけではない。

そこがじつに恐ろしい。

それにしても、世界中で多くの人々の命が無残にもうばわれているなかで、たった6人を救うことにどれほどの意味があるのか。

いやむしろ、この“たった6人”のためにこれだけ多くの人々が(なかには知らずにかかわっていた人もいるだろうけど)手を尽くしたということこそが重要なのだろう。

祖国はかならず自分たちを助けてくれるという信頼があればこそ、祖国を愛することもできるのだから。

視点が変われば「正義」のかたちも変わり、現実の世界では人を単純に“正義”と“悪”に二分することはできない。

「勧善懲悪」はフィクションのなかだけでじゅうぶんだ。

恐ろしいイランの兵士たちも、『スターウォーズ』のようなSF映画『アルゴ』のイメージ画をプレゼントされると無邪気な表情で宇宙船の飛ぶ音を口真似したりしている。

たわいない勧善懲悪のSF映画はイスラム原理主義者たちさえも一瞬にして子どもに変えてしまう。

手に汗握る脱出行のあと、トニーたちがイランの領空を越えたときの安堵感。

あの瞬間には涙が出そうになった。

6人の職員たちとともに無事アメリカに帰ったトニーは、別居中だった妻と再会して息子とともに過ごす。

息子の部屋には『スターウォーズ』や『猿の惑星』、「スタートレック」などのグッズが飾ってある。

僕はこれからも、こうやって好きな映画を観たり、自分の思うことを自由に言葉に出していえて、恋もできて明るく笑える世界に住んでいたい。

自分がいまいるこの場所からそういう自由をうばわれたくない。

心の底からそう思いました。

自分にとってほんとうに大切なものについて考えさせてくれる映画でした。

これはかつて“いつわりの政権”によってイランから多くを搾取したアメリカと、そこに“架空の映画”による救出劇がダブる寓話的な物語でもある。

出演者たちの演技が、みなすばらしかった。

エンドロールで、6人の職員たちを演じる役者さんたちが全員じっさいのご本人たちにあまりにクリソツだったのが笑えた。

特殊メイクを使ってるんではないかと思ったぐらいの凝りようにひひ

後半、トニーたちを間一髪で救うことになる上司のジャック・オニール(おそらくキャラクター名は仮名だろうし、原作になった本は読んでいないのでご本人のことはよくわからない)を演じるブライアン・クランストンは、『ドライヴ』の主人公の雇い主やリメイク版『トータル・リコール』では主人公の敵コーヘイゲン長官を演じていた。

正直いって『トータル・リコール』での彼にはあまり存在感が感じられなかったのだが、この『アルゴ』での演技はまさに上司とはかくあるべき、といった頼もしさを醸し出していてグッときました。

ベン・アフレックの監督としての手腕は、たしかなものだと思いました。

もちろん、俳優としても浮き立たず地味すぎずいい感じでしたよ。

70年代の人間にしては脱ぐと妙に筋肉質で、逆に顔立ちは今風の優男っぽすぎる気はしたけどね(褒めてますよべーっだ!)。

最後にこの映画に敬意をこめて乾杯を。

“アルゴ、くそ食らえ!”



赤江珠緒たまむすび町山智浩



※アラン・アーキンさんのご冥福をお祈りいたします。23.6.29


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