エフォートアカデミー塾長日記 -25ページ目

エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

公立高校入試も無事終了し、当塾の塾生たちも、

 

「まあまあだった。」

 

というよくわからないままの感想をもって「人生の岐路」をやり過ごしたようです(笑)。これまでの成績から鑑みて、本年度の受験生は「よほどのことがない限り」大丈夫だとは思いますが、「よほどのこと」があるのが受験でもあるのです。合格の報を聞くその日まで、私が気が休まる時は来ないのです(笑)。

 

高校受験生にしろ大学受験生にしろ、受験が終了した今の時期は、大いに「弛緩」している時期だと思います。これまで少々無理をして頑張った方も多いと思うので、「ひと時の休息」はあらゆる意味で必要だと思います。

 

一方で、高校1年生は入学早々に「実力テスト」が実施されます。合格後に課される「宿題」をきちんと消化し、春休み期間中も勉強を「中断」することがなければ、相応の点数が取れるはずです。この実力テストにおいて、入試時よりも著しく点数が低い場合は、

 

「春休みにサボったな!」

 

という事実がバレてしまうことになるのです(笑)。「学校」も「恋愛」も、第一印象はとても大切です(笑)。

 

「こいつはサボりグセがあるな・・・」

 

と入学当初に認識されてしまったら、後々厄介なことになるのを覚悟すべきなのです。進学しても引き続き勉強をするのですから、いつまでも「弛みっぱなし」は禁物です。

 

これまでは「入試をパスするため」に、(手法はともあれ)1点でも多く得点する「テクニック」を学んできた側面は否定できない事実です。それは「勉強の本質」とはやや乖離した「邪道」であると言えるのかもしれません。

入試は無事終了したものの、各々に「苦手科目」や「嫌いな科目」があるはずです。今の「比較的自由な時期」に、それらの科目を「きちんと復習」することが、今後の新生活を円滑に過ごすためには極めて重要であることをしっかり認識していただきたいと強く感じています。

 

何事も「スタートダッシュ」を決めることが、勝負の行く末を大きく左右するのは当然です。しっかりと「休養」をとった後は、新生活への「準備」をなるべく早く開始することが、後の自らを大いに助ける結果につながることは確かなのです。

 

合否が判別していない時期にこのようなことを提言するのはいささか酷であることは「百も承知」なのですが(笑)、今だからこそ「新生活への準備」をしっかり行うことの重要性を説かせて頂きました。

 

皆さんの「勉強の日々」は、まだまだ続くのです。

 

頑張りましょう!

昨日の小春日和から一転、本日は文字通りの「冷たい雨」が降り続いている状況です。当地では雪が降るのは稀ですが、このまま気温が上がらなければ、降雪や路面の凍結が心配になってしまうほどです。明後日の公立高校入試に影響が出なければよいのですが、本日も体調不良で2名が欠席とのこと、少し不安な私なのです。

 

話は変わりますが、私は都合3教室の掃除を一手に担当しております(笑)。責任者たるもの、「トイレ掃除」は自らやるべきだというのが私の持論なのですが、それは私自身がきれい好きだからでは決してなく(笑)、「トイレ掃除」を通じて「見えてくるもの」があるからなのです。

 

特に小学生などはトイレを汚す可能性が高いので、小学生がトイレを使用した際はすぐに状況を見に行くようにしています。小学生も様々で、勉強ができる子や中学受験を目指す子、発達障害や知的障害など、学習上の問題を抱えている子もいますが、そんな学習上の「差」と同様にトイレの「使用状況」が比例しているとは限らないのです。

学習や行動に少々の問題があるお子さんが、トイレを汚してしまうというのは、完全な「間違い」です。トイレの使用などは、まさに「躾」の範疇であり、学習上の問題があっても保護者様がしっかり躾をされていれば、誰かに迷惑をかけるようなことはしません。きれいに使用してくれて、私としてもほっとできるのです。

一方で、確かに「賢い子」なのだけれど、トイレに限らず、共用部分について、他者への配慮に欠けるお子さんも散見されるのです。そんな子が使用したトイレの後は・・・推して知るべしなのですが、たとえ勉強はできたとしても、「人として」最低限のマナーを身に着けていない、きちんと躾をされていない子供の将来を心配せずにはいられないのです。

 

「子は親を映す鏡」とよく言いますが、ほんの少しでも他者への配慮があれば、誰でもできるようなことが「できない」のは、もしかしたら勉強ができないことよりも大きな問題なのかもしれない、と私は考えてしまうのです。学力や偏差値に注目することはとても大切なことですが、時には我が子の「常識」や「実態」について、深く知る機会を設けることが、ある意味で「親の義務」ではないかと思うのです。「知恵を蓄える」ことと同様に、「最低限の社会性を身に着ける」こともまた、生きる術としては極めて重要だと感じます。

 

たかが「トイレの使い方」ひとつのことですが、「一事が万事」、せっせとトイレを掃除して回る私のためにも(笑)、お子様の「トイレマナー」について検証して頂きたいと、強く願った月曜日の午後なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

昨日は次男の卒業式でしたが、本日日曜日は朝から県立高校受験生向けの、最後の答案演習会です。昨日は少しだけ感傷に浸る時間があったのですが、数時間もすれば「現実」に引き戻されてしまいます(笑)。

 

夜型の脳ミソを修正すべく、直前期には必ず朝からの演習を実施するようにしています。当然のことながら、受験本番では朝から脳ミソをフル回転させなければなりません。そのための「準備」は必須だと考えているのです。

 

本日は非常に気候が良く、「小春日和」という表現がぴったりな陽気です。しかしながら、明日からはまた寒気が戻るそうで、本日の最高気温から実に15度近く下がるそうです。少し体調を崩している受験生もいて、この先の「寒暖差」を心配しているところです。

まさに来週には受験本番を控えている訳ですが、この時期に塾内のみならず、自宅においても過去問や演習問題を解く受験生が多いと思います。その際に注意すべきことは、受験となれば、まずは「得点」が重視されるという、ごく当たり前の事実を再度認識すべきだということです。この点を軽視する子が少なくないので、要注意なのです。

この期に及んで「チャレンジ精神」を発揮し、「難しい問題にチャレンジする!」などという発想は、ぜひ捨てて頂きたいと強く感じます。まずは「できる(できそうな)問題」を、「早く、正確に解く」ことに重点を置くべきなのです。すべての問題を早めに終えてしまえば、その分の時間を「見直し」に回すことができます。それはすなわち「ケアレスミス」を防止することにつながります。

数学でいえば、後半の二次関数や相似の証明ができなければ(もしくはあまりにも時間がかかりそうであれば)、潔く「諦めて」、「確実に正解できそうな問題」の方に時間と労力を割くことがより合理的でしょう。(もちろんトップ校を狙う受験生は、限りなく「満点」を目指す必要がありますが、難問を正解しなければ合格できない高校ばかりではないはずなのです)。

 

皆さんの「頑張り」や「学習意欲」は、高校入学後に必ず誰かが見ていてくれるはずです。入試を目前とした今は、文字通り「点取りゲーム」をうまく「やり過ごす」ことが何よりも重要なのです。合理的に事を進めることを肝に銘じて頂きたいと強く願います。

 

自宅などで独自に演習問題を解く際は、本番を想定してきちんと時間測定をし、一連の問題の中で、「上手なやり繰り」を念頭に置いておくことが大切です。当然のことですが、1点でも多く得点した子が、合格に一歩近づくという事実を、再度しっかりと認識してください!

 

頑張りましょう!

本日は次男の卒業式でした。

昨日のブログでお話しした、私自身の高校時代の担任であり、次男が6年間テニス部でお世話になった恩師にはお会いできず、また中学の入学式で会った2メートルを優に超える黒人のお父様にもお会いできず、少し残念な部分もありました。

加えて、なぜか卒業式の開始が20分ほど遅れ、来賓の市長をはじめ、小さなお子様連れを含んだ多くの出席者が理由もわからずに、寒い体育館で「待ちぼうけ」状態でした。次男がお世話になった高校の「悪口」はあまり言いたくはないのですが、この学校はそもそも「不手際」が多く、その「理由」も自ら弁明せずに、これまでも何度か問題になったことがありました。最後の最後まで「これ」かと(笑)、この学校らしいと言えばそれまでなのですが、先生たち自身が「社会性」を学ぶべきでは?と率直に感じてしまいました。

 

開式が20分も遅れながら、かなり「冗長」だと感じざるを得ない校長先生の長~いお話を経て(笑)、特段の感動もなく式典は終了、その後に各クラスに分かれ、最後の「ホームルーム」が行われたのでした。

都合6年間の「中高一貫での生活」は、次男にとって生涯忘れ難い思い出となったことでしょう。学校自体に種々の問題があることは厳然たる事実ではありますが(笑)、次男の場合は「高校受験」という節目がなかったからこそ、中高生活を満喫できたといっても過言ではないのです。「ビブリオバトル」という「目標」が見つけられたことだけでも、次男にとってはこの学校に在学した「意義」があったのではないかと、親としては強く感じているところです。

 

池井戸潤氏原作の「下町ロケット」というドラマの中で、町工場の社長である主人公・佃航平の言葉です。

 

「挑戦の終わりは、新たな挑戦の始まりである。」

 

我が子の「成長」は、親としてこの上ない喜びであるとともに、いくばくかの「寂しさ」を禁じ得ないのも、また確かなのです。高校卒業という人生の「節目」を無事迎えられた次男が、大人として「新たな挑戦」に対峙する姿を、親としてこれからも見守っていきたいと考えているところです。

 

「光陰矢の如し」とはよく言ったもので、あんなに可愛らしかった倅2人はあっという間に「大学生」になってしまいました(笑)。二人の大学生活は残されてはいるものの、親としては「大きな荷物」をやっと下ろせたような、そんな気分でいることもまた確かなのです。

 

「別れは出会いの始まり」でもあるのです。万感の思いを込めて高校を卒業した次男が、来るべき大学生活での益々の活躍を願いつつ、

 

いざ、さらば。

 

頑張りましょう!

いよいよ公立入試まであと4日、今週土曜日は中3生の問題演習を予定していました。朝からの通塾で、極力本番を想定した演習となります。「夜型」の多い中高生にとって、朝一番から脳ミソをフル回転させる「練習」は不可欠だと考えています。

 

ところが!すっかり忘れていたのですが、今週土曜日は次男の「卒業式」だったのです(笑)。私自身が出席するかどうかはわかりませんが、少なくとも送迎はしなければならず、午前中は必ず空けておかなければならないはずでした。私自身が受験前の「焦り」に翻弄されて、「大事なこと」をすっかり忘れてしまっていたのです(笑)。

 

昨日木曜日の中3生はオンライン授業で、その授業の冒頭で土曜日の演習を日曜日に変更できないか打診したのですが、幸いにもスムーズに変更に応じてくれて、心底ほっとしました(笑)。

 

次男は都合6年間「公立中高一貫校」にお世話になったのですが、中高の在学中、一貫して「テニス部」に所属していました。そのテニス部の顧問の先生が、なんと私の高校1年生の時の担任の先生だったのです。親子揃ってお世話になり、とりわけ次男は6年間もお世話になっていたにもかかわらず、ついぞ一度もご挨拶をさせて頂く機会が訪れませんでした。私自身はそれが少し気がかりであり、可能であれば卒業式の際に「遅ればせながらのご挨拶」をさせて頂きたいと考えていたのです。にもかかわらず、目の前に迫った「受験」のため、大切なことさえすっかり失念してしまっておりました(笑)。

 

そういえば、6年前の「入学式」の際、私の隣に今まで見たこともない「大男」が座り、大変驚きました。身長は優に2メートルを超えていたと思います。アフリカ系黒人の方と思しきその方は、お嬢様がバスケット部に在籍されるそうで、いわゆる「期待の新人」だそうでした。次男と同じクラスになったそのお嬢様は、今春から何度も全国制覇を成し遂げている強豪大学のバスケットボール部に進学され、すでに大学の合宿所にも入られているそうです。初めて見たお父様の「大きさ」には心底びっくりしたものですが(笑)、自らの意思でそれぞれの進路を選択した子供たちの成長には、親として大変感慨深いものがあるのです。正直なところ、「バスケット」なるスポーツにはちっとも興味がなかったのですが(笑)、大学女子バスケットだけは少しだけ注目していきたいと思っています。

 

中学入学時はまだまだあどけなさが残っていた次男も、今春からは「大学生」となります。次男の人生の「節目」を、この目に焼き付けておこうと考えた、金曜日の「授業の合間」なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

昨日の授業では、とある塾生と学校生活や家庭環境について、深い部分まで「ざっくばらんに」お話しすることができました。

 

私は常々、このような「雑談」を重視し、講師たちにも何気ない会話にも敏感であるよう求めます。学力や素行が思わしくない場合、その原因が単なる「勉強不足」だけではない場合があるのです。例えば、学校で壮絶な「いじめ」を受けている場合などは、もはや「勉強」どころではない、という心境に至るのは無理からぬことなのです。そして、そんな極めて重要な真実を、当の親は知らない(子供が親に話さない、あるいは話せない)状況が現実にそこかしこで発生しているのです。

 

親や学校の先生にはとても相談できないような話でも、「塾のおじさん」には相談できる、そんな場所でなければ、私どものような小さな個別指導塾の「存在意義」などないのではないかと思うのです。学力不振の「原因」を掘り下げていくことは、時に授業の遂行をいったん中止してでも優先すべき事項だと、私は考えているのです。

 

お話の内容はなかなかにヘビーであり、かつプライバシーの問題もあるので、ここで詳らかにする訳にはいかないのですが、少なくとも家庭環境においては、中学生にとってはあまりにも酷な状況であったと感じました。保護者様も入塾面談などの際にありのままをお話してくださればよかったのに、とも思いますが、そう簡単に「他人」に打ち明けられるほど「生易しい問題」ではないということは痛いほど理解できます。大人であっても子供であっても、「抱えきれない問題」について、誰かに吐き出すことによって少しは「マシ」になることはあるはずで、私や当塾がそんな「愚痴を吐き出す場所」であり続けることが、私にとって、塾生にとって、そして保護者様にとっても大切なことではないかと考えているところなのです。

 

そんな過酷な状況の中でも、子供たちは日々成長し、自らの「将来」について「青写真」を描いていかなければなりません。我々指導させて頂く立場の人間としては、子供たちに様々な「可能性」を提示し、子供自身が興味を示した方向性いついて、学習面でサポートすることが「義務」だと考えています。「できないこと」にため息を吐くばかりではなく、子供自身が「できること」「やりたいこと」を持てるよう、あらゆる可能性を提示していくことが何よりも重要だと考えているところなのです。

 

各ご家庭には、それぞれの問題が少なからず存在しているはずです。そんな中でも「がんばろう!」と藻掻くお子さんたちの、ほんの少しの「手助け」となれるよう、本日も微力を尽くす所存です。

 

頑張りましょう!

受験直前ということもあり、受験や学習に対する具体的な内容について言及する機会が多いのですが、あえて「一歩引いて」、勉強以外の要素について考えてみたいと思います。

 

私は塾業界に30年ほど身を置いていますが、その間に子供の「本質」が大きく変化しているとは思えません。ネットやスマホが普及して、子供の行動様式に大きな変化はあったのでしょうが、30年、40年前であっても「良い子」と「悪い子」は存在していて、それは現在の状況と何ら変わらないと思うのです。

大きく変化したのは子供を取り巻く「環境」であり、「親」だと思うのです。前者については致し方ないものですが、後者については少々問題が多いように感じます。

 

ひと昔前は、「悪い子」は一見して「悪い子」でした(笑)。「悪い子」本人も自らが「悪い子」であることを自覚していましたし、周囲の子からすれば、そのような「悪い子」から極力距離を置くという選択肢もあったのです。しかしながら現在は、一見して「悪い子」だと判断することが難しい状況です。しかも当の本人に「悪い子」であることの自覚が全くなく、加えて親も我が子の「真の姿」を何ひとつ理解・認識していないという目も当てられないような悲惨な状況があまりにも多い気がしてならないのです。

 

「生き方」も「病気」も同じだと思いますが、「自覚症状」があれば、誰だって「気を付ける」と思います。加えて言えば、「自覚症状」がありながらも、それでも「悪い方」を選択するのも、その人の「生き方」だと言えるのかもしれません。いずれにしても、どのような「生き方」を選択しようとも、そこには自分自身の「意思」があり、責任の所在も明確なのです。

一方で「自覚症状」がなく、あるいは「自覚症状」を感じられないほど「鈍感」になってしまった人は、そもそも「悪い」とは思っていないので、「意図せずに」迷惑行為や失礼な行為を繰り返します。周囲に迷惑や不快感を振り撒きながら、それでもその責任は専ら「他人」に求めます。何しろ「自覚症状」がないのですから(笑)。当然のことながら、このような親子は「他者との比較」の中で間違いなく「行き詰まる」のですが、なぜそのような結果に陥ったのか、正常な判断ができる能力さえ失っている場合が多いのです。

 

このような状況に至った遠因には、少子化・核家族化が進む中で、「数少ない子供」を「猫可愛がり」した、言わば「過保護の成れの果て」という現実があるのかもしれません。まるで幼子のように、少しの時間でも「我慢できない」中高生、公の場所や偉い人の前でも「普通に」不遜な態度をとってしまう子が、周囲から「愛される」だろうと考えること自体に大きな無理があるのです。

 

たとえ毎日通う学校や塾であっても、「躾」からやり直すことはなかなか難しいのが実情です。保護者の皆様にお願いしたいのは、我が子を「客観視」して、ひとりの「社会の構成員」として適切な振る舞いをしているのかどうか、ぜひ確認していただきたいということなのです。勉強については「取り返す」ことは可能ですが、「非常識」については明らかに「躾」の範疇であり、大人になってから矯正するのはほぼ不可能であるという自覚が必要だと強く感じます。

「親」なのだから、我が子の「躾」はそれこそ命懸けで取り組んで頂きたいと、私自身、同じ「親」として切に願っているところです。入試における「面接試験」では、上述のような実情を「プロ」がしっかり吟味していることを「自覚」して頂きたいと思います。

 

頑張りましょう!

「塾屋」という商売はどうしても時間が不規則で、非常識な時間に働いたり、食事をとったりということを強いられます。だから私自身も「成人病」に罹患することになったとも言えるのですが、それでも「食べていかなければ生きていけない」のも確かで、深夜や早朝に食事ができるお店は大変貴重だったのです。

 

ところが先般の「コロナ禍」の影響で、「24時間営業」であったはずのお店が次々と時短営業に切り替わってしまい、深夜や早朝の食事がの選択肢が大幅に狭まってしまって大変困っておりました。主に夜間の仕事をされている方の中には、私と同じように感じている方が少なくないのでは、と考えているところです。

 

以前このブログでも何度か言及している「立ち食い蕎麦」のお店ですが、私が高校生の頃からお世話になっている一方で、昨今の不景気の波に飲み込まれ、次々と店舗を閉めていったようです。10年ほど前は私の自宅近くにも店舗があったのですが、今や静岡県東部に数店舗だけ、少し足を延ばさなければ行くことができない距離となってしまったのです。

また、「経費削減の一環」なのかもしれませんが、従業員のほとんどが「外国人」となり、それはそれでよいのですが、調理や会計に携わる方も外国人で、かつ日本語が完全に理解できていない方もいて、明らかに業務に支障を来しているように感じました。以前朝食を食べに行った際、私の食事を完全に失念していたようで、20分以上経過しても「出てこない」ことがあり、以来足が遠のいていました。

そんな中、先日当該店舗の従業員が「日本人だけ」になったこと、24時間営業は止めたものの、朝5時から営業しているとの話を聞いて、久しぶりに寄ってみることにしたのです。蕎麦であれば、糖尿病である私にも「優しい食べ物」であることは確かですので(笑)。

 

5時過ぎに店舗へ向かうと、おばあさんと若い女の子が世話しなく働いていました。若い女の子は金髪でしたが(笑)、キビキビと動き回っていて、決して楽だとは思えない職場で生き生きと働く若い子を見ていると、何だか私まで清々しい気分になりました。もちろん日本語も通じます(笑)。以前よりもずっとお店の雰囲気が良くなったように感じました。

店内の掲示物も一新されたようですが、ちょっと気になる掲示を発見しました。

「当然だ。十割そば」(笑)。

 

朝食450円の立ち食い蕎麦で、「十割蕎麦」が「当然」というのは、なかなかの心意気だと思われます(笑)。ご存知の通り、いわゆる「つなぎ」が入っている蕎麦よりも、基本的に蕎麦粉だけで作られる「十割蕎麦」は「低GI値」です。糖分がゆっくり吸収される分、私のような糖尿病患者には適した食べ物だと言えるでしょう。

それでも、実に「疑り深い私」としては、「ホントかよ~」という疑念が拭えなかったのですが、店舗奥に「これ見よがし」に積んであった段ボールには、

きっと私のような猜疑心に満ちた客のために、わざと見えるように置いてあったんだと思います(笑)。

 

「立ち食い蕎麦」という価格が制約された現状において、接客や品質を高める努力をして頂けるのは、消費者にとっては大変にありがたいことなのです。こちらのチェーンは大幅に店舗を削減し、「図体」は小さくなりましたが、このような経営を継続していけば、「客足」が減ることはないのでは?と感じます。ただ単に大きく「手を拡げる」だけが「商売」ではないことは、「立ち食い蕎麦」も「塾屋」も同じではないかと思うのです。「大きなところにはできないこと」に活路を見出すことが、私どものような中小零細塾の「生きる道」なのだと、改めて感じ入った日曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

糖尿病に対する「食事療法」のため、ここ最近の私の食生活は、以前とは全く異なるものになっています。

 

主食は「白米」ではなく「オートミール」に変更、主治医の先生は、

 

「オートミールは確かに食事療法には適しているけど、美味しくないでしょ?」

 

と気遣って下さいますが、当の私は思いのほか美味しく頂いております(笑)。500gのオートミールが150円程度で購入でき、それで3~4日程度は賄えます。昨今の米価高騰もあり、「食事療法」を抜きにしても、これはこれでよいのでは、とさえ考えてしまいます。白米は大好きですが、背に腹は代えられない上に、「代替品」の出来がよいので、何とかなってしまっている状態なのです(笑)。

 

主食とともに大きく変わったのが「飲み物」です。以前は缶コーヒーや炭酸飲料を何の躊躇いもなく口にしていたのですが、今は「牛乳」、とりわけ「低脂肪乳」のお世話になっています。

私は仕事柄、深夜や早朝の仕事帰りにスーパーに寄ることが多いのですが、このような「非常識な時間」に買い物をすることで、少なからずメリットを享受できることも少なくないのです。

肉や野菜などの「ナマモノ」に関しては、その「売れ残り」が高確率で半額程度の処分価格になっています。もちろん「賞味期限」などの制約はありますが、私にとってはそんなことは実に「些細な事」なのです(笑)。上掲の写真は「低脂肪乳」ならぬ「無脂肪乳」で、ご覧の通り半額で、3本だけ売られていました。私は迷うことなく3本購入し、実に美味しく頂いております。

 

私は小中高と「給食」がない環境で育ちました。つまりは人生で一度も「給食」というものを食べたことがない「珍しい奴」だと思うのですが(笑)、それでもお昼に「牛乳」の支給だけはあったのです。学生当時はお世辞にも「牛乳好き」だとは言えなかったのですが、この歳になって毎日美味しく牛乳を頂くようになるとは、何だか不思議な気がします。今のような「牛乳中心」な生活を学生の頃に送っていれば、もう少し背が高くなったかもしれないな~と、若干の後悔さえ感じてしまうほどなのです(笑)。

 

「食」とはまさに人生における「楽しみ」のひとつであり、それを制限されることは間違いなく「辛い」ことではあるのですが、気持ちの持ちようや考え方によって、いかようにも「楽しめる」可能性があるのではないかと、最近になって考えるようになりました。「あれも、これもダメ!」という後ろ向きな思考ではなく、「できること」を目いっぱい楽しんだり、新しい発見に心躍らせることこそが、「長続きさせる」ための唯一の方法だと改めて感じ入った次第です。

 

改めて、牛乳って結構美味しいものだったんですね(笑)。

 

頑張りましょう!

ここ数日は三島・沼津においてもなかなかの「寒波」が襲来しております。

それまでが少し暖かい日が続いていた反動もあってか、当塾塾生においても体調を崩す子が多かったのです。週末だけで実に3人の塾生が体調不良で「お休み」となってしまいました。受験生を抱える状況で、私としては大いに心配しているところなのです。

 

私がかつて所属した高校の野球部は「普通の県立高校」で、某私立高校のように特段野球に力を入れている訳ではありませんでした。かなり鍛えられてはいたので、私立の強豪校とも対等に渡り合うことも少なくなかったのですが、ひとたびレギュラークラスの選手が怪我などで出場できなくなると、一気にチーム力が低下してしまいます。一方で強豪私立高では「補欠の選手」がレギュラーと同等の実力を持っていることが多く、このあたりがトーナメントの中では「チーム力」として如実に表れることがあるのです。ですから、私どものようなチームにおいては、選手の怪我には非常に敏感でした。

 

私が2年生の時、既にファーストのレギュラーとなり、同時に2番手の投手として一定程度の役割を担っていた私は、ある日の練習試合で利き手の親指を負傷してしまい、投げることはおろか、試合に出場することさえできなくなってしまったのです。

 

「怪我をするようなプレーだったのか!つまらない怪我をするな!」

 

恩師は烈火の如く怒り、それからしばらくは完全に「干された」状態になってしまったのです。いや干されなくても、親指がエライことになっていたので、どうやっても試合には出られなかったのですが(笑)。その影響で、親指は今でも少しだけ動きが悪いのです。

 

後日、恩師から電話があり、こんなことを言われました。

 

「いいか、菊池寛という人が「無事之名馬」という言葉を遺した。たとえ「駄馬」であっても、怪我をせず、健康に走り抜いた馬は「名馬」だという意味だ。私たちのようなチームには、そんな「駄馬」こそが必要なんだ。」

 

人生の「勝負時」において、本来持てる力を十分に発揮できなかったとしたら、どれほどの「後悔」が残るでしょうか?受験を目前にして焦る気持ちは痛いほど理解できますが、まずは健康に、万全な体制で「勝負の時」を迎えることが何よりも重要なのです。満足に「スタートライン」にさえ立てないようであれば、それこそ勝ち目は「ゼロ」ですが、たとえ「駄馬」であったとしても、体力と気力が充実した状態でその時を迎えられたのであれば、「番狂わせ」が起きるかもしれないことを、誰も否定はできないはずなのです。

 

「奇跡」を起こすためには、まずはしっかりとした体調管理が何よりも重要だということを、決して忘れないでください!

 

頑張りましょう!