判例タイムズ1515号で紹介された裁判例です(大阪地裁令和4年11月24日判決)。

 

 

本件は、民事再生手続の開始決定を受けた原告会社が、加入していた共同組合に対して、出資金約500万円の払い戻しを求めたという訴訟です。

本件のような共同組合のほか信用金庫や信用組合といった金融機関については、最初に出資金という形でお金を預けるのですが、このような出資金は脱退という手続きを取ることで返ってくくるものの、すぐには返ってこずにその事業年度の総会等の手続を経て払い戻されるという仕組みとなっています。

 

 

そのため、原告会社は脱退の意思表示をしたもののすぐには出資金は変換されず、事業年度終わりの総会を待たなければなりませんでした。

本件の協同組合は、原告会社に対して貸付金があったため、原告会社の出資金の払戻請求権と相殺したいところですが、払戻請求権は年度終わりに脱退の効力が発生するまでは払い戻せないため双方が弁済期にあることが必要な相殺できる状態(相殺適状)ではなくそのままでは相殺できないので、本件共同組合は、事業年度終わりの総会まで払い戻さなくてもよいという利益を放棄したうえで、民事再生手続において相殺が可能とされる債権届出期間中に相殺するとの意思表示をしました。

 

 

そこで、このような相殺が許されるのか、民事再生法92条1項の「債務」には再生手続開始当時条件未成就の停止条件付債務も含まれるのかということが問題となりました。

 

民事再生法

(相殺権)
第92条1項
 再生債権者が再生手続開始当時再生債務者に対して債務を負担する場合において、債権及び債務の双方が第九十四条第一項に規定する債権届出期間の満了前に相殺に適するようになったときは、再生債権者は、当該債権届出期間内に限り、再生計画の定めるところによらないで、相殺をすることができる。債務が期限付であるときも、同様とする。

 

 

判決は、次のとおり判示して、民事再生法92条1項の「債務」には再生手続開始当時条件未成就の停止条件付債務は含まれず本件相殺は無効であるとして原告会社の払戻請求を認容しました。

・民事再生法においては,再生手続開始後,再生債権について再生計画によらないで弁済等をすることは原則として禁止されており,これが許容されるのは,「特別の定め」がある場合に限られる(同法85条1項)。そして,同法92条1項前段では,上記特別の定めとして,再生債務者に対して債務を負担する再生債権者は,「再生手続開始当時再生債務者に対して『債務』を負担する場合」に,債権届出期間内満了前に債権及び債務の双方が相殺適状になったとき,その期間内に限り相殺ができる旨が規定されているとともに,同項後段では,上記「債務」が期限付であるときも同様とする旨が規定されているが,「債務」が条件付である場合については規定がない。
・他方,本件相殺の受働債権である本件出資金返戻請求権は,組合員が脱退した場合に当該事業年度の終了日に被告の組合財産が存在することを条件として,その後の総代会決議でこれが確定して初めて効力を生じ,その権利行使が可能となるものであるから,事業年度の終了日における被告の組合財産の存在を条件とする停止条件付債務であり,再生手続開始当時において,停止条件は未成就であったことが認められる。
・そこで上記「債務」に未成就停止条件付債務が含まれるかを検討すると,民事再生法92条は,相殺の担保的機能に対する再生債権者の期待を保護することが,通常,再生債権についての再生債権者間の公平,平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨に反するものではないことから,原則として,再生手続開始時において再生債務者に対して債務を負担する再生債権者による相殺を認め,再生債権者が再生計画の定めるところによらずに一般の再生債権者に優先して債権の回収を図り得ることとしたものである(最高裁平成26年(受)第865号平成28年7月8日第二小法廷判決民集70巻6号1611頁参照)。

・もっとも,再生手続開始後の相殺をなし得る債務の範囲を全く制限しないものとすると,再生債務者が現実の債務の履行を受けるという本来受ける利益を取得する機会を失わせる結果,過大に財産の減少を招き,その再建を妨げるおそれがある。また,いつまでも相殺ができることとするならば,再生債務者の有する積極財産及び消極財産の範囲を明確にすることができず,再生計画案の作成等の手続の進行に支障をきたす。このような事態は,再生計画を定めること等により再生債務者と債権者との間の「民事上の権利関係を適切に調整し,もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図る」ことを目的とする(同法1条)法の趣旨に反することは明らかである。

・このようなことから,同法92条1項は,債務者に対して「債務を負担する」再生債権者による相殺を原則として認める一方で,相殺によって消滅させることのできる「債務」の範囲や相殺をなし得る期間を上記のとおり制限し,もって再生債権者の相殺の担保的機能への期待と再生債務者の事業の再建との調整を図ったものと解される。
 このような民事再生法92条1項の趣旨に鑑みれば,同項により再生債権者がすることが許される相殺における受働債権に係る債務は,再生手続開始当時少なくとも現実化しているものである必要があり,将来の債務など当該時点で発生が未確定な債務は,特段の定めがない限り,含まれないと解することが相当である。
・この点,停止条件付債務が現実化するのは条件が成就する時であるから,未成就停止条件付債務を負担していても未だ民事再生法92条1項にいう「債務」を負担しているとはいえない。そして,同項は,未成就停止条件付債務と同様に未だ現実化しているとはいえない期限未到来の期限付債務については,その後段において同項の「債務」に含む旨を明記しているにもかかわらず,条件付債務についてはそのような規定がない。
・以上からすれば,民事再生法92条1項にいう「債務」には未成就停止条件付債務を含まないと解することが相当といえる。
・このことは,民事再生法と同じく再建型の倒産法制である会社更生法48条1項においても,民事再生法92条1項と同様,期限付債務のみを相殺をすることのできる債務に含める規定がある一方で,条件付債務については規定がないこと,民事再生や会社更生と同様に再建型の手続であった平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)上の会社の整理に関しては,停止条件付債務を内容とする契約が会社の整理開始前に締結された場合であっても条件が整理開始後に成就したときは相殺を禁止していると解されていたこと(最高裁昭和45年(オ)第449号昭和47年7月13日第一小法廷判決・民集26巻6号1151頁)にも整合する。
   イ これに対し,被告は,破産法においては,同法67条2項によって期限付債務のみならず条件付債務についても相殺を認める旨が明示的に定められており,停止条件付債務の相殺が認められていることを根拠に,同じ倒産法制である民事再生法92条1項においても,同様に解すべきである旨主張する。
 確かに,民事再生法においても,同じ倒産法制を構成する破産法との間で,債権者間の公平や相殺の担保的機能の保護という理念を共通して有しており,類似の規定を置いている(破産法71条1項1号と民事再生法93条1項1号,破産法71条1項2号ないし4号と民事再生法93条1項2号ないし4号,破産法72条1項1号と民事再生法93条の2・1項1号,破産法72条1項2号ないし4号と民事再生法93条の2・1項2号ないし4号等)。しかし,民事再生法は,平成12年,当時法的倒産処理手続として存在していた,破産(ただし旧破産法上のもの),和議,会社更生(ただし平成14年法律第154号による改正前の会社更生法上のもの),旧商法上の会社整理及び特別清算の手続のうち,和議に代わる再建型の倒産法制として新たに制定されたもので,既に和議法とは別の清算型の倒産法制として存在していた旧破産法の趣旨が当然に妥当するものではない。そして,旧破産法99条と同旨の規定である破産法67条2項は,破産手続開始時に債務を負担している債権者に対し,停止条件不成就の利益を放棄し得ることを前提に,期間の制限もなく相殺を認める趣旨の規定であり,これは,破産者の事業の継続がもはや予定されておらず,破産者の「財産等の適正かつ公平な清算を図る」ことを目的とする(破産法1条)破産手続において,その目的達成のため,相殺の範囲をむしろ実体法以上に特に拡大したものということができる。このような趣旨は,上記のとおり再生債務者の事業の存続及び再建のため相殺の範囲を限定している民事再生法92条の趣旨には妥当しないことは明らかである。そうすると,破産法67条2項において,債権者が受働債権とし得る債権に係る債務に条件付債務が含まれているからといって,その趣旨を民事再生法92条1項に及ぼす合理的理由はない。
 さらに,被告は,債務者の支払不能等を知る前から停止条件付債務を負担しているにもかかわらず,債務者が再生手続を採るか破産手続を採るかによって相殺の可否が変わったり停止条件付債務の停止条件の成就時期で相殺の可否が決まるのは不合理である,合理的な相殺への期待は保護されるべきであるなどとも主張するが,取引相手が債務超過となり法的整理手続を選択したという倒産手続の場面においては,債権者平等原則の下,各債権者が,たとえ平時であればすることのできた正当な権利行使や合理的期待であっても,当該選択された倒産処理法制の下では一定の範囲で制限されることはやむを得ないことであるし,かつその制限の範囲が当該倒産処理手続が破産手続であるか再生手続であるかによって異なることも各制度の趣旨目的が異なる以上当然の帰結であるから,上記被告の主張が法律の解釈を変えるべき理由にならない。本件において,被告には原告から出資を受けた時点から既に将来の払戻債務に係る相殺に対する期待が生じておりそれが合理的なものであったとしても,既に述べたとおり,民事再生法は再生債務者の事業の再生という目的をも考慮して相殺をすることができる場合を制限しているものであるから,合理的期待のある相殺であっても一定の範囲では保護され得ないことは既に想定されており(同法93条1項1号が,再生手続開始後の債務負担の場合については,再生債権者の主観的要件に関わらず一律に相殺を禁止しているのもこのような趣旨と解することができる。),被告の上記主張によっては同法92条1項で許容される相殺の範囲は左右されない。

・以上のとおり,本件出資金返戻請求権に係る債務は,仮に発生していたとしても,未成就停止条件付債務である以上民事再生法92条1項の相殺における「債務」に含まれない。

・被告は,本件相殺の意思表示を,本件再生手続における債権届出期間内に,停止条件不成就の利益を放棄することによって行い,これにより民事再生法92条1項において許容される相殺の要件を満たしている旨主張する。しかし,以上のとおり,同項の「債務」に未成就停止条件付債務を含まないから,仮にその後に停止条件が成就したり,不利益を放棄して届出期間内に相殺適状となったとしても,前記のとおり停止条件付債務の発生は条件成就の時であることからすると,本件相殺が同項によって許されることにはならない。

・仮に届出期間内に停止条件を放棄することにより民事再生法92条1項の要件を満たしている旨の被告の主張によったとしても,そもそも民法上期限の利益を放棄することができる(民法136条2項)期限付債務と異なり,停止条件付債務については実体法上も債務者が一方的に債務を放棄することが一般に認められているとはいえない。実質的にも,期限と異なり,条件は成就するかどうかが不確定なものであること等からすると,債務の性質にかかわらず債務者に一方的に不成就を確定させ,履行を選択することを当然に許してよいとは考え難い。加えて,少なくとも本件出資金返戻請求権のような出資金返戻請求権については,出資金の返還という債務の履行が組合員の地位と密接に結びついており,組合たる債務者が一方的に条件を放棄することを認めることは,債権者である組合員の地位を一方的に奪うに等しく,実体法上認められるとはいえないし,債務者の事業の再生を目的とする再生手続においてもこれを阻害するものとして認められないというべきである。

 

 

銀行が貸金債権を預金債権と相殺したことが破産法71条1項2号に該当しないとされた事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

請負人(破産者)の支払停止前に締結された請負契約に基づく違約金取得と破産法72条2項2号の該当性 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

再生債務者に債務を負担する者が親会社を同じくする他の会社が有する債権を自働債権とする相殺の可否 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

支払停止前の購入に係る投資信託受益権の解約金支払債務の負担と民再法上の相殺禁止 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)