判例タイムズ1479号で紹介された裁判例です(千葉地裁令和2年3月31日判決)。

 

 

薬物事案においては令状に基づいて強制採尿というものが行われており,これは,最高裁の昭和55年10月23日の次のような決定により適法であると認められ実務に定着しているものです。

 

 

 尿を任意に提出しない被疑者に対し、強制力を用いてその身体から尿を採取することは、身体に対する侵入行為であるとともに屈辱感等の精神的打撃を与える行為であるが、右採尿につき通常用いられるカテーテルを尿道に挿入して尿を採取する方法は、被採取者に対しある程度の肉体的不快感ないし抵抗感を与えるとはいえ、医師等これに習熟した技能者によつて適切に行われる限り、身体上ないし健康上格別の障害をもたらす危険性は比較的乏しく、仮に障害を起こすことがあつても軽微なものにすぎないと考えられるし、また、右強制採尿が被疑者に与える屈辱感等の精神的打撃は、検証の方法としての身体検査においても同程度の場合がありうるのであるから、被疑者に対する右のような方法による強制採尿が捜査手続上の強制処分として絶対に許されないというべき理由はなく、被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合には、最終的手段として、適切な法律上の手続を経てこれを行うことも許されてしかるべきであり、ただ、その実施にあたつては、被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮が施されるべきものと解するのが相当である。

 

本件は,のぞき目的での住居侵入(及び追いかけてきた家人に対する傷害)の事案で,ビデオカメラのSDカードを被疑者が飲み込んだのではないかという疑いがあり,令状によりCT検査を行うとともに下剤を投与したものの排泄物からは出てこないので,医師から内視鏡にによる採取を提案された警察官が,内視鏡を肛門から挿入して異物を取り出すための側索差押許可状,鑑定処分許可状,身体検査令状を請求し,発付を受けた上で,実施したところ,回盲弁(大腸の最深部付近)からSDカードが見つかり採取され,別件ののぞき被害の画像等が写っていたことから,これを証拠として別件の住居侵入についても追起訴されたというものです。

 

 

弁護側は,SDカードの採取手続には重大な違法があるとしてその証拠能力を争い,裁判所は,その主張を認めて証拠請求を却下した上で,さらに判決でも次のように説示し,本件の採取手続には重大な違法があると判断し,当該SDカードを証拠として起訴された住居侵入罪については無罪としました。

・医師が検診等で実施する内視鏡検査の場合には対象者がリスクについて同意しているのに対し,小さくはないSDカードを強制的に体外に取り出して採取することと同列に扱うことはできず,鎮静剤の投与等に伴うリスク(呼吸や循環についての副作用)があり得る。

・令状担当裁判官としては,内視鏡により体内の異物を取り出すための令状がそれまでに例を見ない異例の捜査手法であり,本件のような手法が身体的,精神的負担を伴う侵襲であることが容易に推察できることであるから,このような手法が身体的・精神的負担を伴う侵襲の程度に照らして許されるのか,許されるとして昭和55年の最高裁決定で指摘された諸事情に照らして捜査上真にやむを得ないといえるのかが当然に令状審査の対象となる。

・令状審査を実質的に行うためには,被疑者への侵襲の程度を理解するに足りる程度の情報が疎明されるべきであり,暴れたり水るリスクを避けるために鎮静剤を投与することなどに言及があるに過ぎない本件程度の疎明では足りず,どの程度の時間にわたり内視鏡が被疑者の身体に挿入されるかなどの被疑者の身体への侵襲度合いや手技が身体に及ぼすリスクを判断するのに必要な事情の疎明が欠けていたと言わざるを得ない(本件の強請採取が技能経験が豊富な医師によりなされ結果的に無事に実施されたことは結果論に過ぎない)。

 

 

理屈が分かりにくいのですが,本判決は,昭和55年の最高裁決定の諸事情を当てはめて内視鏡による強制採取という手法の適法性を判断したわけではなく,身体への侵襲度合いなどの事情について疎明する資料が十分に提出されておらず,実質的に令状発付の是非の判断がされていないことを理由としています。

ただ,判決でも指摘しているとおり,令状担当裁判官にとっても,本件の手法が例を見ない異例の捜査手法であり,身体的,精神的負担を伴う侵襲であることが容易に推察できるものであって,判決文が指摘するように,請求者の疎明が不足していれば更なる疎明を求めることも可能であったというのであれば,結局のところ,これを怠った令状担当裁判官がいい加減だったということであるわけで,やや釈然としないところは残ります。