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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

先日、こんなニュースを目にしました。

 

沼津インター方面から伊豆縦貫道に乗ると、間もなく左手に大きな森永アイスクリームの工場が見えます。長泉町と裾野市の境目にあり、長泉町の「水道局」が隣接しているようです。長泉町内の小学生は、水道局に「社会科見学」へ行く際、なんと「お土産」として「パルム」を頂けるそうなのです。

 

これですね。故安倍元首相の好物だったアイスクリームとして有名です。長泉町の小学生は社会科見学でアイスを食べられるなんて、何と恵まれた子供たちなのでしょう!(笑)。

 

今回終売となる「ビエネッタ」ですが、私自身が何度も口にした訳ではありません。ただ、忘れ難い「思い出」がありました。

 

高校時代の野球部の恩師が、かなり厳しい方であったことはこのブログでも何度か書きましたが、ある年の年末に、

 

「新年は私の家まで年始の挨拶に来なさい!」

 

と言われたことがあったのです。恩師の自宅は修善寺であり、高校の所在地は沼津、20キロ以上の道のりがあるのですが、恩師は実に軽~く、

 

「走って来い!」

 

と言い放ったのでした(笑)。実に往復40キロ、新年早々フルマラソンを走らされることが決定し、暗澹たる気持ちで年末を過ごしたのでした(笑)。

 

何とか20キロを走破して年始を済ませ、お汁粉をご馳走になってから帰途に就いたのですが、もはや帰りは皆クタクタなのです(笑)。お腹も空いてきましたし、どうしたものかと思案していたところ、三島市でレストランを経営されている支援者の方が、お店に招待してくれたのです。

「ファミレス」ではない、高級感漂うレストランにユニフォーム姿かつ汗だくの高校生たちが無遠慮にお邪魔するのは、今から考えれば大変なご迷惑だったと思います。それでも支援者の方やお店の方は嫌な顔ひとつせずに「普段は食べられないような美味しい食事」を惜しげもなく振舞って下さったのでした。

ひとしきり食べ終わった頃に、お店の方が出してきてくださったのがこの「ビエネッタ」だったのです。その美味しさたるや、文字通り「ほっぺたが落ちそうな」感じがしたものでした(笑)。

実はその支援者の方、太平洋戦争直後に行われた「春の選抜大会」で全国制覇した野球部の方で、物心両面でチームを支えて頂いたのですが、とりわけ私は大変可愛がっていただき、大学での野球継続についても熱心に誘って下さった方でした。私や恩師の意向もあって、大学での野球継続は叶わなかったのですが、私にとっては間違いなく「恩人」の一人なのです。

 

40年近く経過した今でも、得も言われぬ「美味しさ」が忘れられない「思い出」が、またひとつ無くなろうとしているのは、何とも寂しい気持ちでいっぱいになってしまいます。「時の流れ」というのは実に残酷なものですが、せめてあの「忘れ難い味」を、私の心の中には永遠に残しておこうと考えているところです。

 

かつての「恩師」も「支援者」も今は鬼籍に入り、私自身もそろそろ人生の終焉に近づいていることを自覚せずにはいられなかった金曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

私の居住する沼津市において、ちょっと気になるニュースを目にしました。

 

市内唯一の夜間救急病院で、10年にわたり「使途不明金」が発生し、その総額がなんと2億円を超えるとのこと、しかもその「使途不明金」を発生させたのが、たった一人の事務員だというのですから驚きです。当然のことながら、この事務員(すでに故人だそうですが)の責任は到底免れないものですが、特定の事務員に長年にわたって資金の管理を「任せきり」にしていた「指定管理者」の責任は重大だと断じざるを得ないのです。

 

私も若い頃にとある大きな医療団体に所属していました。経理課にも籍を置いていたのですが、そこでもいわゆる「小口現金」を管理していたのは、たった一人の女性事務員でした。「小口現金」とはいっても、地域の中核病院ともなれば、日々4ケタ万円の「現金」が行き来するものです。そのような多額の現金をたった一人の「事務員」が管理する体制自体が「誤っている」ことは確かなのです。私が経理課に在籍していた時も、この事務員が日々1万円、2万円を「抜いていた」としても、おそらくは誰も気づかないだろうなと感じていました。この職場を早めに「去る」決断をした一因には、このようなずさんな管理体制に嫌気がさしたこともあったのです。

 

とくに「お金」の面に関しては、「衆人環視」や「客観性」が極めて重要だと強く感じます。公務員や銀行員が数年ごとに転勤や配置換えを繰り返すのは、まさに今回のような「不正」を未然に防ぐ狙いがあるのでしょう。特に繁忙を極めていたり、人手が足りない職場においては、どうしても誰かに「任せきり」になってしまうケースがあると思いますが、それでも定期的に細かな監査を実施して、「一個人の暴走」を未然に防ぐように努めなければならないと痛感しています。それは企業の大小を問わず、私共のような零細中小塾においても同様でしょう。

 

それにしても、記事によれば「使途不明金」の総額は、判明しているだけでも2億5千万円を超えるそうです。これ、いったいどうするの?と、ちょっと心配になってしまった私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

先日、昨年まで在塾してくれた塾生(現在は高校1年生)にちょっとした「プレゼント」をしました。それがこちら。

私は高校時代、野球に明け暮れたあまり、正直なところ「学力面」については大いに不安がありました。特に「英語」については壊滅的で、もはや「何から手を付けたらよいかわからない」状態でした。我ながら何とも情けない状況だったのです(笑)。

 

英文解釈はおろか、基本的な英文法さえ理解しておらず、「偏差値」は安定して「30台半ば」、このままでは進学そのものが絶望的な状態でした。

基本的な参考書でさえ手に余る状態であった私は、現状において、

 

「いったい何ができるのだろう?」

 

と無い知恵を絞った挙句、ひとつの結論に達したのです。

 

「「覚えりゃ済む」ことだけ、徹底的にやろう!」

 

英語においては、それは「英単語・英熟語の徹底的な暗記」に他なりませんでした。とにかくしばらくの間、英語に関しては英単語・英熟語を暗記するだけ、元来暗記という作業は少なからず苦痛が伴う(あえて「勉強」ではなく、「作業」と書きます)ものですが、とにかく「何も手につかない」私としては、この作業だけが文字通り「最後の砦」に思われたのです。それでもこの作業自体に本当に「効果」があるのか、当の私自身も半信半疑だったことは確かなのです。それでも、当時の私にとっては「これしかできることがなかった」というのも、またれっきとした事実でもありました。

 

そんな単調極まる作業を続けていくうちに、なぜか少しずつ英語の成績が伸びていく自覚が得られるようになったのです。かつては意味が理解できなかった参考書も、少しずつ理解が進むようになりました。そんな「ほんの少しずつ」ではあるけれど、自信と確信を掴みつつあった時期に出会ったのが、上掲の「文法書」だったのです。平易な文章で書かれていたこの参考書は、「知識ゼロ」状態であった当時の私にとって、まさに福音とも呼ぶべき存在であったのです。最も苦手だった英語の偏差値が、最終的に65まで上昇させることができたのは、何も手がつかない時期に諦めずに英単語・英熟語に徹底的に向き合ったこと、そしてこの良書に巡り合えたことに尽きると、今でも確信しているのです。

 

今回私にとって忘れ難い参考書を彼に贈呈したのは、本当は卒塾時に渡したかったものの、現在は絶版(改訂されたものは現在も出版されているようですが、私自身が「当時のもの」に拘っていたため)のため、古本屋さんで探すほかなく、どうしても見つからなかったからなのです。先日たまたま古本屋さんで見つけ、急ぎ確保して彼に贈呈させて頂いた次第です。

残念ながら、第一志望への想いを遂げることができず、高校において「捲土重来を期す」彼は、高校受験時、かつての私と同様に少々英語を苦手としていました。そんな彼に、往時の自分自身の姿を重ね合わせていたのかもしれません。いささか古い参考書で、彼にとってはあまり嬉しくない「贈り物」だったのかもしれませんが(笑)、大学入試においてはぜひ「リベンジ」を果たしてほしいと、強く願っているところです。

 

学力が思うように伸びない子(親)の「主張」で、よく、

 

「何を勉強したらよいか、わからない!」

 

という方がいらっしゃいます。果たして、それは本当のことなのでしょうか?学力が伸びない現状であっても、「できること」はいくらでもあるはずなのです。かつての私のように、「英語がチンプンカンプン」であれば、とにかく新出英単語を覚えることから始めればよいのです。何よりも、多少「的外れ」な学習であっても、とにかく「机に向かう習慣」さえ定着していれば、いかようにも「軌道修正」してあげることはできるのです。「何をしたらよいか、わからない。」というのは、単なる「体のよい言い訳」でしかないことを、まずは理解しなければなりません。

 

「な~んにもない状態」であっても、「できること」はきっとあるはずなのです。効率を求めることも大切ですが、まずはとにかく「やってみること」を重視していただきたいと強く願います。そうすれば、きっと「世界」が変わって見えることを、かつての「劣等生」であった私が保証いたします(笑)。

 

頑張りましょう!

 

先日、母の車にカーナビを取り付けて頂きました。

 

母の車ですので、出かけるのはほぼ近隣のスーパーのみなのですが、長男が大学生になり、運転免許を取得した際、時折母の車を使うようになりました。最近は生意気にも「彼女」ができて(笑)、その彼女とのドライブにも使用するようなのですが、その際はカーナビがないと何かと不便だそうなのです。特に音楽好きの倅は、Bluetoothの装備は「絶対条件」のようで、かねてから「何とかしてほしい!」と懇願されておりました。

 

さりとて13年落ちの車に大金をはたいて新しいカーナビを導入するのも忍びなく、格安の中古(ただしBluetoothがついているもの)を探していたのですが、運よく「3000円」で見つけ、即購入しました(笑)。けれども、いったいどうやって車に装着するのか・・・

困っていたところ、ご近所で格安でカーナビを取り付けてくれるという方を見つけ、急遽お願いすることになりました。

この方、聞けば若い頃に自動車整備の学校に通っていたそうで、電装品は勿論のこと、エンジンや足回り、果ては板金塗装までひと通り勉強されたようです。ナビゲーションの取り付けにいかほどの費用がかかるのか、恐る恐る聞いてみたのですが、何と驚愕の、

 

「3000円」

 

だそうで、大変驚きました(笑)。自動車整備全般が対応可能とのことで、ついでにオイルとエレメントまで交換していただき、代金は

 

「5000円」

 

のみ。何だかこちらが恐縮してしまうような価格設定でした(笑)。これらの作業を業者さんに依頼したら4~5倍の価格になってしまうと思います。

問題はその「出来栄え」ですが、写真の通り何の問題もありません。件の「Bluetooth」についてもスムーズに接続でき、長男は大喜び、これで彼女さんと楽しくデートできるのではないでしょうか?(笑)。

 

今回の価格設定を見ても、この方は「商売」という側面だけでやっているとはどうしても思えないのです。恐らくは「車の整備が大好きな方」なのでしょう。その「手際の良さ」から、ただの素人仕事ではないということは一目瞭然なのですが、人から見れば難しそうであったり、煩雑に見える仕事であっても、自分自身にとって「好ましい」と感じられる対象であれば、「道を究める」ことは十分に可能であるということを改めて思い知った気がしました。このことは勉強においても同様だと思うのです。苦痛としか感じられないのが「勉強」なのかもしれませんが(笑)、そんな中でもほんの少しでもよいから「面白いかも?」と感じられることが大切であり、我々「教える側」として、子供たちに興味を惹いてもらえるような「きっかけ」を提供できるように努めていかなければならないと、改めて感じ入った次第です。

 

何事も「好き」という感情が大切なのかもしれないと、何となく思い至った火曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

今回の記事の表題について、誤解のなきようにあらかじめ説明しておきますが、この世で起こる種々の問題について、「圧力」をもって「もみ消そう」という趣旨では決してありません(笑)。

 

受験でもスポーツでも同じだと思いますが、いざ「勝負の時」には、尋常ならざるプレッシャーに襲われるものです。技術や知識は「鍛錬」により向上する可能性は高いのですが、迫りくるプレッシャーに抗う術というのは、一朝一夕に体得できるものではないのです。

私は高校時代、野球に明け暮れていた話はこのブログでも何度か書きましたが、当時の恩師は非常に「圧の強い」方でした。試合中はもちろんのこと、特に練習中は少しでも気を抜いたプレーをすれば、烈火の如く怒り、相応の「罰」を与えることが「日常」であったのです。

今になって考えれば、今の時代では「アウト」なことも多々あったのですが(笑)、その「狙い」は理解できるのです。例えば守備において、「取ったらすぐ投げる」ことを口酸っぱく言われていたのですが、その指導が苛烈で、どう考えてもそんなに早く投げられる訳がない、というタイミングを求められるのです。何とか少しでも早く投げられるように精一杯急ぐのですが、そうなるとプレー自体が雑になります。そうしたら今度は「プレーが雑だ!」と叱られてしまう(笑)、いったいどうしたらいいの?という感じだったのです(笑)。

 

一方で、日々このような練習をしていると、いざ試合になってほんの少しの「余裕」が生まれることは確かなのです。その「余裕」こそが、ミスを未然に防ぐための「余裕」となることを、実に愚かな私たちは「後になって」知ることになるのでした(笑)。普段行っている「鍛錬」に、少しだけ「圧」をかけることによって、「本番」でほんの少しの「余裕」が生まれる、その「余裕」こそが合否を分ける決定的な要因になることだってあるのだと、私は考えているのです。

 

受験生はこの時期になると過去問や演習問題に取り組んでいると思いますが、制限時間が「50分」であれば、あえて「40分」に設定して取り組んでみてはいかがでしょうか?決して簡単なことではないと思いますが、その「10分の余裕」が心の「落ち着き」を生み、ケアレスミスを未然に防止するのに大いに役立つはずです。

普段できていないことが、「本番」でできるはずがないのです。「練習」だからこそ、ちょっとした「圧」をかけてみることが、実のところ本当の意味での「本番を想定した練習」だと言えるのかもしれません。

 

頑張りましょう!

私は元来大の「米好き」なのですが、糖尿病対策の食事療法を取り入れて以来、残念ながら全く口にすることが無くなりました。

やや特殊な食事内容なため、私自身がスーパーに買い出しに出向き、日々食料品の価格を目にするようになったのですが、ここ最近の野菜・米などの価格高騰には驚くほかありません。

キャベツなどは、今や私の「主食」といってもよい重要な野菜なのですが、沼津のような田舎でも一時期は一玉500円以上にも高騰してしまい、もはや「ぜいたく品」の範疇に入ってしまったような感じがしたものです。現在のキャベツの価格はややが落ち着いてきたようなのですが、依然として「米」は価格の高止まりどころか、米自体の流通量があまりにも少なく、困っているご家庭が少なくないようです。

 

聞くところによれば、コメの作況指数が示す通り、収穫量そのものが減少している訳では決してなく、ひとえに流通システム上の問題によって需給がひっ迫しているようなのです。真偽のほどは確かではないのですが、一部の中間流通業者が米を大量に買い占めて、価格のつり上げを狙っているそうです。同時に米の「先物取引」が導入されてから、相対的に米の価格が上昇傾向にあるそうです。要は凶作による「米不足」などが米の高騰や米不足の原因ではなく、一部の「過剰な利益追求者」の暴走によって現在のような状況が引き起こされているようなのです。

 

電気やガス、水道などの、いわゆる「ライフライン」の価格については、供給側が勝手に価格を調整できるものではなく、政府の「認可」が必要であることは知っての通りです。ライフラインが一部の業者の差配によって絶たれるようなことがあれば、生きることさえ困難になってしまうのは当然のことなのです。翻って、日本人の主食である「米」についても同様なことが言えるのではないかと、私は考えるのです。現状を放置すれば、生活全般について困窮する家庭も多いでしょうし、ますます「米離れ」が進むことは間違いがありません。ひいては、我が国が長年にわたって綿々と引き継いできた「米文化」を失ってしまうことになりかねないのでは?と、個人的には大いに危惧しているところなのです。

 

米の価格が高騰し、その高騰した部分の差益が農家の皆さんに適正に配分されるのであればともかく、一部の「買占め業者」だけが「美味しい思い」をする社会は、完全に間違っていると思います。私自身はやみくもに規制をかけることには反対の立場ではありますが、こと「ライフライン」やそれに匹敵する米などの重要な食材等については、その動向をきちんと監視・抑制する制度設計が早急に必要だと強く感じた次第です。

 

私自身は「米」から離れて久しいのですが、万が一に備えて、常に「オートミール」を10袋ほど「買いだめ」しております(笑)。

「主食」くらいは、何の心配もなくいつでも食べられる「当たり前の国」になりますように。

 

頑張りましょう!

私は「雇われ教室長」だったころを含めれば、もう30年近く「小さな塾」に携わっていることになります。

静岡県東部の富士市・沼津市・三島市にて勤務してきましたが、各々の地で各々の「特徴」があり、保護者様や子供に対する接し方も臨機応変に対応していかなければならないように感じています。

 

私が「教室長」として初めて勤務した「富士市」は、教室が隣市である富士宮市(富士市よりもやや自然豊かな土地だと言えると思います)に近いということもあってか、子供も保護者様も朴訥とした感じの方が多かったように思います。良い意味で「素直な人たち」、悪く言えば「垢抜けない人たち(ごめんなさい!)」という感じで、私は好きな土地柄でした。何代もこの地に根を張って暮らしているご家族が多かったのも、その要因のひとつだったかもしれません。

 

「沼津市」については現在私が居住している土地ですが、少し富士市に似ているかもしれません。ただし、この3市の中で最も「元気がない」というか、かつてバブル期の頃に活気に溢れた街や人々の様子は全く感じられなくなってしまいました。子供の数も見る見る減少してしまい、20年前は数百人の児童を抱えていた地元の小学校も、いよいよ「1学年1クラス」になってしまいそうなのです。このような街全体の「覇気のなさ」は、子供はもとより、人々の生活にも少なからず影響を与えているような気がしてなりません。愛すべき我が故郷ですので、何とか活気ある街へと復活を遂げて頂きたいものです。

 

最後に「三島市」ですが、ここは富士市や沼津市とは明らかに街の様子が違っているように感じます。隣町である長泉町を含めれば、現在においても子供の数が増え続けている小中学校もあり、新しい道路やインフラも造られており、文字通り「活気溢れる街」のように私には映っています。全国各地から移住者が集い、「田舎の塾」としての対応では十分でないケースも散見されています。正直なところ、ちょっと「つかみどころがない」というのが本音なのですが、良い面についても悪い面についても、三島市の人たちには驚かされることが多いという印象です。

 

現在当塾は三島市をメインに、沼津市にも教室を構えておりますが、当然のことながらその土地土地に合った指導と対応を心掛けることが何よりも重要だと考えます。はっきり言って、ちょー難しいけど(笑)。

本日は沼津にて授業です。今日は定期テストでした。どんな出来だったのか、今から楽しみな私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

ここ最近、長男が「ウザい」のです(笑)。

 

いよいよ大学4年となり、教員採用試験を目前に控えた長男は、早くも「願書」を出す段階で行き詰っているようです。「志望理由」の欄が上手く書けず、昼夜問わず私に助けを求めに来ます(笑)。教授連中にも添削をお願いしているようですが、私から見ても、

 

「何だコレ?」

 

というようなトンデモ添削が多く(複数の教授に見てもらっているようですが)、かなり混乱しているように見受けられます。「教育ムラ」の中では「これが普通」なのかもしれませんが、このような極めて無駄な時間と労力は「実践での鍛錬」に振り向けるべきだと考えるのは果たして私だけでしょうか?

 

「「~だと思う」を「~だと考える」に変えたいんだけど、どう思う?」

 

実に「どうでもよい」枝葉末節な論点を極めて真剣に問いかけてくる長男を見る度、この子の最大の欠点はこのような「神経質さ」だと改めて認識し直した次第です。いったい誰に似たのだろう?(笑)。

 

一方で今春から大学生となる次男もやっぱり兄と同じ大学の、同じ「教育学部」に進学が内定しています。何を思って兄弟そろって「教育学部」なのか、親父の姿を見て嫌にならなかったのか、不思議でなりません(笑)。兄は一般入試でしたが、次男は推薦入試、学力という観点から見れば、次男は長男に「コールド負け」といった感じなのです(笑)。

一方で、次男は長男とは性格的に大きく異なっていて、超がつくほどの「楽観主義」(笑)、加えて当意即妙の処世に長けているように感じます。ビブリオバトルにしても、発表後に必ず「質疑応答」があるのですが、少々意地悪な質問に対しても、ユーモアを交えながら、良い意味で「テキトーに」答える術を持っているようです(笑)。細かいことを気にせず、その場その場で何ができるか考え、実践する能力は、明らかに兄を上回っているように感じます。

 

兄弟とはいえ「別の人間」であることは確かなので、その容姿や性格は異なって当然なのですが、それでも「幹」である「進路」については同じ大学・同じ学部に進学するのは、何だか面白い気がするのです。各々の長所を生かし、「欠点」でさえ「個性」に変えて、兄弟で通学するであろう1年間を大切に過ごしてほしいと、親として強く感じているところです。「似ているようで、異なる兄弟」が、この先どのような未来を描いていくのか、「無責任な親」としては、生暖かく傍観していこうじゃないか!と何となく感じた水曜日の朝なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

本日は午前中に「某全国チェーン系古本屋」に出向きました(笑)。

 

塾で使用する参考書や、コンピューター関連の本などは書店で購入することも多いのですが、同時に古書も頻繁に利用させて頂いています。特に今は絶版となってしまった「名著」は古本屋さんで探すほかなく、結局は足繫く通うことになるのです。

今のご時世、ネットで検索すれば手間がかからないという方も多いかと思いますが、そんな「手間」さえ愛おしく思え、また実際に「手に取って」書籍に触れる感動は、何物にも代えがたい感慨があるような気がするのです(あくまで個人的な感想なのですが)。

 

本日は祝日で、店内には子供連れのお客さんも数多くいらっしゃいました。そんな中、おそらくは3歳くらいの女の子が、私の方につかつかとやってきたのです。

私に対して特に何か訴える訳でもなく、すぐそばにはお父様と思しき男性もいて(このお父さん、子供連れにもかかわらず、専ら読書に没頭されていたのですが)、どうしたのだろう?と思っていたのですが、とにかく私に向かって微笑みかけてくるのです(笑)。

そんな可愛らしい子に対して、私も「仏頂面」で応対する訳にはいかないので(笑)、これでもか!というほどのにこやかな表情を作って対応してあげました。それが嬉しかったのかどうかわからないのですが、私が退店するまで、その女の子はずっと私のそばをうろうろしていたのでした(笑)。

 

私には息子が2人いますが、残念ながら「娘」はいません。

妻が次男を妊娠した際、エコー検査の結果、医師から、

 

「どうやら女の子みたいですよ!」

 

と伝えられ、喜び勇んだ妻がフリフリの可愛らしい服を準備して待っていたところ、いざ生まれてみたら男の子(笑)、単におちんちんが小さくてエコーに写らなかったという、全く笑えない実話を思い出してしまいました(笑)。妻は5回妊娠し、3回流産しているのですが、残念ながらこの世に生を受けることができなかった3人の子の中には、もしかしたら女の子がいたのかもしれません。もしも無事生まれてきていたら、私や妻もまた違った人生を歩んでいたのかもしれません。まあ、あくまで「仮定」の話なのですが(笑)。

 

ひとつだけ確かなことは、今日古本屋で会ったあの女の子は、受験直前というやや殺伐とした雰囲気の中で、私にとっては大いに「心の癒し」となったという事実です。いつまでも無垢な笑顔を忘れずに、素敵な女性に成長していただきたいと、心から感じた火曜日の午前中なのでした。

 

頑張りましょう!

先日のブログで、私の持病である「糖尿病」について、その「血糖値」の管理が比較的うまくいっていることを話しました。

 

体重も落ち、血糖値に関する数値も順調に下降しており、日々の努力が報われているような気がして、私自身も何だか嬉しいのです(笑)。このような私自身の「小さな体験」が、子供たちを指導する際にも少しだけ役立っているような気がしています。

努力の成果が「形」となって現れれば、誰だって嬉しいのです。日々子供たちに厳しく接するのは、ある意味で私の「宿命」でもありますが、ひとたび「頑張った成果」が現れたときは、少々大袈裟に褒めてあげようとも思っています。そんな「小さなこと」が、「大きなモチベーション」につながることだってあるのです。

 

ところで、主食を大好きな「白米」から「オートミール」に変更し、野菜中心の生活を送っている私には、日々様々な「誘惑」が襲ってくるのです(笑)。中でも最も厄介なのは、他ならぬ「母」なのです(笑)。

 

塾講師という職業柄、やや不規則な生活を強いられている私にとって、母からすれば私は今でも「心配の種」であることは変わりがないようです。基本的に自分の食事は私自身が作るのですが、勤務前にとる食事だけは母が作りたがります(笑)。そのメニューに、少々問題があるのです。

 

当然のことながら、母は私が「食事制限」をしていることはわかっています。にもかかわらず、何度お願いしても「脂っこいもの」を私に食べさせようとするのです。そりゃ私だってたまには「油ギトギト」のものを食べたいのは確かですが、そんな生活をしてきたからこその「不摂生の結果」であり、常に欲望と戦っているのです(笑)。にもかかわらず、

 

「美味しいから、栄養があるから。」

 

と、私にとっては禁忌な食事ばかり食べさせようとします。何度断っても繰り返し、しまいには不貞腐れてしまうので、私自身も「手の打ちようがない」というのが正直なところなのです(笑)。

 

「食べたくても、食べられない」人の前に「美味しいもの」を並べることはもはや「犯罪」であり、早急な法整備が必要でしょう(笑)。これならいっそ自分で作った食事を食べたいのですが、そうすればさらにややこしいことになってしまいます(笑)。どうしたものか・・・

 

私の「糖尿病」の治療に対する「敵」は、実は極めて身近にいた、というお話でした(笑)。それでも「生きるために」、私の戦いは今日も続くのです(笑)。

 

頑張りましょう!