本筋を外れた情報に注意
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西沢知樹:
神戸のオフィスから・・・
複数のジャンルの仕事をしている関係上、いろんな分野についての相談を受けます。そういう相談の中身を聞いていると、相談することの分野が違っても、本質的にはみんな同じなんだなと思わされます。何が同じかというと、「本質的な部分をすっ飛ばして情報に走る人はたいてい失敗する」という共通の法則が見えてくるのです。
たとえば集客であれば、自分のやっている事業そのものの肝心な方向性や何を売るかということをきっちり決められていないのに「ツール」に関してばかり相談してくる人がいます。Facebookはどうなのか、これからはインスタグラムがどうなのか、などなど。しかし、その人のビジネスの本筋についての大事な点、いわばもっとも考えて悩んで作らなければいけない部分をすっ飛ばして情報に飛びついても、何の結果も生まれないのです。
たまに受ける恋愛や結婚についての相談(女性からが多いです)でも、うまく行かない人は共通して、カップルや夫婦になってどういう関係になりたいのかとか、どんな気持ちで時間を過ごしたいのかというような本筋を飛ばして、ファッションの改善やウォーキングのような自分磨き的なスキルに走ります。しかし恋愛関係というのは、人の気持ちや感情をベースにしたものであって、スキルに相手が直接飛びつくわけではないので、自分の内面をしっかり見てそこから方向付けをするという、やはり少し悩んでたどりつく必要がある部分こそが本筋です。そこを飛ばしてしまっては上手くいくわけがないのです。
英語においても、同様です。これは過去の私の著書「英語美人」でも繰り返して書いていたことですが、自分が英語をやっていく根本的な目的や、英語を学ぶ上でしっかりと「自分の頭で考える」というクセをつけなければ実力はつきません。ですが、結果のでない人は、やれ発音の周波数がどうのとか、リスニングのスピードがどうとか、末梢の(目新しく見える)情報ばかりに目がいってしまって、肝心な本筋である、悩んで考える必要のある自分の思考の部分を飛ばしてしまうのです。これでは、やはりうまくいきません。
もし、あなたが今、取り組んでいる何かのテーマでうまくいっていないことがあるとすれば、「最も大事な本筋の部分」に自分がしっかり向かい合っていない可能性がないかどうかを一度疑ってみて下さい。スキルは万能に見えますが、実は、付属的二次的なものに過ぎないと気づくことが、きっとキーになってきます。
西沢知樹
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西沢知樹:
神戸のオフィスから・・・
以前に、英語に私が最初に関心を持ったのは小さい頃の絵本だったというお話をしましたが、もちろんそれ以降の人生でも節目というか、続けて関心を持ち続ける機会となる出来事は他にもありました。
高校1年の頃の話です。他の場所でも話したことがありますが私は中学をビリから4番目で卒業したもので(笑)なんとかお情けで高校に入れてもらいました。当然高校では新しい先生と会うわけですが、このときに、私のクラスの英語の担当になったのがK先生という若手の先生でした。若手といっても別段熱血青春教師というわけでもなく、学校で教えているのはあくまで自分の職業であると割り切っているような感じの、あっさりした雰囲気の先生でした。ただ、この先生がやった「あること」が私の英語への関心を深くつなぎ止めてくれたのです。
4月のいちばん初め、1回目の授業のときのこと、K先生はデカいラジカセを持って入ってきました。何やろ、リスニングでもやるんかな、と思って見ていたら、話し始めました。僕が君らくらいのころに、ラジオを聴いていたら1つの曲が流れてきた。それがとても美しいメロディの英語の歌で、自分が英語に興味を持つきっかけの1つになった。その歌を、今日、君らにも聴いてもらいたい。そう言って、歌詞を書いたプリントを配り始めました。
そこにかかれていたのは「Yesterday Once More」、そう、カーペンターズのあの名曲「イエスタデイワンスモア」でした。歌詞のプリントを配り終えると先生は簡単に詞の意味を説明し、そしてラジカセのボタンを押しました。
確かに、キレイなメロディやな・・・私がリアルタイムで高校生だった時代には無いような、ゆったりとした、古き良き優しさを感じさせるメロディ。ゆっくりとした歌い方で、意味が分からなくとも英語が綺麗に耳に入ってくる気がしました。かけ終わった後で、先生がみんなに尋ねました。「どうやった?」高校1年生の男子というのは素直に感情を出さない年頃です(私がいたのは男子校でした)。なので、誰も何も言わず、教室はシーンとしたまんまでした。でもおそらく、私を含む何人かは「いい歌やなぁ」と思っていたに違いありません。しかし表向きはシーンとした様子のクラスを前に、K先生は苦笑して「残念やな」と言い、そのまま普通に授業が始まりました。そしてその後に、授業でカーペンターズの歌の話が出てくることはありませんでした。
もともと古めかしい音楽が好きな私は、このカーペンターズをきっかけに古いゆったりした洋楽をいろいろと聞き始め、英語の歌詞をうまく歌えるようマネをし始めました。英語の成績もガンガンあがっていきました。大学に入り、実用英語の勉強を本格的に始めたときにも古い洋楽を取り入れて歌詞を覚えていきました。また、いまの自分の教材でも、洋楽を歌うことを内容として組み込んでいたりします。
そんな事実をいまこうして振り返ってみると、やはりK先生に感謝しなければと思わされます。そしてK先生が決して熱血教師でなかったことを考えると、本当によい先生というのは、教え方が熱心とか教えるのが上手いとかいうものではないのかも、と考えていたりしました。人に何かを教える技術そのものに大きく差を付けることは難しいもの。教える技術ではなく、「相手にきっかけを与える」ことができる教え手が、優れた教え手なのかもしれません。自分自身も、このことを踏まえて情報を発信していきたいと思います。
西沢知樹
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西沢知樹:
神戸のオフィスから・・・
だいたい起業をするとか、自分で仕事をおこすということについて、当然ながら身内や両親は反対することが多いようです。多くはもちろん心配したり気遣ってくれたりという思いやり、親心なのでしょうが、まさにそのときその時点では、ただ単に反対されているようにしか感じず反発心を覚えてもめることもあるようです。
私の場合も、やはりそうでした。特に父親は強硬に反対し、私が会社勤めをしながら今のビジネスの基礎を作る作業などをしていたときも「会社の仕事に身を入れないで違うことをやるとは何事や!」と親子でケンカの絶えない毎日でした。父は自身が中堅企業で役員まで上り詰めた人ですし、また、父の父、つまり私の祖父が自分で会社をやってつぶしてしまっているという過去があるため、「会社勤めをしっかりやるのが一番だ」という信念になるのはある意味当然のことだったのかもしれません。
当初は実家から会社に通い、夜はコツコツとネットで自分の仕事をしていたわけですが、そんな風にケンカが絶えないので、結局私は実家を飛び出して大阪市内のマンションに一人暮らしをして2つの仕事を続けました。そして2~3年たって、両親には何も言わず勝手に勤め先の会社を辞めました。話しても、もめるのが分かっていたからです。正月や盆に顔を合わせると「いずれは(会社)辞めるし」という私の言葉と、なんとかそうさせまいとする父親の言動というか腹の探りあい(笑)で当時はあまり楽しい時間ではありませんでした。
結局その後、私が結婚することになり、そのときに会社を辞めて自分のビジネス1本になっていることを初めて打ち明けました。さすがに所帯を持つまでになったらあれこれ口出ししすぎてもいけないと思ったのか、その後は表だって言い合うことは少なくなりましたが、それでも私がやっているようなこういう仕事で食っていけるのか大丈夫なのかという心配と不満は常につきまとっていて、母によくこぼしていたようです。
そんなある日、父は長年のつきあいのある親友と食事しました。そして、自分の息子が、勤務していた会社をやめて訳のわからんビジネス(笑)をやっており、非常に嘆かわしく困っている、とグチったようです。すると、親友さんから返ってきたのは意外な言葉でした。
「なんや、立派なもんやないか!こんな時代に、
自分の力で立ってしっかりやっていってるなんて、大したもんやないか!」
この答えは、父にとってはもちろん意外なものでしたが、親友の口から出た言葉だけに1つのパラダイムシフトになってくれたようです。その後、徐々にですが私の仕事に対する父の態度は柔らかくなっていきました。(父の親友のSさん、ありがとうございます!)
往々にして言えることですが、人は自分の近くにいる存在ほど、その価値をどうしても控えめに見てしまいます。それは自分と暮らす身内であったり、また自分自身に対しても、本当に持っている自分の価値を軽視してしまっていることも少なくありません。近くにある存在、近くにいるものこそ、より冷静に良さを判断できると、新しい何かが見つかるのだと思います。
いまは父も我が家に遊びに来たときは、妻の出すお茶菓子や食事をやや遠慮がちに食べては、初孫と楽しそうに遊んで私の仕事に対してどうこういうこともほとんど無くなりました。しかし、まだまだ本当の意味で安心させるために、私としてはこれから引き続き、自分で定めている目標を1つずつ達成してゆかなければなりません。そのために今日もまた、しっかりやりたいと思います。
西沢知樹
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