おっちゃんなりの言い訳アイドル論
8/23(火) 精一杯のプレーを見せてくれるサッカーの選手たちや、テレビに映っている一生懸命に歌って踊っているアイドルの娘さんたちを見て、我々は、感動をする時がある。それは、その人たちが一生懸命やって、輝いているのを見て、そのことに感動しているのやね。。。いわいる、キラキラパワーってやつや。。。
これって、ひょっとしたら、我々の年代(50代半ば)の者から見れば、見方を変えれば自分の「老いへの恐怖」って思う事がある。人間、歳を取ること、老いることっていうのは、若い時のように、自分の身体が、思う通りに動かなくなってしまうことへの恐れやと思うのやね。。。若い時には、考えもしなかった感覚。。。これが確かにある。。。
まぁ、誰だって少しぐらいは、若い時に、輝いていた一時期があって、モテ期が大なり小なりあって、その頃のことを懐かしむ気持ちとか、そのことが忘れられない気持ちって、いくつになっても持っているものやと思う。。。
誰かのファンになる・・・というのは、例えば、その人のことが好きで、男女の関係になりたい・・・ということだけではなくて、その人の側にいることとか、その人の活躍とかを見ていて、自分が感動したいと思っているという部分が少なからず有ると、この歳になって、やっと感づいてきた。。。
というのも、なんで、ええ歳になっても、例えばオッサンは若い女の子を見て、或いは、オバサンは、若い男の子を見て、魅力的に思ったり、いつまでも見ていたいと感じるのか・・・ということを考えて見たんやね。。。私は昔は、歳を取ると、そのような感情とか、感性は衰えていくものやと、勝手に思い込んでいた。ところが、ちゃうのやね。。。
自分が若い時に感じていた者とは、全く別の感情っていうのがある。。。一般的に、人は歳を取ると、実は、涙もろくなる人が増えるそうや。。。それって、普段、日常の世界では、なかなか、感動したり、涙を流したりする機会が、だんだん減ってきて、そんなのに、慣れっこになってしまっていて、ところが、その反作用で、非日常の世界に、ポンと入り込むと、すぐに涙が出る。。。これが、歳が行くと、涙もろくなるメカニズムやと思うんや。。。
惚けてきた日常生活に刺激を与えることっていうのは、実はなかなか大切なことやと思っていて、今の世の中、自分になかなか新しい引き出しを増やしたり、新しい事にチャレンジしたりすることって、けっこう億劫になってくるもんや。。。でもあえて、これをやること。。。これが、逆にええ刺激にもなる。。。
私は、昔から結構歌が好きで、下手の横好きってやつで、よく若い時にはカラオケスナックなんかで明け方までがんがんやってた。それが、てんと、止まった。仕事して、結婚して、家族も増え、他ににやることが増えすぎて、いつの間にか、歌なんて、関心の外になってきたし、最近の歌なんかに、何の関心も持たなくなってしまったのやね。。。恐ろしい恐ろしい。。。
実際、あまり、ピッピッと感じる歌に出会えなかったというのもある。。。何か長い海外赴任から帰ってきたら、10年から20年近いブランクがあって、その時期に流行っていた歌なんて、ほとんど知らない。。。。そんな感じに近かった。。。
ところが、不思議なもので、自分の子供の世代っていうのは、当然自分とは30年ばっかしの開きがあるのやけれど、その世代の好きな歌って、同じようなテレビを見ていたり、同じようなCD買ったり借りたりするから、不思議と頭に入ってくるのやね。。。だから2~30年周期で、また歌への関心が戻ってくる。。。変な感じやった。。。
自分が、けっこうなええ年代やのに、最近の歌を歌えるっていうのは、「受け」がよいものやから、調子に乗って、AKBの歌を覚えたり、歌ったりしていると、また別の関心も戻ってくる。。。ヨメさんの友達やらもいまだにSMAPの追っかけをやってると聞いて、へぇ、そんな世界もあるのや。。。と、まぁ、さすがに私はアイドルのコンサートまでは行かないけど、歌ぐらいは、歌ったり、覚えたりは出来るようになった。。。
まぁ、秋元康っていう作詞家が、私と同年代ということもあって、この人の歌詞っていうのが、意外と我々にもぐっ・・・とくる感性のモノが多くて、この人の書いた詞のアイドルソングを結構聴く。。。
まぁ、そんな長い言い訳をこじつけて、私は、いま、NMB48という大阪難波に出来たグループの一ファン気取りになっている。まぁ、オッチャンやから、若い者に混じって、公演なんかは、さすがに、恥ずかしくて行けないけど、千数百円のCDを買う事ぐらいは出来るし、最近よく映るようになった彼女たちのテレビを見たり録画したりしてるぐらいやけれどね。。。
高校生になる甥っ子と、この前話すと、ほんと、びっくりされる。これがまたうれしい。。。彼は、たかみな(高橋みなみ)というAKBキャプテン推し(ファンの意)で、実にこの年代の男の子の話題って、アイドルの一挙手一投足・・・。昨日、この子がどこで誰と買い物をして何を食べたことまでブログやツイッターで知っていて、驚く。。。まぁ、その高校生の子と同レベルでオッチャンが同じ話題で盛りあがけること。。。これって、ちょっと、自慢なんやね。。。
私の推しメンは、NMBで言えば、りぃちゃん(近藤里奈)とかなきち(門脇佳奈子)っていう娘さんで、お二人とも、勉強はあんまり出来ないNMBツートップのようなのやけど、動画やテレビで見る彼女たちのオーラが凄い。。。見ていて元気にしてくれるお二人さん。。。これが私のアイドルの条件なんやね。。。
キレキレの元気の良いダンス、一生懸命の表情、何か小犬を見ているようなかわいさ。。。自分の子供たちよりもまだ年下の年代の娘さんたちのパフォーマンスに、オッチャンはいちころやね。。。ハードなダンスをしていても、笑顔を忘れないし、人を楽しませようというサービス精神も強い。。。
NMBって言えば、さやか・みるきー・ななの三人が看板やけど、歌が上手とか、踊りがうまい、しゃべりが得意・・・これって、私にとっては、そんなにポイントが高くないのやね。。。私の中での物差しが、感動や一生懸命の健気な気持ち・・・を伝える能力に長けているかどうか・・・そっちの方が大事やと思うから。。。だから、私にとってのNMBは、この二人抜きには無理かね。。。まぁ、気持ち悪い・・・って云われる人もいるけど。。。そんなにあかんか、オッサンのオタクは。。。。
アイドルに何を求めるかは、人によってそれぞれ違うやろう。。。また同じである必要もない。。。まぁ私の場合は、その子たちの活躍が拡がって、どんどん成長していくのを、見ている、孫を見る、おじいちゃんのような感じ。。。これが一番、ピタッとくる。。。まぁ、まんまと、秋元康さんの術中にはまっている・・・ようなもんやけど、別にええやんか。それで、自分がたのしけりゃ。。。いつも、そんな、言い訳ばかりしているし。。。
何より、自分が若い気持ちでいられると、周りも元気になれる・・・。これ、大事なんやね。。。若い人のパワーを貰うってこと。。。実は、こういう意味なんやね。。。
まぁ、今のAKBにしてもSKEにしても、NMBも、今年出来るHKTにしても、ファンの人は、何十倍とか場合によっては、何百倍もの競争率でないと、公演のチケットが取れないのやて。。。それってもう、会いに行けるアイドルやないわな。。。秋葉原のドンキホーテの近くには、その劇場に入れないファンを狙って、ももいろクローバーZが毎日、公演していて、これまた、人気なんやそうや。。。何か、皆さんお商売の方は、抜け目がないようやね。。。
追記 最近、Bump.yっていう別のアイドルグループのKiss!っていう歌、はまってます。アイドルオーラ満載の桜庭ななみちゃんとか祭ちゃんとか・・・。一度、捜してみて下さい。みなさんも意外と、はまるかも。。。
日本は何で簡単に韓流につけ込まれるのか?
8/22(月) 民主党の代表選は、つまり日本の総理大臣を選ぶことにもなるのやから、いろいろな人の名が出ては消える。推薦人が集まらないからダメだとか、前原が出たら野田が消えるとか、いろいろ回りが賑やかや。。。
まぁ、最大派閥の小沢グループのほとんどが、もう次ぎはない人だらけで120人、第二派閥の前原が60人で、今出ないと、次の選挙では政権交代の可能性が高いから、もう総理へのラストチャンス・・・ということで、なかなか騒がしい。。。盆明けの、ネタ切れの時期に、いろいろ出てくるから、ええ暇つぶしにもなっとる。。。
暇になった菅さんは、なでしこジャパンのメンバーたちに、国民栄誉賞出して、ご満悦。菅さんのご夫人のお手紙とか、お化粧用のブラシより、アウディの外車3年間リースの方がうれしいわな。。。
それより、関心はマスコミ界で、尾を引いている。韓流批判問題やろね。。。確かに、最近のテレビは、何でここまで急に韓流タレントばっかり大量に使うのか・・・って思う事が多い。。。それだけ、マスメディアと広告代理店が手をつなぐと何でも出来てしまうてことかね。。。
この議論になると、いつも、「嫌なら、見なけりゃ良い」っていう意見が出て来る。まぁ、それも当たっているのやけれど、そうばかりでも困る。。。お子ちゃまみたいな論理やからね。。。総務省の許可事業であるテレビ放送っていうのは、かなり独占的に公共の電波を使って良い権利という、特権を、大手マスメディアに与えている。本来なら、もっと、自由にいろいろな事業者に新規参入を認めるべきやのに、これを一部の既得権を持った企業のみに、独占させているのやから、そこがあまりにも、不公正な扱いをしているのは、やっぱり問題やわな。。。
株主やらスポンサーがいくら大金持ちのパチ屋などの在日企業であっても、日本の放送局なんやから、あまりにも歪んだ扱いの採り上げは、免許を剥奪させるぞ・・・ぐらいのことがないと、日本の社会での公正は守られへんからね。。。
ただ、ここで間違えたらアカンのは、フジテレビが批判される理由なんや・・・。フジ(CX)がアカンのは、「韓流を放送しているから」ではなくて、「韓流の取り扱い方に公平さに欠けるから」やと思うのやね。。。一部の人たちが意図的に肩入れすれば、それがさも、流行の最先端であるかのように装えてしまうこと。。。これが、マスメディアの越権行為やと思うのやね。。。
日本人って、島国で国土が狭いってこともあったり、人と特別、異なったりを嫌う傾向がある。これを利用すると、マスメディアが、国民を扇動出来てしまうという、大変危険な事にもなってくるのやね。。。私は、本来、日本人が、流行に弱いせいで、何でも世の中の流れを気にしすぎて、思想的なことまで、流れに流されてしまった過去の失敗。。。つまり、戦時中の洗脳政策の不健康さ。。。この傾向がまだまだ強いと思うんや。。。
私、思うのやけれど、今の時代って、なかなか、どこまでがセーフで、どこからがアウトか・・・っていう判断が、かなり難しくなってきている世の中が来ていると思うのやね。。。その判断基準であるべきなのは、人としての倫理観しか無いと思うんや。。。そして、そのレベルが、ケースバイケースで、いろいろ変わる。。。これが判断を難しくしている。
本来、もっと、普遍的で絶対的な価値観が日本人の心の中に確立されていれば良いのやけれど、いま、これが揺らいでいる。。。誰が悪いのやなく、誰も自信が持てなくなっている。。。これが原因やと思うのや。。。欧米でも、このあたりの社会規範とか道徳観とかを律するのは、法律ではなくて、宗教家の人たち。。。私は日本人の宗教に対する、有る意味、ええかげんさが、今の世の中の乱れを招いているのではないかと、思う時が多いのやね。。。
日本人は、こと宗教においては、浮気者や。。。お正月は神社に初詣に行くかと思えば、葬式は仏教、クリスマスは、にわかクリスチャンになり、ウェディングはやっぱり教会で・・・とか、まさに、何でもあり。。。節操がないといえば、まさにそうなる。。。これが中立でええのかも知れないけど、誰にも叱って貰えない子供のような所があって、厳しい「教え」や「戒律」がないから、放任主義で、どうしようもない人がどんどん増えている状態。。これがあかんのやろうね。。。
明治の日本人たちの時代には、その時代の教育を受けた人たちの、厳しさというか、絶対的な価値観というのが存在していて、それが、今の時代とは全く異質ではあるけど、人々の心の中の共通認識、人は、「こうあるべき・・・」という価値観の共有を見ていたと思うのやね。。。それが今の日本には欠落した。。。これが混沌の一番の原因やろう。。。
この国の混沌を救うのは、多分、半世紀ぐらいかけて、教育を改革すべきなんやろう。それにはね大きなリーダーシップが要る。いま、日本が力を注ぐべきなのは、福祉や経済振興やなくて、実は、教育改革。。。日本人がより高い志を持って、努力する国民性に、半世紀かけても、なっていくこと・・・のような気がする。。。
大いなる村・京都の誇るべき人の絆
8/21(日) 京都のまちなかでは、ほとんどの地域で今日が地蔵盆。子供たちのお楽しみイベントや。。。地域で子供たちの成長を見守る。そして、なかなか普段のご近所付き合いが薄れてくるのを防ぐという、大事な意味合いもある。。。
ただ、人口が減り続けている多くの地域では、もう町内に子供が0名という所も多い。。。そんな所でも、お年寄り達が、お地蔵さんを囲んで、一日、そのお世話をする。そんな日になっている。まぁ、宗教行事というより、地域慣習がイベント化したもの・・・。京都や大阪府の北部などでだけ残っている風習なのやそうや。。。
昔は、土日の二日間やるところが多くて、土曜日に子供の福引やゲーム、大数珠回しなどをやって、日曜日には、町内全員で、ヘルスセンターなどへ貸切バスなどで出かけるなど、結構、派手なイベントやった。。。そのために、たくさんの寄付も集めていたしね。。。
ただ、この頃は、イベントを、日曜一日だけにして、遠出はしない。。。これが、一般化してきた感じはする。それでも、この時期になると、京都市内の至る所で、町内の道路を警察の許可をもらって通行止めにして、歩行者天国にした上で、子供たちを遊ばせるところが多い。。。お八つにかき氷を出したり、スイカ割りをしたり、ちびっこプールで水遊びなど、いろいろな子供たちの喜ぶようなことをして一日を過ごす。。。
京都の子供たちからしたら、地蔵盆の思い出は、みんなが持っていて、知らない子供たちと仲良くなったり、他の学校に通っている子供が町内にいるのが判ったり、結構、思い出深い行事になっているのやないかね。。。この日ばかりは、親にもあまり怒られないで、ヤンチャが出来るというのもある。。。
大人たちはといえば、当番と呼ぶ役割を分担して、交代で子供を見守る。それだけでは暇なので、親も遊んだり、冷たいビールなどを頂いたりと、結構、楽しむ事もやっている。。。これも、なかなか普段話す機会のない人たちと、ゆっくり腰を据えて話せるのにも、良い機会となっている。。。
都会では、なかなか人と人の交流というか、隣は何をする人ぞ・・・というのが強くなってくる。ところが京都市というのは、140万人もの人口があるのに、意外にまちなかに多くの人がまだ住む都市なんやね。。。ドーナツ化とか、あまりしてない。。。京都が有る意味、大いなる田舎。人と人の関係が濃厚な地域でいられているのは、都会の家と家が密着していて、どうしても、お隣さんと、お互いさま・・・という関係を維持しないと、いろいろ、トラブルになってしまうという事情もあるのやね。。。
つまり、お隣さんと、うまくやっていけないと、住みづらくなる。。。こんなことが、本音と建て前を使い分ける京都人の裏事情になっている・・・。だから、地域のイベントには全員が参加するし、一軒だけ不参加というのが、なかなか許されないということにもなる。。。町内の役も順番で回って来るし、自分の時だけ・・・なんていう我が儘は許されない・・・だから、みんな協力するし、助け合う気持ちも繋がる・・・。
大都市なのに、京都は地域のつながりが深い・・・。これは、防災とか防犯という意味では強い。通学する子供は、地域の人はどこの家の子が知っている。その子がもし誘拐されそうになっても、皆が助ける。ひったくりが起きても、みんなが助ける。火事になっても、一人暮らしの老人が取り残されることが無い。。。これって、私は、誇れる事やと思うし、人が暮らす意味で、大事なことでもあると思うのやね。。。
車にはシートベルト、船にはライフジャケット
8/20(土)今週、天竜川下りの船が転覆して、4人の方が行方不明になった。京都にも保津川下りとかあるけど、それほど危険も感じず、救命胴衣も付けてない。。。いくら、ゆるい観光でも、危険と隣り合わせ・・・っていうこと、有ると思うのやね。。。
私、まぁ、いつもの事やけど、マスコミさん方は、何か事があると、いつも、船を運航している会社の責任にしたがる悪い癖があると思うのやね。。。トラックの事故なんかでも、明らかに運転手さんの個人的な運転ミスが原因やのに、すぐ運送会社の落ち度をあら探しして、何とか、会社の方の責任にしようとする傾向が強い。。。
この根底にあるのは、亡くなった方への賠償を個人ではなく、法人にしておいた方が良い・・・という、明白なる意図がある。でもね。。。これが行きすぎるとおかしな事にもなるのやね。。。
自転車と自動車の接触事故を経験した人なら、分かるやろうけど、自転車には当然保険が無い。。。自動車の方には、最低限の自賠責保険が有るから、本来、自転車の方が一方的に悪い事例でも、自動車の方の保険を使ってあげるために、意図的に自動車にも過失があるかのように決着させてしまうケースが多いと思うのやね。。
その事故で大怪我した自転車の人を救済する弱者救済の意図が、ここでは、見え見えになる。。。つまり、自転車の飛び出しなど、一方的な過失を、被害者救済という大義名分で塗りつぶしてしまっているってこと。。。あるのやね。。。
トラックの運転ミスも、川下り観光船の操船ミスも、多分、その経営者側の大きな過失なんて、まぁ、ほとんどないのが普通やと思う。。。無理なスケジュールを船頭さんに強いていたとか、その方の操船技術の指導を怠っていたとか、そんな事由はほとんど考えにくい・・・からね。。。
一言で言ってしまえば、「どんくさかった」「運転が下手だった」これしか無いと思うのやね。。。これが事実や。。。多分。。。まあ、船頭さんかて人間やから、お歳やから、勘が鈍ったとか、前の日に暑くて、よく眠れなかったとか、朝から、腹痛で調子悪かった・・・とか、いろいろな事情は有るやろう。。。たまたま、その日に。。。っていうのもある。事故なんて、そんな偶然の積み重ねで起こってしまう場合がほとんどやからね。。。
事故原因を追及することは、次の類似の事故を防ぐっていう意味では、大変意義があるのやけれど、個人の資質の部分。特にスキルに依存する部分っていいうのは、なかなか向上させることが難しいものなんやね。。。もし、今回の事故を防ぐのに、何が一番有効かって聞かれたら、安全運行の邪魔になっている追突した岩を移動させるとか、その回りに柵を設けて、危険をより目立たせるとか、そんなことしか無いのやろう。。。
それより、もっと簡単に出来て、当たり前なことは、いくら暑くても、邪魔くさくても、ライフジャケットを装着しないと船に乗せない事を徹底する。。。これしか無いのやろうね。。。毎日、漁をする漁民の方にはちょっと気の毒な気もするけど、救命胴衣を付けないと船に乗れないって、シートベルトをしないと、道を走れないほど、以上に大事なことかも知れないのやね。。。
大事やない命なんて無い。人は水の中では生きられないのやから、少なくとも水の中に入らなくても済むライフジャケットの着用。。。これだけで、命が助かるのやから、安い物やんか。。。遊船会社の落ち度を追求するのやったら、いの一番は、救命胴衣を装着させてなかったこと。。。これに尽きると思うで。。。





