判例タイムズ1432号で紹介された事例です(東京地裁平成28年6月1日判決)。
本件は,ある会社で経理を担当していた社員が会社の現預金を横領し,また,別の社員のカードの不正利用に加担したとして,それらについて会社から請求を求められたのですが,特徴的なのは,訴訟提起前に会社側に対し横領した分についての元金に相当する金額はすべて支払っており,カードの不正利用分については不正利用した別の社員が会社側に対し元金全額支払いを完了しており,本件訴訟においては,遅延損害金分を請求したというものでした。
裁判所の判断の概要は次のようなもので,会社側からの遅延損害金の請求は信義則に反するとされました。
・社員が自ら横領した現預金分に関して,元金と遅延損害金が存在する場合に行われた一部弁済についてはまず遅延損害金に充当されるものの(民法491条1項),あえて元金充当を認めた場合には遅延損害金については不問に付すという趣旨であることが少なくないのに,会社側の代理人弁護士は法律専門家として誠実攻勢に職務を遂行すべき義務があるのに,社員に対して元金相当額を弁済させるにあたって(分割の支払いでの公正証書も取り交わしていた),遅延損害金は別途請求するという異例な取り扱いをするのであればそのことについてこきちんと説明すべきであり,社員は元金相当額を支払えば追加の請求はされないと信じ,減額交渉などもすることなく支払いに応じたものであり,それが後になって遅延損害金を追加で請求するというのは社員に生じていた期待を一方的に裏切るものであり信義則藩士許されないというべきである。
・別の社員が不正利用したカードの分については,別の社員が全額弁済しており,その際,会社側との間で債務い債務なしとする合意書を取り交わし,共同の免責を得ており,遅延損害金も含めて債権がそもそも消滅している。
遅延損害金の請求が信義に反するというのもかなりレアなケースであると思いますが,本件は代理人弁護士による交渉での言動が決め手となって信義則違反に問われたものであり,弁護士倫理という観点からも素材を提供する事例といえそうです。