判例タイムズ1474号で紹介された事例です(大阪高裁令和元年9月4日決定)。

 

 

本件は実務上はよくあるケースで,高齢の父親につき長男が後見開始審判の申立てをしたところ,父親本人とその財産を事実上管理している長女が反対し,父親が鑑定を受けることを拒否したため,家裁では後見開始状態にあるかどうかが判断できないとして申立てを却下したというものです。

 

 

家事事件手続法では後見開始審判をするためには原則として鑑定が必要とされており,明らかにその必要がないと認めるときは例外とされています。

 

(精神の状況に関する鑑定及び意見の聴取)

家事事件手続法第119条1項 家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。

 

抗告審である高裁は,

・提出されている診断書からは,父親は老人性認知症とされ,HDS-R(長谷川式検査)の結果は30点満点中11点とされ,事故の年齢,日時,場所も回答できない,記憶力,見当識が著しく低下し,理解・判断力もほとんど喪失していることが明らかである

・本件の診断書には,発語不能としながらも意思疎通は可能とされているなど矛盾する記載があることが認められるが,記載した医師による誤記であると認められるから診断書の信用性には影響しない

・さらに,父親の財産管理を事実上長女が行っていることなども考慮すれば,父親の認知症が高度に進行しており,精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況(後見状態)にあるということができる

と判断しました。

 

 

そして,父親が87歳という高齢にもかかわらずリスク高いマンションを建てようと計画し,そのために駐車場収入を失って年金だけでは施設費用を賄えなくなったりしていることはおよそ経済合理性のない行動であるといえ,父親本人が「自分のものは自分で守ります」という書面を書いていることなどについては理解したうえでなされたものか極めて疑わしいといえ,後見開始の必要性の判断に影響を与えるものではなく,公正中立な立場での財産管理を行う専門職の成年後見人を選任すべき必要性が高いとして,その選任について行うように家裁に審理を差し戻しました。

 

 

結論から言えば,本件では鑑定なしで後見開始の審判をしてよいということになりました。

 

 

肌感覚からすると,後見開始の審判については本人や親族が激しく反対していたとしても,鑑定の拒否までに至るケースというのはそこまではないという感じはします。

しかし,本件のように親族間に対立があって,本人にそこそこ判断能力があってコミュニケーション(会話など)が一応は成り立つ場合は,鑑定ができないと却下される可能性が高いとされています。

個人的な意見としては,鑑定ができずに後見開始がされないとすれば,はっきり言って本人の背後にいて後見開始を阻止しようとしている親族などの「ごね得」のようになってしまうところもあると思うので,そういう場合には,鑑定なしでも診断書その他の資料により積極的に開始の方向で判断し,それでも争うというのであれば抗告したり,取消審判を申し立てるという不服申し立ての方法はあるのですから,その手続きの中で鑑定を自ら受ける又は反対している親族が鑑定に協力するという方向で処理していくべきなのではないかと思っているところです。

 

 

【精神鑑定せず後見は違法 名古屋高裁、家裁審判覆す】

https://ameblo.jp/egidaisuke/entry-12327034133.html

 

 

【区長申立による後見申立ての適法性などが争われた事例】

https://ameblo.jp/egidaisuke/entry-11662444629.html