判例タイムズ1392号で紹介された事例です(東京高裁平成25年6月25日決定)。




本件は,86歳の高齢者と同居し二人で暮らしていた長男について,ネグレクト型(介護放棄)の虐待の疑いがあるとして,居住していた東京都の区が介入し,老人福祉法32条に基づく区長による成年後見申立をしたという事案ですが,長男側は,同条の「その福祉を図るため特に必要があるとき」という要件を満たしていないとして,本件区長申立が不適法であるとして争いました。




本人は,平成21年に大腿骨を骨折し入院後,介護保険施設に入所したものの,長男の強い意向で対処し,その後の自宅生活ではデイサービスの利用を長男が拒否し,週1回の訪問介護のみのサービスを受けていたが,ホームヘルパーが訪問すると,本人が汚れた紙おむつをしたままであったり,居室も掃除がされていない,食事も買ってきた弁当で済ませている,服薬介護も出来ていないなどの状況があったと認定されています。




長男に対しデイサービスの利用を勧めても,金銭的な理由からこれを拒否されたということです。




その後も平成22年に自宅で転倒,平成23年4月に水分や栄養補給が十分できいないため入院するなどの状況が続き,長男は,デイサービスを増やすなどの介護の導入については金銭的な理由が拒否し続けたということです。

なお,平成23年11月には本人の要介護認定としては要介護3であったということです。




平成24年6月に自宅でさらに転倒したことから入院し,その後移転した老健施設で調べた長谷川式スケールでは,同年8月が12点,同年11月の検査では16点であったということです。




区では,高齢者虐待事案として動きだし,平成24年11月,本人の自宅での介護は無理であるとして緊急一時保護により本人を老人福祉施設に入所させ,長男と分離しました。



さて,上記のような概要のもと,区長からなされた後見申立てに対し,家庭裁判所では,後見相当として後見開始の審判を行い,弁護士を後見人に選任しましたが,長男が抗告したというのが本件です。




本件で,高裁は,区長による後見申立て自体は老人福祉法32条の「その福祉を図るため特に必要があるとき」という要件を満たしており適法であるとしました。

上記の認定に照らせば,本人が体力のみならず判断能力の低下があったことも認められるのであり,そして,長男による介護が極めて不適切であることからすれば,本人を保護する必要性が高い状態であったと判断されました。




ただ,後見相当であるかどうかについては疑問があるとして,審理を家庭裁判所に差し戻しました。



これは,本件で提出された成年後見用の診断書の医師の記載において,認知症とされ,後見相当にはチェックはされ,判定の根拠については「本人の見当識について,障害がみられるときが多い」「社会的手続き等についてはできない」とされているものの,他方で「他人との意思疎通はできないときもある」とされているのにとどまっていることや,本件での長谷川式スケールの結果が12点と16点であったこと(一般的に10点以下が後見であることが明らかとされますが,10点~13点だと後見の可能性があるとされ,16点だと保佐とされるレベルとされています。)などから,後見相当かどうかについて審理をもっと尽くすべきだとされました。



そして,本件で家庭裁判所は,家事事件手続法119条に定める鑑定,120条に定める本人調査(本人からの意見陳述聴取)を省略していましたが,この点についても問題とされました。





いずれの条文も但書があり,「明らかにその必要がないと認めるときは」鑑定も本人調査もしなくて良いとされているのですが,本件ではそのような状況であったかどうかは不明であり,この点でも家裁の判断は問題があるとされました。





差し戻された家裁としては,調査官による本人調査,鑑定を行うということになるのでしょう。

幸い,本人は緊急一時保護されているということなので,その状態が続いているのであれば,後見開始に反対していてる長男からの妨害工作もされずに手続は進みそうです。



高齢者虐待などの事案では,早く後見を開始してほしいというニーズがある一方で,法は本人意思尊重ということも重視しており,なかなかそのバランスを図るのが難しい問題です。





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