講読「戦艦ローマとレイ島病院」第14回 | El Despacho Desordenado ~散らかった事務室より~

El Despacho Desordenado ~散らかった事務室より~

2015年1月4日から「Diario de Libros」より改名しました。
メインは本の紹介、あとその他諸々というごっちゃな内容です。
2016年4月13日にタイトル訂正。事務机じゃなくて「事務室」です(泣)。

今回は第4断章後半。ワンパラグラフがでかいですが、ついてきてくださいね。



 彼らが滞在の間送っていた生活は、軍組織の平時のそれであった。艦内では通常の規律が保たれ、各々に割り当てられた仕事が行われていた。午後になると自由時間を得た水兵は外に出てマオンの街で日常生活を過ごした。ただ強調せねばならないのは、どうやら遭難者たちは艦の乗組員たちが得ていたのと同程度の自由を謳歌できなかった点だろう。艦は港内のマオン市街の反対側に停泊していたため、イタリア艦隊の司令部は艦の人員の市街の沿岸までの輸送を自ら補強する渡し舟の仕事を請け負った。乗下船のための港は海軍所有地の外で、また一時ベルトラン醸造所があった場所であった。請け負った仕事は毎日、午後2時から夜11時まで行われた。この労働はペセタで支払われ、毎月末にイタリア艦隊の司令部が自ら実行していた。誰がこの給与を支払ったのか公式な回答はないのだが(イタリア大使館)、いくつかの可能性が示唆されている。マドリードのイタリア大使館を通じてのバドリオ政権の外に、ファシスト・イタリア政権に違いないとする説もある。最後の第三の可能性として、抑留されていた小艦隊への資金供給の任を負っていたのは米国大使館だったというのがある。いずれにせよ確かなのは、支払いは定期的で、スペイン軍との関連でいえば平等を期すため総額は非常に多かったことだ。しかし抑留された水兵の多くは経済的見込みが少なかったため別口で収入を得るにはヤクザな活動を余儀なくされた。ある者は一般に流通している銀貨を適切に切って船の模型を製作し、後でマオン市民に売っていた。またある者は艦のパーツや道具、果ては私物まで売っていた。艦内で得られる物はすべて売買の対象だったため、櫂や外套やタイプライターから、目についた銅製のパーツまで売られた。銅は当時非常に価値が高いとされていたためだった。

(177ページ終わり)

エドゥアルドいえらく
naviosはnavíosなのは前にもした指摘。se mantuvoとse ejercíaはどちらも此処では後続する名詞を文法上の主語とする再帰受身。受動態を英語以上に嫌うスペイン語でよく用いられる便利な表現ですが事物にしか使えない点は注意。
francosは形容詞で「~が免除された」。午前中にやることやったのであれ非番だったのであれ艦隊勤務がないという事なのですが、それじゃ日本語の表現として失業してるみたいなので“裏の裏”で「自由時間を得た」と訳してみました。
Sólo destacarが難しい。まず主文の動詞が活用(主語の人称と数に合わせて形を変えること)しておらず不定詞。こういう場合は二人称に対するぶっきらぼうな命令とされます(後は注意書きにみられる)。他動詞destacar「~を強調する、際立たせる」と併せて考えると、他のイタリア艦乗組員は自由を謳歌していたのに「ローマ」遭難者はそうじゃなかった事を、今度他の誰かにあってこの話をするときは強調しておいてくれ、という事なのでしょうか。何か回りくどいですが、結局は注目すべき事は、と言いたいのでしょう。
Como los buques estaban atracados,以下は、修飾語句を後ろからじゃらじゃら付けていて之に沿って訳そうとするとごっちゃになりそうですが、要は港と艦の間の人員(と、書かれていないがおそらく物資も)移送を自前でして、その労働で生じた給与を水兵がもらっていたという事。
estaban situadosの直後にel primero がついていたのは激しく悩みました。仕方なく読み進めるとy el segundo があり、箇条書きだったことがわかります。すなわち、➀海軍所有地の外②かつてベルトラン醸造所があったというわけ。ある語がわかんなくてもとりあえず読み進めろとの教えが外国語の文章読解における金言である事を示します。もっと早くやればよかった。
Quien remitíaのQuien、やっぱアクセント符号いるんじゃないかなぁ。先行詞を中に含む「~する人」とも取り得ますが、続く文で可能性を論じてる以上ここは疑問詞でしょう。quiénとeの上につきます。文の内容から見て(Embajada de Italia)は本来コンマの前に来るはず。この文の一部の動詞が現在形esとhayなのに注目。時制がここだけ今に戻っているのです。さて給与を払っていたのは➀イタリアのバドリオ政権②イタリアのファシスト政権③米国大使館、となっていますが、②が不思議ですよね、ムッソリーニ捕まったんじゃ? 実は逮捕、幽閉されたもののドイツ軍に救助されその傀儡政権の首領としてイタリア北部に返り咲いていたのです。そこがマオンの水兵に払っていたのでは、という推測。③は、スペインを中立に置き続けるための工作の一環でしょうか。スペイン語でAméricaとは中南米、引いても南北両アメリカ大陸を広く指す言葉です。そんな言語文化でアメリカ合衆国の地名形容詞としてしばしばnorteamericano/a「北米の」が使われます(他にはEstados Unidosを形容詞化したestadounidense)。同じ北米でNAFTA加盟国のカナダとメキシコはまず指しません。まぁさすがに21世紀の今だとAméricaで米国を指すケースもあるようですが、スペイン語圏の情報を見聞するにあたって、このアメリカ観は念頭においた方がよいでしょう。
picarescas、ああ懐かしい。novela picarescaといえばスペイン発祥の小説ジャンル、「悪漢小説、悪者小説」と訳されてますが、下層階級出身の悪者(pícaro)が「各地を放浪して,さまざまな社会階級の主人に仕えながらたくましく生きる物語」(ブリタニカ国際大百科事典小項目電子辞書版)です。百聞は一読にしかず、『ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯』はとても短いのでオススメしておきます。
銀貨を切って船の模型作れるのか?と思うんですが、縮尺小さければ案外いけるのかもしれません。余談ですが、plataは地域により(特に南米)では元素記号Agで表される物質のほか「マネー」も指します。漢字の金がgoldもmoneyも表す点と比較すると面白い現象です。Youtubeで流れてきた広告(あのウザさから忘れられてない人も多いはず)、ネットフリックスのナルコス予告編で「La plata o el pum」と言ってたでしょ? あれは「銀かバンか」ではなく「カネかバァン!か」と、俺の下で小遣い稼ぐかこの場で死ぬかの二者択一を迫っていたわけ。
狙ってたわけではないとは思いますが金銀と続いて銅の話題で断章が締められています。特定の物質が世界情勢の変化により価格が乱高下するのは世の常のようです。


さて次の第五断章では傷病者について。病院の歴史を扱った書籍の一部として、一層深い解説を読めることでしょう。