「グローバル化」「グローバル化」とよく言われているのですが、そもそも海外で「グローバル化」などという言葉が飛び交っているのかという事を考えた事があります。彼らにとっては日常の事なので、敢えてグローバルを意識する必要すらないかもしれません。
海外赴任が長かった事もあり、日本人以外の仲間と一緒に業務をする機会が多かったです。シンガポール、マレーシア、タイ、インド、インドネシア、スペイン、イタリア、ドイツ、オランダ、アメリカ、メキシコ、ブラジル、韓国、中国、、、隣同士の国で、日本から見れば一緒のような感覚ですが、実は文化も風習も全然違っていたりする事はよくあります。お隣同志の韓国と日本でも文化も言葉も全く別物ですから、欧米でも当たり前の話ですよね。
グローバルでビジネスをする上で「異文化研修」とか「グローバル人財養成講座」とかあるのですが、私はあまり効果はないと考えています。
抑えておくポイントは実に単純で、二つだけだと考えています。
一つ目は、これは昔の上司から教えていただいた事ですが、「喜」「怒」「哀」「楽」は万国共通であるという事です。嬉しい時に怒る人は世界中探しても居ないですし、悲しい時に喜んでいる人も居ません。どこの国の誰だって、嬉しい、腹が立つ、悲しい、楽しいという感覚は同じなのです。だから相手を怒らすような事や悲しませる事はしてはいけないし、喜んでもらったり、楽しんでも事をしてあげるという事です。相手にとって、どういう事をしたら喜ばしいのか、どういう事が腹が立つのか、どういう事が悲しいのか、どういう事をしたら楽しいのかをその国の文化や歴史を知った上で考えて行動すればよいのかと思います。実は、これは日本人同士でも同じ事です。
二つ目は、その国の歴史や文化に興味を持って知ろうとする事です。海外を担当しているポジションに居た時に当時にこれも上司から「出張したら土日を使って観光しなさい」と言われました。「その国の事を知らなくて、どうやってその国の人と一緒に仕事が出来るんだ!」というのがその上司の言いたい事です。当時出張で観光なんて公私混同だと思ってトンボ帰りしていたのですが、それ以来観光してその国の事を理解しようとしました。美術館や博物館に行ったり、観光地に行って色々な事を知ったり、感じたりしました。映画を観たり、本を読む事もしました。するとその国も、そこで生活する人達も、一緒に仕事をする仲間の事も見え方が変わって来ます。欧州の夕食では各国の同僚が夕食でニコニコ笑いながらお互いの国の悪口をジョークを交えて盛り上がっている理由が、翌日美術館に行って、戦争で首つりや火あぶりされている絵画を見ながら何となく理解出来ました。
お客様を訪問した際には、「昨日どこどこの観光地に行って来た」という話をすると、なんとなく打ち解けた感じで商談が進みました。逆の立場だと、同じ事をされると悪い気はしないですね。
日本人はグローバル、グローバルと肩ひじ張って考えがちですが、こう考えると以外と簡単だと思います。

仕事で担当を引き継ぐと、様々な隠された問題が見つかる事があります。

未回収や、不動在庫などはその典型です。

私がシンガポールに赴任した時の経験ですが、赴任して最初の仕事が、45百万の売掛金の回収でした。2年近く売ったまま回収が出来ずに放置されていました。

前任者はすぐ横に座っているのですが、「請求書を送っても返答がない」とか「相手の担当者が毎回変更になるので」とか頑として自分の責任を認めないタイプの人でした。その割には、アジアの拠点体制はどうしようとか、組織体制はどうしようかとか、新しく作る事ばかり考えていました。お客様は信用のある日本の超大手のお客様なので、社長にお会いして事情を説明してお支払いいただけましたが、金利の高いアジアで2年間も放置している事や、一度に高額を支払う際の毎月の工場のキャッシュフロー管理に大きく影響する事など、こっぴどく説教されました。今思えば、若い私の事を思って強く言い聞かせていただいたと思っており、勉強させていただきました。

実は、その7年後、今度は中国で同じ前任者とまた同じ事がありました。中国に赴任して見付けたのは、2億円の不動在庫でした。毎日データを見せて問い正しましたが、「法人が違うからよくわからない」(当時は販売ライセンスの関係でグループ会社の別の法人を使わせてもらってビジネスをしていました)とかのらりくらりで無感症状態です。一方で現地の女子社員と毎月接待費でチームビルディングと称するお食事会とかやっていまして、この方の机の上には飲み屋とカラオケの名刺ばかりのフォルダーが常においてありました。不動在庫のリストは受け取らなかったですね。

営業で言うと、在庫回収、焦付き債券回収、締結出来ずに放っている契約など、処理しても周りから評価されない業務をやらない人が結構います。商談決着とか、新規受注とか、組織体制構築など、新しいものを作るのは社内でも目立って評価されやすいですね。

私のキャリアとしては、アジアで営業体制を作ったり、中国で営業体制を作ったり、もちろんその中で新しい代理店との契約や、新しいビジネスモデルで売上を成長させてきた経験もありますが、それ以上に在庫の処分、債券回収、トラブル処理、社員の解雇で苦しんだ事の方が多かったような気もします。今となっては、その経験を通じて腹が据わった面もあります。

こういうネガティブな業務を目立たない中でちゃんとやっている人達を私は評価したいと考えています。

蛇足になりますが、不良債権と不動在庫を引き継いでくれた先輩ですが、シンガポールでは任期を終えて延長を希望されていましたが帰任命令。中国でも延長を希望されていましたが即帰任となりました。現在は舞い戻って中国の本社機能でしぶとく仕事されていますが、現地社員の話を聞くと「何も仕事してへん」「メール転送するだけ」とすこぶる評判が悪いですね。新年会だけ張り切って毎年パフォーマンスしています。

記憶に残る先輩が二人います。その二人の先輩に共通して言える事は、「肩書や評価に関わらず、私自身を一人の人間として常に普通に対応してくれた」という事です。

入社以来20代の頃の私は同期の中でも最低の評価を受けていました。仕事のやり方もマズかったかもしれません。大体は想像つくと思うのですが、評価の低い人達に対する廻りの対応は冷たいと感じる事がよくありました。あまり関わりたくないオーラが出ていました。上司はもちろん、隣の部署のマネージャーなどに、相談や提案を持っていっても面倒くさそうに対応されました。同期や後輩も見下しているような態度をフッと見せる時がありました。被害妄想かもしれないですが、大体心の中で考えている事は、見せないようにしていてもさりげない発言や態度で解ってしまうものです。

逆に評価の高い若者は、人が寄って来ます。隣のマネージャーから声をかけられたり、PJなどの役割が廻って来たりします。

評価の高い人達はどんどん仕事がやり易い環境になり、どんどん成長していきます。逆に評価が低い人達はどんどん仕事がやり難い環境になり、努力しても成果が出にくくなります。

これは20代の話です。こういう環境でどんどん差が開いていきます。20代の昇給、昇格、評価の差は結構焦りますよね。

このような中、最低の評価を受けていた私に、他の若手と同じように平等に指導してくれたり、相談に乗ってくれた先輩が居ました。当時は大多数の人が自分を認めてくれない中で涙が出るほど嬉しかったです。

一人めの先輩は4年年上の先輩です。営業の中でも一番優秀で誰もが認める人財で社内でも有名でした。後輩の面倒見もよく、世話を焼いてくれました。実は、大勢いる若手の中でも特に私に目をかけて指導してくれたかと思っています。普通は評価の低い人は相手にしないのですが、何故か評価の低い私を何とかしたいと役割でもないのに、忙しい中早朝の直を割いて、マンツーマンで指導してくれました。そのおかげで、仕事のやり方が少し変化したような気がします。実はその方が私を指導してくれたという事実が原因かどうかわかりませんが、上司や周りのマネージャーの評価や態度が180度変わったのです。今まで面倒臭そうに対応していた廻りの人達が急に馴れ馴れしくなったのです。私自身は何も変わった自覚はないのですが、会社というのは不思議な話です。その先輩は残念ながら数年後退社されて、新しい仕事で大成功をしています。今でもお付き合いさせていただいています。今でも普通に、平等に扱ってくれるありがたい先輩です。

二人目の先輩は3年上の先輩です。転職組で、私より入社は1年下ですがやはり優秀で重要なお客様を担当されていました。仕事は全く関係ないのですが、よく飲みに誘ってくれて仕事の愚痴を聞いてくれました。一緒にお遊びにも行きました。道中仕事の事で色々と指導してくれました。仕事に対するアドバイスも沢山いただきました。その方は、私自身に対して言いにくい事もはっきりと言ってくれました。余りにもショックで、考え事で一晩一睡も出来なかった経験は初めてでした。しかし少しも腹が立つ事はありませんでした。人間としては認めていただいていたのかなと思っています。その方は正義を貫いて上司や会社と喧嘩するタイプの人ですがマネージャーになったものの組織長ではなく、いつも単独で仕事をしています。その方が一度私の部下になった事があるのですが、その時でも少しもブレずに、言いたい事をボロカス言われました。若いころも立場も変わった現在も常に態度が変わらない事は逆に私にとっては安心です。

私は長い会社人生で、いい先輩に恵まれていたかもしれません。若いころの辛い時期を乗り越えられたのも、今の地位があるのも、このような先輩方に守られていたからかもしれません。立場やポジション、関係性によって態度が変わる人達が大勢いますが、ブレずに態度が変わらない人達がやはり人生において傍に居て欲しいですね。

イチロー選手が4000本安打を記録した際のインタビューで「4000本が偉大な記録を達成した実感がない。1本の安打に集中したマ日の1打席の方が僕にとっては大切で、その結果を積み重ねただけ。」みたいなコメントをされていた事を記憶しています。

企業で働くサラリーマンにとっても、毎日の仕事、個々の業務を無駄にせずにそれを積み重ね続ける事が、自身のキャリアにとっても大切だと思っています。

私自身は、入社して10年近く、同期入社の中で最低ランクの評価を受けていました。1年下、2年下の後輩と比べても低い評価で、昇進、昇格は後輩に抜かれる状況でした。56歳になった現在、どちらかというと経営レベルのポジションに居ます。実は経営から×を付けられて役員にはならずに山を下り始めているのですがね。20代に先に昇格したり、追い抜いていった人達のほとんどは、私の部下とか、下に居ます。マネージャーにならなかった人達も大勢います。

新入社員は経験も知識もゼロからスタートします。ゼロから1の知識や経験を得たとすると無限大の成長を実感する事が出来ます。入社1年め、2年目でも、知識や経験が1が2、2が3になるので、2倍の成長、1.5倍の成長を実感出来ます。新入社員が目を輝かせて成果発表会で報告しているのを聞いていると、成長を実感している事が感じられます。

ところが、入社年数を重ねて10年、15年経過すると、知識や経験が20にも30にも100にもなってしまい。1の経験や知識を新たに得たとしても、それほど成長を実感しなくなります。逆に1をプラスしなくても100のままで仕事が廻ってしまうのです。

これが落とし穴で、入社年齢が低いうちは必至に経験や知識を吸収し成長するのですが、やがて入社5~10年くらいすると勉強をしたり吸収したりするという努力を放棄する人達が現れます。天才やエリートは別格として、入社時に評価が高く、20代で早く昇格した人達の中に、30代で成長が止まってしまう人達が以外と多いのも事実ですね。

もちろん会社としてもキャリア形成のために部門や役割を替えて、成長の継続を促す事は考えますが、置かれた環境と、ご本人の知識経験の習得が必ずしも同期しないというのはよくある事です。

私のケースは、たまたま海外赴任や、担当する組織のサイズや機能が自身のキャリア形成においてポジティブに働いたラッキーなケースだったかと思います。

20代の評価が最低な時期に腐らずに、売掛回収や倒産対応、小さな顧客様の対応を真摯にして来た経験が、海外駐在している際に大いに活かされたと実感しています。自分自身でも以外だったのですが、国内のどうでもいいような一場面の経験が海外で活かされて助かったケースが何回かありました。

人間は、当たり前の事を継続する事が苦手な生き物だと思いますが、人のスキルや経験は貯金と同じで、毎日、毎年少しずつ長く続ける事が唯一の方法だと思います。40代、50代になって知識や経験がない事に気付いても、そこから挽回する事は不可能なのです。これが現実です。アリとキリギリスの寓話もそうですかね。

 

中国駐在からいきなりの帰任命令。
4月から久しぶりに日本の本社の仕事。
責任と役割は非常に重たいが、権限は殆どないポジション。
モチベーションは低いが、サボるとかでもなくそこそこ仕事はこなす。
プチ観光、山登り、美味しい酒と肴、絵画、副業とまではいかないアルバイトなど、駐在中は出来なかった事いろいろ、こっちの方がワクワクして夜も眠れない。
若い人達は優秀で次世代を担ってくれそう。
50代は出しゃ張らない。記憶力も集中力もおとろえたし。会社の価値観と自分自身の価値観のギャップが調整出来なくなりつつあるし。
40代は頑張らない。
30代に権限を与えて、自分を磨いてもらおう。
40代で自分が、頑張り過ぎてるやつ、50代でまだ自分をアピールしてるやつを見てるとイタい。
自分自信、どういう山の降り方をしようかと思考錯誤している真っ最中であります。
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