少し前の話しですが、『ありのまま認めるEFT』中級講座をSkypeで受講しました。


その時の話をご紹介します。


その時の講座で、中華系の人はどの国にいってもお金持ちという話になり、テレビで紹介されていた薬品関係で富豪になった中国人の例を話しました。


元々教員をやっていたその中国人は、副業として薬品(健康食品?)を販売していて、教員として外の人と接触がある場合、必ずその商品のセールスも行いそれで財を成したということでした。


この話をしながら、「日本みたいに法が整備されていないので、なんでもありだから、やれること。日本人だと、まず公務員が副業をすることはできないですよね~」という話になりました。


法律で禁止されているというのもありますが、公務員=公職の人間が副業をやるというのをモラルという視点から問題視する人も多いと思います。


でも、中国にはそういう法律もないしそういう概念がないのです。


禁止されてないし人の目を気にすることがないから当然のこととしてできるのです。


その話をしながら、法律の規制で思い出した、少し前にニュースでやっていた、Googleが人が運転しなくても動く車の開発に成功したという話題をしました。


わたしは、このニュースをテレビみ見た時、日本の技術力ならすでに開発できていてもいいはずなのに、なんで車の専門でもないGoogleに先を行かれたんだろうと思いました。


ちょうどそのニュース番組でキャスターさんが「日本なら開発できたはずなのになんで海外に先を越されたのか?」という疑問を投げかけました。


すると、その番組に出ていた専門家が、「それは、日本の法律では規制があって、人が運転してない車を動かすことはできないんです。だから開発しても無駄なんです」とおっしゃってました。


法律とは、社会のモラルを保つと同時に、人の行動を縛り付けるものでもあります。


法律ができたら、あとからどんどん後付けで、いろんな規制が加え続けられていきます。


「国単位で法律に縛られてできないことがいっぱいだけど、人個人の中にも自分で作った法律があって、それにしばられてできないと思ってることは多いかもしれませんね」というような話をすると、「おお!それはそうかもしれないですね。」という話になりました。


私たち個人個人も自分の中で勝手に「法律」みたいなものを作り上げて「これはできない」「これはやってはダメ」「これはいけないこと」と行動に制限をかけていることが多いと思うのです。


それが、自分の中にある法律です。


絶対守らなきゃいけないと無意識で思っているから、絶対破れないと思いこんでいる。


国の法律は国の上の人がいろんなものを考慮に入れて作っていくもので私たち個人がどうすることもできませんが、自分の中の法律はそうではなく、自分で勝手に作り上げていくものなので、自分でその法律の無意味さに気づいて改正すればそんなものに従う必要はありません。


その自分の中の法律改正のために、ありのまま認めるEFTで自分のありのままを発見し、そこにある自分の行動を妨げているものを発見し、手放すことができると思っています。

また認めてちゃんシリーズ(?)です。


ネタがちょっと壮大なので書くのを悩んだのですが、書いてみます。


日本人は自分をありのまま認めていない人、他人から認められないと生きていけない人が多いと思うのですが、考えれば考えるほど、いろんなものに当てはまるなあと思いあたりました。


まず日本の政治家。


海外からの目や評価を気にして、海外に出るといい格好するために壮大なことを約束してしまったりして、本来大切にしないといけない国益や国民のことを軽視してしまっていると思うのです。


世界のATMと揶揄される日本ですが、海外からお金だけでなくいろんな物を要求されて、どんどんそれらを渡してきました。(いろんな背景があるとは思いますが…)



それは、本当に貧困にあえいで困っていてその国の発展に役に立って感謝されるケースもありますので、そういうケースは本当に嬉しいです。


先の震災の時、貧しいアフリカや中東の国から支援があったのはそのおかげだと思っています。


でも、残念ながら恫喝されて譲歩して、お金を渡し続けているケースもあります。


日本人が知らないうちに恫喝されて海外にバラまかれたお金を使って豊かになっていく国がある一方で、国民から選ばれた政治家は一番大切にしないといけない国益や国民のことを考えているのかというと、国民は増税や控除削減という形でお金を搾り取られ、国内企業は競争力を失って疲弊して倒産や事業縮小にリストラが増え、高齢~若年層まで幅広く自殺者が増えています。


自分(日本という国や国民)を無視して痛めつけて、他の国から認めてもらうために行動してるパターンです。


そう思った時に、ありのまま認めてない人達が動かしている国ってどうなるんだろう…と思いました。



巨大すぎて想像できない…と思いつつ、このうまくいかないパターンの一致に気づいてしまった時、ゾッとしました。


国民の認めてチャンを助長しているのが、テレビを代表とするマスメディアだと思うのです。


ニュースや情報番組を見ていると、「日本がこういうことをしました。さて海外の反応は~~~」とすぐに海外の反応を出すのです。


海外での街頭インタビューは出すのに、日本人のインタビューがないパターン。


どれだけたくさん見てきたでしょう…。


今回テレビで騒がれている事件諸々全てそうです。


こういうのを見ると、わたしはいつも「マスコミはその力を使って、日本国民の実際の声を吸い上げて流してほしい」、といつも思うのです。


こういうのを日常的に見せられていると、毎日洗脳に近い状態で見せられるわけですから、外の反応が気になるのも当然です。


もちろん海外の意見は無視できませんが、外国がどう思っているかを見て「どうすれば穏便に済ませられるの?」とおどおどするよりも、自分の国の人間がどう思っているのかの方が大切ではないでしょうか?


とても壮大な話になってしまいましたが、政治家やマスメディアが、取り返しがつかなくなるまでにどうにかこの悪循環のパターンに陥っていると気づいて欲しいと思ってしまうのでした。

昨日の日記にも書いた件でEFTをしている中で、わたしにはとっても複雑な思考回路が存在していると明確に認識できました。


Aという問題があってBという方程式で計算すればCという答えが出るだけなのに、わたしはBという方程式ではなく、DやらEやらいろんな方程式を持ち出して、Z(人にとっては斜め上)という答えを出してる感じでしょうか…。


こういう説明ももしかしたら複雑でしょうか?


でも、わたし学生の頃数学を解く時もまさしく同じことをしていたのです。


学生時代は成績はそこそこ良い方だったのですが、クラスのみんなが答えられるサービス問題を複雑に考えすぎて、間違うということがあったのです(笑)



友達からも「ええ~、これは分かりやすすぎるくらいの問題だよ」とビックリされたのですが、その時は、なんでそんなことが起こるのか自分でもわかりませんでした。


それがそのまま実生活でも同じ思考回路になっているのです。


いや、こういう思考回路だからこういう数学の解き方になってしまうのかもしれませんね。


何か問題が起こったり選択をしないといけない状況になった時、自分の中の引き出しをぜ~んぶひっくり返して「わたしがこういう選択したら、この人はこういうかもしれない」「わたしがこう言えばあの人はこう返してくるだろう」といろいろと人のことばかり考えて他人ハンドルでことにあたろうとするけど、ことは更にややこしくなるのです。


数学を解く時は、決まった方程式がありますが、実生活で何か選択をしないと行けなくなった時、使うべきなのは「自分が心地よい思いができることを選択する」これ一択なので、数学みたいに記憶力を使わなくてもいい分、よりわかりやすいのかもしれません。


自分が不幸になる選択をしても自分自身の欲求を叶えられなかったことで自分が不愉快なだけで、誰も同情しませんし(誰もこちらのことを考えてくれないと自分で勝手に被害者意識を持ってしまって一人で怒りの感情を持ってることが多い…)、むしろ他人からは「なんでそんなことをしてしまったの?」と不思議がられるだけで、自分自身が心地よい思いをしません。


昨日日記に書いた件で、EFTをしていたら、「もう二度とこういう自分が不愉快になる選択はしたくない」という感情がでてきました。


そういう選択をしないと決めた自分をありのまま認めるEFTを最後にして終わって、心が少し軽くなったのでした。


いままで無意識に自動操縦でやってきた不幸になる選択を、そのパターンにはまりかけた時に「ああ、これはいつものパターンだ」と気づくことで意識的に変えていけば、自分はこれからは不幸にならないんだと思えたからだと思います。


ありのまま認めるEFTって面白いと改めて思いました。

現在巷ではお盆で帰省ラッシュですが、一人暮らしなわたしはなぜかこのお盆は帰省してません。


他人ハンドルな選択のせいで、一人寂しく過ごすお盆になってしまいました。


その時はそう思ってなかったのですが、後々考えたら、他人ハンドルなことに気づいたのです。


すごーく、すごーくつまらないことなのです。


わたしが与えられた条件から、勝手に相手の考えてることを推測して(しかも当たってるかどうかもわからないのにそうだろうと勝手に思い込んだだけ)、その結果一番わたしがしたくない選択をしてしまったのです。


他人にハンドルを預けたために、やりたいことがかなわなかったり、やりたいと思っていたことが先延ばしになり、散々なことになってしまいました。


他人にハンドルを預けて、しかも預けられた本人は当然そんなことわかってるわけもないし、それに対して責任を取ってもらえるわけもないのに、そんな選択をしてしまったのです。


そういえば、今までわたし、こういう選択をして、逆ギレして不愉快になること多かったなあと思い出したのです。


「わたしは、いろんな人のこと考えてこういう選択をしたのに誰も分かってくれない!!」って…。


そりゃ、わかるわけないでしょって話です。


今回も、こういう選択をするように仕向けられたと勝手に腹を立てていたのです。


ほんとつまらなすぎる!


自分で自分を不幸にするパターン炸裂です。


結局自分がどうしたいのかだけを考えて素直に選択して動けばいいのに、他人にハンドルを渡して物事を選択していくと、ややこしいし、自分にとって不幸になると改めて思いました。


今回のことで、やりたかったことができなくて悔しい思いを認めるEFT、他人ハンドルで選択した結果もたらしてしまったことに対する怒りを認めるEFT、自分の選択の下手さを責める自分を認めるEFTなどをしておきました。


ほんと、不幸になる選択って自分でやってきていたのですね。


ありのまま認めるEFTをやり始めて、気づきまくりです。


これからは選択をしてしまう前に悩んだら「今他人ハンドルになっている」と気づいて、不幸にならない選択をしたいと思うのでした。