しかしこのことと、あまりにもノー天気な「原子力村」の習俗を認めることとは関係がない。
しかもこの村に対しては抗争を仕掛けるわけにはいかないような立場に誰もがおかれている。
その村の住人たちもまた、同じ日本人だと言うだけではない。
ある部分までは完全に利害が一致してしまっているからだ。
どういう利害かと言えば、それは生きて生活していくという名のごくわかりやすい利害だ(その生活って、資本主義社会での生活でしょ?などと言わないでほしい)。
だからこそ、わかりやすすぎるからこそ、「原発に反対する」ことは容易だが、
「原発を批判する」ということは、そうそうたやすいことではないという事情が生じる。
空から降ってくる猛毒を浴びたいですか?と聞かれて、
ぜひ浴びたいですという人はいない。
原発をそのような猛毒とみなすことはたやすい。しかし、それは安直な比喩に過ぎない。
このことに自覚的でなければ、語の本来の意味での「原発批判」を完遂することなどできないだろう。
そういう期待を持って、僕は山本義隆の『福島の原発事故をめぐって』を読み始めた。
以下にその期待に応えてくれそうなフレーズをいくつか。
アイゼンハワーの「原子力の平和利用」に内在する矛盾
有害物質を完全に回収し無害化しうる技術がともなってはじめて、その技術は完成されたことになる。
原発では試行錯誤による改良は許されない。
ここには科学技術幻想はなく、科学技術の限界、とりわけ原子力技術の限界がさりげなく、冷静に指摘されている(この限界を超えうると言えるのはマッドサイエンティストだけ、ということになるのだろうか?)。
その態度は、ガリレオの実験を「自然認識における近代への転換」とみなす科学史家的なものだ。
湯川秀樹の弟子でもあった山本が、自身「実験」という現場にどれだけ手を染めたかは詳らかではないが、ガリレオに始まる仮説検証型の実験に支えられて進んで来た近現代の科学技術のなかでも、原子力技術は相当に異質なものであることが納得できるように記述されてはいる。
僕なりのたとえ話にするとこうなる。原発は自動車ではない。自動車で言えば、道を造る技術や交通安全技術との相関性を包含した技術が設計段階から自動車以上に必要であるにもにもかかわらず、高性能なエンジンを作り出せば事足れりとされて来た。しかも、けっして高性能でもなかった、ということになる。そもそも原発は、そのスペック、性能だけで測られるような他の技術とは全く異質であるにもかかわらず、その異質性に技術者自身が気づかず無自覚のままに来た。しかも放射性物質は、そもそも「技術」の対象ではない。技術の対象となって実現されたのは、核分裂の「制御」の部分だけである、ということになる。これは確かに恐ろしいことだ。
無制御も制御の範囲内つまり、無制御は制御の特殊解と考えれば、制御技術の範囲内に、原爆も原発も肩を並べて同じ仲間として収まることになる(本書の著者がこのように言っているわけではない)。
本書にも引用されている原爆製造のマンハッタン計画の中心人物オッペンハイマーの次の言葉は、そのまま「原子力の平和利用」としての科学技術にも通じるものに読める。
「自然界をコントロールし、その光と価値とにしたがってそれを扱うために、可能なかぎり大きな力を、目いっぱい人類に引き渡すのはよいことでしょう」
ではいったい、そんなものをなぜヒトは作ってしまったのか?
作り出すことができたのか?できるのか?
という究極の問いに対する答えは、科学技術そのもののなかには存在しない。
このことも、山本義隆の本は教えてくれる。科学技術内在的な批判は、おそらく不可能なのだ。
近代国家論や国防論、軍事論へとコンティンジェントに展開していくしかないのだ。
だから「原発批判」においても、いったん「ムラ」だけを取り出し「ムラ」批判に向かうしかない。
このムラは「原子力村」以外にもいまだに、至る所に無数に点在していると思われる。
PS.
「原子力発電という贅沢を続ける余裕」は、確かにもうないのかもしれない。しかしだからこそ同時に、なにかにつけて「ヘイワ」を持ち出す「平和」厨どもを相手にしている暇など、なおのことないのである。
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山本義隆『福島の原発事故をめぐって--いくつか学び考えたこと』読書メモ2
(続く)