判例時報2612号で紹介された裁判例です(広島地裁令和5年11月6日判決)。
本件は,短期入所生活介護事業所の利用中にゼリー誤嚥による死亡事故があり(事故当時94歳),遺族が施設に対して損害賠償請求したという事案です。
判決は,本件において,本人は、その年齢や既往歴からして誤嚥を引き起こす危険性が特に高く、本件施設もこれを認識して、本人の食事の際の声掛けや見守りを行う方針としていたのであるから、本人が自力での食事の摂取が可能だったことや本件ゼリーが厚生労働省の「えん下困難者用食品許可基準」を満たしており誤嚥の可能性が特に高いものではなかったことを前提としても、本人が本件ゼリーを誤嚥することを予見することは可能だったといえ,そうすると、本件施設職員は、本人の食事に注意を払って同人の誤嚥を防止し、誤嚥が発生したとしても直ちに対処する義務があったというべきであると指摘しています(施設に対して2365万円の支払を認容)。
・本人は、平成31年3月15日以降本件施設のショートステイの利用を開始した令和2年6月13日までの約1年3か月の間に誤嚥性肺炎で3度にわたり入院し、食事の形態をソフト食に変更する、食事の見守りをするなどの配慮を必要としており、同年2月頃には自力での食事の摂取が可能となるなど改善が見られたものの、本件施設のショートステイを開始した日以降も本件事故発生日に至るまでの間に、自宅での食事の際に誤嚥しそうになってむせ込むことがあり、その度に家族が本人の背中を叩いてむせ込みが落ち着くまで食事を遠ざけるなどの見守りを必要としていた
・本人が本件施設のショートステイ及びロングショートを利用する度に、付き添った家族が、本件施設職員に対し、本人が何度も誤嚥性肺炎を起こしていること、本人が食事中にむせ込むことがあるため、食事の際の声掛けや見守りは必ず行ってほしいことを伝えていたこと
・本件施設は、配膳後に食事介助をすることが予定されている施設利用者だけを2つの正方形のテーブルに集め、しかも2つのテーブルを近いところに配置することで、36名程度の施設利用者の食事中に3名程度の本件施設職員が食事の見守りや介助を行うことになったとしても、食事介助をすることが予定されている施設利用者が誤嚥しないよう施設職員が注意を払うことができるように配慮していた
・本件施設は、施設職員が食事の介助や見守りを要する施設利用者に対し、同利用者が誤嚥しないよう注意を払うためには、食事介助をすることが予定されている施設利用者への配膳を一番最後にするという一般的に行われている措置が有効であることを認識していたことが認められる。
・したがって、職員らが、本件ゼリーの配膳の際に、他の施設利用者に対する配膳が終了した後に本人に対する配膳を行う、本件ゼリーを本人の手が届かない場所に配膳し、施設利用者全員への配膳が終わり、施設職員が食事の見守りや介助を確実に行えるようになった後に本件ゼリーをBの手元に移動させるなどの一般的な措置を講じていれば、職員らが他の施設利用者に本件ゼリーの配膳を行っている間に、Bが本件ゼリーを摂取して誤嚥することを防ぐことができ、あるいは、本人の唇にチアノーゼが出現し職印の声掛けにも応じられない状態に至るまで、本件食堂にいた職員らの誰も本人の誤嚥に気づかなかったという状態は避けられたということができる。
・しかも、本人は、本件事故の1か月前に自宅で食事を取った際にむせ込んでいたことが確認されており、本件事故当日むせ込むことすらできないほど体力が低下したことをうかがわせるに足りる証拠がないことからすれば、誤嚥直後、しばらくの間、むせ込んだり声をあげたり何らかの反応があったはずであるところ、また、反応がなくなった後の様子は、放置してよい単なる傾眠状態等とは異なる様子であったはずであるところ、職員らは施設利用者全員への配膳終了後10分程度経過して初めて本人の異変に気付いたというのであるから、職員らは施設利用者全員への配膳終了後も本人に対し同人に対する本件施設の方針である誤嚥防止等のための見守りを行っていなかったことは明らかである。
・以上からすれば、職員らの、本人の誤嚥を防止する措置を講じる義務を怠った責任は、極めて重い。
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