嵐の夜 ~赤礁崎で~
嵐の夜 ~赤礁崎で~
今年のお盆は、絶対、快適な海でキャンプするぞ!
1996年の夏は病原性大腸菌O157騒動で、子供向けイベントやプールまでが全部中止という子供たちにとって、誠に可哀想な夏であった。昨年は「丹生白浜」と云う、海だけはきれいだが大混雑のため、最低最悪の環境でのキャンプだったので、今年こそは、区画のしっかりあるオートキャンプ場でゆったりと海辺キャンプを満喫しようと、春から3サイトの予約を入れていた。
私の会社は8月の15~17日がお盆休みであったが、一日早く14日から休みを取り、福井県の大飯原発の近くにある「赤礁崎オートキャンプ場」へ向かった。天気のほうは、昨夜からインターネットで状況は把握していたのだが、台風8号が九州を北上していて、我々が向かっている福井県嶺南地方を寸分の狂い無く直撃する模様である。
ところがその日の朝、京都は抜けるような青空。我々は早めに現地に到着して、晴れのうちにしっかり遊んでおこうという作戦に出た。早朝出発は、我が家の得意技。朝5時には全員起きて荷物の積み込み、朝食をアッという間に済ませ、午前7時には周山街道を北へ向けて走っていた。ほとんどノンストップで現地に到着。午前9時には、キャンプ場のすぐ近くの海水浴場でビーチテントを広げて、早々にちびちびビールを飲んでいた。
この良い天気がいつまで保つのかは判らないが、とりあえず今は快晴である。今年初めての海水浴に親も子も時を忘れてワイワイ楽しんだ。国道沿いのスーパーでおにぎりを買っておいたので、それをパクついていると、吉川君と今井君の家族が到着した。ここのキャンプ場のチェックインは午後2時。それまでゆっくりと海で遊ぶことにする。お盆の割には人出が少なく、浜辺も比較的ゆったりしている。昨年の大騒ぎドタバタ混み混みの海水浴とは大違いである。
遊びに少し飽きて2時半になったので、そろそろキャンプ場のチェックインに向かった。しかし、そこで思わぬ事件が起こった。管理人のオッチャンと私の嫁さんとの行き違いで予約の日にちが1日ずれているのが判明したのである。どうも先方は、昨夜から2泊の予約になっていたようである。まぁ、今日の予約は有効なので、明日の2泊目は何とかするとのことで、一安心。台風なのでキャンセルぐらい出るやろう…。
今回は、大型台風が接近中と言うことで、我々の風雨対策は気合いが入っている。しかし、我々のキャンプは何故こんなに、台風にご縁があるのだろう。そんなことをグチりながら、汗をカキカキ、渾身の設営が続く。
テントはもちろんフルロープ・フルペグ状態。ガリバーが子供の国で全身を地面にくくりつけられているのに非常に近いぐらいペグとロープだらけである。タープも比較的分厚い私のヘビーヘキサゴンタープにした。そして極めつけはスノーピークの特大の60㎝T型ペグ。これを地面にしっかりガンガン打ち込み、支柱のポールは前もって一段落として、低めにタープを張った。まぁこれで持って行かれたら仕方ないというほどガチガチの「コレデモカ設営」をしたのである。
幸いなことに我々のサイトの周囲には防風林が植えられている。前回のマキノ高原のように吹きっさらしの状況ではないので、風の方は少しはマシのはずである。やっとのことで気合いの入った設営が済み、さぁ晩飯の準備でもするかという頃になって、いよいよ風が強まってきた。
「やっぱり、来るなぁ」
みんなも、覚悟が出来ている。
いつもの「なんでもバーベーキュー」でワイワイ夕食をしている頃になると、急に周りの状況が慌ただしくなってきた。「管理棟の2階を開放して避難場所といたします」というせき立てるような場内アナウンスがみんなの気持ちを不安にさせてゆく。我々の周りのサイトに結構いたキャンパーたちは、慌ててタープやテントを撤収してゆく。やはり台風の中でキャンプすることは無謀なのか。
「そんなに、きついかななぁ」
我々はちょっと呑気に構え過ぎているのだろうか。私は防風林に囲まれた我々のサイトを出て、海に近い散策路の方に偵察に行ってみた。幼い日、台風が来ると何かワクワクするような感覚を思い出した。いつもとは違う街の風景や突風に飛ばされて行く看板なんかを見るのをドキドキしながら、私は眺めていたものである。まあ、実際に大した被害に遭ったことがないので、そんな悠長な事を言っていられるのだが。私の実家の近くを流れる堀川という人造の川に雨水が激流となって流れ、ほとんど決壊寸前になっているのをわざわざ見に行ったり、暴風雨の中、カッパ一つでうろうろ近所をよく歩き回っていたモノである。まぁ、ちょっと私は変わっていたのかも知れない。
だから、今回もちょうどキャンプの時に、台風が直撃するのを千載一遇のチャンスみたいに子供時代を思い出して何かが私をドキドキさせていたのである。散策路に出ると、私の身体を威圧するかのような、圧倒的な強さの風が吹いていた。他のキャンパーたちが撤収するはずである。我々のサイトと比べて三倍以上もの暴風が、ゴーという地響きにも似た音を立てながら私のすぐ下の岸壁に吹きつけていた。当然、海は昼間の穏やかさは微塵もなく、強い風にあおられて荒れ狂っている。
強風に海水が吹き上げられるのか、横殴りの雨なのか判断が付かないぐらいの小粒の水気が、頬を打つ。今のところ雨量はそう大したことがないようである。
台風偵察から戻ると、もう我々のサイトの周りには、まるっきりキャンパーがいない。車に避難している人や、完全撤収している人がほとんどである。我々はこれが真夏のキャンプ場、それもお盆という特殊な時期の風景とは信じられないぐらいガラガラのキャンプサイトで小さなランタンをひとつだけ点し、貸し切り状態をしばし愉しむことにした。
巨大なペグと、防風林のおかげで、われわれのタープは未だ立派に健在である。タープは下から風にまくり上げられるとひとたまりもないが、我々はかなり低い目に張ったので、強風に刃向かわずに、しっかり風を逃がしてくれている。上に逃げた風はタープを押しつけるような格好で、程良くタープを押さえつけてくれていて、飛ばされにくい理想的なカタチになっている。
今回の私のテントは、6本フレームの大型ドームと呼ばれるタイプで、本来、あまり風に強いタイプのテントではないが、しっかり細引きをセットしてあるので、そうそう飛ばされることは無さそうだ。今井君のはロッジ型で、風をまともに受けはするが、かなり重量もあり、これまたしっかりロープで固定されているため安定感がある。
問題は吉川君のテントである。値段のことは言いたくないが、9800円のテントは、こんな状況の中では、とても快適とは思えない。一応、雨風が吹き込まないフルフライタイプではあるが、テント本体を引っ張る部分がわずか2ヶ所。これは極端に少なすぎる。ポールもたった2本では、横殴りの暴風雨に耐えるのには構造的に柔すぎる。実際、吉川家は一晩中、揺れ動くテントを抑えながら、寝ていたので、いささか睡眠不足であったようである。
夜の9時頃になると、今度はとてつもない大雨が降り出した。まさに暴風雨である。気が付けば我々の周りで最後まで頑張っていたお向かいさんも、車ごといなくなっている。私は雨具を着けたまま、こんな時でもまだまだ元気な七輪君であじの味醂干しなんかをあぶりながら、冷酒をチビチビ飲っていたが、さすがにあまりの悪天候なので、タープやテントのペグと細引きを一回りチェックした後、少し早い目に就寝した。
私は、一度寝ると、朝まで全く意識がないほど熟睡できるタイプなのだが、この夜は一度だけ目が覚めた。11時半を過ぎたあたりだろうか?今まで荒れ狂っていたであろう雨や風がウソのように止んで、とても静かであった。恐らく台風の目であったのだろう。私は安心して、また熟睡した。
そしていつものように午前6時前には、目が醒めた。台風一過の快晴を期待していたが、まだまだ空気が鉛のように重たい。どうも今度の台風は超大型でのろのろしているようである。昨晩ほどではないにしろ、雨や風もまだまだ強いし、お盆のど真ん中というのに少し肌寒い。
我々のサイトは今井君が打ってくれたペグが1本抜けたのを除けば安泰であった。極端に低く張ってあったタープをぐぃーっと高くして、午前中は何もせずただボーッとしていた。
お昼間近になって、管理人のオッチャンの呼び出しがあった。サイトの引越をしてほしいとのこと。お盆の特殊事情の事もあるので、喧嘩するのは止めて、サイトの引越に取りかかった。家族3組分のお引越は結構大変なな荷物になる。今度の新居はフリーサイトで、ここから300メートルの距離。それも車が置けるところから、まだ荷物を担いで20メートルの下り坂がある。これはちょっときつい。引越の途中で天気は徐々に回復してきて、新サイトが完成した頃には、夏の青空が少しだけ戻ってきた。
二時間がかりのお引越はようやく終了。我々の新居のご近所に知人が到着してきた。私は、子供たちの通う小学校でパパさんバレーというのをやっているが、そのチームメイトで主力メンバーである大西さん家族と友人たちである。毎年この時期にここに来ているという、ここのベテランさんである。
なるほど彼らは値段の高い区画サイトは敬遠して、快適で安価なフリーサイトを2家族なのに4サイト分をしっかり確保して、これ全部を広く使うという利口なサイトの使い方をしてらっしゃる。我々は挨拶をした後、夜の再会を約束して、小ドライブと買い出しに出かけることにした。
福井県の大飯町に最近出来たヘルスセンターみたいなところを見学した後、ママストアというスーパーで今夜のおかずを買い求め、帰りに波止場で車を駐めた。今井君と私の息子が楽しみにしていたサビキ釣りをやろうというのである。今井君は冷凍のオキアミを昨日すでに購入していて、天気の回復を待って、釣りを楽しむ予定をしていたのである。われわれもこれにおつき合いすることにした。
サビキ釣りというのは、直径2㎝ほどの蓋のない円筒形の小さなカゴに、小さな海老を入れてそれを水中でばらまきながら数本の針で引っかける釣りで、小魚を釣るときに使う。この日はわずか1時間程度の間に、30匹ぐらいの大漁であったり、吉川君の娘のユミナちゃんが巨大な蛸を網ですくい上げるなど、話題に富んだ大変面白い釣りであった。
キャンプ場に戻り、大西さんからサラダ油と鍋をお借りして、早速アジの天ぷらの準備に取りかかった。今井君はここでも天賦の才能を発揮して、器用に包丁を駆使して、見事にアジの2枚おろしができあがり、それをフライにして、みんなで食べた。準備に30分かかったが、食べる方はわずか1分で売り切れた。
夜はみんなで打ち上げ花火に興じ、盛り上がった。
「夏の想い出としては、ええほうかなぁ。」
昨夜とはうって変わって、穏やかになった空を見上げながら、ちょっと呟いた。
まだ雲の多い夜空から、やっとのことで一等星が2個、キラリと光っていた。
1996年 盛夏