先日、こんなニュースを目にしました。
沼津インター方面から伊豆縦貫道に乗ると、間もなく左手に大きな森永アイスクリームの工場が見えます。長泉町と裾野市の境目にあり、長泉町の「水道局」が隣接しているようです。長泉町内の小学生は、水道局に「社会科見学」へ行く際、なんと「お土産」として「パルム」を頂けるそうなのです。
これですね。故安倍元首相の好物だったアイスクリームとして有名です。長泉町の小学生は社会科見学でアイスを食べられるなんて、何と恵まれた子供たちなのでしょう!(笑)。
今回終売となる「ビエネッタ」ですが、私自身が何度も口にした訳ではありません。ただ、忘れ難い「思い出」がありました。
高校時代の野球部の恩師が、かなり厳しい方であったことはこのブログでも何度か書きましたが、ある年の年末に、
「新年は私の家まで年始の挨拶に来なさい!」
と言われたことがあったのです。恩師の自宅は修善寺であり、高校の所在地は沼津、20キロ以上の道のりがあるのですが、恩師は実に軽~く、
「走って来い!」
と言い放ったのでした(笑)。実に往復40キロ、新年早々フルマラソンを走らされることが決定し、暗澹たる気持ちで年末を過ごしたのでした(笑)。
何とか20キロを走破して年始を済ませ、お汁粉をご馳走になってから帰途に就いたのですが、もはや帰りは皆クタクタなのです(笑)。お腹も空いてきましたし、どうしたものかと思案していたところ、三島市でレストランを経営されている支援者の方が、お店に招待してくれたのです。
「ファミレス」ではない、高級感漂うレストランにユニフォーム姿かつ汗だくの高校生たちが無遠慮にお邪魔するのは、今から考えれば大変なご迷惑だったと思います。それでも支援者の方やお店の方は嫌な顔ひとつせずに「普段は食べられないような美味しい食事」を惜しげもなく振舞って下さったのでした。
ひとしきり食べ終わった頃に、お店の方が出してきてくださったのがこの「ビエネッタ」だったのです。その美味しさたるや、文字通り「ほっぺたが落ちそうな」感じがしたものでした(笑)。
実はその支援者の方、太平洋戦争直後に行われた「春の選抜大会」で全国制覇した野球部の方で、物心両面でチームを支えて頂いたのですが、とりわけ私は大変可愛がっていただき、大学での野球継続についても熱心に誘って下さった方でした。私や恩師の意向もあって、大学での野球継続は叶わなかったのですが、私にとっては間違いなく「恩人」の一人なのです。
40年近く経過した今でも、得も言われぬ「美味しさ」が忘れられない「思い出」が、またひとつ無くなろうとしているのは、何とも寂しい気持ちでいっぱいになってしまいます。「時の流れ」というのは実に残酷なものですが、せめてあの「忘れ難い味」を、私の心の中には永遠に残しておこうと考えているところです。
かつての「恩師」も「支援者」も今は鬼籍に入り、私自身もそろそろ人生の終焉に近づいていることを自覚せずにはいられなかった金曜日の朝なのでした。
頑張りましょう!






