$映★画太郎の MOVIE CRADLE


エリック・トレダノオリヴィエ・ナカシュ監督、フランソワ・クリュゼオマール・シー出演の『最強のふたり』。



Ludovico Einaudi - Fly


パリ。かつてパラグライダーの事故で頚椎を損傷して首から下の自由をうしなった金持ちと、あたらしく彼の介護をすることになったスラム出身の黒人青年の友情を描く。

実話をもとにした物語。

以下、ネタバレあり。



昨年の東京国際映画祭の最優秀男優賞や今年のセザール賞主演男優賞などを受賞してフランスでは大ヒット、ちまたでも評判がいいらしく映画館で予告篇を観て気になっていたんですが、ちょうど「映画の日」で1000円で観られるので行ってきました。

フランス映画を観るのはひさしぶり。

監督も出演者も僕はなじみがない人たちばかりだけど、手堅い作りのとても観やすい作品でした。

朝イチの回だったんだけど、「映画の日」じゃなくても1000円で観られるだろう年配の人たちが多くてけっこう混んでました。

で、そういうお客さんたちが観ても楽しめる作品だったと思います。

実話の映画化としてもオーソドックスな作りの無難な作品で、逆にあっといわせられるような意外な展開とか映像的に斬新な手法とかいったものはない。

そこに物足りなさを感じなくもなかったのだけれど、ゲテモノ系やエッジの立った作品ばかりでもしんどいし、そこそこふつうに満足できる映画というのもあってくれた方が安心できる。

この映画は主演のふたりの演技、表情にまず惹きこまれる。

「困難な生活やハンディキャップを負った人を描いた作品」というのは僕はふだん敬遠してしまいがちなんだけど、この作品では障害をもつ人やまわりの人々の苦労を強調するのではなく、それらを軽やかに乗り越えていく主人公たちの「生きることを楽しむ」姿勢に観る者がさわやかな感動を得られるようになっている。

特に黒人青年ドリスを演じるオマール・シーは、そのつねに冗談めかした口調によってこの映画を重苦しさから救っている。

フランソワ・クリュゼは劇中では障害のために車椅子に乗った富豪の男性フィリップ役を首から上の演技だけでみせているが、この人の顔つきや表情がちょっとダスティン・ホフマンに似てることもあってか妙に親近感がわいてくる。


Earth, Wind & Fire - September


失業手当を目当てに雇ってもらうつもりもなく適当に就職活動をしていたドリスは、フィリップに介護人として研修期間をあたえられる。

最初からやる気のない態度のドリスに、フィリップは「2週間もつまい」と挑発的にいう。

たしかにドリスの仕事ぶりは雑で、また彼には強盗の前科もあったので、まわりは心配してフィリップの親戚も彼に忠告する。

それでもドリスとおなじく人から同情的なあつかいをうけることにウンザリしていたフィリップは、ドリスの飾らない性格とストレートな物言いにシンパシーを感じたのか、研修期間を無事終えた彼を正式に雇うことにする。

やがてドリスはおおざっぱに見えて意外と他者をいたわることができる青年だということもわかってきて、彼との関係がつづくうちにもともと気難しいところのあったフィリップの心も次第にほぐれていく。

首から下が動かせないために、「性の処理はどうするのか」というドリスの下世話な質問に「耳の快楽」について語るフィリップ。

耳をマッサージされると気持ちがいい、というのはよくわかります。床屋とかでもそうだからニコニコ

妻の死後、遠方の女性に文通で詩を書いていたフィリップに、ドリスはむりやり電話で相手と話をさせる。

こうしてたがいにあたらしい生活がはじまるふたり。

フィリップの秘書で魅力的な女性マガリに興味を示したり、助手のイヴォンヌともあけっぴろげな会話で盛り上がるドリス。

フィリップとふたりでオペラを観に行って、ドリスが舞台の上の役者を見て「あの人どうしちゃったの?木の役?」と大ウケする場面は、こういう人が身近にいたら(映画館の客席とか)ぜったいヤだけど、でも観ていて笑ってしまった。

ドリスが気晴らしにフィリップにマリファナを吸わせたり、彼の下半身に感覚がないのを知って熱湯をかけてみたり(それはふつうに虐待だと思うんだが汗)、チョビ髭のギャグはたしかに不謹慎なのかもしれないけれど(欧州、とくにフランスではヒトラーがらみのジョークにはいまでも抵抗感がある)、やっぱり笑える。

このあたりのユーモアをまじえた軽快な描写は観ていて楽しい。

「たまたまフィリップはお金持ちだからよかったけど、ふつうはみんなそうじゃないから…」という意見もあるが、この映画は極端に違う環境で生まれ育ったふたりがたがいに影響をあたえ合って心を通わせていくところがキモなので、これはこれでありだったのではないかと。

たしかに巨大な門がある高価な美術品に囲まれた邸宅に住み、経済的に何不自由ないフィリップのような生活にはまったくなじみがないから、そういう世界に住むセレブたちの気持ちはわからないし、正直興味もわかない。

むしろドリスの視点から「こんな生活してる奴らもいるのか」と驚きの目でながめるといった具合。

そもそも身近にこんな人たちいないんだから、「金持ち批判」みたいなもの自体にまるで意義を感じない。

またこの映画では障害者(あるいは高齢者でもいいが)の介護に際してのほんとうに大変な部分はそれほど突っ込んでは描かれないし(“糞のかき出し”についてもさらっと処理している)、ドリスのような苛酷な環境で生活している人々の深刻な問題にもやはり深くはふみこまない(ギャングとつるむ弟の描写がわずかにあるのみ)。

“ほどよく”まとめられているだけにとても観やすい反面、グッと迫るものもないといった感じで。

フィリップの「気難しさ」もさほどではないので介護人がすぐ逃げだす理由も弱く、ドリスが手を焼く場面がもっとあってもよかったのではないかと。

いや、別に悪口いってるんじゃないんですが。

いろんなタイプの映画があっていいと思いますし。


フィリップはそれまで「支配者たれ」と教えられて育った。

彼自身は美術品に対する審美眼があるようだが、金持ちたちが美術品を買うのはかならずしもその美術的価値が理解できているからではなく、人よりも良い物(高価な物)をもたなければ、という見得でもあることが描かれる。

そんな彼にドリスはそれ以外の価値観を教える。

反対にフィリップは、人に頼るだけではなく自分の力で収入を得ること、他人への思いやりの態度などを彼への介護を通じてドリスに知らず知らずのうちに教えていくことになる。

極端に違う環境で育った者たちの出会いと友情を描くことで、身近な人たちを描いているがゆえにリアルで容赦がない、安易にハッピーエンドにすることもむずかしい話ではなく、観終わってすなおに「面白かったね」といい合える物語になっている。

この映画では、ドリスがフィリップのもとにとどまってめでたしめでたし、というのではなく、最後に彼らはそれぞれ別の道をゆく。

彼らふたりがともに過ごしたわずかなあいだこそが「貴重なひととき」だった、ということだ。

だから別に「安易なハッピーエンド」というわけでもない。


もっともこの映画がどれだけ“事実”に忠実なのかは知らないが、1本の“映画”としては内容的に不満がないでもない。

たとえばドリスとフィリップの娘エリザのやりとり。

かつて、いまは亡きフィリップの妻が何度も流産して子どもが産めない身体であることがわかったために、彼らはエリザを養女にした。

彼女はフィリップが障害のせいでかまってやれないこともあって叱る者もおらず少々荒れ気味で、彼女の家で働くドリスを見下すような態度をとる(といっても「あなた、絵を描くの?」と質問しただけなのだが)。

人に見下されることに過敏なドリスは、フィリップに「エリザにはしつけが必要だ」と怒りをぶつける。

これをきっかけにエリザとドリスのあいだにちょっとした心の交流が生まれて、ドリスはけっきょくエリザとボーイフレンドの仲をとりもってやる。

ボーイフレンドにフラれて自殺しようと下痢止めと鎮痛剤を飲んだエリザをドリスが心配して声をかける場面は彼の優しさと頼もしさが伝わってなかなかよかったのだが、エリザとおなじくドリスは育ての親の養子だったわけで、この似た境遇の二人の関係をもっとふくらませて描けなかったんだろうか、と感じてしまうところはある。

エリザが自分が養女であることへの劣等感を克服しボーイフレンドに対しても毅然とした態度で前向きに生きていけるようになる、そのさわりの段階でもいいから変化を見せてくれていたら、あるいはせめてラストなりエンドロールなりでほんのちょっとでも後日談的にフォローしておいてくれれば、映画がもうすこし締まったのではないか。

それはやはりドリスの反抗的な弟の描写も同様で、全体的にところどころ端折られすぎな気はする。

ドリスが面接の日にフィリップの屋敷から盗んでしまった彼の亡き妻の形見の卵細工をとりもどす肝腎の場面がまるごと省略されてしまっていたのは、「アレ?」と肩すかしを食らったような気分に。

ドリスが母親にプレゼントしたはずのあの卵がどうして彼の実家からなくなったのか、その理由にまったくふれられていなかったし(母親が誰かに売ったのかと思ったんだけど、観ててもよくわからず)。

ドリスが妹や弟に聞いてまわったり清掃の仕事をしている母親の姿を車のなかからみつめたりと、卵を必死に探す過程は描かれているのだから「どこにあって、どうやってとりもどしたのか」というのはハッキリ見せてほしかった。

あの卵はフィリップにとってなにより大切な物だったわけで、それがいつのまにかなんとなくうやむやになってしまったのが残念。

フィリップには妻への強い想いがあるのだからほかの女性とつき合ったり再婚することへの葛藤もあっただろうし、逆にそこから解き放たれてあたらしい人生を歩みだすためにも、亡き妻にひとまず別れを告げるセレモニーは必要だったのではないだろうか。

あの卵細工はそのための小道具だったと思うのだが。

ドリスのフィリップへのサプライズは、最後に文通相手との仲をとりもつことだけでじゅうぶんだったはずだから。

登場人物についてあえて描きすぎない。人生はシナリオどおりにはいかないのだから、すべてがうまくおさまることなんかない、というのはわかるんだけど、それでも「描きっぱなしでフォローなし」というのはやはり映画として不完全な印象を残す。

…とまぁ、なんだか難癖めいたことを書いてきたけど、「感動の押しつけ」もなく、ふつうに人に薦められる映画でしたよ。

映画なに観ようかな、と迷ってるかたは観てみてはいかがでしょうか。

最後にこの映画の主人公フィリップのモデルとなった人物のじっさいの映像が映しだされると、やはりちょっとグッときたのでした。



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