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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
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です。よろしくお願いいたします!

現在の私の持ち物を見渡すと、自分自身のために購入したものというのがあまりありません。

最近財布が壊れてしまい、大変困っておりました。

1年ほど前に某大手ショッピングサイト「R」で激安購入したシロモノですが(笑)、大きくて使い勝手が良い(仕事柄、領収書やレシートなどを保管しておかなければならないため、私にとって「大きい」ことは正義なのです。決してお金がたくさん入っているという訳ではありません(笑))反面、やっぱり造りが「雑」で、あちこち傷んできました。特に困ったのが小銭を入れる部分のファスナーが取れてしまったこと(今どきの製品で、こんな壊れ方があるのだと、ある意味感心してしまいました)、そして「取っ手」の部分も簡単に外れてしまうようになり、ほとんど使い物にならなくなってしまっていたのでした。

 

新たな財布を購入しなければいけないのかな、などと考えていたところ、次男が、

 

「これ、使ってもいいよ!」

 

と差し出してきたのがこちらです。

これまで使ってきたものよりも少し容量は小さいのですが、造りがしっかりしていて、簡単には壊れそうにありません。まだまだ使用に耐えるものですが、次男は次男で新しい財布を購入したとのこと(この財布はどうやら次男には大き過ぎて使いにくかったようです)、ならばと遠慮なく頂戴することといたしました(笑)。

 

考えてみれば、次男からの「お下がり」はまだありました。

私は日々ノートパソコンや問題集、参考書類と、大量の荷物を持ち歩いているのですが、それらを運ぶための「鞄」の選定には非常に悩んでおりました。一時期は小型のスーツケースのようなものまで使っていたこともあるのです。

2年ほど前に次男が使用していた黒いバッグがところどころ色が剥げてしまい、ちょっとみすぼらしさを感じていたので、新しいものを買ってあげたことがありました。みすぼらしいとはいえ、まだまだ使用に耐え得るバッグだったのですが、その「お下がり」のバッグをいつからか私が使うようになりました(笑)。「使用感」は満載ですが、かなり重いものを運んでも使用上は何の問題もなく、非常に便利に、かつ安上がりに使用させて頂いております。

 

そういえば、次男は長男からの「お下がり」を、嫌な顔ひとすせず、というか半ば喜びながら使っている様子を何度も目にしていました。私も次男からの「お下がり」であれば、むしろ「新品」よりも好ましいとさえ感じてしまいます(笑)。「兄」や「姉」がいる方からすれば、「お下がり」のイメージは決してよいものばかりではないのかもしれませんが、少なくとも次男と私は、

 

「お下がり大歓迎!」

 

な性分だけはよく似たものだな、と妙に感心した日曜日の夕方なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

共通テストも終了し、次男の高校生活は「学年末テスト」を残して実質的に終了となります。

本日から学年末テストが開始、週末までに終了し、翌週からは登校する必要がなくなり、3月初旬の「卒業式」まで、そのような状況が続いていきます。

「一般入試組」の受験生にとっては、高校での授業が終わってからが「本番」でしょう。受験生の皆さんの健闘を、心よりお祈り申し上げます。一方で、早々に進路を決めてしまった次男にとっては、少し長めのモラトリアムな期間となるのです。

 

学年末テストは3日間ほど実施されるようですが、いずれも午前中のみで終了とのこと、これは「弁当不要」を意味します。つまりは、長年継続してきた(継続せざるを得なかった)妻の「弁当作り」がいよいよ終了することを意味していました。

 

次男は中学受験を経たため、長男と次男は異なる中学に通っていましたが、いずれの中学でも「給食」がなく、長男の中学入学以来、妻はずっと「弁当」を作り続けていました。およそ10年もの間、妻はせっせと息子たちの弁当を作り続けていたのでした(私は一度も作ってもらっていないけど(笑))。

特にテニス部の「朝練」があった次男は、どうしても早めに家を出ざるを得ず、朝5時頃からゴソゴソと起きだして弁当を作っていました。私自身は料理は「からっきし」なので(笑)、弁当については何の手助けもできなかったのですが、

 

「あ~眠いよ~」

 

などと文句を言いつつも(笑)、実によく頑張ってくれました。いつも母の手作り弁当を食べられた息子たちは、その出来栄えはどうあれ、きっと幸せだったと思います。

 

ようやく早朝の「弁当作り」から解放され、「年季が明けた」はずの妻なのですが、なぜだか少し寂しそうです。我が子の成長を喜ばしく感じる一方で、いつも「普通にやっていた」ことがなくなってしまった寂寥感は、きっと妻にしか理解できないのかもしれません。手持ち無沙汰でボーっとしている妻が「ボケて」しまわないように、しっかりとケアしていきたいと考えているところです(笑)。

 

今春からは倅たちは二人とも「大学生」となります。学費の問題は少々頭が痛いものの(笑)、弁当の件然り、「子育て」については「おおむね終了」と考えてよいのかな、などと感じているところです。私自身も若干の寂しさを感じつつも、最近物忘れが多くなってきた妻の「症状」がこれ以上悪化しないように、倅たちに代わって今度は私が面倒をかけてやろうかな、と密かに企んでいる私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

先日「共通テスト」が無事終了しました。次男も受験してきましたが、既に進学先が決まっている次男にとっては、特に真剣に取り組む必要もなかったらしく(笑)、それよりも月末に実施される英検の受験対策に忙しいようです。

また、今回も驚くことに全国で4人の「不正受験者」が出たそうです。

 

もちろんカンニングした科目のみならず、他の科目についてもすべて「失格」、ちょっと記憶が定かではないのですが、確か数年は共通テストの受験資格を失うペナルティーもあったのではないかと思います。倫理観に悖るのはもちろんのこと、失敗した際の「代償」があまりにも大きいことをよ~く考えて頂きたいものです。

 

ところで、国公立大学を目指す生徒さんたちにとっては必須の「共通テスト」ですが、その他の進路の生徒たちについて、果たして共通テストの受験は必要なのでしょうか?

共通テストについては、たった2科目の受験だけでも12,000円の受験料が必要となります。私立大学志望の場合、共通テストを利用できる特典はありますが、2月の「本試験一発勝負」を想定している受験生にとっては、ただただ「面倒な存在」になっている可能性もあります。問題なのは、あくまで「受験は任意」と謳っておきながら、実際は高校側で「半強制的に」受験させている実態があるからだと思うのは私だけでしょうか?この試験制度自体の「意味」を考え直す時期に来ているのではないかと考えます。

 

「センター試験」の頃は、就職が決まっている実業高校の生徒にも受験を強いていた学校もあるようで、その頃に比べればやや改善はされたようですが、それでもあくまで「お上の都合」で受験を強制されるのは、あらゆる意味で納得できないものがあります。

今回の次男のケースにおいても、可能な限り英検の準備に時間を割きたいところ、ほぼ1日を共通テストのために「浪費」せざるをえず、いったい何のための試験制度なのか、不思議に感じてしまうのです。

 

「きれいごと」を並べ立てる方がきっといるのでしょうが、現在のような実態をいつまでも続けているようであれば、「触れてはいけない闇」や「大人の事情」があるのだと、勘ぐられても仕方がないのでは?と考えるのは私だけでしょうか?一刻も早く、「必要な人が必要なだけ受験できる試験制度」に改善されることを願うばかりです。

 

頑張りましょう!

「継続は力なり」と言いますが、勉強でもスポーツでも、断続的ではなく、少しずつでも継続して行っていくことが、後々「大きな力」として顕在化することがよくあります。逆に言えば、せっかく定着してきたものが、ほんの少しの「空白期間」によって、台無しになってしまうことがあるのです。

 

学校における「長期休暇」はまさにその典型例であり、休暇中でもきちんと勉強に取り組んだ子と、ただ単に「休暇を満喫しただけ」の子の間には、文字通り「埋め難い差」が生じてしまうのです。

我々教える側としては、せっかく定着しかけた学習習慣が、休暇中の怠惰な生活ですっかり「元通り」になってしまうのは、何ともやるせない気分になってしまうのです。

この傾向は特に学力不振の子や学習上何らかの問題を抱えている子に顕著に表れるようで、保護者様としても家族全体としての「休暇中の過ごし方」について考えて頂かなければいけない必要性を強く感じているところなのです。

 

普段忙しい生活を送られている保護者様としては、「学校がお休みの間くらいは・・・」という考えのもと、休暇中のお子様の学習状況についてもやや「弛緩気味」であるご家庭が散見されます。一方で、当然のことながら、休暇中については学校授業がなく、相対的に学習量が不足気味であることは明白なのです。とりわけ現状の学力が不振であったり、学習上の問題を抱えているお子さんの「学力的退化」は、保護者様の想像以上のものであることを自覚されるべきだと強く感じています。

 

日々少しずつ積み上げてきたものが、僅かな「お休み期間」の影響で「元の木阿弥」になってしまうことは、教える側としては実に寂しく、またその現実に気づかない保護者様に対しては、非常に気の毒に感じてしまいます。私どもがご家庭における生活や学習状況に介入できればよいのですが、現実的にはそのようなことは不可能である以上、事あるごとに啓蒙や指摘を続けていくほかありません。少なくとも、たった1日でさえ勉強から「完全に離れる」ということがどれほどリスキーなことなのかという事実だけは、ご家族皆さんでしっかり認識していただきたいと強く願っているところです。

 

年末年始や夏休み等、イベントが多い時期や長期休暇の際においても、日々「勉強」について留意しておくことを忘れてはいけません。ほんの少しの「サボり」が、これまでの「積み重ね」を一気に「なかったこと」にしてしまうことさえあるのですから。

 

頑張りましょう!

現在、日曜日の朝5時、三島教室にいます。

少しやり残した仕事があり、加えて昨夜は早い時間に寝てしまったので、異常に早く目が覚めてしまい、仕方なく教室まで出向いた次第、歳を取ると朝が早くなると聞いていたのですが、本当にそうでした(笑)。

 

あと2週間もすれば私立高校の入試が行われます。その1か月後にはいよいよ公立高校入試、まさに受験直前期なのですが、受験生の皆さんは果たして受験勉強に没頭されているのでしょうか?

 

例年必ずいるのですが、

 

「あの子とはとても仲良しだから、一緒の高校に進学したい!」

 

などと堂々と宣言する子がいます。ともに目指す高校が現状の学力より少々高かったり、友人の存在が頑張ることへの動機づけとなるのであれば、そのような考え方も決して否定できるものではないと思います。

一方で、小学校や中学校とは異なり、「入学試験」という関門がある中で、「希望すれば誰でも入学できる」訳ではないことは、当然理解していると思います。双方ともに合格できたり、あるいは双方とも不合格になってしまえば「友人関係」にひびが入ることはないのかもしれませんが、どちらか一方だけが不合格の憂き目にあった場合、果たしてこれまで通りの友人関係が維持できるものなのでしょうか?

 

どんなに仲の良い子であっても、同じ受験生たる「ライバル」であることを、決して忘れてはならないのです。なれ合いやお互いの妥協の上で成り立つ関係を、真の「友情」とは呼べないのでは?と考えるのは、果たして私だけでしょうか?

「切磋琢磨」という言葉がありますが、「得難い存在」というものは、お互いに「しのぎを削り合う存在」でなければならないのです。お互いを高め合う関係性こそが、真の意味での「友情」だということを、ぜひ忘れないで頂きたいのです。

 

受験とは、およそ「不確実性の塊」であることを努々忘れてはなりません。寸暇を惜しんでおしゃべりに興じることだけが「友情の証」であるはずがないのです。お互いがお互いを「ライバル視」し、厳しい環境の中でも目標に向かってともに努力を惜しまない姿勢を貫くことこそ、本当の意味での「友情」を構築するための絶対条件であると、私は考えているのです。

 

人生においての重要な分岐点である高校入試を、軽薄な「友人関係」などで無駄にすることが無いよう、切に願っております。あなた自身の人生は、あなた自身が自ら切り拓くほかなく、それこそ「友人に頼る」ことなどできるはずがないのですから。

 

頑張りましょう!

先ほど、ちょっと気になる記事を目にしました。

 

大学受験に「親が同伴」すべきかどうか、という記事です。あくまで個人的な感想ですが、私自身としては「ちょっとどうなの?」というような内容でした(笑)。

 

大学受験、とりわけ一般入試であれば複数の大学を受験するのが「当たり前」ですが、今や7割近くの受験生が「一般受験以外の進学手段」を駆使して大学進学しており、この記事の内容自体が「一般的」だとは言えないのかもしれません。

私自身も「一般受験組」だったので、40年近く前の記憶を辿ってみれば、この記事の内容とはかけ離れた現実がありました。当時はインターネットなどあろうはずもなく、ひたすら受験情報誌や時刻表を睨みながら、自分自身で「受験スケジュール」を組み、必要があれば宿泊施設を予約し、「田舎者」が大きな駅で迷わないように、集められるだけの情報を事前に、できる限り収集していました。もちろん受験手続についても自ら行い、親には受験計画の報告と受験料負担のお願いだけだったと思います。これらの準備については何も私だけが特別に行った訳では決してなく、当時の受験生は皆同様に行った「当たり前のこと」だと思います。

 

もう数年前のことですが、当塾からとある私立大学を受験した親子がいました。いわゆる「推薦入試組」であったため、出向く大学は1校だけ、事前にきちんと下調べさえしておけば迷うことなく大学まで行けると思っていました、何しろ「高校3年生」ですし(笑)。

ところが、その子のお母様が、

 

「どうしても息子が心配なので!」

 

と、私の助言を聞かず、息子に同伴して受験について行ってしまいました。最近の大学受験会場では「保護者控室」なるものが準備されていることが多く、このケースにおいてもやはり準備されていたようで、ご本人曰く、「特に問題なく」受験を終えられた、とのことでした。

 

「息子を待っている間、大学の先生とお話しさせて頂いて、とっても良い印象でした!」

 

受験終了後、「合格間違いなし!」というような勢いで私に報告して下さったお母様でしたが、私が親の同伴を勧めなかったのには、別の理由もあったのです。

こちらのお母様、ちょっと目立つ位置に「刺青」があり、これを見た大学の関係者がどう思われるのか、ちょっと心配だったのです。かなり前の話ですから、悪い意味で現在よりもずっと「保守的」な考え方が蔓延っていた時代です。そして、受験結果は・・・やっぱり「推して知るべし」でした(笑)。

 

受験に親が同伴することには少なからず「メリット」もあるかと思います。一方で、18歳にもなる立派な「成人」が、親同伴でなければ受験さえままならないことに、大いなる不安を感じることもあるでしょう。少なくとも、親が同伴することによって、どこかで「受験生のみならず、親の様子も見られている」という意識だけは必要な気がしています。最愛の子供だからこそ、自らの責任を子供自身にしっかりと取らせる「厳しさ」も、「教育」という観点から考えれば重要なのかもしれない、と感じた土曜日の午後なのでした。

 

頑張りましょう!

先日、次男についての記事が静岡新聞に掲載された件についてブログに書きました。

本日も「読売中高生新聞」に掲載されるため、朝早くから最寄りの読売新聞専売店に出向きました。恥ずかしながら、完全に「親バカ」ですね(笑)。

ニッチな新聞ですので、専売所にも「予備」は1部しか置いていないそうで、店頭売りの場合はあらかじめ予約が必要です。今回は5部購入することにしました。上掲の写真のまま渡されたのですが、どうやら横浜の工場で印刷されているようですね。このような機会がなければ知り得ない情報でした。

実際の記事の内容はこんな感じでした。想像していたよりも大きく掲載されていて、ほぼ1ページ分を使用していました。今回の大会は読売中高生新聞が主催ですから、扱いが大きくなるのは普通のことだとは思いますが、倅にとっては非常に良い「記念」になったのではないかと思います。

 

新聞を購入する際に、店舗の責任者と思しき方とお話しさせていただきました。

 

「記事、読ませて頂きました。優秀なお子さんですね!」

 

こちらの実に「気のいい」責任者の方は、記事の内容を鵜吞みにされて、大きな勘違いをされていたようですが(笑)、それでも愚息が「褒められて」、気分が悪くなる親などいようはずがないのです(笑)。

聞けばこの方のご子息も現在東京にて大学生をされているそうで、

 

「お金がかかって困ってます!」

 

などと、困っているとは言いながら、なぜかとても嬉しそうに話されておりました(笑)。子供が大学生ともなれば、確かにお金がかかって親としては実に大変なのですが、それでも日々成長していく我が子を実感できるのは、「親の特権」だと言えるのかもしれません。

新聞店の経営という、傍から見ても心身ともに決して楽とは言えないであろうお仕事に従事し、我が子の学費のために必死に働かれている「お父さん」の姿は、強い共感とともに、私には何だか神々しく感じられたのでした。

私も責任者の方も、子供たちが世に出るまで、もう少しの「辛抱」を強いられることになりそうですが、我が子が「大学」という学びの場において、ひと回りもふた回りも成長する未来だけを楽しみに、「もうひと踏ん張り」する覚悟を固めるのでした。

 

親が考える以上に、子供の成長は「早い」ものなのです。二度と訪れることがない「今」の我が子の姿を、しっかりとこの目に焼き付けておこうと密かに決意した金曜日の朝なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

昨年末、奇跡的に進学先が決定してしまった次男なのですが(笑)、以来、なぜかいくつかのマスコミに取材されています。「ビブリオバトル」についての取材なのですが、日曜日の静岡新聞には比較的大きな特集記事で次男の記事が掲載されていました。

電子版の有料記事にもこんな感じで掲載されています。

「好きこそものの上手なれ」などと言いますが、次男にとってはこの「ビブリオバトル」なるものが自らの人生を少しだけ変えてくれる、あるいは彩りを与えてくれるものになっているようです。大学入試に関しても、他の受験生の成績や合否状況を見れば、次男の現状の学力では正直なところ合格は難しかったのではないかと思うのですが、無事合格できた事実を鑑みれば、明らかに「課外活動」が重視された結果だと思います。兄が同大学に在学中であること、またビブリオバトル静岡県大会が3年連続で進学先の大学にて実施されていたことも、次男にとっては好ましい影響を与えていたことは疑いの余地がありません。

 

高校3年間、校内予選を勝ち抜いて毎年県大会に出場し、優勝1回、準優勝1回、読売中高生新聞主催のオンラインビブリオバトル大会で準優勝の結果は上出来だと思います。加えて言えば、2年次に県大会にて惨敗したことが、次男にとって「ビブリオバトル」なるものを再度考え直すきっかけとなり、以前にもまして「ビブリオバトル」に傾倒する結果となったのかもしれません。人間にとって、時には「勝つ」ことよりも、「負ける」ことの方が「クスリ」になることだってあるのです。

 

静岡県の「ビブリオバトル」界隈では、今や次男は「ミスタービブリオ」と呼ばれているそうです(笑)。日々様々なジャンルの書籍を読み漁っている次男ですが、せっかく大学に入れてもらったのですから、読書だけでなく、勉強も頑張ってほしいと、親としては切に願っているところです(笑)。

今週末は「読売中高生新聞」に特集記事が掲載される予定です。今回静岡新聞に掲載された際は、妻と一緒にコンビニを「ハシゴ」して、ありったけの静岡新聞を買い漁りました(笑)。それでも9部しか買えなかったのですが。

「読売中高生新聞」は中高生向けの新聞で、読売新聞専売店でも「予備」は最低限しか準備していないそうで、あらかじめ予約しておかないと複数部数は購入できないとのこと、早速妻と近隣の読売新聞専売店に出向き、5部ほど予約して参りました(笑)。

 

親子ともども3年もの間、「ビブリオバトル」なるものに大いに楽しませてもらい、ただただ感謝するとともに、高校時代という貴重な時間に「没頭できる対象」を見つけられた次男の幸運にも感謝せざるを得なかった私なのでした。

 

頑張りましょう!

先週、新年最初の通院日がありました。

昨年末、10年ほど通院した主治医から、文字通り「匙を投げられ」てしまい、やむなく糖尿病の専門医に通院先を変更してから2回目の通院でした。

 

以前の病院では、血液検査をしても、外部の検査会社へ委託するため、結果が出るのが1か月後だったのですが、現在通院している病院では病院内に血液検査ができる機械を常設しているようで、採血後すぐに結果がわかるようです。

 

以前のブログにも書いた通り、前の主治医から見放されて以来、それなりに節制して生活してきたつもりです。ここ2か月ほどはあれほど大好きだった「白米」には目もくれず(笑)、もっぱら一見すると「鳥の餌」にも見えなくもない「オートミール」を主食としてきました。いわゆる「甘いもの」は一切採らず、体重も見る見る減少して、今や80キロ台半ば、10キロ近くの減量です。

そんな生活で、さぞや「ひもじい」思いをしているのでは?とお考えの方もいるかもしれませんが、新しい主治医が丁寧に「食事指導」をしてくださるおかげで、少なくとも空腹感に苛まれるようなことはないのです。「鳥の餌」などと揶揄してしまった「オートミール」ですが、これも私の口には合ったようで、「白米の代わり」として日々美味しく頂いているのです。

そんな生活の中での血液検査の結果ですが・・・

医師も驚くほどの改善です(笑)。

 

「年末年始は運動量が少なくなって、食事量は増えるのが普通です。にもかかわらず、数値が劇的に改善しています。よく頑張りましたね!」

 

直近1〜2か月の血糖の平均レベルを反映する指標である「HbA1c」が最重要な指標であることは医療関係者や糖尿病を患う方であればご存知のことと思いますが、これが「7.6」から「6.5」に下がりました。さらにこの「6.5」については、上振れている(前回の検査でHbA1cが高かった患者については、検査機器が次回検査での「下限値」を勝手に設定してしまうようで、実際には6.0を切っているのではないか、と先生が仰っていました)可能性が濃厚のようで、少なくとも合併症のリスクを考慮しなくても済むレベルにまでは落ち着いているとのことでした。

 

いずれにしても、「努力した成果が表れる」というのは嬉しいことなのです。勉強についても全く同じだな~と考えた一方で、前に主治医は血糖値が下がったところで一度も褒めてくれなかったな~と何となく思い出してしまった新年1回目の通院なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

本日より授業再開となります。

 

昨年末より血糖値を下げるべく、食生活の改善を図ってきたのですが、その結果、既に体重は7キロほど減少し、今まで履いていたズボンがブカブカに(笑)、急遽数年前に使っていたズボンを引っ張り出すハメになりました。それでもまだかなりユルユルで、お尻のポケットに財布を入れると、ズルズルとズボンがずり落ちてしまうほどです(笑)。上述のような実用上の問題はあるものの、これまで悩まされてきた皮膚の荒れや歯肉からの出血は全くなく、明らかに体全体の調子がよくなっているように感じます。おかげさまで過度に無理をせずに生活を送れていますので、今後も現在のペースを維持していければ、と考えているところです。

 

現在は食生活を中心とした生活改善を実施しているところなのですが、主食は「オートミール」、副菜は「野菜と少量の肉」、時折低脂肪乳やコーヒーを頂くという、やや「ワンパターン」な食事が続いています。そうなると、やはり「飽き」が生じてしまい、最低限の栄養を摂取することさえ「メンドクセー」という事態に陥ってしまうのです(笑)。

そんな時、代り映えのしない食事にアクセントを加えてくれるのが「味の素」なのでした(笑)。いわゆる「うま味調味料」というもので、「味の素」に限らず、食品会社が個々に類似商品を販売されていることと思います。

今の私にとっては、「味の素」はまさに「魔法の粉」そのもので(笑)、食べ飽きたはずの食事が、

 

「あれ?なんか美味いぞ!」

 

と驚きの変貌を遂げてくれる、まさに「神ツール」となっているのでした(笑)。

 

とかく「うま味調味料」なるものは、「体に悪い」だとか「料理の邪道だ!」などとさしたる根拠もなく敬遠されることが多いのですが、何だか「塾」も似たような存在のような気がしてならないのです。

長年学習塾の経営に携わっていますが、いまだに「学習塾」に対する強い偏見を持つ大人が多く、ほとほと閉口してしまいます。そのような方々がいったいどのような「立派な仕事」に就かれているのか全く存じ上げませんし、興味もないのですが、少なくとも我々は法律に触れるような行為はしていませんし、勉強を頑張ろうとする子を応援することの「何が悪いのか」、私にはさっぱりわからないのです。「陰謀論好き」が溢れ返る昨今ですから、「学習塾=社会悪」などという「陰謀論」に振り回される方々はきっといなくならないだろうと、半ば諦めているところなのです(笑)。

 

「味の素」は、一旦食品に振りかけてしまえばさっと消えてしまい、その痕跡は跡形も残りません。それでもひとたび口に運べば、

 

「あれ、なんか美味いぞ!」

 

という「小さな幸せ」が訪れます。子供の学習を支援する人間として、子供たちにとって「味の素」のような存在になれれば、と考えるようになりました。主役は子供、頑張らなければいけないのも子供、だけどその頑張りを応援し、効率よく成功に導くために、決して目立つことがないように後押しすること、そんな指導者こそが、「指導者の理想像」なのではないか、と新年早々考えた次第です(笑)。

 

塾生たちにとって「幸せのひと振り」となれるよう、今年も微力を尽くしていこうと考えている私なのでした。

 

頑張りましょう!