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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

およそ「受験」と呼ばれるものについては、「過去問」は避けては通れない課題であることは言うまでもありません。

 

実際に過去に出題された問題をあたるということは、何よりも志望校の出題傾向を実感できますし、良質な演習問題だと捉えることもできるでしょう。

一方で、過去に出題された問題が、今年も「そのまま」出題されるということはほとんどなく(そんなことがあれば大問題になるはずです)、過度な依存は禁物だと、私は考えているのです。

 

「過去問をたくさんやったから、もう大丈夫!」

 

などと妙な自信を持った受験生を毎年散見しますが、当然のことながら今年はどんな問題が出題されるかわからないのです。以前とは全く傾向が異なった出題内容であることも決して珍しくはない現実において、「過去問」を演習する目的を取り違えてはいけないと強く感じます。

 

私が最も危惧しているのは、「過去問」を演習する中で、その出題傾向を「掴んだ気持ち」になってしまい、公営ギャンブルの「予想屋」よろしく、

 

「今年はこれが出題される!」

 

などと、半ば確定事項のような言い方で喧伝する輩が少なからず発生することです(笑)。それが受験生ならまだしも、保護者や、果ては学校の先生までが「未確定な情報」をさも真実のように垂れ流すのだから始末が悪いのです。

 

「その予想が外れたら、どう責任を取るのですか?」

 

私が知る限り、見事に予想を外した方々が、「責任」をとった姿をただの一度も見たことがありません(笑)。大事なことなので再度申し上げますが、「未確定な情報」に踊らされるようなことは決してしないでください。大袈裟に言えば、そんなつまらない「嘘」を信じ込んでしまえば、皆さんの人生が変わってしまうことだってあり得るのです。

 

前述の通り、「過去問」を演習することの「重要性」は当然のことです。その際はきちんと時間を計り、「本番の入試のつもりで」取り組むことが重要です。出題量と制限時間の兼ね合いをしっかりと認識し、決して「やりっ放し」にせず、解答・解説を丁寧に読み込み、理解すること、そんな一連の取り組みの中で、ほんの少しだけ出題内容の傾向が見えてくるのかもしれません。換言すれば、「過去問」演習における「出題予想」などは、「その程度のもの」だと考えておいた方がよいのです。決して大切な「進路」を賭すほどの価値があるものではありません。

 

入試を目前に控えた受験生が、「藁にもすがりたい気持ち」であることは痛いほど理解できますが、決して未確定な情報に惑わされることなく、今こそ「地力」を養うことに専念していただきたいと強く願います。

 

頑張りましょう!

昨日は月一度の通院日でした。主治医を変更して以降、体重は減少し、比較的体調が良い日々が継続できています。

 

予約制であるため、ある程度の時間の目安が可能であることも、私にとっては大変ありがたいポイントでした。それでも20~30分は待つのですが、患者に対して先生が実に丁寧に診察されるためであり、私の場合もその例に漏れないのです。こういう言い方は大変申し訳ないのですが、「前の主治医」とは雲泥の差なのです(笑)。

 

今回もまずは血液検査を実施したのですが・・・

ちょっと見難いのですが、継続的な血糖値推移の指標である「HbA1c」が前回の「6.5」から「5.9」に下降しました。前の病院では8.0ほどでしたので、ここ数か月の節制でかなり改善されたことになります。あくまで数値的な側面のみの判断ですが、限りなく「正常値」に近づいていると言えるでしょう。

 

それでもなぜか先生は難しい顔をされていました(笑)。

 

「順調に下降し過ぎているんですよね・・・」

 

数値が下がることは大いに結構なことなのですが、そうなると「低血糖」のリスクが高まるそうなのです。10年以上前には何度か低血糖状態を体験してはいたのですが、幸いにして治療を始めてからはほとんどそのような症状は現れていません。

 

「薬を減量しましょう!」

 

順調に血糖値が下がっている中では、現在の薬をそのまま服用し続けることにはややリスクがあるそうで、よりマイルドな効用の薬に変更となりました。これによって少々HbA1c値が上昇しても、(原因がわかっているため)特に問題がないとのことでした。このような経緯を辿りつつ、少しずつ薬を減らしていくことがベストだと教えて頂きました。このような知識は前の主治医から全く聞いたことはなく、今となっては前の病院に「見捨てられた」ことが返って幸運であったとさえ感じてしまうほどなのです(笑)。

 

話は少し逸れますが、待合で診察を待っていた際に、私の前の患者さんが診察されている様子が聞こえてきてしまいました(私が聞き耳を立てていたわけでは決してなく、患者さんの声があまりにも大きかったのです(笑))。

 

「先生、以前は焼きそば3人前は食べてたけど、今は我慢して2人前にしてるんですよ、偉いでしょ?」

 

「それでも2人前食べているんですよね?」

 

「いや~先生、それくらい食べないと力が出ないんですよ~」

 

おそらくは私と同年代と思しき初老の男性は、完全に「糖尿病」を舐め切っているのでした(笑)。改めて「医者」という職業の過酷さを知った診察日なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

コミュニケーションの齟齬というのは、時に思いもよらぬ「悲劇」を生み出してしまいます。

 

入試において「面接試験」は必須であり、にもかかわらず「当たり前」の応対ができない子があまりにも多いのは非常に大きな問題であるとともに、ご家庭における「躾」について、再考しなければならないと強く感じているところです。

 

「入試での様子はどうだったのですか?」

 

という質問に、

 

「難しかった。」

 

ならまだしも、全ての質問に、

 

「普通・・・」

 

あるいは

 

「わからない」

 

だけで押し通そうとする子の姿勢・態度には、心配を通り越して戦慄さえ覚えてしまうレベルなのです(笑)。

 

全ての会話を「単語」のみで済まそうとしているのは、単に勉強ができるかできないかの問題にとどまらず、基本的なコミュニケーション能力の決定的な欠如を意味します。さらに問題を大きくしているのは、このような態度を常日頃から「当たり前」だと思っている子が誰彼構わず同じような態度をとってしまうということなのです。それが自らの将来にとって極めて重要な、入試における面接試験であっても、「偉い方」とお話しする場合であっても、同様な態度をとってしまうのです。病気の場合も同様だと思いますが、「自覚がない」というのが最も恐れるべきことなのだと、改めて痛感しているところです。

 

勉強も大事ですが、時と場合によって対応の方法を変えていくというのは、ある意味での「生きる術」だと思います。個々の様々な能力はともかく、周囲の人間に可愛がられたり、一定の評価を得られる人というのは、当然のことながら「普通のコミュニケーション」ができる人であるはずなのです。自らの「真意」が周囲から理解されず、一人でイライラしている子を散見しますが、それは果たして「自らを理解できない周囲」が悪いのでしょうか?きっとそうではなく、全てが「うまくいかない」原因は、自らのコミュニケーション能力の決定的な不足と、あまり乏しすぎるボキャブラリーに起因するものだという事実をしっかりと「自覚」してほしいと強く感じます。自らを理解してもらうには、相応の努力が必要であることを決して忘れてはなりません。「メシ、ク〇、風呂」などという、昭和の頑固オヤジのような単語のみの口調では、令和の時代は生き抜いていくことが難しいという事実を、さっさと認識していただきたいと思うのです(笑)。

 

もっとも、このような子供の対応を、漫然と、長年にわたって「許してきた」のは他ならぬ「親」であるのは間違いがありません。ハッと気がついた「今」からでも遅くはないので、ご家庭においても「きちんとした会話」を徹底していただきたいと、強く願います。そのことが受験においても必ず「役に立つ」時が来るはずですので。

 

頑張りましょう!

当塾は開業当初から近隣の私立中学の受験対策に力を入れてきました。ある日突然現れた「怪しい塾」が、一定程度の信頼を勝ち取るためには目に見える「実績」を重ねる他なく、とにかく私どもができる全精力を傾けて私立中受験対策を行ったのです。

 

開業当初は数少ない田舎の私立中学に「赤本」のような過去問題集など皆無であったため、独自に過去問を集め、講師総出で「オリジナル赤本」なるものを作成したりしました(笑)。それこそ採算度外視で「実績を積むこと」を第一に対応していたのですが、その成果もあってか、少しずつ地域の皆様の信頼を得られていったような気がしています。

 

以上は「塾経営者側」の私立中受験の「意義」なのですが、当の子供や保護者様にとって、「中学受験」とはいったい何なのでしょうか?

先日youtubeにて堀江貴文氏が「中学受験不要論」を唱えておりました。

 

堀江氏の言う通り、子供にとって「意に沿わない」受験を強いることは、まさに愚の骨頂なのかもしれません。堀江氏自身も述べていますが、自らが賢かったからこそ、「中学受験」や「塾通い」が適していたのであって、もともと「賢くない子」にとっては文字通り「地獄」なのだから、今すぐに止めた方が良い、という論調でした。さすがに現役で東大に合格し、時代の寵児として持て囃されただけのことがあって、常人の思考を遥かに超越されている部分があるように感じられます(笑)。

 

私の次男も「中学受験組」ではありましたが(もっとも、さほど優秀ではなかったのですが)、中学受験のすべてが「将来のため=学歴のため」だけではないということを、ぜひご理解いただきたいと思うのです。私の場合、長男は地元の公立中学に通っていたのでよくわかるのですが、昨今の公立中学の「荒れっぷり」は尋常ではありません(もちろん、地域差や学校間差はありますが)。厳格な試験を経て、ある程度の学習能力持つ子とその保護者の理解を得た「集団」は、不特定多数の集団とはおのずからその雰囲気は大きく異なります。また、当然のことながら、いわゆる「高校受験」を強いられることなく、6年計画で学習や学校生活に取り組めるということは、様々な「副産物」を生み出す源泉にも成り得ます。このブログにも何度か書きましたが、次男が「ビブリオバトル」にて大いに青春を謳歌できたのは、間違いなく中高一貫校に在籍できた影響が大きかったのです。

 

遮二無二学習に取り組んで、少しでも偏差値が高い大学に進学することにも少なからず価値があるのは間違いがありません。一方で、子供に良好な学習環境・生活環境を提供するという意味でも、「中学受験」は大いに意味があるのではないかと、私は考えているのです。次男が小学6年生の時、中高一貫校の「体験入学」に参加した際、兄の通う公立中学とはあまりに異なる立派な施設を目の当たりにして、

 

「この学校に通いたい!」

 

と強く感じたそうで、以来受験勉強に熱が入るようになりました。何しろ私の次男ですから、受験動機はやや陳腐なものだったのですが(笑)、そんな笑っちゃうような動機であっても、「頑張るきっかけ」を掴み、合格を目指して死力を尽くす小学生の姿は、私には非常に眩しく見えるのです。

 

中学受験は高校受験よりも明らかに「狭き門」ではありますが、少しでも興味があれば、ぜひ「挑戦」して頂きたいと、強く感じているところです。その際は、ぜひお気軽にお声がけください、誠心誠意「シゴいて」差し上げます(笑)!

 

頑張りましょう!

昨日から私立高校の入試があり、本日は面接試験の日です。中3生の授業については本日までお休みで、少し閑散とした教室となっています。

 

授業に空きができる時期については、いつもは手が回らないことに着手できるチャンスでもあり、誰もいない教室をあちこちと動き回っていたのですが、私の机があるスペースで「事件」が起きました(笑)。

 

昨年末に次男の協力のもと、私の机を教室入口の近くに移動しました。それまでは教室の奥に私の「居場所」があり、来訪者への対応が難しいケースがあったのですが、その点については無事解消されたのです。一方で、スペース的にはやや手狭となり、すべての物の整理が追い付いていない中で、やや雑然とした形になっていたのでした。

印刷機やファンヒーターの間をすり抜けて移動していたのですが、少し急いでいた影響もあったのか、電源コードに足を引っかけてしまい、盛大に転んでしまったのです。

幸いにして目の前に机があり、何とか左手をついて「大惨事」は避けられたのですが、それでも右足に大きな黒ずみを作ってしまいました。もしも目の前に机がなかったら、顔面から流血していたかもしれません。プロレスラーのように流血しながら授業をしたら、きっと塾生たちも嫌がるでしょうね(笑)。

 

年齢を重ねることは、即ち、

 

「昔はできていたことが、少しずつできなくなる」

 

ことだと思います。この程度は大丈夫だろうと高をくくっていると、時に自らの「老い」について、半ば強制的に「気づかされる」ことになるのです。今回の出来事は、まさにその最たる例なのでしょう。頭では十分に理解していることではありますが、再度強く認識しなおさなければいけないのかもしれません。

 

幸いにして大事には至らなかったことを感謝しつつ、確実に進んでいく「老い」について、しっかりと自覚し、決して「無理をしない」ことを徹底することが、自らを守る術なのでしょう。それでも、生きていくためには時には無理をしなければいけない時もありますが、少なくとも塾での授業に全く関係がないところで「くたばる」訳にはいきません(笑)。1か月後には公立高校の入試も控えています。塾生たちに発破をかける立場の私が「自爆」している暇はないのです(笑)。

 

本日は全国各地で寒波が襲来し、沼津・三島においても気温が低く、強い風が吹いています。まだ少しだけ痛む足を引きづりつつも、今日も「いつも通り」授業を遂行すべく、気力を振り絞る私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

本日は静岡県の私立高校入試の日です。本日は学科試験、明日は面接試験の予定、天気予報では寒波が襲来しそうとの予想ですが、まずはすべての受験生の皆さんが無事受験を終えられることをお祈り申し上げます。

 

いわゆる「私立単願」の子は今日と明日をもって「受験終了」となります。単願であればほぼ100%合格だと考えてよいと思いますが、これまでに数件の「単願不合格者」が実際にいたことを私は知っています。

受験会場で他中学の生徒と揉め事を起こし、高校の設備を損壊させてしまった例、あるいは受験終了後、帰り道で「一服」していたのを高校の先生に見つかってしまった例等々、「本当にまじめに進学しようと思ってたの?」と聞いてみたくなるような、嘘のような実話なのです(笑)。受験中は勿論のこと、その後も中学生たる自覚をもって、決して気を抜くことがないよう、注意すべきなのは当然のことなのです。

 

万が一、「私立単願不合格」になった場合、その時点から「進学先」を再考し直さなければなりません。大変失礼な言い方ですが、定員に全く満たない僻地の公立高校を目指すか(当然のことながら自宅から通学することができず、下宿生活を余儀なくされます)、あるいは私立高校の二次募集を目指すかですが、後者については「単願不合格」の経緯が私立高校間で共有されている可能性が高いので現実的ではないのかもしれません。いずれにしても、非常に厳しい進路選択となってしまうことは確かなのです。

 

もっとも、上述のような状況は極めてレアなケースであって、大多数の受験生には全く関係がないことです。脅すようなことを言って大変恐縮なのですが(笑)、とにかく受験中も受験後も「気を抜かない」という覚悟だけは絶対に必要だということは理解しておいて欲しいと強く願います。

 

また、公立高校を「本命」としている子にとっては、もしかしたらモチベーション的にはやや取り組みにくい試験なのかもしれません。一方で、私立高校に進学することになる可能性も決して低くはないのが現実であり、優秀な成績をおさめることができれば、学費の減免等の優遇が受けられる可能性だってあるのです。何よりも来るべき公立高校入試にとって、またとない「予行演習」となるはずですので、現時点での学力をいかんなく発揮することは極めて重要でしょう。決して「手を抜いて」よいものではないのです。

 

例年受験生のみならず、私自身も落ち着かない日々が続きますが(笑)、とにもかくにも受験生各人が持てる能力を存分に発揮できるよう、ただただ祈るばかりなのです。

 

頑張りましょう!

世の中には「結果」だけにしか目が行かず、「過程」に価値を感じない人間が多く、私のような鈍感な人間であっても、時に心を痛めることがあるのです。

 

高校や大学選びの段において、専らその「難易度」にのみ価値を見出し、一般的に「難易度が低い」とされる学校に進学した子に対して、平気で心無い言葉を浴びせる輩が後を絶ちません。私共は「学習塾」に携わる立場として、これは最も配慮すべき論点であり、かつ差別的な価値観については、たとえ誰であろうと絶対に許容しない立場です。

 

「学習塾」に頼る親子の置かれた境遇は様々であり、それぞれの理由があって思い通りの「学力」を養成できなかったのは当然のことです。中には高校進学さえ難しい状況のお子さんだっていたのです。

文字通り勉強においては「右も左もわからなかった」子が、必死になって頑張って、何とか高校進学を成し遂げたことだって、立派な努力だと思うのです。確かに「進路実績」として広告に書くことは憚られるかもしれませんが、私としては、

 

「この子は私がびっくりするほど頑張ったんだぞ!」

 

と全世界に向けて叫びたいほどなのです(笑)。「努力の過程」を見てきた私が自信をもって言うのだから、これはまさに「真実」なのであり、この子や私にとっては「偉業」と言う他ないのです。

 

努力に努力を重ね、自他ともに認める難関校に合格を果たすことは、実に素晴らしいことだと思います。一方で、決して難関校とはいえないのだけれど、「到底無理!」だと思われていた高校進学を見事に成し遂げたことだって、私から見れば実に立派なことなのです。長い人生を考えれば、このような「小さな成功体験」が後の生き方に大きな「好ましい影響」を与えることだってあるのです。10年後、20年後に彼らがどのような評価を受けるのか、大いに楽しみなのです。

 

あえて言わせて頂きますが、高校・大学進学という「たかが一時の」価値観によって、その人間のすべてを判断する早計さに、私はある種の戦慄さえ感じてしまうほどなのです。大切なのは、誤った価値観に固執するのではなく、個々において「どれだけ頑張ったのか」という一点のみなのだと、私は考えているのです。

「学歴厨」などという呼称がまことしやかに囁かれていますが、少なくとも人生における「勝負」は、高校や大学進学だけではないこと、たとえ失敗しても何度でも再チャレンジできる世の中であること、そして「結果」よりも「過程」こそが本当の「価値」であることを理解していただきたいと切に願っております。

 

受験生の皆さんにおいては、結果を恐れずに堂々と受験に臨んでいただきたいと思います。そして当塾は、「広告に載せられない志望校」であっても、また「勉強についてはからっきし!」の子であっても、ほんの少しの「やる気」だけ持ってきてくれるのであれば、大歓迎なのです(笑)。誰彼構わず徹底的にシゴいて差し上げるつもりです(笑)。

 

頑張りましょう!

いよいよ来週は私立高校の受験です。「私立単願」の生徒は、これをもって実質的な「受験終了」となります。

様々な事情で「私立単願」という選択をし、そのこと自体には何の問題もありません。一方で、公立志望の生徒が3月まで必死に勉強を頑張る中で、早々に受験勉強を終了することの「リスク」を考えなければなりません。もっと言えば、早期に「私立単願」を決めていた子の中には、昨年いっぱいをもって事実上の「受験終了」となり、年末年始を謳歌し、到底受験生とは思えないような生活を高校入学まで漫然と継続する子もいるのではないでしょうか?

 

早々に勉強を終えた子と、ギリギリまで頑張った子との「差」は、思いのほか大きいという事実を、生徒本人はもとより、保護者様はしっかりと認識された方がよいと強く感じます。

 

勘違いしてはいけないのは、「入試」が終わったからといって、「勉強」が終了した訳ではないのです。高校入学後は更に難しい勉強に取り組まなければならないのは「当たり前のこと」であり、どのような経緯を辿ろうとも、「勉強を中断する」ことは決して許されないのです。

「私立単願」の場合、ほぼ100%の確率で「合格」となるのに対し、公立高校を受験する子は、必ず一定数の「不合格者」が出ます。何の保証もない中で、最後の最後まで主力を尽くし、一途に合格を目指した子と、2か月も3か月も怠惰な生活をした子の間に、「埋め難い差」ができるのは、ある意味で当然のことなのです。

 

どこの塾においても、私立単願の子は1月いっぱいで退塾される子が多いと思いますが、私は「大反対」の立場です。可能であれば、受験の有無を問わず、中学卒業までは在塾してしっかり学習することを強くお勧めいたします。どの塾においても、受験後の継続学習のプランや「高校入学準備講座」なるものがあるでしょう。この機に中学での学習を「総復習」しておくことが、高校入学後の学習に大いに資することを、私が保証いたします。

 

そもそも、極めて場当たり的な学習を繰り返してきたからこそ、思うように学力が伸びなかったという「事実」を、この機にしっかり認識し直すべきだと思うのです。テスト前だけちょこっと勉強し、テストが終了したら思い切り弛緩してしまう(笑)、こんな繰り返しをしていたら、そりゃ学力が伸びるはずがないのです。

新たな門出を契機として、これまでの学習への取り組み方を見直してみたらいかがでしょうか?今までのやり方を継続していれば、いつか、

 

「だから「ダメ」なんだよ!」

 

と手厳しい指摘をされてしまうのではないかと、私は考えているのです。

 

頑張りましょう!

本日は定期的に通う「歯医者さん」の日でした。

 

数年前より歯肉からの出血があり、以来近くの歯医者さんに通っていたのですが、通院直後は「1か月に一度」ペースだったのが、ここ半年は「2か月に1度」のペースになりました。少しずつ「口の中」の状態が良くなっていたようで、私自身にも少なからずそのような自覚があったのです。

 

本日もしっかり診察して頂いたのですが、

 

「あれ?かなり良くなってますよ!薬変えましたか?」

 

先生が少し驚いて私に尋ねました。

この先生は非常に熱心な方で(おそらく私と同年代か、あるいはちょっと年下)、原因がわからなかった歯肉からの出血を解明して下さいました。薬価辞典を私に掲げながら、

 

「これです、原因は!」

 

と、私が服用している高血圧の薬の「副作用」に「歯肉からの出血」という記載を見つけてくださいました。以前の主治医にも薬を変更するよう依頼してくれたり(依頼によって一度は薬を変更してくれたものの、なぜかまた元に戻してしまったのですが)、とにかく親切な先生で、その一件以来、すっかり「ファン」になってしまいました(笑)。

 

「いや、薬どころか、主治医まで変更しました!」

 

と告げると、なるほどという顔をされていましたが、現在の私の体調が良い方向に向かっていることだけは確かなようです。

 

以前の主治医から、よく

 

「全身状態が悪い!」

 

と叱責を受けていたのですが(笑)、生活上「極端に困る」ような自覚はないものの、歯肉からの出血があったり、皮膚が荒れたりと、細かな不具合がいくつも現れていました。このような積み重ねがいずれ「大病」に結びついてしまうことが、いわゆる「成人病」の恐ろしさなのでしょう。

一方で血糖値が適正に管理されていると思われる現在は、歯肉もかなり改善し、皮膚の荒れも治まっています。以前は服用薬の影響で常に「お腹を下した」ような状況だったのが、今や連日「快便」な状況が続いているのです(笑)。これが「当たり前」だといえば「当たり前」なのでしょうが、自らの体から発せられる「小さなサイン」を見逃さないこと、そして信頼のおける医療機関を受診することの大切さを改めて痛感した次第です。

 

誰しも若い頃は少々の無理が効いていたはずですが、年齢を重ねるにつれ、あたかもオンボロ中古車の如く、あちこちに「ガタ」がきて当然なのです。大切なのは日頃の「メンテナンス」であり、高校受験が目前に迫る中、発破をかける立場の私がくたばってはいられないと、「全身状態」を良好に保つ決意を新たにした火曜日の夜なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

現在の私の持ち物を見渡すと、自分自身のために購入したものというのがあまりありません。

最近財布が壊れてしまい、大変困っておりました。

1年ほど前に某大手ショッピングサイト「R」で激安購入したシロモノですが(笑)、大きくて使い勝手が良い(仕事柄、領収書やレシートなどを保管しておかなければならないため、私にとって「大きい」ことは正義なのです。決してお金がたくさん入っているという訳ではありません(笑))反面、やっぱり造りが「雑」で、あちこち傷んできました。特に困ったのが小銭を入れる部分のファスナーが取れてしまったこと(今どきの製品で、こんな壊れ方があるのだと、ある意味感心してしまいました)、そして「取っ手」の部分も簡単に外れてしまうようになり、ほとんど使い物にならなくなってしまっていたのでした。

 

新たな財布を購入しなければいけないのかな、などと考えていたところ、次男が、

 

「これ、使ってもいいよ!」

 

と差し出してきたのがこちらです。

これまで使ってきたものよりも少し容量は小さいのですが、造りがしっかりしていて、簡単には壊れそうにありません。まだまだ使用に耐えるものですが、次男は次男で新しい財布を購入したとのこと(この財布はどうやら次男には大き過ぎて使いにくかったようです)、ならばと遠慮なく頂戴することといたしました(笑)。

 

考えてみれば、次男からの「お下がり」はまだありました。

私は日々ノートパソコンや問題集、参考書類と、大量の荷物を持ち歩いているのですが、それらを運ぶための「鞄」の選定には非常に悩んでおりました。一時期は小型のスーツケースのようなものまで使っていたこともあるのです。

2年ほど前に次男が使用していた黒いバッグがところどころ色が剥げてしまい、ちょっとみすぼらしさを感じていたので、新しいものを買ってあげたことがありました。みすぼらしいとはいえ、まだまだ使用に耐え得るバッグだったのですが、その「お下がり」のバッグをいつからか私が使うようになりました(笑)。「使用感」は満載ですが、かなり重いものを運んでも使用上は何の問題もなく、非常に便利に、かつ安上がりに使用させて頂いております。

 

そういえば、次男は長男からの「お下がり」を、嫌な顔ひとすせず、というか半ば喜びながら使っている様子を何度も目にしていました。私も次男からの「お下がり」であれば、むしろ「新品」よりも好ましいとさえ感じてしまいます(笑)。「兄」や「姉」がいる方からすれば、「お下がり」のイメージは決してよいものばかりではないのかもしれませんが、少なくとも次男と私は、

 

「お下がり大歓迎!」

 

な性分だけはよく似たものだな、と妙に感心した日曜日の夕方なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!