判例時報2576号で紹介された裁判例です(大阪地裁令和5年7月21日判決)。

 

 

本件は、適格消費者団体が原告となって、USJの利用規約の一部が、消費者の利益を一方的に害する条項を無効とすると定めた消費者契約法10条に違反するとして出訴したという事例です。

 

具体的に問題とされた条項は、①一定の場合を除き購入後のチケットのキャンセルができない旨の条項(本件条項1 任意解除権の有無)②チケットの転売を禁止する旨の条項(本件条項2 転売禁止条項)の2つでした。

 

 

裁判所は、いずれの条項も消費者契約法10条に違反しないとしています(請求棄却)。

 

 

消費者契約法

(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第10条
 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

 

 

①について

(法10条前段該当性 消費者契約の条項が、任意規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重するものであるか)

・チケット購入契約は、民法上の典型契約に該当しない無名契約であると見受けられることに加えて、チケット購入契約の内容は、法律行為ではない事務の委託を目的とする準委任契約とは、相当に異質な内容を含んでいるものといわざるを得ない。すなわち、チケット購入契約において、被告が提供する役務は、上記のとおり、非日常的空間を創出し、アトラクション等を稼働して利用させるなどするものであるが、当該顧客のみならず不特定多数の顧客にも同時に被告が予め定めた役務を提供するもので、個々のチケット購入契約の購入者と当該役務の内容との関連性は希薄である上、上記購入者から被告に対する何らかの特定の事実行為の委託等の要素は見出すことができず、このような点に照らすと、チケット購入契約において被告が一定の役務を提供するという側面があったとしても、この点をもって準委任契約ないしこれに準ずるものと捉えるのは困難である。
・加えて、準委任契約ないし委任契約において任意解除権(民法656条、651条1項)が認められている趣旨は、これらの契約が当事者間の人的信頼関係に基づく点に求められ、かかる人的信頼関係が一旦破壊された場合には、かかる契約関係を維持させることが相当でないことにあり、一般的に認められる契約の拘束力の例外としての機能を有するものであるところ、上記でみたチケット購入契約においては、USJの顧客の関心事はUSJを運営する法人が誰かではなくUSJで体験等できることが何かであるなど、USJへの入場等を希望する不特定多数の顧客と被告との間には人的信頼関係に基づく契約関係の締結及びその履行という側面を認めることはできないもので、これに基づき当事者間に任意解除権を認めた同条の趣旨があてはまるような契約類型と捉えることもまたできない。
・なお、チケット購入契約には売買契約に類似する側面もあるが、売買契約においては、いわゆる手付解除(民法557条)を除き、任意解除権を認めるような条項は存在しない。
・上記で検討したところによれば、チケット購入契約を準委任契約ないしそれに準ずるものとみることは困難であるほか、任意解除権(民法656条、651条1項)を認める基礎となる当事者間の信頼関係があるとも見受けられず、チケット購入契約に任意解除権についての規定が適用ないし準用(又は類推適用)されるということはできないから、原告の上記主張を採用することはできない。

 

(法10条後段該当性 消費者契約の条項が民法1条2項に規定する基本原則、すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか)

・本件条項1においては、一旦、WEBチケットストアにおいてチケットを購入した場合、顧客において法令上の解除事由又は無効事由等がある場合を除いて、キャンセルをすることができないものであり、かかる条項は、顧客に一律に適用されるもので、個々の顧客がチケットの購入前にその内容等を被告と交渉して定めることは予定されておらず、顧客である消費者にとっては、自ら又は同行者の予定の変更があった場合等において、後記でみるように本件条項2によってチケットを転売することもできないことも相まって、一定の不利益が及ぶ内容となっているということができる。
・しかしながら、他方で、本件条項1が定められた趣旨及び目的を考察すると、本件条項1は、任意かつ自由なキャンセルを認めると、一部のチケットの高額な転売を目的とする者が、大量にチケットを購入した上で、これを被告の販売価格よりも高額で転売し、転売ができなかったチケットはキャンセルするというような手法等を取ることによって、本来被告が販売する正規のチケット価格で入場等することができるはずであった顧客が、かかる高額のチケットを購入せざるを得なくなる事態を避けるためのもので、チケット価格の高額化を防ぐ目的を有するものといえ(かかる目的を有することについて当事者間に争いはない。)、このような趣旨及び目的は合理性のあるものということができる。
・そして、このようなチケット価格の高額化の防止によって、顧客がUSJに来場する意欲を減退させることを防ごうとする被告のみならず、消費者である顧客も、チケットの転売者から高額化したチケットを入手しなくとも、正規の販売価格でチケットを入手してUSJに入場等することができ、それによる利益を得ているものと評価することができるから、顧客と被告の双方において、上記手法等によるチケット価格の高額化による不利益を免れているといえ、このような本件条項1は、被告のみを一方的に利するものであるとは認められない。
・加えて、上記の転売及びキャンセルを組み合わせた手法によるチケットの高額転売については、被告においても労力とコストをかけてそれらに対する監視等の措置を実際に執っており、現時点においてもなお本件チケットがインターネット上において正規の販売価格よりも高額で取引される例が見受けられることからすると、現時点でも本件条項1を維持する必要性は否定できない。

・被告のWEBチケットストアでは、最終的な決済に至るまでに、購入するチケットの種類、枚数及び入場日等を確認する画面は複数回表示される仕様となっており、上記のとおり、誤購入に対する一定の配慮はされているということができる。確かに、WEBチケットストアにおける券種等の表示は、原告が指摘するようにチケット購入者に同行する者の年齢、人数等によっては可変的なものになる上、期間限定のイベントやアトラクション等に参加するためなどのその他チケット等の購入も含めれば、顧客が選ぶことのできる選択肢は、極めて多数に上るが、これらについても、チケットの購入画面において順を追って入力や選択を行う仕様となっており、特段、顧客による誤購入を誘発するような表示になっているものとは認められず、チケット購入の最終的な場面に至るまでに、チケットの種類、枚数及び入場日等を確認するよう注意喚起もされていることからすれば、選択肢が極めて多数に上るという事情を考慮しても、とりたてて顧客において誤購入が生じやすい仕様となっているということは困難である。
・また、本件各条項についての顧客の認識等についてみると、被告のWEBチケットストアにおいては、トップページから最終的なチケットの購入に至るまでの各画面において、複数回にわたって本件各条項の内容が繰り返し表示されているほか、これらの内容を確認するよう顧客に求めていることが認められ、このような表示、確認の作業を経ることで、顧客においても、本件各条項の内容について十分な認識を持ったうえで、チケット購入契約を締結しているということができ、顧客と被告との間に本件各条項についての理解の差があるとは認められない。

・顧客の予定変更等に伴う日程の変更についても、一部のものを除きスタジオ・パスについては、日付変更手数料等の経済的負担なく、90日間という相応に長期間といえる期間内において、入場日を変更することが可能であることから、仮に、当初予定された入場日に不都合が生じた場合においても上記期間内に入場日を変更することで、かかる事態に伴う不利益を回避することが可能となっており、このような特定の入場日を変更することを認める条項が本件利用規約に存在することによって予定変更等に伴う顧客(消費者)の不利益にも相当程度の対処がされているとみることができる。

・チケット価格の高額化を防ぐという本件条項1の趣旨及び目的は合理的なものであり、現時点においてもこれを維持する必要性は否定されないこと、本件条項1により顧客である消費者には本件条項2とも相まって一定の不利益が及ぶものではあるが、同時に顧客に利益となる側面も有するものであること、顧客による誤購入がないよう一定の配慮がされ、本件各条項の内容も複数回にわたって表示されるなど顧客もその内容を十分に認識して契約しているといえること、一部のチケットでは顧客の予定変更等に伴う日程の変更にも応じられていることなど上記で説示した各事情に照らせば、本件条項1は、消費者である本件チケットの購入者と事業者である被告との間の情報や交渉力等についての一般的な格差を考慮しても、信義則に反する程度に当事者間の衡平を害するものということはできず、したがって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものということはできない。

 

 

②について

(法10条前段該当性)

原則自由とされている債権譲渡を制限するものか否か。

・原告は、本件条項2について、チケットの転売は被告から役務の提供を受ける権利の譲渡であり、債権譲渡と捉えるべきであるところ、原則自由とされている債権譲渡を制限するもので、任意規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものである旨の主張をする。
・しかし、被告との間でチケットの購入契約を締結して本件チケットを購入した者は、購入したチケットの内容に応じて、被告から、非日常的な空間として創られたUSJに入場させ、アトラクション等を稼働して利用させるなどの役務の提供を受けることができるものであるが、他方で、チケットの購入者には、手荷物検査、分煙、撮影、危険物等の物品の持込み禁止等のUSJの園内における各種制約等も遵守することが求められ、仮にチケットの転売が許容されたとしても、チケットを譲り受けた者は、チケットの購入者が遵守を求められていたこのような制約等も承継して遵守することが求められると解されるのであり、このような側面をみると、チケットの転売には、債権譲渡に還元できない要素があり、被告とチケット購入者との間の複合的な権利義務関係としての法的地位の移転を伴うものとして、契約上の地位の移転とみるべきである。
・したがって、本件チケットの転売が債権譲渡であることを前提に、本件条項2が原則自由とされている債権譲渡を制限するものとして、任意規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものである旨の原告の上記主張は採用できない。
・また、原告は、チケットの転売を契約上の地位の移転と捉えても、当該契約の相手方は誰でも構わない状態債務のようなものであるとして、相手方である被告の承諾は不要である旨の主張をするが、契約上の地位を移転するためにはその契約の相手方の承諾が必要とされているところ(民法539条の2)、本件チケットの転売を自由に認めると、チケット価格が高額化するなどの弊害が生じるおそれがあり、誰がどのような目的で転売をし、転売を受けるのかについては被告も合理的な利害ないし関心を有しているということができることからすれば、本件チケットの転売である契約上の地位の移転について、上記規定と異なる解釈を採るべき理由はなく、被告の承諾は不要である旨の原告の上記主張も採用できない。

 

チケットの所有権を制限するものか否か。
・原告は、本件条項2について、自由な使用及び処分等が認められるチケットの所有権を制限するものであり、法10条前段要件を充足する旨の主張をする。
・しかし、チケットが所有権の客体となる有体物として発行されていた場合について考えたとしても、本件条項2によって制限されるのは、契約上の地位の移転としてのチケットの転売であり、本件条項2は、チケットが転売されたとしても、有体物としての当該チケットの所有権の移転の効果まで否定するものではないという意味で、所有権の客体としてのチケットの処分等を禁じるものではないと解されるものであるから、本件条項2について、チケットの所有権を制限するとして法10条前段要件を充足する旨の原告の上記主張は採用できない。

 

 

(法10条後段該当性)

・何らかの事情により予定された入場日にUSJに来場できなくなった顧客は、法令上の解除事由又は無効事由等が認められない場合、本件条項1によりチケット購入契約をキャンセルすることができず、また、本件条項2によってその譲渡代金の多寡を問わずチケットを転売することもできないのであるから、顧客である消費者にとっては、本件条項2は、本件条項1と相まって、一定の不利益が及ぶ内容となっているということができる。
・しかしながら、他方で、本件条項2が定められた趣旨及び目的は、高額で転売する目的でのチケットの入手及び販売という手法等を封じることで、チケット価格の高額化を防ぐことにあり、このような趣旨及び目的は合理性のあるものということができ、これによって、被告のみならず、消費者である顧客においてもチケット価格の高額化による不利益を免れるという利益を得ており、本件条項2は被告のみを一方的に利するものとは認められないものでもあること、実際に、現時点においても本件チケットがインターネット上において高額で取引されている例も見受けられ、かかる状況下においては、上記の目的を達成するために本件条項2を維持する必要性は否定できないこと、②また、上記3⑶イのとおり、チケット購入後の購入者らの事情変更等は専ら顧客側の事情によるものであるほか、誤購入に関しても、被告は、入場日等の確認を再度顧客に促すなどして顧客による誤購入がないよう注意喚起をしており、顧客による誤購入への一定の配慮がされていると評価できること、③さらに、上記3⑶ウのとおり、最終的なチケットの購入に至るまでの各画面において、複数回にわたって本件各条項の内容が繰り返し表示されるなどしており、顧客においても、本件各条項の内容について十分な認識を持ったうえで、チケット購入契約を締結しているということができ、顧客と被告との間に本件各条項についての理解の差があるとは認められないこと、④加えて、顧客の予定変更等に伴う日程の変更についても、一部のものを除きスタジオ・パスについては、経済的負担なく長期間といえる期間内での入場日の変更が可能とされており、その不利益にも相当程度の対処がされているとみることができることなどの各事情に照らせば、本件条項2は、信義則に反する程度に当事者間の衡平を害するものということはできず、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものということはできない。

・原告は、チケット価格の高額化を防止するという目的は、被告において専用のチケット転売サイトを開設して当該サイトで定価でのみ転売する方法や定価を上回る転売の禁止により達成することができ、転売を全面的に禁止する必要性は乏しい旨の主張をし、実際に、上記1⑺エのとおり、東京オリンピック・パラリンピックにおいては公式チケットリセールサービスが開設され、同サービスを利用して購入価格での再販売が可能とされていたところでもある。
・しかし、業者において、消費者との間で消費者契約を締結するにあたって、常に、消費者に生じ得る不利益が少ない、より制限的でないその他の手段や方法を講じることが求められているとまで解することはできないところ、専用のチケット転売サイトの開設とその運営には、被告による費用等の負担を要し、最終的にはそのためのコストは消費者の負担となる可能性もあるものであるから、上記サイトを設けるか否かは、多分に被告の事業運営上の裁量判断によるべき性質のものであること、加えて、上記⑶のとおり、本件チケットについては、顧客による誤購入がないように一定の配慮がされ、顧客においても本件各条項の内容について十分な認識を持ったうえでチケット購入契約を締結しているといえること、チケット購入後の購入者らの事情変更等は専ら顧客側の事情によるものであり、一部のものを除きスタジオ・パスについては入場日の変更も可能とされて消費者の不利益にも相当程度の対処がされていることなどの事情も踏まえて考慮すれば、専用のチケット転売サイトの開設によってチケット価格の高額化防止という目的は実現できる旨の原告の主張をもって、本件条項2が信義則に反する程度に当事者間の衡平を害するものということはできず、同条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものということはできない。

 

 

 

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