判例時報2513号で紹介された裁判例です(東京地裁令和3年6月10日判決)。

 

 

本件は,適格消費者団体である原告が,芸能人養成スクールを経営する被告に対し,被告の定めた学則中の「退学又は除籍処分の際,既に納入している入学時諸費用については返還しない」旨の条項が,消費者契約法9条1号所定の平均的な損害を超える損害賠償額の予定又は違約金の定めに該当し,被告において,不特定かつ多数の消費者である受講者との間で,当該条項を含む受講契約の申込み又はその承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあるなどと主張して,同法12条3項に基づき,①当該条項を内容とする意思表示の差止めを求めるとともに,②当該条項が記載された契約書,学則等の廃棄措置,③従業員に対する①・②に関する周知徹底措置をとることを求める事案です。

 

消費者契約法

(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
第9条
 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分

 

争点のうち,本件不返還条項が消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し,又は違約金を定める条項に当たるか否かについて

 入学時諸費用は,本件スクールの受講生としての地位を取得するための対価としての性質を有する部分(以下「本件権利金部 分」という。)だけでなく,被告が提供する役務に対する実質的な対価(月謝)に相当する部分も含むものであるとするのが相当であり,本件権利金部分は被告において受講生を受け入れるための手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。
 そうすると,本件権利金部分については,その納付をもって受講生は本件スクールの受講生としての地位を取得するから,その後に本件受講契約が解除されるなどしても,被告がその返還義務を負う理由はないというべきである。諸事情に照らすと,本件権利金部分は,12万円と認めるのが相当である。

 

 

争点のうち,本件不返還条項に定める入学時諸費用の額について平均的な損害の額を超える部分の有無について

 ・紹介会社に対する手数料について
  被告は,受講生の紹介を受けている会社に対し,受講生1人当たり31万8888円の手数料を支払っているため,当該手数 

 料相当額の損害が本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき損害に当たると主張する。
  しかしながら,上記手数料は,紹介会社によるオーディションの勧誘及びその実施の対価として交付されているものであるか 

 ら,その実質は宣伝広告費であり,本件受講契約を解除した受講者だけでなく,その他の受講者との関係においても被告の業務

 遂行のために生ずる一般的な費用とみるのが相当である。
  そうすると,上記手数料は,1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的,客観的に生ずる

 と認められる損害とはいえず,平均的な損害には該当しないというべきである。被告の上記主張は,採用することができない。
 ・業務委託費用について
  被告は,A社に対し講師の派遣等を委託しており,その対価として,受講生1人が入学するごとに3万円を支払うほか,B社

 に対しに対し,入学対応指導業務等を委託しており,その対価として,受講生1人当たり2万円を支払っており,これらの業務

 委託費用が本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に当たると主張する。
  しかし,これらの業務委託費用は,本件受講契約を解除した受講者だけでなく,その他の受講生との関係においても被告の業 

 務遂行のために生ずる一般的な費用であり,単にその支払額を個々の受講者の入学を基準に算定しているものにすぎない。
  そうすると,このような業務委託費用は,1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的,客

 観的に生ずると認められる損害とはいえず,平均的な損害には該当しないというべきである。被告の上記主張は,採用すること

 ができない。
 ・入学対応のための人件費について
  被告は,本件スクールに入学する受講生の対応のために要する人件費が,本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な 

 損害に当たると主張する。
  しかしながら,仮に本件スクール本校の新人開発室所属の従業員や大阪校,福岡校及び札幌校の従業員が入学対応の業務を行

 っていたとしても,このような業務は,本件受講契約を解除した受講生のみならず,その他の受講生との関係においても行われ

 るものであり,そのための人件費は,被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるといわざるを得ない。そうすると,こ

 れは,1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的,客観的に生ずると認められる損害とはい

 えず,平均的な損害に該当しないし,少なくとも本件受講契約を解除した受講生の入学手続に要した人件費については,本件権

 利金部分が充当されたものというべきである。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
 ・宣材写真撮影委託費用について
  被告は,受講生が入学後レッスンを開始するまでの間に,受講生ごとに宣材写真の撮影を行っているところ,直近決算期にお

 いて被告がカメラマンに対して支払った報酬等の合計が499万0902円であり,同期における入学者数が1983人であっ

 たことが認められる。
  以上の事実によれば,宣材写真撮影委託費用は,本件スクールに入学した個々の受講生との間で生じたものであるから,1人 

 の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的,客観的に生ずると認められる損害であり,平均的な

 損害に該当するというべきであり,その額は2516円であると認められる。
 ・教材費について
  被告は,本件スクールに入学した受講生に対し,パンフレット,入学申込書,レッスンガイド,テキスト,IDカード等の教

 材を支給しており,その費用が1人当たり595円であることが認められる。
  以上の事実によれば,上記教材費は,本件スクールに入学した個々の受講生との間で生じたものであるから,1人の受講生と 

 被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的,客観的に生ずると認められる損害であり,平均的な損害に該当

 するというべきであり,その額は595円であると認められる。
 ・入学対応のための賃料について
  被告は,受講生の入学対応のためにも建物を賃貸しており,入学対応に対応する賃料負担額は,受講生1人当たり1万107 

 7円であると主張する。
  しかしながら,被告主張の建物は,本件スクールの校舎として賃借しているものと認められる。そうすると,上記賃料は,本

 件受講契約を解除した受講生のみならず,その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であ

 るから,1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的,客観的に生ずる損害とはいえず,平均

 的な損害に該当しない。仮に本件受講契約を解除した受講生との入学対応に要した賃料があったとしても,このような賃料につ

 いては,本件権利金部分が充当されたものというべきである。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
 ・光熱費について
  被告は,受講生の入学対応のためにも光熱費を支出しており,入学対応に対応する光熱費は,受講生1人当たり1617円で

 あると主張する。
  しかしながら,被告主張の光熱費は,本件スクールの各校舎で生じたものであると認められるから,被告の本件スクールにお

 ける役務の提供により生じたものとみるのが自然であり,これが直ちに本件受講契約を解除した受講生の入学対応のために使用

 されたものであるとはいい難い。そうすると,上記光熱費は,本件受講契約を解除した受講生のみならず,その他の受講生との

 関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるから,1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されるこ

 とによって被告に一般的,客観的に生ずる損害とはいえず,平均的な損害に該当しない。仮に本件受講契約を解除した受講生と

 の入学対応に要した光熱費があったとしても,このような光熱費については,本件権利金部分が充当されたものというべきであ 

 る。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
 ・ローン会社に対する保証金について
  被告は,本件受講契約の締結に伴い,入学金ローンを利用する者がいた場合,ローン会社に対し,ローン金額の3%を保証金 

 として支払っており,直近決算期において被告が支払った保証金の合計額に同期における入学者数を除して得た額(2507

 円)は,本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に当たると主張する。
  しかしながら,被告の主張によっても,同社の入学金ローンを利用する者は,直近決算期において443人であって,同期に 

 おける入学者数1983人の4分の1以下にすぎない。そうすると,仮に,本件受講契約の解除に伴い入学金ローンを利用した

 受講生との関係で保証金相当の損害が生じるとしても,それは,1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによっ

 て被告に一般的,客観的に生ずる損害とはいえず,平均的な損害には該当しない。したがって,被告の上記主張は,採用するこ

 とができない。
 ・履行利益について
  被告は,消費者契約法9条1号の「平均的な損害」には,履行利益も含まれ,本件では,受講生から得られたであろう授業料 (月謝)が履行利益として「平均的な損害」に含まれると主張する。
  しかしながら,①本件スクールに入学する受講生は,その大半が随時実施される紹介会社のオーディションに最終合格した者

 であり,被告は,そのような受講生を随時本件スクールに入学させていること,②本件スクールの年間の入学者数は,1500

 人ないし2000人であり,このうち1年間の就学期間を満了するのは約半数程度であることからすると,受講生が本件受講契

 約を解除する場合において,当該受講生との関係において直ちにその就学期間の全部にわたり月謝が支払われる蓋然性があった

 とは認め難い。
  これらの事情に加え,被告が一定数の受講生が就学期間中に退学することを想定して本件スクールにおける人的物的教育設備

 の整備等を行っているものと推認することができることに照らせば,被告主張の履行利益(受講生から得られたであろう月謝)

 は,1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的,客観的に生ずる損害とはいえず,平均的な

 損害に該当しない。
 

・以上の諸事情に加え,証拠(甲37)によれば,被告は,従前入学時に納入される月謝以外の金員38万円の内訳を,入学金3 

4万円,施設管理費2万円,教材費1万円,事務手数料1万円としていたことに照らすと,本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害は,被告主張の事情を最大限有利にしん酌しても,1万円を超えることはないというべきであり,同額と認めるのが相当である。

 

 

 

相続税申告の代理業務に係る税理士法人との委任契約中の損害賠償責任の制限条項の有効性 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

患者都合によるインプラント施術の中断は治療費を返還しない旨の条項の消費者契約上の適法性 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)