それが流れ着く先は
今週の日曜日、
お盆にお墓参りに行けなかったので遅ればせながら行ってまいりました。
和宗総本山 「四天王寺」
あの聖徳太子が建立したお寺として有名なお寺です。
日曜日ということもあり
六時堂は満員。
待合室からも人があふれていました。
場所柄、お年を召した方が多いのですが
しかし、まあ、「大人の」おしゃべりのうるさいこと。
すぐ隣、格子戸で隔てただけの間(ま)では、
読経がなされているのに、そんなことは全くお構いなし。
自分の番でなかったら、関係ないのでしょうね・・・
ここはどういった場所なのか、分からないのでしょうか。
業を煮やした若いお坊さんが、
「読経中ですので、お静かに願います」
と柔らかくたしなめに来られましたが効果なし。
その後2回ほど厳し目に繰り返し注意されて
ようやく「多少」静かになりました。
注意をされたお坊さん、
相手はいい歳をした「大人だから」
1度言えば分かると思ってらっしゃったのだろうと思います。
ああいった場で、3度も注意されないと「状況を把握できない」大人。
自分が何をしにきたのか。
今現在どういった状況なのか。
そして自分は何をすべきなのか。
そういった状況判断すらできない「いい歳をした大人」があまりにも増え過ぎました。
家に帰れば「今の若いヤツらは・・・」などと、偉そうにのたまうであろう彼ら。
「今の若いヤツ」らもそうですが
本当の問題点は、先輩として後輩に見せるべき「背中」を持たない、
身勝手なあなた方の中身です。
幼き頃より私は、ことあるごとに「年長者を敬え」と教えられてきました。
しかし、同じくことあるごとに出会う、
敬おうにも敬えない、見習おうにも見習えない「大人」を目の当たりにして
これまで生きてきて
果たしてそれは、無条件に「そう」なのか。
そう、ずっと疑問を抱いてきました。
そもそも尊敬の念とは、自然と発露すべきもの。
強要すべきものではありません。
本当に子供たちに伝えるべきは
年長者は年少者に尊敬されるべく自覚し行動せよ―
親は子に尊敬されるべく自覚し行動せよ―
という規範、気概であり
まず大人は、年長者はその「範」を示さねばなりません。
しかし、当該国の「民意のバロメータ」といわれる政治の場において
国民の代表者である国会議員自身が、カネだ不倫だと、
あのような低俗なスキャンダルにまみれた状態では
国民が率先して自覚し、子供たちに「範」を示していくことは
困難なことかもしれません。
年長者は、先達としての自分の役割を自覚し行動することなく
そして年少者も学ぶための努力を放棄する
「自分の人生だから」と好きなように生き、無責任に自由を謳歌し
残ったものは無責任と無秩序にまみれた社会―
そして気がつけば、羅針盤である「誇り」をも失いし私たち日本人。
果たして、これからどこへ流れていくのでしょうか。
猛「省」の夏
1ヶ月以上も更新が空いてしまいました。
ご訪問いただいていた皆様、ペタもご挨拶もできず大変申し訳ありませんm(_ _ )m
もう9月になろうかというのに
この暑さ。
皆様も十分にお気をつけください。
実は私事ではありますが
8月はじめから体調を崩し、高熱を発して入院。
点滴漬けで
そのまままるまる前半がつぶれてしまいました。
なんとか復帰したものの、
退院翌日がタイミング悪く引越しの日。
近距離の引越しだったのですが
前週に全く準備できなかったこともあって
当日は荷造りと並行しての引越しになり
引越し業者の方々にご迷惑をかけてしまいました。
8月一杯まで借りている前の家と新居を行き来しながら
やっと落ち着いたのが先週。
ネットもつながり、やっと一息つけました。
TVも何もない部屋で点滴を絶え間なく打ちながらの入院生活。
雲ひとつない青空が広がる外界を窓越しに眺めながら
忙しさにかこつけて不規則になりがちだった普段の生活を猛省し
健康で働けるありがたさをかみ締めておりました。
そうしておとついの日曜日の朝。
仕事前、ふと子供の机の上で手紙を見つけました。
それは先生への「夏休みの思い出を書こう」という”手紙”
そこに書かれていたものは
一輪の花の絵と、一言
「おはなおみたよ(お花を見たよ)」
そういえば、この夏、忙しい、入院だと
全くどこにも連れて行ってあげられませんでした。
寂しくも我慢していた娘に一体何をしてやれたのか。
恥ずかしく、ふがいなく思いました。
日曜日仕事を終えた後、夕方から娘と一緒に海遊館に行ってきました。
涼しそうな魚たちを見て、蒸すような暑さの中待ってまで大観覧車に乗って
娘はとても満足そうでした。
月曜日、朝起きてからすぐに娘は”手紙”に魚をたくさん書いていました。
娘と私が手をつないでいる絵も入っていました。
手紙は
「おさかなおいっぱいみたよ(お魚をいっぱい見たよ)」
そう書き直してありました。
大人の、親の都合は子供には関係ない―
分かってはいたのですが・・・
まだまだ未熟な自分を反省しました。
体調管理にスケジュール調整。
猛暑の最中、猛省し
これからまた頑張ります。
足るを知るということ。
ショッピングセンターのフードコートで
子供たちと食事をしていた時のことです。
私たちが食事をしているテーブルから少し離れた席に、
作業着姿のかなり年配の女性が座られました。
疲れきった感じを漂わせたその方は
トレーをテーブルの上に乗せると
食べる前に手を合わせて
頭を下げてから、食事をされていました。
静かに食事を終えると、
同じく手を合わせて頭を下げてから
片付けられていました。
あの後、また仕事に戻られたのでしょう。
ありきたりのその光景が
私にはとても尊く、美しく感じられました。
勤労と感謝を忘れない―
そこには、「日本人らしさ」ともいうべき、忘れかけた姿がありました。
多くの人は、その限られた人生において
日々の社会での軋轢に、身も心もすり減らしながら
疲れ果ててもなお、身を粉にして働きます。
日々食べられることに感謝して。
その一方で、若さと健康な肉体を持ちながら
働きもせず、ゲームとネットに勤しみ、親が差し出す食事を
当たり前のように食す者がいる。
そういったニートなる者に
対策費として数百億の血税予算が組まれる。
無自覚に堕落すれば行政によって保護の対象になり
その経費は、責任を持って努力したものが支払う。
これが社会契約というものだ―
そう言われればそうなのでしょうが
なんともやりきれない社会構造になりました。
実はつい先日、それを象徴するような出来事を私は目にしていました。
深夜のニュースでのことです。
そこでは参院選の特集をしていました。
その中で、ある漫画家の女性が「ネット難民」と呼ばれる、
ネットカフェでその日暮らしをする若者のことに言及し、
行政の保護と対策を要求していました。
自信に満ち溢れた顔で、弁を振るう彼女の手に握られたフリップには
一言こう書いてありました。
「生きさせろ」
怠惰な流れに身を任せ、
血のにじむ努力もせず、結果として不安定になった未来を
国は責任を持って介入し取り戻せ、そういうことなのでしょう。
普段は「国家」を悪とし、介入を殊更忌避していながら。
いつから日本では、こんな愚かで、厚かましい物言いが
公共の場でまかり通るようになったのか。
彼女は見たことがないのでしょう。
フィリピンのゴミ山で、
家族を養うためにゴミを拾う少女を。
彼女の宝物は、ゴミ山に打ち捨てられた
ボロボロのフランス語の教科書でした。
彼女は見たことがないのでしょう。
ガーナのカカオ農園で朝の5時から夕方4時まで働く
幼い兄弟を。
彼らの宝物は
たった1本のボールペンの「芯」でした。
インクの出にくくなったそれは歯で噛み潰され
それでも大切に大切に使われていました。
幼い弟の唯一の楽しみ― それはお兄ちゃんに勉強を教えてもらう
わずかなひと時でした。
齢僅かにして、すでに生命すらも保障されてない彼らが
抱くわずかな希望。
それは「学校に行って勉強したい」ということ。
この日本では当たり前の、学校に行けるということ。
そのことすら叶わない環境に生を受け
「生きる」ために日々考え、智恵を振り絞らなければ生きられない―
そんな中にあってもなお彼らは
わずかな希望を抱いて、今を懸命に生きていました。
私は涙が止まりませんでした。
共に見ていた嫁もまた、泣いていました。
「生活を保障しろ」
それは、この日本にたまたま生を受けたからこそ言える言葉。
その幸運に感謝することもなく
人間であるが故の生まれながらの不平等を埋めるべく
努力を重ねることもせずに
ひたすら権利としての要求のみを撒き散らす。
その心に、人間としての尊厳と誇りが宿ることは果たしてあるのでしょうか。
空調の効いた部屋で、そして店でネットを、ゲームを、漫画を貪りながら
「明日が見えない」
「未来がない」
「夢がない」
と嘆く若者の明るい未来を本当に願うのなら、
社会的地位ある先述の漫画家が
視聴者に、そして社会に向けて解き放つべきメッセージは
「足るを知り、ひたむきに努力せよ」―
その一言ではなかったのでしょうか。
