この週末は、久しぶりに生理痛がひどくて寝込んでいた。

いつもひどいというわけではないけど、たまにすごくひどいのが来て、鎮痛剤のお世話になる。

今回は、久々にすごくいたいものだった。

こんな痛いのずっと我慢しないといけないのだろうか?といつも思う

夜一人でこの先のことを考えるのだけど、「この先、この子宮で子供を育てる機会がわたしに訪れるのだろうか…」と思う。


みんな当たり前にやっている(仕事、結婚、出産等)ことがわたしにはなぜ当たり前のこととしてできないのか…。


いろいろ考えはめぐるのだけど、最終的にいつも行き着くところは、「わたしはこの先、幸せだなあと思う瞬間がくるのだろうか」という考え。


そう思うと無性に不安になる。


いつから、そう思えなくなったんだろう。


果たしてわたしは幸せだと思った時があったのかと思ったりもする。


昨夜はこの答えのない負のループに陥り、夜眠れなくなってしまった。


こういう時にEFTをしなきゃと思いやってみた。


次々に湧いてくる気持ちをEFTでやってみる。


幸せに感じた時があっただろうかというEFTをしたら、学生時代の「やった~~~!」と思った瞬間の記憶が蘇ってきた。


それでEFTをやってみた。


そしたら、なんでだか涙が出てきて、「ああ、あの時は幸せだったなあ」と思えてきて、心の中が満たされるような気がした。


その後、この先もそんな満たされた気持ちになる時がくるだろうかと、EFTをやってみた。


このEFTでは何も頭に浮かばなかったのだけど、心は穏やかになったように思う。


こういう時、自分の感情を味わって「ありのまま認める」ということなのかなと思ったりする。


不安に心を支配される時間が少なくなるのはいいと思う。


不安というものは不安が大好きで不安な気持ちを増殖させてしまうから。



EFTのフレーズはこちら(備忘録なのでクローズにしてます)>>


EFTを始めたきっかけ1 の続き

わたしには、退職後知り合った人がいました。

彼女は数々の自己啓発本を読み、セミナーに参加して頑張っていた人で、境遇も年齢も少し似ていた彼女に自分を投影していました。

そんな彼女を客観的に見ることで気づいたことがありました。

ポジティブであろうと心がけても、どうしてもネガティブな部分が顔をだすのです。

毎回、何かの時に同じフレーズが出てくるのです。

ここでは書きませんが、彼女が苦しんできたことそのものを表現する言葉です。

そこでわたしは「無理やりポジティブになるのではなく、ネガティブな部分を何らかのかたちで消化して開放していかないとダメなんじゃないか」と思ったのです。

彼女にそう伝えましたが、彼女からは返事はきませんでした…。

理由はわかりませんが、ポジティブであろうと思う人には、「ネガティブな部分を見つめて消化したほうがいいのでは?」なんて言われたら嫌だったのかもしれません。

真意はわかりません。

まあ、わたしに言われてもって感じでもあるかもしれませんが…。

そこで、わたしは、人に勧めるからには自分が知らないといけないし、そして、自分自身がずっと悩まされている自分の中のネガティブな部分を開放していくことを望んでるんじゃないかと思いました。

そこでいろいろネットで探しました。

ネガティブ、折り合いをつける、開放、そんな感じのワードで検索しました。

あまりピンとくるものがありませんでした。

本を読んだEFTももちろん調べましたが、わたしには、「引き寄せの法則」が入っているものがあまり合わないように思ったのです。

引き寄せたいことをセッション中に使うのですが、やってる途中で「いやいや無理」と思ってしまう自分がいるのです。

今までいいことを引き寄せられなかったのだから、そんなの当たり前かもしれません。

でも、自分の中のネガティブな感情を目をそらさずにいられるという点では、今までやってきた自己啓発と比べると間違ってないように感じていました。

一度EFTのセッションを受けてみようかと近くでEFTを提供しているサロンはないか調べましたが、どこがいいのかわかりません。

その後、「ありのまま認める」という単語で調べ始めた時ヒットしたのが、とあるEFTのサロンのHPでした。

たくさんEFTについてのHPやブログはあったけど、「ありのまま認める」という言葉が入ってたサロンはその時見つけたサロンが初めてでした。

そのサロンの日記を読んでみると、驚くぐらいにサロンのオーナーさんの思考がわたしの思考と似ていたのです。

こんなに思考が似ている人がいるのかと驚いたのと、ここまでセッション提供者で自分の中のネガティブを書きつらねている人は他に見なかったのです。

たいていの人が、綺麗な言葉、キラキラした言葉でHPやブログを飾っています。

その人たちにとってはその言葉が自分の心情を表現するのにふさわしい言葉なんだと思うのですが、わたしは違います。

そんなキラキラした人を「いいな~」「うらやましいな」「わたしもこうなりたい」と思うことはあっても、共感できないのです。

なので、自分のネガティブな部分を書いているそのサロンの日記はわたしには新鮮だったし、とても驚いたと同時に、すごく共感できました。

サロンのオーナーさんの半生、提供されているEFTについて、ありのまま認めるということ、自己啓発の落とし穴等等…。

読みながら「うんうん」と何度も頷いて、気づけば涙がボロボロでてきていました。

さらにブログもあったので、そちらも一気に一晩で読みきりました。

そして、明け方には、「この人が提供してくれるセッションなら受けてみたい!」そう思っていました。

この時、ネットがあってよかったなあと思いました。

なぜなら、わたしは関西在住、そのサロンは東北にあったからです。

ネットさえあれば、ほしい情報と出会えるんですから、すばらしい時代です。

そして、お問い合わせフォームから連絡をしてみたのでした。

更に続く
現在、独身女、一人暮らし。

前の職場を、社長のパワハラから来るストレスで心身共にやられてしまい、現在無職です。

今までの職場での経験により、就職も怖くて就職活動できていません。

しかも、もうすぐ無職2年目が経とうとしています。

働いてお金を稼がないといけないとは頭ではわかっているのに、今までの職場を思い出すと、怖くて働けない。 

貯金を切り崩して生活中。

正直生活は苦しいです。

1日でも早く収入を得たいとは思ってます。

いろいろ、人にはぶっちゃけられないことも書いていこうと思っていますので、よろしくお願いします。

以前、パワハラのすごかった会社を辞めた時、しばらく精神科に通ってました。

そこで、睡眠薬や抗うつ剤をもらって飲んでいましたが、表面上はましになったものの、根本的な解決ができない治療にいらだちを感じていたのです。

(わたしの考える根本的な解決ができてない状態というのは、以前と同じ状態になった時に同じ結果に終わってしまうという状態のことを指しています)

そしてだんだん病院にもいかなくなってしまって、でも生活が前に進まないことへの苛立ちも募って行った時のこと。

以前通っていた心理学のゼミナールの教科書に目が行きました。

結局修了せずに行かなくなってしまったのですが、ふと、「そういえばここカウンセリングリームがあったな」と思い出しました。

誰にも相談できなくて苦しんでいたわたしは、藁をもすがる気持ちで電話しました。

行かなくなってしまった学校によく電話できたもんだと今では思うのですが、「恥ずかしい」というよりも「救って欲しい」という気持ちが大きかったのです。

電話すると、「カウンセラーから電話させていただきます」とのことだったので、電話を待っていると女性カウンセラーから電話があり、そこでカウンセリングの日時を決定しました。

そこで、自分が苦しんでいる状況を話しました。

話を受け入れて聞いてくれるカウンセラー。

話しながら出てくる涙。

それだけでもスッキリしたのですが、話すだけでスッキリするのは、これまた何も解決していません。

その後、なにかしらの療法とかをやるんだろうと思っていたのですが、カウンセラーの口から出たものは、わたしには初耳のものでした。

それが、TFTというものでした。

嫌だった時のことを思い出しながら、上半身のツボをタッピングしていくというもので、最終的には、同じことを思い出しても嫌な感情が出てこなくなるというものらしいのですが、「そんなのでなくなるわけないやん」と思ったわたしは、少しがっかりしました。

でも、言われるがままにやっていると、何やらモヤモヤがなくなっていく感じが…。

そして、カウンセリングルームから出て外の空気を胸いっぱい吸った瞬間、久しぶりに太陽の眩しさと空気の美味しさ(大都会の真ん中でしたがw)を実感し、久しぶりに「わたし生きてるな~」と思ったのでした。

でも、今でもこのスッキリ感は、カウンセラーに話せたことがよかったのか、TFTが効いたのかはよくわかりません。

それ以来、少し元気が出てきたわたしは、以前行っていた心理学の勉強を再開しました。

このどうにもならない状況から抜け出せるヒントが何かあるんじゃないかと…。

でも、講座を受けている時は、 先生のありがたい話も聞けて、勉強に前向きな人たちに囲まれて、すごく前向きになれるし、高揚感もあるのですが、長続きしませんでした。

そして、具体的に、自分に染み付いている習慣(思考パターンや行動パターン)をどう変えればいいのか、分からず相変わらずもがいていました。

そして、寺社仏閣巡りしたり、風水してみたり、ワクワクポジティブを心がけてみたり、いろいろしました。

が、結局どうしていいのかわからないのは変わりませんでした。

そこで、TFTを勉強してみようかといろいろ探していたところ、もっと簡単にできるEFTというものを見つけました。

ツボをタッピングするというのは同じだけど、嫌な状況を思い出すのではなく、自分の感情を具体的に口にだして唱えながらタッピングするというものでした。

通常、自己啓発にあるものは、ひたすら「ポジティブであれ」という感じでかかれています。

でも、わたしは自分の中から湧き出るネガティブを無視することはできませんでした。

自分自身をごまかしている気がしたからです。

TFTやEFTでわたしが心惹かれた点は、自分の中にあるネガティブな部分を活かしていけるということでした。

興味を持ってアマゾンで探した本をゲット。

その本を一読して自分でやってみたのですが、正直「う~んよくわからない…」というのが本音でした。

やっぱり素人には無理かと、その団体がやってる講座にでないとだめなのか?と思いながら、悶々とする日々。

今までいろんな自己啓発本を読んで、よく見る「ワクワクでポジティブな気分でいましょう」「笑顔を心がけましょう」「人を応援しよう」「成功者はチャリティーに参加している」等等、そんな言葉だけが頭に残って、とりあえず、ポジティブでいなければいけないと、表面的なポジティブを装う毎日。

でも人生全く好転しない。

ますます自己啓発本へと走るわたし。。。

自己啓発本は使える人には、人生のヒントが詰まった素晴らしいものだと思います。

が、わたしのように使いこなせない人には、間違った使い方で落とし穴にはまってしまうことがあります。

自分ではこの落とし穴にはまってしまっていることに、全くこの時気づいていませんでした。

「どうすればいいんだろう…。わたしはこのまま死ぬしかないのかな…」と不吉な思いつきが出たりしてとても不安定な気持ちでいました。

かつて自己啓発にハマりすぎてうまくいっていない人を少し軽蔑した目で見ていた自分を思い出す。

今いる自分は、かつてわたしが軽蔑していた人間と同じじゃないかと、ショックを受ける…。

自分が助かる道はないのかと、どんどん落ち込んでいく自分。

そして、自分を責める日々が続き「もういや~~~~」と爆発しそうになる自分。

でも、そう思ってても、自分だけは見捨てられないと思う自分。

見た目は静かなのに、心の中でいろんな自分が自分の中で戦っていました。

「ああしんど…」と思った時に、自分の目に入ってきた「ありのままでいい」という言葉。

「ありのままでいいってどういうこと?わたし、変わりたいし変えたいんだけど」そういう言葉が自分の中から出てきます。

今まで散々「ポジティブであれ」と言われてきたのに、今更自己肯定しろと言われても、そんなのできない。

自己啓発本に振り回されるわたし。 

ポジティブになれとかありのままでいい(ネガティブな自分でいい)とか、どっちが正しいのかわからない。

結局、自己啓発に答えを見出した自分が悪いのかと思いつつ、自分を否定し続けることに疲れを感じ始め、今のグダグダな自分を愛することができれば最強といえば最強なのかもしれないという変な考えが頭に浮かび「ありのままでいい」ってどういうことだと、また悩む日々。。。

そして出会ったのが『ありのまま認めるEFT』だったのです。

ふぅ。

ここまでタイピングしてかなり疲れました。

昔の辛かった記憶を書き綴るのは結構パワーがいります。

続きはまた。